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夏の章 プリトー村編
25 プリトー村 周辺渓流
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滞在3日目、アルカたちは村の傍を流れる渓流を訪れていた。
国の北部へと跨る広大なレーン山脈には、大小様々の湖があり、豊富な雪解け水と湧き水が、多くの河川を形成している。
山麓に位置するトスカ地方にも、豊富な水の恵みをもたらしている。
また、その内の大きな1本はレーヴァン川と合流し、王都を抜けて、直ぐ南の港湾都市の河口から海へと流れていく。王国を支える大事な水源である。
「今日はこの周辺の素材と、鉱石を拾います。あと時間が余れば、近くに魔物がいないかの確認」
「はい、リーダー!」
レグルスが元気に返事をした。昨日は余程ぐっすり寝たのか、今日は元気が有り余っているようだ。
昨夜ぐにゃぐにゃしたデカい図体を、ベッドに上げるのにヒィヒィ言わされたアルカは釈然としなかったが、気を取り直してシャツを脱いだ。
「きゃー!」
「ハァ?」
乙女のような悲鳴が、目の前の大の男から飛び出て、アルカは条件反射で眉を吊り上げた。
アルカには1度垣根を取り払われると、割と遠慮が無くなるところがある。
顔を両手で覆った癖に、ちらちらと視線が煩い。構わずにパンツも膝まで捲り上げた。
「何で今更、恥ずかしがってんですか」
「えっ、だって、こんな外で、明るいとこで……!」
乙女かよ。本当に見た目と言動が伴わない人だな。
じとっと睨んでから、アルカは川へ入っていった。岸の傍は膝くらいの水位のため危険はない。
中ほどに深みや急流もあるため、そこは注意が必要だ。
レグルスは、うろうろとしている。まだ恥ずかしがっているのだろうか。
「素材回収の方に、行ってきますか?」
「う、うん、ちょっと、そっちを先に対処してくる」
レグルスは顔を赤くしたまま、川原から林へ入って行った。
あんなにたくさんの人を袖にしているような人が、こんなに純情だとは知らなかった。
過去の恋人とか、どうしてたんだろう。少し胸がもやついて、アルカは鉱石探しに集中した。
この川はすぐ近くにある山の湖が水源となっていて、そこから流れて来た鉄鉱石、銀や金鉱石、運が良ければアダマンタイト片、水魔石が見つかる。
どの鉱石も農機具や武器に使用できる上に、ギルドや商会に売れば金となる。
夏の搔き入れで消耗した農機具も、これで修繕が楽になる。
あと爺様たちの間では、アダマンタイト片を使って杖を作るのが流行っていて、有事の際にはそれを振り回して戦う。
ちなみに婆様たちに流行ってるのは、刃先が付いたアダマンタイトの仕込み杖だ。
昨日は年寄りぶっていたが、日々農作業で鍛えられた体は老体と言え、頑強でまだまだ現役、寧ろ血気盛んである。
しばらく黙々と鉱石を探す。さらさら流れる清水がひんやりして、打ちつける強い陽射しを和らげる。
釣り人が来ないせいか、然程警戒心の無い川魚たちが、アルカの直ぐ横を泳いでいる。
少し休憩しようかな。結構な数を集めたし、レグルスもまだ戻らないから、少しくらい遊んでも罰は当たるまい。
ざぶさぶと川を突っ切り、2メートル程の深みへと潜る。
静かで気怠げな外観とは裏腹に、アルカは案外行動的で、子供の頃から野原と山で、近所の子供たちと遊んでいた。
伯爵家次男と言えど、いずれ平民になるのだからと、両親はアルカが問題を起こさない限り放置していたこともある。
社会人になってから上手く取り繕ってはいるが、本来はアルカは野生児で、我が道を往く多少遠慮の無い性格なのだ。
だからキツイ情報室の任務も、耐えられている訳で。
透明な水中は下の水藻が揺れる様まで、はっきりと見える。
差し込む光に、魚の鱗がきらきらと輝くのに誘われて水底まで泳ぐ。
流れが滞留していて緩やかなため、じっくりと川底を見定める。
光の揺れに合わせて反射した石を手に取り、息継ぎのために勢い良く浮上した。
光に透かすと、純度の高いガーネットの原石だった。湖の恵みだ。有り難く頂戴する。
もう1度息を吸って潜った。最初の石を拾ったところの近くに、もう幾つか原石が落ちている。それらを全て集めてから、浮上した。
限界まで息を止めていたので、大きく息を吸って乱れた呼吸を整えながら、深みから上がる。
雫を払って髪を掻き上げると、川原に座っていたレグルスと目が合う。
いつの間にか、戻って来ていたらしい。ザバザバと大股で川を渡ると、レグルスは怯んだように立ち上がった。
「レグる」
途中でバフっと用意していたバスタオルを、頭から掛けられる。そのまま、ワシワシと頭を拭かれた。
「ちょ、ちょ、なんですか!?」
「……良くないです!すごく良くない!」
「はぁ!?」
いい加減イラッとして、アルカは乱暴にタオルを剥いだ。
「……っ」
思いの外、近距離にあったレグルスの顔が、耐えるような表情をしていた。
その瞳に籠もる熱に覚えがあり、アルカの心が平坦になる。
「……すみません、服着ますから離して」
「……っ、はい、俺こそすみません」
急にぎこちなくなった空気に耐えられず、背中を向けてシャツを拾う。
「あっ、アルカ君、背中真っ赤です!」
その声に手を止めれば、確かに背中がヒリヒリするなと感じた。アルカの肌は白くて焼けにくい。
「こんくらい唾つけとけば治ります」
ヒールする程でも無い。ただの日焼けだ。
「だめだめ、日焼けって要は火傷ですよ、ちょっと待って」
レグルスはがさごそと自らの収納袋を漁る。じゃーんと取り出したのが、万能軟膏だった。
これも中々高額で、平民や弱小貴族が気軽に買えるものではない。
「えっ、待って、それ使うんですか!?ただの日焼けに、そんな高級品使える訳ないでしょ!?」
「え~だめです~、局長命令ですぅ」
「は?プライベートって煩いのはご自分なのに?都合の良い時だけ、権力を翳さないでください!」
「いいから、背中塗るよ!」
ぐいっと中途半端に着かけていたシャツを下ろされる。
「うわ、火膨れになりそうです」
ぴとりと冷えた感触の軟膏が、肩甲骨の間に置かれる。ざわりとした感覚に背中が跳ねないよう、肚に力を込めた。
ぬるっとした感触が、硬い指先で丁寧に塗り込まれていく。背骨を辿る感覚に、ひくりと震えた。
「ごめん、痛かった?」
「……大丈夫ですので、もう」
優しく慎重な手付きが、返ってアルカの感覚を鋭敏にする。まるで拷問のように、耐え難い感覚に襲われる。
「待って、あと、ここ」
「……っ」
項に指が這い、大きく息が漏れた。項が燃えるように熱いのは、日焼けのせいだけではあるまい。
「わ!ごめん、痛かったね、ここ酷いから。はい、大丈夫、終わったよ」
レグルスがあまりに鈍い声を漏らしたため、アルカは冷静を取り戻して息を吐いた。
1人で意識したのが、馬鹿みたいだ。きっちりシャツを着てから、礼を告げる。
「10分もすれば治ると思うよ」
何の邪気も無いレグルスの笑顔に、アルカも漸く蟠りが解けた。
「そう言えば、これ」
手の平に、先ほど川底から拾った原石を取り出す。
小さいがそれぞれが良質で、アクセサリーに加工できそうなサイズだ。
「わあ、良い原石だね!」
「……1つ差し上げます」
「へ?」
「どれでも選んで良いですよ。……軟膏のお礼です」
原石とアルカを見比べていたレグルスが、ぱあっと顔を輝かせた。
「じゃあ俺、これが良い!」
ぱっと1つ、レグルスが摘み上げて光に翳す。
「すごく綺麗だから」
まるで世界一大切なもののように、レグルスは原石をじっと見つめて、手の平にそっと握り込んだ。
「ありがとう、アルカ君。ずっと大事にする」
「……別に、ただの原石だし、……大袈裟です」
首の後がむずむずした。レグルスは胸ポケットに、大事そうに原石をしまい込んだ。
ポケットに落ちる前に瞬いた原石の輝きから、アルカはそっと瞳を逸らした。
依頼開始2日目にして村周辺でしか出来ないことは、レグルスのおかげて全て完了した。
明日は各家を回って、手伝いでもしようか。
隣で安らかに寝息を立てるレグルスを、膝を抱えながら見下ろす。
今夜もレグルスの懇願で睡眠を付与したが、不眠症の気でもあるのだろうかと疑問に思う。
もしそうなら、魔法や薬に依存するのは良く無い。後でさり気なく探ってみよう。
だが、どこか緩んだ幸せそうな寝顔を見る限り、そんなことは無さそうだ。
少し腹が立つ。悪戯してやろうか。不穏な考えがチラつくも、アルカは黙ってその寝顔を見つめる。
寝顔も良い。無防備な表情があどけない。
普段プライベート以外は、有能で近寄り難い雰囲気を出している癖に。
今ならレグルスを、殺すことだって出来るのに。
衝動的に少しだけ覆い被さって、顎先から喉仏の正中線を人差し指でなぞる。人体の急所だ。
暗殺術を体得しているアルカに、寝首を晒すなんて信じられない。
目の前で何も知らず眠るこの男を、好きなように出来るのは、世界中探してもアルカしかいない。
仄暗い背徳感に、頭が痺れた。
レグルスの魔力は、気持ちが良かった。
本能が疼いて、喉に触れたままの指先から、魔力が僅かに滲んでしまう。
疼きと渇きに冒されて、唇が触れそうな距離まで顔を寄せる。
暫く見つめてから、アルカは身を離した。どうかしている。レグルスを侮辱した。
自己嫌悪で静かに裏庭へ出る。デッキチェアに深く座って、中天の月を見上げた。
こんなの絶対にレグルスのせいだ。捨ててしまおうと持ってきた、手の中の原石を握り込む。
アンディに、何故か渡せなかった石。
手を開くと美しいエメラルドの原石が、月の静かな光で照らされて、闇の中で淡く光っていた。
ずっと大事にする、と大切そうに言ったレグルスが選んだのは、淡いアメジストの原石。
月光に透けたアルカの瞳と同じ色の、美しい石だった。
国の北部へと跨る広大なレーン山脈には、大小様々の湖があり、豊富な雪解け水と湧き水が、多くの河川を形成している。
山麓に位置するトスカ地方にも、豊富な水の恵みをもたらしている。
また、その内の大きな1本はレーヴァン川と合流し、王都を抜けて、直ぐ南の港湾都市の河口から海へと流れていく。王国を支える大事な水源である。
「今日はこの周辺の素材と、鉱石を拾います。あと時間が余れば、近くに魔物がいないかの確認」
「はい、リーダー!」
レグルスが元気に返事をした。昨日は余程ぐっすり寝たのか、今日は元気が有り余っているようだ。
昨夜ぐにゃぐにゃしたデカい図体を、ベッドに上げるのにヒィヒィ言わされたアルカは釈然としなかったが、気を取り直してシャツを脱いだ。
「きゃー!」
「ハァ?」
乙女のような悲鳴が、目の前の大の男から飛び出て、アルカは条件反射で眉を吊り上げた。
アルカには1度垣根を取り払われると、割と遠慮が無くなるところがある。
顔を両手で覆った癖に、ちらちらと視線が煩い。構わずにパンツも膝まで捲り上げた。
「何で今更、恥ずかしがってんですか」
「えっ、だって、こんな外で、明るいとこで……!」
乙女かよ。本当に見た目と言動が伴わない人だな。
じとっと睨んでから、アルカは川へ入っていった。岸の傍は膝くらいの水位のため危険はない。
中ほどに深みや急流もあるため、そこは注意が必要だ。
レグルスは、うろうろとしている。まだ恥ずかしがっているのだろうか。
「素材回収の方に、行ってきますか?」
「う、うん、ちょっと、そっちを先に対処してくる」
レグルスは顔を赤くしたまま、川原から林へ入って行った。
あんなにたくさんの人を袖にしているような人が、こんなに純情だとは知らなかった。
過去の恋人とか、どうしてたんだろう。少し胸がもやついて、アルカは鉱石探しに集中した。
この川はすぐ近くにある山の湖が水源となっていて、そこから流れて来た鉄鉱石、銀や金鉱石、運が良ければアダマンタイト片、水魔石が見つかる。
どの鉱石も農機具や武器に使用できる上に、ギルドや商会に売れば金となる。
夏の搔き入れで消耗した農機具も、これで修繕が楽になる。
あと爺様たちの間では、アダマンタイト片を使って杖を作るのが流行っていて、有事の際にはそれを振り回して戦う。
ちなみに婆様たちに流行ってるのは、刃先が付いたアダマンタイトの仕込み杖だ。
昨日は年寄りぶっていたが、日々農作業で鍛えられた体は老体と言え、頑強でまだまだ現役、寧ろ血気盛んである。
しばらく黙々と鉱石を探す。さらさら流れる清水がひんやりして、打ちつける強い陽射しを和らげる。
釣り人が来ないせいか、然程警戒心の無い川魚たちが、アルカの直ぐ横を泳いでいる。
少し休憩しようかな。結構な数を集めたし、レグルスもまだ戻らないから、少しくらい遊んでも罰は当たるまい。
ざぶさぶと川を突っ切り、2メートル程の深みへと潜る。
静かで気怠げな外観とは裏腹に、アルカは案外行動的で、子供の頃から野原と山で、近所の子供たちと遊んでいた。
伯爵家次男と言えど、いずれ平民になるのだからと、両親はアルカが問題を起こさない限り放置していたこともある。
社会人になってから上手く取り繕ってはいるが、本来はアルカは野生児で、我が道を往く多少遠慮の無い性格なのだ。
だからキツイ情報室の任務も、耐えられている訳で。
透明な水中は下の水藻が揺れる様まで、はっきりと見える。
差し込む光に、魚の鱗がきらきらと輝くのに誘われて水底まで泳ぐ。
流れが滞留していて緩やかなため、じっくりと川底を見定める。
光の揺れに合わせて反射した石を手に取り、息継ぎのために勢い良く浮上した。
光に透かすと、純度の高いガーネットの原石だった。湖の恵みだ。有り難く頂戴する。
もう1度息を吸って潜った。最初の石を拾ったところの近くに、もう幾つか原石が落ちている。それらを全て集めてから、浮上した。
限界まで息を止めていたので、大きく息を吸って乱れた呼吸を整えながら、深みから上がる。
雫を払って髪を掻き上げると、川原に座っていたレグルスと目が合う。
いつの間にか、戻って来ていたらしい。ザバザバと大股で川を渡ると、レグルスは怯んだように立ち上がった。
「レグる」
途中でバフっと用意していたバスタオルを、頭から掛けられる。そのまま、ワシワシと頭を拭かれた。
「ちょ、ちょ、なんですか!?」
「……良くないです!すごく良くない!」
「はぁ!?」
いい加減イラッとして、アルカは乱暴にタオルを剥いだ。
「……っ」
思いの外、近距離にあったレグルスの顔が、耐えるような表情をしていた。
その瞳に籠もる熱に覚えがあり、アルカの心が平坦になる。
「……すみません、服着ますから離して」
「……っ、はい、俺こそすみません」
急にぎこちなくなった空気に耐えられず、背中を向けてシャツを拾う。
「あっ、アルカ君、背中真っ赤です!」
その声に手を止めれば、確かに背中がヒリヒリするなと感じた。アルカの肌は白くて焼けにくい。
「こんくらい唾つけとけば治ります」
ヒールする程でも無い。ただの日焼けだ。
「だめだめ、日焼けって要は火傷ですよ、ちょっと待って」
レグルスはがさごそと自らの収納袋を漁る。じゃーんと取り出したのが、万能軟膏だった。
これも中々高額で、平民や弱小貴族が気軽に買えるものではない。
「えっ、待って、それ使うんですか!?ただの日焼けに、そんな高級品使える訳ないでしょ!?」
「え~だめです~、局長命令ですぅ」
「は?プライベートって煩いのはご自分なのに?都合の良い時だけ、権力を翳さないでください!」
「いいから、背中塗るよ!」
ぐいっと中途半端に着かけていたシャツを下ろされる。
「うわ、火膨れになりそうです」
ぴとりと冷えた感触の軟膏が、肩甲骨の間に置かれる。ざわりとした感覚に背中が跳ねないよう、肚に力を込めた。
ぬるっとした感触が、硬い指先で丁寧に塗り込まれていく。背骨を辿る感覚に、ひくりと震えた。
「ごめん、痛かった?」
「……大丈夫ですので、もう」
優しく慎重な手付きが、返ってアルカの感覚を鋭敏にする。まるで拷問のように、耐え難い感覚に襲われる。
「待って、あと、ここ」
「……っ」
項に指が這い、大きく息が漏れた。項が燃えるように熱いのは、日焼けのせいだけではあるまい。
「わ!ごめん、痛かったね、ここ酷いから。はい、大丈夫、終わったよ」
レグルスがあまりに鈍い声を漏らしたため、アルカは冷静を取り戻して息を吐いた。
1人で意識したのが、馬鹿みたいだ。きっちりシャツを着てから、礼を告げる。
「10分もすれば治ると思うよ」
何の邪気も無いレグルスの笑顔に、アルカも漸く蟠りが解けた。
「そう言えば、これ」
手の平に、先ほど川底から拾った原石を取り出す。
小さいがそれぞれが良質で、アクセサリーに加工できそうなサイズだ。
「わあ、良い原石だね!」
「……1つ差し上げます」
「へ?」
「どれでも選んで良いですよ。……軟膏のお礼です」
原石とアルカを見比べていたレグルスが、ぱあっと顔を輝かせた。
「じゃあ俺、これが良い!」
ぱっと1つ、レグルスが摘み上げて光に翳す。
「すごく綺麗だから」
まるで世界一大切なもののように、レグルスは原石をじっと見つめて、手の平にそっと握り込んだ。
「ありがとう、アルカ君。ずっと大事にする」
「……別に、ただの原石だし、……大袈裟です」
首の後がむずむずした。レグルスは胸ポケットに、大事そうに原石をしまい込んだ。
ポケットに落ちる前に瞬いた原石の輝きから、アルカはそっと瞳を逸らした。
依頼開始2日目にして村周辺でしか出来ないことは、レグルスのおかげて全て完了した。
明日は各家を回って、手伝いでもしようか。
隣で安らかに寝息を立てるレグルスを、膝を抱えながら見下ろす。
今夜もレグルスの懇願で睡眠を付与したが、不眠症の気でもあるのだろうかと疑問に思う。
もしそうなら、魔法や薬に依存するのは良く無い。後でさり気なく探ってみよう。
だが、どこか緩んだ幸せそうな寝顔を見る限り、そんなことは無さそうだ。
少し腹が立つ。悪戯してやろうか。不穏な考えがチラつくも、アルカは黙ってその寝顔を見つめる。
寝顔も良い。無防備な表情があどけない。
普段プライベート以外は、有能で近寄り難い雰囲気を出している癖に。
今ならレグルスを、殺すことだって出来るのに。
衝動的に少しだけ覆い被さって、顎先から喉仏の正中線を人差し指でなぞる。人体の急所だ。
暗殺術を体得しているアルカに、寝首を晒すなんて信じられない。
目の前で何も知らず眠るこの男を、好きなように出来るのは、世界中探してもアルカしかいない。
仄暗い背徳感に、頭が痺れた。
レグルスの魔力は、気持ちが良かった。
本能が疼いて、喉に触れたままの指先から、魔力が僅かに滲んでしまう。
疼きと渇きに冒されて、唇が触れそうな距離まで顔を寄せる。
暫く見つめてから、アルカは身を離した。どうかしている。レグルスを侮辱した。
自己嫌悪で静かに裏庭へ出る。デッキチェアに深く座って、中天の月を見上げた。
こんなの絶対にレグルスのせいだ。捨ててしまおうと持ってきた、手の中の原石を握り込む。
アンディに、何故か渡せなかった石。
手を開くと美しいエメラルドの原石が、月の静かな光で照らされて、闇の中で淡く光っていた。
ずっと大事にする、と大切そうに言ったレグルスが選んだのは、淡いアメジストの原石。
月光に透けたアルカの瞳と同じ色の、美しい石だった。
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