【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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夏の章 プリトー村編

32 プリトー村の宴

 翌日、アルカは午前いっぱいを使って、本当にレグルスを泳げるようにした。

 レグルスの身体能力が良かったのもあるが、やっぱりアルカは鬼教官だった。
 半分は昨夜の痴態に今更動揺した、アルカの八つ当たりである。

 今まで山は1人で過ごしていたから気が付かなかったが、どうもあの洞窟の魔素に当てられていたらしい。

 だから毎年ここで飲む酒が異常に美味く、いつもより回りやすかったのだ。
 そう言えば1人の時も、洞窟帰りは妙なハイテンションで魚を焼いていた。

 昨日のアルカは少々おかしかった。魔素のせいで。
 そういうことにする。あくまで魔素のせいなのだ。

 ひぃひぃ言いながら懸命に泳ぐレグルスに檄を飛ばしながら、アルカは1人頷いた。


 昼過ぎに山から下りると、村人が広場に集まっていた。
 中央に焼台が幾つか置かれていて、皆わいわいと食事の用意をしている様子だった。

「アンディさん、どうしたの?何か良いことあった?」

 アルカたちが近寄ると、村人たちがワッと沸いた。

「どうしたもこうも、この間トマシュ爺さん助けてくれた礼だよ!見ろよ、爺さん張り切っちまって、樽まで出してきた」

「あんたら、明日の朝には出立だろ?今回は色々、お土産ももらったしねぇ!」

 待ち構えていた様子で、アンディ夫妻が笑って手を引いた。
 毎年最終夜は、アンディ宅で振る舞いを受けていたが、流石に広場での宴は初めてだ。

「レグも色々ありがとな!」

 アンディに肩を組まれて、エールの樽に連れて行かれるレグルスは、何処か面映そうに笑っていた。

「ルカちゃん、あたしの孫、こっち来んさい」
「抜け駆けはしないって、約束じゃないの」

 わらわらと姦しい婆様軍団が寄って来る。

「婆さん、浮気じゃて。ルカ坊みたいな鼻垂れより、儂の方が渋いじゃろ」
「爺様、俺がいつ、鼻垂らしたんだよ」

「ルカ坊、こっちゃ来い!この樽全部、お前にやる!」
「やった!俺、トマシュ爺のエールが1番好きだよ」
「なんじゃと!ルカ坊、儂のエールの方が、そいつのより美味いに決まっとる!」

 トマシュや他の爺様たちも加わって、途端に笑い声が大きくなる。

「ほらほら、皆!串焼き始めようじゃないか!爺様婆様のおねむの時間になっちまうよ!」

 デイジーがパンと手を鳴らすと、皆ぞろぞろと、てんで好き勝手話しながら焼台へと集まった。

「ほら、男衆は焼きに入って、美人の奥様方に誠心誠意お仕えしろよ!」
「さすが色男は、言うことが違わい」

 アンディの軽口に、わっははと笑いながら、爺様たちは慣れた手付きで、肉や野菜の串を網に並べていく。

 エールが波々と注がれた木製の大ジョッキが、手から手へ渡ってくる。
 夕暮れには少し早い時間、辺りに芳ばしい匂いが立ち込めて、乾杯の声が大きく響いた。

 採れ立ての新鮮野菜に、地物の鹿肉や猪肉、兎肉などが多数並び、持ち寄りの各家庭料理も並ぶ。
 アルカの大好物の、デイジー特製煮込みもあった。

 各テーブルに引っ張りだこの、レグルスとは暫く話していないくらいだが、視界に入るレグルスは本当に楽しそうだった。

 特に爺様たちから格別に可愛がられているようで、アンディや他の爺様と焚き火を囲んで、秘蔵の地酒を呑まされている。

「あらやだ、レグちゃん大丈夫かしら。アレ呑まされてるわ」

 デイジーが心配そうにレグルスを見ながら、隣の席に腰掛けた。

「大丈夫だよ、レグが潰れたの見たことない」

 アルカもその様子を眺めながら、エールを呷った。
 あの地酒はバーボンなのだが、ここのはどういう訳か、他の産地よりかなり度数が強い。

「アレが出たんなら、相当気に入られたわね、レグちゃん。良い子だもんね」

 息子を見るように目を細めたデイジーは、アルカを覗き込んだ。

「良い人見つけたね」

 全部見透かす風な瞳に言葉に詰まって、エールを呑んで誤魔化す。

「あんたにも漸く、魂送りを一緒に過ごしても良いって思える相手が、出来たんだね」

 そっと肩を抱かれる。柔らかなのに硬くて厚い手の平は、土と生きる人の手だ。

「あんたみたいな子供がずっと、魂送り1人で過ごしてんの、ホントは皆心配してたんだよ」
「俺、もう子供じゃないよ」
「ふふ、息子は皆そう言うね。一番上もこの間そう言ってたわ」

 デイジーの長男はもう30歳を過ぎていて、トスカの町で所帯を持っていると聞いたことがある。

「レグちゃんがね、この間、必死だったんだよ。トマシュ爺を村まで連れて来た時にね、アタシたち止めたんだよ、あんたを探しに行くのは危険だって」

 雷雨の中、レグルスは馬で飛び出そうとしたのだ。自然の雷が脅威になるのは、魔術師も変わらないのに。

「あんたは賢いからね。ここらに慣れてるし、大丈夫だって止めたんだよ」

 内輪の感覚だったと暗に伝えてくれて、素直に頷く。

「でもね、レグちゃん、ルカちゃんが何より大事だから、自分が危険だっていいって、飛び出して行っちゃった」

 バチンと焚火の木組みが跳ねた。いつの間にか楽器を鳴らして、わいわいと唄が始まっている。

「ね、ルカちゃん、良かったねぇ。こんな広い世界でさ、たった1人に出会えるってさ、中々無いんだよ」

 デイジーが肩を擦って抱擁をくれた。柔らかい日向の温もり、アルカが持ち合わせなかったものだ。

「アタシの可愛い末っ子、来年も必ず2人で帰っておいで」
「……デイジーさん」

「デイジー!ルカちゃんは、あたしの孫だよ!」

 ジンとした空気を杖を振り回しながら壊した婆様に、アルカとデイジーは顔を見合わせて、大きく笑った。

 宴は遅くまで続き、年寄りたちが眠気に耐えられなくなって、お開きとなった。
 皆と就寝の挨拶をして、今日が最後の夜となる借家へぶらぶらと歩く。

 明日早朝に村を出て馬車に乗り、夜遅くには王都に戻ることになる。
 ギルドは休みだが、帰省用に転移陣だけは短縮営業で稼働させるので、移動も来た道を戻るだけで済む。

「楽しかったね、アンディさんの地酒、美味しかったなあ」

 さすがに酒精が回っているのか、レグルスはいつもより緩い口調になっている。
 それに、星を見上げて歩いているので、何だか小川に落ちそうだ。

「レグルス、手」
「はぁい」

 差し出した手の平に、ぽんとお手をされた。違うそうじゃない。

「レグってさ、わりとぽんこつだよな」

 ぐいっと引っ張って握り込む。酔っている癖に、体幹が強くて苛ついた。

「落ちそうだから」
「……ぽんこつ、じゃない、とは言えないけど、……ふふ、手ぇ繋いでもらっちゃった」

「介護の一環だよ」
「えっ……、……えっ?……まさか今までの全部……」

 絶望した顔で立ち止まって、ブツブツ考えているレグルスを引っ張って、歩みを再開した。

「レグって、アンディさんに懐いてるな」

 長考した結論に更に絶望的な顔になったレグルスを、いい加減引き戻すべく、少し気になっていたことを尋ねてみる。

 初対面の時からレグルスはアンディに対して、少し様子が違った。
 その下について、もう5年の付き合いになり、今では右腕なのだ。それくらいは分かる。

「……昔、すごく世話になった人に似てるんだ。……懐かしくなっちゃって」
「……そっか」

 多分、その人にはもう会えないのだろう。寂寞とした声音に悟る。アルカは不意に握った指を絡めた。

「!?」

 闇夜でも分かるくらいに、レグルスが狼狽えている。

「あっ、これも介護か……!?」

 まだ引き摺ったままのレグルスに加虐心が湧いて、絡めた指をゆっくりと擽るように上下させた。

「……アルカ、……意地悪しないで」

 片手で顔を覆って小さくなったレグルスに口の端を上げて、アルカは上機嫌で家路を辿った。

 
「後生だから睡眠魔法かけて!お願いしますぅ!」

 最終日だと言うのに、またしてもベッド問題が発生した。

 今更、何をわやわや言っているのか。
 ベッドに先に入ってすっかり寝支度を整えたアルカは、目だけで冷たくレグルスを見ていた。

 とうとうレグルスがベッドの端で半泣きで土下座をするので、アルカは横向きに寝返りを打って、レグルスを見上げた。

「あのさ、不眠だからって魔法や薬に頼ると依存しちゃって、ますます駄目になるの知ってるだろ?自力で寝た方が良い」

 絶句したレグルスが頭を抱えて、わなわなと顔を上げる。

「寝られないのは本当だけど、ねぇ、アルカ君、君もさ他人のこと言えないよ?いや、本当、俺の言ってること分からないの?分かるよね?」
 
 何だ。何か酷い侮辱を受けた気がする。ムッとした。

「はぁ?何が?ねぇ、俺、眠いの。さっさと寝て。明日早いから」
「ほらね!君って本当、酷い人だ……!」

 ぐすぐす泣き言を言いながら、レグルスはベッドの一番端に、ぎゅっと細くなって横になった。

「は?なんでそんな端に?またこの間みたいに落ちるって」
「あ~……、アレはね、落ちたっていうか、……落ちたんだよなぁ……」

「意外と寝相悪いんだな」
「……もうそれでいいよ」

 目を閉じて直立不動で固まるレグルスが、何だか面白くない。
 あれだけ熱っぽいことを囁いた癖に。揶揄われたのだろうか。何だそれ、全く面白くない。

 アルカはごろっと転がってレグルスの体に寄り添い、その腕を引っ張った。

「アアアア、アルカ君!?」
「もう少しこっち、寄って」
「無理です無理」
「……なんで。……嫌になった?」

 早口の即答に、心がささくれ立つ。心の割れたところが軋む。

「~~っ、君はもう、そういうとこだって!」

 レグルスは少し乱暴に、アルカを腕の中に引き入れた。抱かれた強さと、響いてくる早い鼓動に安堵して息を吐いた。

 その胸元に顔を埋めてすうっと吸い込むと、この1週間ですっかり慣れてしまった、レグルスの匂いが肺を満たす。

 腰を抱く手の平の硬さも慣れたし、レグルスの呼吸のリズムも慣れた。

 髪に差し込まれた指も、埋められた唇の感触も。紅い髪が頬を撫でる時の擽ったさも。

 寝起きの悪さも、低く囁く声も。自分だけを見つめる甘い瞳も。
 余裕の無い熱も、求める雄の顔も何もかも。

 レグルスを知り過ぎてしまった。

 知らなかった時は、どうしていたのだろう。明日からは、別の家に帰ることになる。
 元の日常に戻るようで、もう戻れないだろう。

 明日から始まるのは、全く新しい日々だ。
 知る前には戻れないし、レグルスとの関係は決定的に変わってしまった。

「レグ」
「うん……?」
「送魂祭、誰かと過ごしたの、久し振りだった。魂送り、人と見たのも子供の頃以来。誰かと、じゃなくて、レグルスと一緒にいて……すごく楽しかった」

 頬を胸に擦り付けると、レグルスの腕がぎゅっと引き寄せて、隙間が無くなるくらいに密着する。

「俺も毎年、この休暇は仕事して1人で過ごしてた。……だから、俺も初めて」

 胸に付けた耳に直に伝わる、レグルスの深い声に酔い痴れる。

「アルカと過ごせて、俺もすごく嬉しかった。依頼受けたり、洞窟行ったり、村の人とも仲良くなれて、すごく楽しかった」

 まるで元々1つだったようにくっついているというのに、もっと重なりたくなって、アルカは額をぐりぐりとレグルスの胸元へ擦り付けた。

「……幸せだなぁ。……アルカと居ると、俺、すごく幸せ」

 微笑んだような声が囁く。ゆっくりと髪を撫でられると、眠気に抗えなくなってくる。

 その腕の中で深く呼吸を合わせれば、世界にレグルスの存在だけしか感じない。

「……俺も。……ここ、すごく安心する……」

 どこよりも温かくて、安心する場所を知ってしまった。

 後悔に似た恐怖が、微睡みに溶けて消えていった。
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