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夏の章 バカンス編
45 海底神殿
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光魔法で唯一無二の固有魔法が、封印である。
封印術式は魔術理論で構築はされているが、光魔法の封印はそれを容易く凌駕し、広範囲に強固な封印を施すことも、逆にどんな封印も解除してしまえる。
それが今回、この結果を生んだ。なんて悪質なのか。封印術式を工夫しなければいけない。
アルカは忸怩たる思いで、魔術陣から降り立った。
旧海底神殿エントランスに転移したアルカたちは、辺りを見回した。
赤封印の末期ダンジョンに入ったのは初めてだ。確かに魔素がかなり少なく、不安定な歪みを感じる。
神殿全体は不可視のドームに覆われていて、海中だが息もちゃんと出来る。
アルカは未だ迷宮機能が働いていることに、少し安堵した。だが、このドームもいつ崩壊するか分からない。
水深約400メートルに位置する神殿内は薄暗く、あちこちが海水に浸されていた。
ドームの膜で歪んで見える外の海中も、暗く先が見通せない。
静かな死の気配が、ひたひたと寄って来る錯覚を覚える。
「あいつら、どこ行った?」
「もう進んでしまったのかも知れません」
影たちと足を進めて、神殿内に踏み入る。
神殿と行っても広く迷路状になっていて、崩れた柱や崩落した天井に、あちこちに流れる水の滝が道を複雑にしている。
「お前たちに注意事項を伝える。魔法は使うな。魔素のバランスが崩れると、崩壊を早める可能性がある。それから、死神が出たらにげろ」
「……死神とは?」
「末期ダンジョンは、もう殆ど魔物もいない。けれど代わりに他には出ない魔物、の類が出る。正体解明は出来てない。時折誰かみたいな馬鹿で、運良く生き残った奴から、偶に情報が出るくらいだから」
「た、対処方法は?」
「魔法も使えないし、殆ど無いな。真っ黒な影みたいな外見で、エレメント系やレイス系と似ている」
「つまり、物理も効かないと……?」
「そう、逃げるしかない。どちらにしろ、戦う暇なんて無いんだよ。一瞬後には、全員消滅してる可能性もあるんだから」
アルカの言葉に流石の影たちも青褪めた。
「早く探しましょう……!」
アルカも頷いて全員で駆け出した。
瓦礫を飛び越え、倒れている柱を伝い、隈無く捜索を開始する。不意に影の1人の行く手の空気が揺れた。
「止まれ!」
「え」
急停止に間に合わず、影の前の空間が歪み、そのまま男を飲み込んだ。
「ゾーイ!」
反対側に居た影が名を叫ぶが、消えた男から返事は無かった。
「……消滅じゃない。多分。何処かに飛ばされた……?だったら王子たちを見つけられないのも、理屈がつく」
もし消滅が始まったなら崩落から始まり、段々と極点に空間が収束する。消滅過程はギルドでも観察済みだ。
とすれば、入った時から感じた不安定な歪みは、空間を繋げるワープのような物ではないか。
しかし未だ揺らめいている歪みに飛び込む決断が出来ず、残った王家の影を促して先へ進む。
「……!」
背中の産毛が一気に逆立つ感覚がして、手を挙げて影を制した。影も感じているのか、冷や汗を流している。
瓦礫の影から前方の空間を覗く。
居た。真っ黒で大きな靄のような影。
死神だ。うろうろと部屋を彷徨っている。
「……、」
顔面蒼白の影が、指差す。
部屋の隅にゾーイと騎士のロドリック、宰相の息子リチャードが倒れている。
最悪だ。どうやって助ければ、と唇を噛み締めていると、死神は不意に動きを止め、それからすーっと奥の方へ消えて行った。
「ゾーイ!」
「う……」
すかさず影が仲間に駆け寄る。アルカもロドリックたちに駆け寄り、呼気を確かめる。
「大丈夫、気絶してるだけだ」
ロドリックたちは昏倒しているのか、ぴくりともしないが規則正しく呼吸はしていた。
「そっちは?大丈夫か?」
「う、すみません……。自分でも、何が何だか……。いきなり視界が歪んだかと思ったら、意識を失って……」
ゾーイが起き上がって頭を振る。一先ず無事の様子だ。
「ゾーイ、緊急転移陣を」
影が促すと、ゾーイは腰のポーチから術書を1本取り出した。
「アルカ殿、申し訳無い。ゾーイと、この2人を運んで脱出いただけるか?私は王子を追う」
「……いや、俺が行く。お前たちがコイツらを連れ帰ってくれ」
影の申し出に、アルカは首を振った。
「しかし、貴方に尻拭いを押し付ける訳には」
「末期ダンジョンに詳しいのは、俺達職員だ。この方が全員の生存率が高い」
影たちの実力や経験では、この迷宮は荷が重いだろう。アルカよりも、崩壊の予兆や変化に敏いとは思えない。
それが1番、余計な犠牲を出さずに済む方法なのだ。それは影たちも理解していることだろう。
「……恩に着る。この借りはいずれ」
今ある最適解に即断した影たちは、アルカに緊急転移陣を渡し、素早く倒れたままの2人を背負う。
「……もしもの時は、貴方の判断を、我々が肯定する」
振り返った影が呟く。血も涙も無い集団だと思っていたが、まさかの発言だ。
アルカは目を丸くしながらも笑った。
「大丈夫。見捨てずに、ちゃんと連れ帰る」
影たちは何も言わずに、今度こそ駆け出した。
アルカは死神が向かった方へ目を向けた。方角的に最奥へと向かう道になる。
このまま進めば、王子たちにも会える気がする。死神はまるで、目標を見つけたような動き方をした。
アルカは慎重に死神の後を追った。
程なく死神の背を見つけ、距離を取りながらつけていく。
死神はふらふらと揺れながら、時折体の一部を歪ませて進んだ。どうも生物らしい気配が感じられない。
エレメント系やレイス系もふわふわしているが、もう少し感情が垣間見えるのだ。
よく分からないが、もっと早く歩いて欲しい。アルカは苛々を堪えながら、辛抱強く尾行した。
漸く朽ちた聖堂に辿り着く。ホテルで見たような太い柱が等間隔に並び、上から左右の水路に水が流れ込んでいる。
最奥には、古代の女神の大きな彫像が安置されていた。
そこだけ空間歪のせいか光が差し込み、静謐で清浄な雰囲気を醸し出している。
その女神像の下に、王子とレイが立っていた。すーっと死神が近づいて行く。
「殿下!」
注意を引こうと大声で叫んだが、死神は真っ直ぐ王子たちに寄って行く。
「きゃああ!」
「何だこれは!」
死神に気が付いた2人が大声を出す。ここからでは間に合わない。
「やだあ、来ないで!」
カッと強い光がレイから放たれ、2人を眩い結界が包む。死神は結界に弾かれ、不安定に揺れて空間を歪めながら消えた。
「殿下、ご無事ですか!?」
「あ、ああ。……というか、誰だお前は。新入りの影か?」
駆け付けると結界を解いた王子たちが、胡乱げな目でアルカを見た。
だが、今はそれどころじゃない。レイが魔法を使ったため、何が起きてもおかしくない。
「それより殿下、直ぐに脱出していただきます。ここは末期ダンジョンで、いつ崩壊してもおかしくないのです!」
「む……、崩壊だと?」
「左様です。このまま崩壊が始まると、空間ごと消滅致します」
アルカが詰め寄ると、王子は気圧されながらも頷きかけた。
「え~っ、駄目ですよぅ、殿下。まだパワーアップアイテム手に入れて無いですぅ」
レイが間に入り込む。うるうると王子を見上げる瞳に、アルカがとうとう切れた。
「お前が欲しいものは、ここには無い」
「ほぇ~、何このモブ。生意気な口利くじゃんかぁ?」
首を傾げながら覗き込むレイに、腹の底から怒りが湧く。前から言ってやりたかった言葉が、本当にたくさんある。
「お前が探している水宝珠は、別の海底神殿だ。分かったら、話の邪魔をするな」
「え……?」
唇をアヒルみたいにした笑顔を貼り付けたまま、レイは動きを止めた。
「おい、貴様、無礼だぞ。レイは我が婚約者……」
「はいっ、お休みなさい~っ」
睡眠魔法が王子に付与された。付与者はレイである。
「な……、お前、何してんだ……?」
「ちょっと王子には聞かせたくなかったからぁ、おねんねしてもらったのぉ」
どさりと倒れた王子を放置して、レイが下から覗き込みながら近づいて来る。
「おい、モブ。何であたしたちが、水宝珠を探してるって、分かったぁ?」
妙な迫力に少し後退る。レイはもっと、愛らしい顔をしていた筈だ。だが、この目の前に居る少年の顔は悍ましい。
「護衛中に、お前たちの会話を聞いてたからだ」
レイは片眉を上げて笑んだ。
「俺はモブって名前じゃない、って言わないんだね」
そう言った少年の笑みが酷薄に歪んだ。
封印術式は魔術理論で構築はされているが、光魔法の封印はそれを容易く凌駕し、広範囲に強固な封印を施すことも、逆にどんな封印も解除してしまえる。
それが今回、この結果を生んだ。なんて悪質なのか。封印術式を工夫しなければいけない。
アルカは忸怩たる思いで、魔術陣から降り立った。
旧海底神殿エントランスに転移したアルカたちは、辺りを見回した。
赤封印の末期ダンジョンに入ったのは初めてだ。確かに魔素がかなり少なく、不安定な歪みを感じる。
神殿全体は不可視のドームに覆われていて、海中だが息もちゃんと出来る。
アルカは未だ迷宮機能が働いていることに、少し安堵した。だが、このドームもいつ崩壊するか分からない。
水深約400メートルに位置する神殿内は薄暗く、あちこちが海水に浸されていた。
ドームの膜で歪んで見える外の海中も、暗く先が見通せない。
静かな死の気配が、ひたひたと寄って来る錯覚を覚える。
「あいつら、どこ行った?」
「もう進んでしまったのかも知れません」
影たちと足を進めて、神殿内に踏み入る。
神殿と行っても広く迷路状になっていて、崩れた柱や崩落した天井に、あちこちに流れる水の滝が道を複雑にしている。
「お前たちに注意事項を伝える。魔法は使うな。魔素のバランスが崩れると、崩壊を早める可能性がある。それから、死神が出たらにげろ」
「……死神とは?」
「末期ダンジョンは、もう殆ど魔物もいない。けれど代わりに他には出ない魔物、の類が出る。正体解明は出来てない。時折誰かみたいな馬鹿で、運良く生き残った奴から、偶に情報が出るくらいだから」
「た、対処方法は?」
「魔法も使えないし、殆ど無いな。真っ黒な影みたいな外見で、エレメント系やレイス系と似ている」
「つまり、物理も効かないと……?」
「そう、逃げるしかない。どちらにしろ、戦う暇なんて無いんだよ。一瞬後には、全員消滅してる可能性もあるんだから」
アルカの言葉に流石の影たちも青褪めた。
「早く探しましょう……!」
アルカも頷いて全員で駆け出した。
瓦礫を飛び越え、倒れている柱を伝い、隈無く捜索を開始する。不意に影の1人の行く手の空気が揺れた。
「止まれ!」
「え」
急停止に間に合わず、影の前の空間が歪み、そのまま男を飲み込んだ。
「ゾーイ!」
反対側に居た影が名を叫ぶが、消えた男から返事は無かった。
「……消滅じゃない。多分。何処かに飛ばされた……?だったら王子たちを見つけられないのも、理屈がつく」
もし消滅が始まったなら崩落から始まり、段々と極点に空間が収束する。消滅過程はギルドでも観察済みだ。
とすれば、入った時から感じた不安定な歪みは、空間を繋げるワープのような物ではないか。
しかし未だ揺らめいている歪みに飛び込む決断が出来ず、残った王家の影を促して先へ進む。
「……!」
背中の産毛が一気に逆立つ感覚がして、手を挙げて影を制した。影も感じているのか、冷や汗を流している。
瓦礫の影から前方の空間を覗く。
居た。真っ黒で大きな靄のような影。
死神だ。うろうろと部屋を彷徨っている。
「……、」
顔面蒼白の影が、指差す。
部屋の隅にゾーイと騎士のロドリック、宰相の息子リチャードが倒れている。
最悪だ。どうやって助ければ、と唇を噛み締めていると、死神は不意に動きを止め、それからすーっと奥の方へ消えて行った。
「ゾーイ!」
「う……」
すかさず影が仲間に駆け寄る。アルカもロドリックたちに駆け寄り、呼気を確かめる。
「大丈夫、気絶してるだけだ」
ロドリックたちは昏倒しているのか、ぴくりともしないが規則正しく呼吸はしていた。
「そっちは?大丈夫か?」
「う、すみません……。自分でも、何が何だか……。いきなり視界が歪んだかと思ったら、意識を失って……」
ゾーイが起き上がって頭を振る。一先ず無事の様子だ。
「ゾーイ、緊急転移陣を」
影が促すと、ゾーイは腰のポーチから術書を1本取り出した。
「アルカ殿、申し訳無い。ゾーイと、この2人を運んで脱出いただけるか?私は王子を追う」
「……いや、俺が行く。お前たちがコイツらを連れ帰ってくれ」
影の申し出に、アルカは首を振った。
「しかし、貴方に尻拭いを押し付ける訳には」
「末期ダンジョンに詳しいのは、俺達職員だ。この方が全員の生存率が高い」
影たちの実力や経験では、この迷宮は荷が重いだろう。アルカよりも、崩壊の予兆や変化に敏いとは思えない。
それが1番、余計な犠牲を出さずに済む方法なのだ。それは影たちも理解していることだろう。
「……恩に着る。この借りはいずれ」
今ある最適解に即断した影たちは、アルカに緊急転移陣を渡し、素早く倒れたままの2人を背負う。
「……もしもの時は、貴方の判断を、我々が肯定する」
振り返った影が呟く。血も涙も無い集団だと思っていたが、まさかの発言だ。
アルカは目を丸くしながらも笑った。
「大丈夫。見捨てずに、ちゃんと連れ帰る」
影たちは何も言わずに、今度こそ駆け出した。
アルカは死神が向かった方へ目を向けた。方角的に最奥へと向かう道になる。
このまま進めば、王子たちにも会える気がする。死神はまるで、目標を見つけたような動き方をした。
アルカは慎重に死神の後を追った。
程なく死神の背を見つけ、距離を取りながらつけていく。
死神はふらふらと揺れながら、時折体の一部を歪ませて進んだ。どうも生物らしい気配が感じられない。
エレメント系やレイス系もふわふわしているが、もう少し感情が垣間見えるのだ。
よく分からないが、もっと早く歩いて欲しい。アルカは苛々を堪えながら、辛抱強く尾行した。
漸く朽ちた聖堂に辿り着く。ホテルで見たような太い柱が等間隔に並び、上から左右の水路に水が流れ込んでいる。
最奥には、古代の女神の大きな彫像が安置されていた。
そこだけ空間歪のせいか光が差し込み、静謐で清浄な雰囲気を醸し出している。
その女神像の下に、王子とレイが立っていた。すーっと死神が近づいて行く。
「殿下!」
注意を引こうと大声で叫んだが、死神は真っ直ぐ王子たちに寄って行く。
「きゃああ!」
「何だこれは!」
死神に気が付いた2人が大声を出す。ここからでは間に合わない。
「やだあ、来ないで!」
カッと強い光がレイから放たれ、2人を眩い結界が包む。死神は結界に弾かれ、不安定に揺れて空間を歪めながら消えた。
「殿下、ご無事ですか!?」
「あ、ああ。……というか、誰だお前は。新入りの影か?」
駆け付けると結界を解いた王子たちが、胡乱げな目でアルカを見た。
だが、今はそれどころじゃない。レイが魔法を使ったため、何が起きてもおかしくない。
「それより殿下、直ぐに脱出していただきます。ここは末期ダンジョンで、いつ崩壊してもおかしくないのです!」
「む……、崩壊だと?」
「左様です。このまま崩壊が始まると、空間ごと消滅致します」
アルカが詰め寄ると、王子は気圧されながらも頷きかけた。
「え~っ、駄目ですよぅ、殿下。まだパワーアップアイテム手に入れて無いですぅ」
レイが間に入り込む。うるうると王子を見上げる瞳に、アルカがとうとう切れた。
「お前が欲しいものは、ここには無い」
「ほぇ~、何このモブ。生意気な口利くじゃんかぁ?」
首を傾げながら覗き込むレイに、腹の底から怒りが湧く。前から言ってやりたかった言葉が、本当にたくさんある。
「お前が探している水宝珠は、別の海底神殿だ。分かったら、話の邪魔をするな」
「え……?」
唇をアヒルみたいにした笑顔を貼り付けたまま、レイは動きを止めた。
「おい、貴様、無礼だぞ。レイは我が婚約者……」
「はいっ、お休みなさい~っ」
睡眠魔法が王子に付与された。付与者はレイである。
「な……、お前、何してんだ……?」
「ちょっと王子には聞かせたくなかったからぁ、おねんねしてもらったのぉ」
どさりと倒れた王子を放置して、レイが下から覗き込みながら近づいて来る。
「おい、モブ。何であたしたちが、水宝珠を探してるって、分かったぁ?」
妙な迫力に少し後退る。レイはもっと、愛らしい顔をしていた筈だ。だが、この目の前に居る少年の顔は悍ましい。
「護衛中に、お前たちの会話を聞いてたからだ」
レイは片眉を上げて笑んだ。
「俺はモブって名前じゃない、って言わないんだね」
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