【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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夏の章 バカンス編

47 帰りたい場所

 鐘に似た音がまた響いた。崩落は未だ続いている。海水は膝くらいの位置まで、上がって来ている。

 いっそ退屈なくらいだ。もう誰も、助けに来ることは出来ないだろう。
 誰だって他人のアルカより、自分の命の方が大事だ。そんなの子供の頃からそうだし、別に何も変わらない。

 だが、無価値な自分でも、何人かの命を救い、王族まで救えたのだ。
 ここで殉職しても栄誉こそあれ、誰も文句は言うまい。

 これで良かったのかも知れない。愚かな自分には、相応しい末路に思える。

 顔を両手で覆えば、レグルスのことしか思い浮かばない。
 謝りたいと願う気持ちと、絶望に比例した暗い気持ちが交互に攻めぎ合う。

 レグルスに消えない傷を遺して消えれば、きっと一生忘れないでくれる。
 そんな仄暗い欲もちらついて、自嘲した。酷く浅ましく自分勝手な、醜い願いだ。

『……それは、置いていかれる方を加味してない意見だなあ』

 ふとレグルスの声が蘇る。
 2人で魂送りを見ながら、アルカは死んでも想われるなら幸せと言った。レグルスはそれに、こう返したのだ。

 置いていけない。
 とてもじゃないが、レグルスを置いていくなんて出来やしない。

 レグルスを、1人にしてはいけない。
 何より、自分が誰よりも傍にいたい。

 アルカは立ち上がった。もう1度、封印解除の術式を試していく。

 光魔法の封印や結界は、魔障対策にさえ使われるものだ。やはり魔術式とは土台が違い過ぎて、上手くいかない。
 結界を破れるだけの魔法を、ぶつけるしかないのだろうか。しかし封印までも破れるだろうか。

 いや、やるしか無い。レグルスの元に帰るには、何とか破るしか無いのだ。

 アルカが覚悟を決めて、息を吸い込んだ時だった。微かに声が聞こえた気がした。

 もう1度。名前を呼ぶ声だ。
 知っている。この声を良く知っている。
 アルカが今1番に会いたい人。

「レグルス!!」

 結界を何度も強く叩いて、大声で叫ぶ。

「レグ!レグルス!!」

「アルカ!!」

 結界の向こうから、腹を越した海水を掻き分けて、レグルスが現れた。
 レグルスは焦りながら、結界に両手で張り付く。

「何だ、これ……!」
「光魔法の結界に封印がされてある!俺じゃ破れない……!」
「……クソっ、かなり荒いことするから、離れて!」

 結界に触れたまま、レグルスは集中し始めた。足元から光が溢れるのに合わせて、水も逆巻いて上がる。

 5色の光が、浮いた水の渦を照らしている。レグルスの全ての属性の色だ。
 魔力の流れに沿って光りながら輝く水が、レグルスを中心に筋状に渦巻いて弾けていく。

 その瞳孔が縦に開き、エメラルドの瞳に金色の虹彩が幾重にも瞬く。

 圧倒的な魔力に、生物としての本能が怯む程だ。魔力の強大な奔流が、レグルスの腕を伝って結界に流される。

「レグルス……!」

 レグルスの腕が焼け爛れている。その痛みなど気にも留めずに、レグルスは更に魔力を込めた。

 あんなに傷付けたのに。レグルスは容易く自分を犠牲にして、アルカを優先することを止めない。

 アルカが大切だから、自分の身なんて構わない。
 あの言葉は比喩じゃないのだ。いつ消滅してもおかしくないのに、生命を賭けてアルカのために来てくれたのだ。

 レグルスは、本当に馬鹿だ。

 水と踊る光が滲んで、視界が美しい。
 結界は舞い散っている水飛沫を通さない筈なのに、何故か頬が止めどなく濡れていく。

 バキンと大きな音を立てて、封印諸共結界が粉々に砕けた。砕けた結界が、光になってキラキラと消えて行く。

「アルカ!」

 レグルスは焼けた腕など全く気にせずに、アルカをぎゅっと抱き締めた。

「……レグ、今直ぐ治すから!」

 少し身を離して、酷い火傷を負ってしまった腕にヒールを施す。

「間に合って良かった……!」
「レグルス……!」

 ぎゅっと胸に縋り付いたのも束の間、また鐘の音が響く。

「今から緊急転移するよ」
「分かった、俺が展開する」

「俺の個人用だから、俺の魔力じゃないと展開しないんだ。アルカはしっかり掴まってて」

「魔力足りる?」
「大丈夫、まだ2割は残ってるから!」

 そう言いながらも蒼白なレグルスの顔を引き寄せ、魔力を唇から素早く半分以上送った。

「……ありがとう」

 柔らかく目を細めたレグルスが、収納袋から術書を取り出した。
 風魔法で空中に巻物を広げ、直ぐに展開する。

「じゃあ行くからね、絶対離さないで」

 腰に回された手に力が籠もる。アルカもまた、両腕できつくしがみついた。

 一瞬の浮遊感の後、2人は宙から木の床の陣へ、どさっと落ちた。
 いてて、と呟くレグルスが、アルカを抱きしめたまま下敷きになっていた。

「空中で展開すると、空中に出るんだね、コレ」

 目が合うと少し照れたように笑う顔に、1つ、また1つと雫が落ちていく。

「アルカ……」

 堪え切れずに抱き着いて、肩に顔を埋める。

「ごめん……!傷つけて、ごめん……!」

 情けない嗚咽が混ざっても、アルカは謝ることを止めない。

「本当にごめん……!全部、嘘だよ……!」

 少し身を起こしたレグルスが、そっと頭に手を乗せて引き寄せた。

「無かったことになんて、出来ない……!したくない、出来る訳無い……!」

 ぎゅっと胸にしがみつく。恥も外聞も糞食らえだ。

「俺が傷つきたくないだけで、レグルスに酷いこと言ってごめん……!迷惑なんて思ったことない!」
「……アルカ」

 顔を覗き込まれそうになり、子供みたいに肩口でいやいやをすると、あやすように背中をゆっくり撫でられる。

「……嫌われてないんだったら、それでいいや」
「……怒ってよ」
「怒ることなんてないよ」
「本当に、ばかなんだ、レグルスは……」

 柔らかく笑ったレグルスは、アルカを横抱きに抱いて立ち上がった。

「俺の部屋に行こうか。2人ともびしょびしょ」

 首筋にしがみついて頷いた。レグルスは事も無げに、アルカを抱いて歩いて行く。
 道すがら背中越しに確かめると、王都にあるレグルスの屋敷の庭の小屋だった。

 屋敷の裏口を潜ると、執事のハリスが慌てて飛んできた。

「レグ坊っちゃん、これは……!」
「マ=クォーリで緊急転移陣を使った。一応ギルドに伝令飛ばしておいて。後、風呂の準備と、……俺の部屋はしばらく人払いを」

 ハリスは何も言わずに、頭を下げた。
 主がいきなりずぶ濡れで部下を抱いて、ただならぬ雰囲気で現れたことにも動揺せず、素早く行動が出来る有能な執事だ。

 レグルスの部屋に着くと、続きになった隣室にある浴室はすっかり用意が整っていた。
 日頃から何があっても即応出来るように、準備を欠かさないのだろう。細やかな気遣いだ。

「アルカ、先に入って」

 レグルスが下ろそうとしたので逆らって、ぎゅっと首に回した腕に力を込める。

「こら、海水流さないと肌が痛くなるよ」

 少し嗜める声音にも、いやいやと首を振る。

「えー……、アルカは甘えるとこうなるんだ、あてて」

 ぎゅっと肩をつねると、レグルスは嬉しそうに笑った。

「一緒に入る?」

 頷いて、もう1度逞しい体にしがみつく。

「へ?」

 自分で言った癖に、狼狽したレグルスが硬直した。

「離れたくない。……離さないで」
「アルカ……」

 そっとバスタブの縁に降ろされて、駄々を捏ねようと伸ばした手を握られる。
 正面に跪いたレグルスが、怖いくらい真剣な顔をしている。

「脱がせていい?」

 視線に耐えられず俯く。了承の意を正しく受け取った、レグルスの指が頬に伸びてくる。

 するりと確かめるように頬を滑り、唇を撫でて、喉仏と鎖骨を辿り、シャツのボタンに指がかかる。
 顔に熱が集まり汗が落ちるのは、浴室の熱気のせいだけではない。

「は、やく……」
「……煽らないでよ」

 レグルスの男らしい喉仏が上下した。
 少し視線を外したレグルスは、丁寧だが性急な手つきでアルカの服を脱がせ、自らは乱雑に服を脱ぎ捨てた。

 初めて見たレグルスの身体は、しっかりしているのに靭やかな筋肉が見事な均整を保ち、思わず見惚れるくらいに美しい。
 多分きっと自分は、物欲しそうな目をしているに違いない。

「おいで」

 困ったように微笑みながら、レグルスは手を差し出した。
 ぎゅっと胸が痛んで、素肌が直に触れ合うのも気にせず、抱き着いた。
 しっかりと抱かれたまま、バスタブの温かな湯に包まれる。

「……俺に触られるの、嫌じゃない?」

 首筋に鼻先を埋めながら、首を振る。

「……そっか、良かった……」

 レグルスはアルカの髪を梳きながら、抱き締めた腕を少し強めた。そのまま暫く、黙ったまま抱き合った。

 ここに帰って来たかったのだ、ずっと。

 もうずっと、この腕の中に帰りたいと願っていた。
 1つになる感覚も安堵する気持ちも、ここで初めて知った。

「大丈夫、もう怖いことなんて、ないからね」

 いつの間にか漏れていた嗚咽に、レグルスが頭を引き寄せた。今日は涙腺が駄目になっているらしい

「大丈夫、……俺がいるから、大丈夫」

 微かに頭の奥に何か霞む。既視感に混乱しながらも、記憶を辿る。

「泣かないで、アルカ……」

 記憶の中の声と重なった声に、朧気な記憶が蘇る。

「……レグ、……初めてここに来た時、……俺」
「……思い出さなくていい。忘れていいんだ」

 また1つ、記憶が揺さぶられる。
 そうだ、確かに同じような台詞を言われたのだ。レグルスのベッドの上で。

「……そろそろ、上がろうか」

 促されるまま立ち上がる。記憶を探る間に、シャワーからタオルまで丁寧に世話をされ、仕上げにふかふかのバスローブで包まれていた。

 いつの間にか揃いのバスローブを来たレグルスに抱き上げられて、自室へ運ばれた。
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