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夏の章 バカンス編
52 始まりの朝
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レグルス邸での時間は、穏やかにゆっくり過ぎる。
日中はレグルスが居ない時は、持ち出しを頼んだ仕事をしたり、書庫で過ごしたり、すっかり打ち解けた使用人たちとお茶までしている。
昨日は庭師のボブ爺さんと、しばらく庭いじりに没頭した。
レグルスも休暇を使っているのか、半日は屋敷に居たり、丸1日休むこともある。
まだ半期も終わっていないのに、レグルスは30日以上休暇が余っていたので、流石に消化するように総務部から怒られたらしい。
そういうアルカも20日近く残っているが、今回はギルド命による待機扱いとのことた。
どちらにせよ2人とも、こんなに家でゆっくりしたのは初めてだ。
それも、初めて心を許せた相手と過ごすのだ。
傍から見ると胸焼けがするくらい、それはもう睦まじく過ごした。
6日目の夜、すっかり恒例になったレグルスをソファ代わりにして凭れたアルカは、餌付けのようにレグルスからリッカの実を与えられていた。
「ね、アルカ、俺にも食べさせて?」
珍しいおねだりに、レグルスが持っていた皿から1粒摘み上げ唇で挟む。
そのまま上向いて、流れるようにレグルスの頭を引き寄せて口渡しした。
レグルスが嬉しそうに、そっとリッカの実を受け取った。
咀嚼して喉仏が動く様を黙って見つめていると、物欲しそうな視線がバレたのか、唇を塞がれて暫く可愛がられる。
「……んむ、リッカの味だ」
「ふふ、そうだね」
すっかり甘やかされるのに慣れたアルカは、レグルスの上でころんと横になった。
「それで?どうなった?」
「うん、万事解決、とは行かないけど、予定通りギルドは王子の件から降りたよ。君の件は、王家は今後一切関与しない約束もしてある。あとレイと王子は事実上、王宮に軟禁の措置になってる。かなりやったけど、王子が邪魔で刑罰まではいけなくてごめん。でもいつか、必ず借りは返すからね」
さらさらと話すレグルスから、殺気がだだ漏れている。
一体何をしてきたのか気になるが、やり返すよりこれが最善だろう。
右を左に変えられる、王家が相手なのだから。
あの馬鹿げた旅の任務が無くなるだけで、室員たちの負担も減る。
それが一番だ。それに自分の身の安全も、正式に保証された。
「うん、その件はもう充分だよ。それよりアイツ、レイにはもう関わらないで」
声音に出てしまったのだろう。レグルスが目を丸くした。
「なんで怒ってるの?」
「なんでって……」
察しないことにもどかしく、ぎゅっとレグルスのシャツを掴む。
「聴かせて」
ぎゅっとした拳を、レグルスの大きな手が包み込む。こういう時のレグルスはしつこいし、逃げを許さない。
「……俺のものにちょっかい出されるの、やだ」
「……!!」
かあっと顔に熱が集まって来て、チラとレグルスの顔を窺うと、でれでれと脂下がった顔をしていて、秒でスンとした。
「可愛いなあ、嫉妬するアルカ」
緩み切った声にイラッとして、腹を1発殴っておいた。
「あてて……、俺のアルカは結構凶暴なとこも可愛いね」
駄目だ、何を言っても、でれでれされる。アルカはまた、レグルスの胸に横になった。
明日は2人で休暇としたが、この生活ももう終わりかと、少し、いやかなり胸が痛んだ。
「あ」
「どうしたの?」
「レグ、あの時の石、持ってる?プリトーの川で見つけたの」
「うん、あるよ」
アルカはレグルスから降りて、クロゼットに置いていた収納袋を取り出す。
マ=クォーリのホテルから、ジョエルとレグルスを経由して戻って来た時は、本当に安堵した。
再びレグルスの膝の間の定位置に戻って向き合うと、レグルスの手の平にも、あの時のアメジストの原石が載せられていた。
「これのことだよね?」
「そう、これ見て」
アルカも袋から、捨てられなかったエメラルドの原石を取り出した。
「え、これ……、え?……嘘」
信じられないとレグルスが、アルカと石を何度も見比べる。
「俺、その頃は、てっきり……、アルカには全然意識されてないって」
「……っ、別に!あの中でこれが1番きれい……じゃなくて!高く売れそうだったから!」
「へぇ~、その割には今まで売らずに、ずっと持ってたんだ?そのポーチって、アルカが仕事でもプライベートでも使ってるやつだよね?」
「俺、意地悪い奴は嫌い」
「あっ、嘘嘘、嘘だからね、たまたま入りっぱなしだったんだね」
プイッと横を向くと、レグルスは必死に抱き寄せて、髪や額に何度も口付けた。
「ね、ね、アルカ。おそろいのアクセサリー作ろっか。俺はアメジスト、アルカはエメラルドで」
言い出せぬ願いを正しく受け取ったのか、レグルスは幸せそうな顔で額を合わせて来た。
「……うん」
それが他人から見ればどういう意味になるのか、知らぬ2人では無い。
「何が良い?指輪?」
「いや、初手指輪は重過ぎだろ……、皆にも」
「え~、そうかぁ、重いのかぁ……」
余りにも決定的過ぎて、ギルドが下に上にの大騒ぎになるのは確実だ。
それにアルカにも、素直に頷けないところはある。
2人とも決定的な言葉や、約束は避けているからだ。それは恐らく互いに理解っている。
どれだけ強がって仕掛けてみても、レグルスが絶対に最後までしないのは、アルカの根源にある躊躇いと逃げを知っているからだと思う。
だからこそ、アルカは焦っていた。
レグルスがどれ程待つと言っても、怖いのだ。いずれ彼も、自分の無価値に気づいてしまうのではないかと。
それ故に、形が欲しい。確かな繋がりの証拠。目で見て触れられる形が欲しいのだ。
縛らなくていいから、2人で確かめられるくらいの、ささやかなもの。
それに周りが過熱し過ぎるのは御免だが、今では本当に虫除けが必要な気持ちになっているのも本当だ。
特にレグルスには虫が寄り過ぎる。さり気無く、だけどちゃんと見れば分かるような―。
「じゃあ、俺に預けてくれる?ちゃんと考えて、仕立てるから」
レグルスは穏やかに微笑んでいた。
2人の手の中で寄り添う、秘めた輝きを宿す原石を見つめて、アルカは頷いた。
翌日は久し振りの雨が降った。1日中降り注いだ柔らかな雨は、夏の終わりを匂わせ、少しずつ秋が訪れることを示していた。
静かな雨の中に隠れて、2人で1日ほとんどベッドの上でゆっくりと過ごす。
本来であれば夜に家に帰るつもりだったが、結局は出勤の朝まで離れることが出来なかった。
明け方、裸の体を起こして窓辺を見やると、雨はすっかり上がり、朝陽が眩しく差し込んでいる。
眩しさに目を細めてぼんやりと眺めていると、ベッドの中に引き戻された。
「やっぱり一緒に出勤しよ」
寝起きの鼻にかかった掠れた声で、レグルスが囁いた。
抱き込まれた裸の胸に、言いようの無い深い安堵が湧き上がる。
「寂しい」
簡単に漏れてしまった本音に、額や鼻先にキスの雨が降った。それから逞しい腕に力が籠もる。
「……今の君、誰にも見せたくないな。無防備過ぎて、心配。……俺以外の前では怖い顔してて」
「ふふ、なんだそれ。ウルクが泣くだろ」
「あぁー!ベッドで他の男の名前出したぁ、酷い~」
レグルスがぐすと鼻を鳴らした。ぐりぐりと額を押し付けられる。
「また、来てくれる?近い内に。……なんなら、毎日一緒に帰って来ても良いんだけど」
「無茶言うな。代わりに、休みの日は極力合わせて、一緒に過ごそう。どこか出掛けたりもいいな」
「はっ、それってデートってこと!?」
「うるさ、急に耳元で叫ぶなよ」
「デート、アルカとデート……」
「なんか恥ずかしいから連呼するな」
ぎゅっと鼻を摘んでも、レグルスはにこにこ笑っている。
そうだ。別にこれで終わりじゃ無い。これから始まるのだ。
明日も明後日も一緒にいる。遠い未来は知らないけれど、今はこうして傍に居られる。
「レグ」
「なぁに」
「たくさん楽しい計画しよ。で、たくさんデートして、夜も一緒に寝よ。それで、たくさん俺のこと可愛がって。俺もレグルスのこと、たくさん甘やかすから」
「……っ」
密やかに耳元へ囁くと、絡んだ足の間に兆しを感じ、アルカは少し目を眇めた。
「……堪え性の無い男は愛想尽かされるって、ハリスさんが」
「ぐぅ、こ、これはアルカが悪いよ、しかもまた他の男のことぉ!……アルカの意地悪……!」
わっと拗ねたレグルスを早速甘やかすべく、アルカはその唇を柔く塞いだ。
日中はレグルスが居ない時は、持ち出しを頼んだ仕事をしたり、書庫で過ごしたり、すっかり打ち解けた使用人たちとお茶までしている。
昨日は庭師のボブ爺さんと、しばらく庭いじりに没頭した。
レグルスも休暇を使っているのか、半日は屋敷に居たり、丸1日休むこともある。
まだ半期も終わっていないのに、レグルスは30日以上休暇が余っていたので、流石に消化するように総務部から怒られたらしい。
そういうアルカも20日近く残っているが、今回はギルド命による待機扱いとのことた。
どちらにせよ2人とも、こんなに家でゆっくりしたのは初めてだ。
それも、初めて心を許せた相手と過ごすのだ。
傍から見ると胸焼けがするくらい、それはもう睦まじく過ごした。
6日目の夜、すっかり恒例になったレグルスをソファ代わりにして凭れたアルカは、餌付けのようにレグルスからリッカの実を与えられていた。
「ね、アルカ、俺にも食べさせて?」
珍しいおねだりに、レグルスが持っていた皿から1粒摘み上げ唇で挟む。
そのまま上向いて、流れるようにレグルスの頭を引き寄せて口渡しした。
レグルスが嬉しそうに、そっとリッカの実を受け取った。
咀嚼して喉仏が動く様を黙って見つめていると、物欲しそうな視線がバレたのか、唇を塞がれて暫く可愛がられる。
「……んむ、リッカの味だ」
「ふふ、そうだね」
すっかり甘やかされるのに慣れたアルカは、レグルスの上でころんと横になった。
「それで?どうなった?」
「うん、万事解決、とは行かないけど、予定通りギルドは王子の件から降りたよ。君の件は、王家は今後一切関与しない約束もしてある。あとレイと王子は事実上、王宮に軟禁の措置になってる。かなりやったけど、王子が邪魔で刑罰まではいけなくてごめん。でもいつか、必ず借りは返すからね」
さらさらと話すレグルスから、殺気がだだ漏れている。
一体何をしてきたのか気になるが、やり返すよりこれが最善だろう。
右を左に変えられる、王家が相手なのだから。
あの馬鹿げた旅の任務が無くなるだけで、室員たちの負担も減る。
それが一番だ。それに自分の身の安全も、正式に保証された。
「うん、その件はもう充分だよ。それよりアイツ、レイにはもう関わらないで」
声音に出てしまったのだろう。レグルスが目を丸くした。
「なんで怒ってるの?」
「なんでって……」
察しないことにもどかしく、ぎゅっとレグルスのシャツを掴む。
「聴かせて」
ぎゅっとした拳を、レグルスの大きな手が包み込む。こういう時のレグルスはしつこいし、逃げを許さない。
「……俺のものにちょっかい出されるの、やだ」
「……!!」
かあっと顔に熱が集まって来て、チラとレグルスの顔を窺うと、でれでれと脂下がった顔をしていて、秒でスンとした。
「可愛いなあ、嫉妬するアルカ」
緩み切った声にイラッとして、腹を1発殴っておいた。
「あてて……、俺のアルカは結構凶暴なとこも可愛いね」
駄目だ、何を言っても、でれでれされる。アルカはまた、レグルスの胸に横になった。
明日は2人で休暇としたが、この生活ももう終わりかと、少し、いやかなり胸が痛んだ。
「あ」
「どうしたの?」
「レグ、あの時の石、持ってる?プリトーの川で見つけたの」
「うん、あるよ」
アルカはレグルスから降りて、クロゼットに置いていた収納袋を取り出す。
マ=クォーリのホテルから、ジョエルとレグルスを経由して戻って来た時は、本当に安堵した。
再びレグルスの膝の間の定位置に戻って向き合うと、レグルスの手の平にも、あの時のアメジストの原石が載せられていた。
「これのことだよね?」
「そう、これ見て」
アルカも袋から、捨てられなかったエメラルドの原石を取り出した。
「え、これ……、え?……嘘」
信じられないとレグルスが、アルカと石を何度も見比べる。
「俺、その頃は、てっきり……、アルカには全然意識されてないって」
「……っ、別に!あの中でこれが1番きれい……じゃなくて!高く売れそうだったから!」
「へぇ~、その割には今まで売らずに、ずっと持ってたんだ?そのポーチって、アルカが仕事でもプライベートでも使ってるやつだよね?」
「俺、意地悪い奴は嫌い」
「あっ、嘘嘘、嘘だからね、たまたま入りっぱなしだったんだね」
プイッと横を向くと、レグルスは必死に抱き寄せて、髪や額に何度も口付けた。
「ね、ね、アルカ。おそろいのアクセサリー作ろっか。俺はアメジスト、アルカはエメラルドで」
言い出せぬ願いを正しく受け取ったのか、レグルスは幸せそうな顔で額を合わせて来た。
「……うん」
それが他人から見ればどういう意味になるのか、知らぬ2人では無い。
「何が良い?指輪?」
「いや、初手指輪は重過ぎだろ……、皆にも」
「え~、そうかぁ、重いのかぁ……」
余りにも決定的過ぎて、ギルドが下に上にの大騒ぎになるのは確実だ。
それにアルカにも、素直に頷けないところはある。
2人とも決定的な言葉や、約束は避けているからだ。それは恐らく互いに理解っている。
どれだけ強がって仕掛けてみても、レグルスが絶対に最後までしないのは、アルカの根源にある躊躇いと逃げを知っているからだと思う。
だからこそ、アルカは焦っていた。
レグルスがどれ程待つと言っても、怖いのだ。いずれ彼も、自分の無価値に気づいてしまうのではないかと。
それ故に、形が欲しい。確かな繋がりの証拠。目で見て触れられる形が欲しいのだ。
縛らなくていいから、2人で確かめられるくらいの、ささやかなもの。
それに周りが過熱し過ぎるのは御免だが、今では本当に虫除けが必要な気持ちになっているのも本当だ。
特にレグルスには虫が寄り過ぎる。さり気無く、だけどちゃんと見れば分かるような―。
「じゃあ、俺に預けてくれる?ちゃんと考えて、仕立てるから」
レグルスは穏やかに微笑んでいた。
2人の手の中で寄り添う、秘めた輝きを宿す原石を見つめて、アルカは頷いた。
翌日は久し振りの雨が降った。1日中降り注いだ柔らかな雨は、夏の終わりを匂わせ、少しずつ秋が訪れることを示していた。
静かな雨の中に隠れて、2人で1日ほとんどベッドの上でゆっくりと過ごす。
本来であれば夜に家に帰るつもりだったが、結局は出勤の朝まで離れることが出来なかった。
明け方、裸の体を起こして窓辺を見やると、雨はすっかり上がり、朝陽が眩しく差し込んでいる。
眩しさに目を細めてぼんやりと眺めていると、ベッドの中に引き戻された。
「やっぱり一緒に出勤しよ」
寝起きの鼻にかかった掠れた声で、レグルスが囁いた。
抱き込まれた裸の胸に、言いようの無い深い安堵が湧き上がる。
「寂しい」
簡単に漏れてしまった本音に、額や鼻先にキスの雨が降った。それから逞しい腕に力が籠もる。
「……今の君、誰にも見せたくないな。無防備過ぎて、心配。……俺以外の前では怖い顔してて」
「ふふ、なんだそれ。ウルクが泣くだろ」
「あぁー!ベッドで他の男の名前出したぁ、酷い~」
レグルスがぐすと鼻を鳴らした。ぐりぐりと額を押し付けられる。
「また、来てくれる?近い内に。……なんなら、毎日一緒に帰って来ても良いんだけど」
「無茶言うな。代わりに、休みの日は極力合わせて、一緒に過ごそう。どこか出掛けたりもいいな」
「はっ、それってデートってこと!?」
「うるさ、急に耳元で叫ぶなよ」
「デート、アルカとデート……」
「なんか恥ずかしいから連呼するな」
ぎゅっと鼻を摘んでも、レグルスはにこにこ笑っている。
そうだ。別にこれで終わりじゃ無い。これから始まるのだ。
明日も明後日も一緒にいる。遠い未来は知らないけれど、今はこうして傍に居られる。
「レグ」
「なぁに」
「たくさん楽しい計画しよ。で、たくさんデートして、夜も一緒に寝よ。それで、たくさん俺のこと可愛がって。俺もレグルスのこと、たくさん甘やかすから」
「……っ」
密やかに耳元へ囁くと、絡んだ足の間に兆しを感じ、アルカは少し目を眇めた。
「……堪え性の無い男は愛想尽かされるって、ハリスさんが」
「ぐぅ、こ、これはアルカが悪いよ、しかもまた他の男のことぉ!……アルカの意地悪……!」
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