【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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夏の章 プリトー村編

29 魔術師の秘密

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 洞窟最奥部は大きな部屋のように、丸い空間になっていた。
 壁や天井、床に多数の高純度の水魔石が結晶化していて、一面に埋め尽くしている。

 様々な濃淡の青い魔石を光苔が淡く照らし、この世の景色とは思えぬ程に美しい。

 その青が揺らめく部屋の中央に、大きなボール程の水球が淡く光りながら浮いている。

 常人であれば昏倒しそうな程の魔素量と、強い原始的な水の力。
 それらが凝縮された空間に、アルカは平気で踏み入れた。

 ちらと振り返ると、レグルスもついて来ていた。

「レグは、ちょっとそこで止まって。火の力は怖がるかも知れないから」

 アルカが制すると、レグルスは無言で従った。俄には信じられないという顔をしている。

 気にせずに中央へ進んで、明滅した水球にそっと手を載せる。すっと魔力が吸われていく。
 アルカの魔力を半分ほど吸った水球は、パシャンと地面に落ちた。

 それから逆再生のように、水が足元から上って人の形を模していく。
 1分もかからぬ内に、水が幼く愛らしい女の子の姿を象った。

「久しぶり」

 アルカはふわりとその頭を撫でる。波紋は立つが水の膜は破れない。
 水で出来た幼女は表情が動くことは無いが、じっとアルカを見上げている。

 隣に立つ幼女を安心させるようにもう1度撫でてから、アルカは数メートル向こうのレグルスと対峙した。

「水精霊の幼体」
「……、そんな、いや、この濃度なら有り得るのか……!?」

 滅多に無いことだが、レグルスが取り乱した。無理の無いことだ。

 この世界には太古の昔、精霊がいた。
 精霊は人と共存が出来て、力を授けてくれる存在として、広く信仰されていた。

 だが、人が自然を開くに連れその姿は消え、今ではピピ=ティティテスタ大密林と霊峰セドルアの、最深部にのみ存在するとされている。

 それもこの50年、そこまで辿り着いて確認出来た者はいないため、殆ど伝説上の存在に等しいのだ。

「これ、誰も知らないんだけど、俺、本当は水魔法は特級まで使えるんだよ。そもそも氷属性が多くないからバレてないけど、本来はいくら親和性が高くても、氷属性が水の上級を使うのってかなり難しい」

 氷属性が上級水魔法を使用しようと魔力を強く込めると、うっかり凍らせてしまうのだ。アルカも前はそうだった。

 アルカは組紐で組まれたシャツを緩めて、胸をはだける。
 そこに魔力を込めると、ちょうど心臓の上辺りに小さな淡い光が、流線形の花弁のような模様を描く。

「偶然だった。その時はまだ弱々しいただの光だった、この子を見つけて助けたのは。その時授かったのが、この加護」

「精霊刻印……!」

 レグルスが茫然と呟いた。アルカの胸に浮かぶ水精霊の古代紋に、どうやら本物だと理解したようだ。

 アルカが最初にプリトーに訪れた際は、学園の夏季休暇の大半を過ごしたため、かなり山の中をほっつき回った。
 その際に洞窟前の魔泉で、魔物の群れに襲われている小さな光を助けた。

 魔物同士のことは、普段は介入なんてしない。
 だが、たった独りで大勢に虐げられている弱々しい光が、何故か酷く哀れに思えて、魔物を退けて魔力を分け与えた。

 その時である。アルカの胸が焼かれたように痛み、気が付くと刻印が光っていた。
 それから中級までしか使えなかった水魔法も、難なく特級まで使えるようになったのだ。

 アルカはギルドに入職するまで、その正体が何かはきちんと知らなかった。
 だが、捨て置けない事象であったため、職員権限で大資料室で色々と調べた。

 そこで見つけた精霊の文献で、漸く自分に何が起きたのかを悟った。
 同時に精霊の幼体が、とても危険なことも。

 精霊は、魔素濃度の極点に生まれる。
 存在維持に魔素を大量に消費するが、同時に魔素を生み出す存在でもある。

 その生命の循環は1年の内、活性期と通常期がある。
 活性期には魔素を大量放出するため、近場の生物を魔物化させる。

 だが魔物にとって、精霊の魔力は格別の食事となるため、自身へと魔物を呼び寄せてしまうことになる。
 力の強い成体ならば結界で事なきを得るが、幼体は未だ力が定まらないため結界も弱い。

 それに精霊は、質の悪い魔素や魔障に冒されると凶暴化して、厄介な魔物になる。
 未だ身を守れぬ幼体には、その危険が多分にあった。

 そのためにアルカは毎年、この精霊の活性期が終わって魔物が増える今時分に、洞窟を訪れて精霊を護っている。
 同時に魔物化の予兆や、洞窟が迷宮化して無いかの確認も行っている。

 本来であれば、ギルドに報告する案件である。だから、これは背任行為に他ならない。

 だが、アルカにはどうしても、報告することが出来なかった。
 明るみになれば、王家が介入する案件になる。冒険者もギルド自体も、我先にと利権の獲得に走るだろう。

 そうすればきっと、たった独りで必死に生きようと明滅するあの光は。
 毎年少しずつ形を変えて育つ、あの子は。

 消されるか消えるか、どちらにしろ人の欲望に踏み潰されるだろう。
 報告しようとする度に、アルカはそう苦悶した。

 だがそんな感傷すら、とどのつまりはアルカのエゴだと理解っている。
 根底は誰をも信じられず、誰に頼ることもしたくないアルカの独り善がりだ。

 この精霊を勝手に自分と重ねて、誰にも踏み荒らされたくないと思ったエゴだ。
 引き換えに村人の安全や多くの人の利益を無視した、単なる我儘なのだ。

 何が村の助けだ。
 依頼を1人で毎年引き受けているのだって、自分が楽になりたいだけの罪滅ぼしなだけだ。

 毎年村に訪れてほっとしているのは、純粋な情だけではない。
 何も異変が起きていないことへの安堵も、大きく含まれているのだ。

 最初の頃は気になって、数ヶ月に1度、密かに洞窟を訪れた。
 その結果、夏だけに活性化が起きて問題が起きることを把握した。

 基本的に1年に1回の巡視で、事足りることは経験で知っている。
 だが神格化されていると言っても所詮は、精霊と魔物は同質なのだ。絶対にイレギュラーが起きないなんて、保証は無い。

 異変があれば刻印に異常が出る筈だろうが、それからここに緊急で向かっても、最悪の事態を防げるかだって確証は無い。

 そんな綱渡りみたいなことを、アルカはずっともう8年も続けている。

「全部、覚悟してる」

 言い訳はすまい。黙ってレグルスを正面に見つめた。
 告白するにもされるにも、重過ぎる秘密だ。レグルスは暫し黙って、アルカを見つめ返している。

 水精霊がアルカの手を握って、レグルスと交互に顔を見ている。レグルスもまた、水精霊を見極めるように見つめた。

 長い沈黙の後、レグルスは漸く口を開いた。

「情報局長としての立場で言えば、この洞窟がダンジョン化したら、然るべき手順を踏んで管理します。……理由は明白ですね?」

 アルカは頷いた。仮にこの手を握る精霊が凶悪化したら、アルカは自ら手を下す覚悟もしている。

「だけど、今の俺はレグだから。ただの洞窟に、何も言うことはないよ」

 互いに探り合いの視線を絡ませて、先に外して俯いたのはレグルスだった。

「例えどうなっても、俺は絶対に、君とその子を傷付けない。だから、そう警戒しないで。……悲しくなるから」

 戦術的思考は充分過ぎるほど、互いに理解しているのだ。レグルスは正しく、この距離の意味を理解していた。

 伏せた顔を上げて、レグルスはそこから1歩も動かず、真摯な顔で告げた。

「俺にも、一緒に背負わせて」
「……なんで」

 予想外の言葉に、声が震えてしまった。
 
「俺はレグとしても、レグルスとしても、いつも君の1番の味方になりたい」

 信じて欲しいのだと、レグルスの全身が叫んでいる。

 ぐっと奥歯を噛み締めた。叱責や誹りだって受けるつもりだった。こんな言葉を聞く準備はしていない。

「あんたにとって、なんの得にもならない……」
「君の力になりたい。俺がそうしたいだけ」

 レグルスは拳を握り込んだ。だけど決して、足は踏み出さなかった。

「なんで、いつも俺なんかのために、……色々してくれるんですか」

 俯いた先に水精霊の小さな顔が見えた。無表情であるのに、どこか不安気だ。

「理由の1つは、……君がいつも、俺にたくさんくれるから。だから俺も、何か1つでも、君にあげられるものがあればいいって」

 差し出されたレグルスの心の形は明確で、このまま簡単に手で掴んでしまいたくなる。

 心というのは難しい。拒否したくなったり、受け取ってみたくなったり。
 払い除けたくなったり、縋りたくなったり。
 許して欲しかったり、許して欲しくなかったり。

「……物好きだな、あんた」
「……傍に行っても?」

 水精霊を窺うと、レグルスに拒絶反応は示していなかった。
 頷くと、レグルスは静かに近づいて来た。真っ直ぐにアルカの前に立つ。

「俺、本当は5属性持ちなんです。皆にはただ、俺が色々使えるだけと思わせているけど。まあ、それでも他より火と風が強くて、他が苦手ってのは変わらないんだけどね」

「5属性……?」

 1人で5つの属性を持っているなんて、聞いたことがない。多くて3属性が関の山だ。
 開示されたレグルスの秘密に、衝撃を受ける。

「だから、少し良いですか」

 レグルスは柔らかい笑みで、水精霊の頭に手を置いた。ぽうっと精霊が光る。

「火の力を抑えて、俺の魔力を流しました。この子の安定に役立つ」

 精霊はじっとレグルスを見つめてから、足元にまとわりついた。

「……礼を伝えてます」
「ふふ、どういたしまして」

 ようやく緊張の解けた空気が戻り、2人で気の抜けたように顔を合わせて笑った。
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