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秋の章 感謝祭編
67 奇縁のお茶会
目が覚めると既に昼近く、出勤だったレグルスはとうに居なくなっていた。
二日酔いはしない方だが、ぼんやりとベッドの中を転がる。レグルスの匂いがするシーツに、顔を埋めた。
切れ切れだが、意識があったところは全て覚えている。記憶も無くなさない方だ。
部下に醜態を晒してしまった。暫しベッドの中で悶えて、ごろごろする。
すんと掴んだシーツの匂いを吸い込む。昨夜のレグルスを思い出して、やり場のない溜息を吐く。
呑みたかった訳。レグルスの態度だ。端的に言うと、最後までするのを避けている気がする。
アルカはアズカンの1件で、過去にすっぱり折り合いがついたため、レグルスと最後までするのは、気持ちの上ではもう問題が無い。
峡谷でも帰って来てからも、触れ合う時はそれとなく示してきたと思うが、レグルスは絶対に最後まではしない。
最初の触れ合いから、レグルスはアルカに対して、抱きたいという感情を持っていると思っていた。
トラウマへの気遣いと思いやりの中に、密やかな我慢があるのも感じていた。
それなのに、いざこちらがサインを出しても乗ってこない。
もしや読み誤って、実は抱かれたい方だったのかと、最近では考えるくらいになった。
別にアルカはどちらでもいい。相手がレグルスなのが重要なだけで、上下はレグルスの希望に合わせたいと思っている。
ただ、最近生まれた望みを本音で言えば、抱いて欲しい。
1度快楽を知ってしまっているし、あの日を完全に終わらせるためにも、レグルスにこそ抱いて欲しいと、最近では願ってしまっている。
だが、そんなこと今更どの口が言えるのかと言葉には出来ないため、態度でそれとなく示してきたのだ。
でも、これだけ刺さらないのなら、前提が違うか自分に魅力を感じなくなったか。
体に跡すら残したのに、後者の言葉を言われたらどうしよう。そう煩悶している。
最近では少しずつ準備もしていたのに、いつまでも我慢をさせるのも、要らぬ配慮で避けられることも辛い。
はぁ、と熱い息を溢して、重苦しさを持つ下半身に手を伸ばす。
このところ忙しくて、レグルスとは疎か自分でもしていなかった。
挙句、昨日の期待外れで終わった接触で、満たされていない。
それなのにシーツに残るレグルスの香りが、否が応でも存在を主張してくる。
硬くて大きな手の平の力強さ、肌を滑る指先の繊細さ、抱き合った時の熱。
掠れた吐息と甘く囁く声。快感に堪える表情に、狂おしい程求める瞳。
「……っ」
動きを真似して、胸の先端を摘む。レグルスがここをどう触るか、良く知っている。
何度も執拗に可愛がられたそこは、以前よりふっくらして敏感になってしまった。
「……っ、……ん」
気持ち良いが、レグルスの指じゃない。もどかしさにシーツを噛んで、匂いを吸い込む。
一緒に弄っていた下半身は、既に先走りを溢している。指にたっぷり絡めてから、尻の間に指を這わす。
「う……」
濡れた指が縁に触れる感触に、一瞬だけ生理的な嫌悪感が生まれる。
それでもレグルスの熱い昂りを思い出して、ゆっくりと指を沈めていく。
「……っ、は……、ぅ」
異物感や一抹の気持ち悪さを堪えて、少しずつ解す。前も触りながら先走りを足して、指を2本に増やした。
今のところ2本までだが、もっと拡張しないとレグルスにも負担になるだろう。
そう思って、1人でこんなに切ない思いをしているのに。
「……レグ」
触って欲しい。キスがしたい。触りたい。イキそうな顔を見たい。
レグルスの汗や重み、擦り合わせた時の動きを思い出しながら、指を抜き挿ししていく。
動きを速く大きくすると、ぬちぬちと音がした。
「っ!」
拡張を始めてから、すっかり分かりやすくなったしこりに、指が届いて跳ねる。
かつてジークに抱かれた時に知ってしまった、強烈な快楽の源だ。
たった1度のことなのに、何年経っても忘れなかった場所。
久し振りに探った時は鈍かったが、今では大分快感を拾えるようになっている。
そこを擦りながら前を弄れば、腰がはしたなく揺れた。
「……レグ、……レグルス」
ここをレグルスの熱くて硬いので、強く擦って欲しい。
圧倒的な質量で埋めて、他の何も考えられないくらい滅茶苦茶にして欲しい。
2人で混ざり合って、1つになりたい。1番奥に注いで欲しい。レグルスが欲しい。
「っ、……ぁ、―――っ!」
駆け上がる精を堪えきれず、大きく腰を突き出して放った。びくびくと腰が揺れて、手の中にどろりと熱いものが溢れる。
主のいない静かな部屋に、自分の荒い息だけが虚しく響いた。
このままここに居ると、良くない。
アルカは引き留めるハリスや他の使用人を振り切り、急用が出来たと言伝を残して屋敷を出た。
適当に歩いてレーヴァン川沿いの通りの屋台で、昼飯に貝出汁のヌードルを啜る。
飲み会明けの体に、貝の滋味深い出汁と塩分が染み渡る。
秋は深まって、河川敷の木々は少しずつ赤く染まってきている。王都はそれ程寒くはならないし、冬は短い。
年に1度、雪が降るか降らないか、といったところだ。
北から降りてくる寒気は、まずセドルアの北部山系にぶつかり多量の雪を降らす。
そして途中の大小の山脈を越す頃には、水分を殆ど落とし乾燥した空っ風を王都に吹かせる。
来月には冬の様相を見せる街はまだ暖かく、今日のような曇りでも、陽が差す日は上着も要らない。
夜は流石に気温が落ちるため、着脱出来る上着が必要な季節にはなってきた。
王都は元々夏の前の雨季以外は雨が少なく、冬は特に晴れや曇りが多くなる。
厚く重たそうな雲が低く流れていき、間もなく来る冬を思った。
来週には秋の豊穣を女神に感謝する、感謝祭が国を挙げて行われる。
感謝祭期間は各市町村で、様々な食や農業にまつわる催しが開かれる。
それが終われば、冬支度に新年祭。
今年の新年祭はどうするかなと、ぼんやりと厚い雲を割った光の筋が川面を照らすのを見つめる。
いや、その前にセドルア大掃除があるか、と思い出してうんざりした。
今回はセドルア大連山の迷宮フィールド付近の、ヒト魔石事件の調査も追加されている。何か掴めるといいが。
まあ、セドルア地方ならジークの出身地だし、と考えてから、ジークがまた口を利かなくなったのを思い出した。
アルカの左耳を目にしてから、ずっと避けられている。
やっぱりもう、今まで通りにはいかないのかも知れない。
憂鬱さに惰性で動かしていた箸を止めると、いつの間にかスープすら飲み干していた空の容器に、ぎょっとして席を立った。
「ナンナンナ~?」
「猫!触らせろ!」
アパートメントに辿り着くと、やんのかオラとキレているナンと、目を輝かせたイドが睨み合っていた。
「何やってんだよ……」
呆れて声をかけると、イドはパッと立ち上がって寄ってきた。
「うわ、キョクチョーくせ!」
「うるさい」
一発頭を叩いてから、ナンへ挨拶をする。
ナンは疲れ切った顔でアルカへ何事か訴えてから、さっと路地を突っ切り、家の隙間に入り込んで行った。
「お前、ナンに迷惑かけるなって言っただろ?」
「だって、ばーちゃんが触っても良いって」
ばーちゃん?今、この男は何て言った?
アルカはぽかんと口を開けた。
「誰があんたの婆さんだよ!レディって呼びな!」
イザベラが自宅から顔を出した。アルカは2人の顔を見比べる。
どうも自分が知らない間に、随分気安くなっているようだ。
「ああ、アルカちゃん、ちょうどお茶が入ったから、飲んでいくかい?」
「そうだ、レディだった。レディ、ジャムのやつがいい」
「茶を馳走になるのに、強請るやつがいるかい。躾のなってない子だよ、ほんと」
イドは足取り軽く、イザベラの部屋に入っていく。
結界の排除対象から外されていることにも驚きながら、アルカもお邪魔することにした。
「ほら、脱いだ靴はそろえる!家に入ったら手を洗う!」
「あいあい、うるせーばあ、レディだな」
軽口を叩きながらイドは靴を揃えて、洗面所に向かう。
「い、イザベラさん……、その、大丈夫ですか?」
「ああ、やんちゃな子猫みたいなもんだから、危険はないさ。まあ、いざとなれば私にゃ、これがあるし」
イザベラは玄関横にあった煤けた箒を持って、ムンと笑った。アルカが口を開こうとすると、イドが洗面所から顔を出した。
「おい、アルカ、ちゃんと手を洗えよ。ばー、レディに怒られるぞ」
俄に先輩面をされて口元がひくついたが、イザベラの手前堪えて、アルカも洗面所を借りた。
2人で居間に戻ると、あちこちに飾られた観葉植物や花の中に置かれた、日当たりの良い古い木のテーブルに案内される。
同じ造りだが、イザベラの家は緑や陽射しに溢れて印象が違う。
壁や天井から吊るされた乾燥中の薬草の束に、こまごました統一性のない小物や置物。積まれた新聞紙に、レシピ集や雑多な書籍。
物が多くて煩雑で、生活感があって居心地が良い。
イザベラ家の居間には、既に魔石ストーブが出されていて、シュンシュンと薬缶が音を立てていた。
壁際に隙間無く置かれた棚を占める、薬草やお茶の瓶から1つ取り出し、イザベラは紅茶を淹れた。
「赤いジャム!」
「はいはい、うるさい坊主だね」
イザベラから手作りのコケモモジャムを渡されると、イドはスプーンどっさり紅茶にぶち込んだ。
「美味いんだぜ~」
止める暇もなく、アルカの分にも同量ぶち込まれる。
「こら!勝手に人様の分には手を出さない!」
イザベラがすかさず叱ると、イドはきょとんとした。
「だってばーちゃんのジャム、美味いんだもん。アルカだって食いたいよ」
「そらありがとさん。だけど、そういう時はちゃんと話して尋ねるのが、人の世のルールだ。あとレディと呼びな」
「ふーん。分かった。アルカ、ジャム美味いよ、もっといる?」
微妙にズレた会話に溜息を吐いた。イザベラにとんでもない縁を繋いでしまった。
「……いや、俺はこれでたくさんだよ。お前がご馳走になりな」
「アルカちゃん、新しいの淹れようか」
「いえ、ちょうど甘い物の気分だったんで。ありがとうございます」
イザベラが手作りの素朴な柔らかいクッキーを出して、3人での奇妙なお茶会を過ごした。
イドはクッキーにも、べっとりコケモモジャムを塗っていた。
3倍コケモモジャムティーは、砂糖控えめで甘酸っぱくて、思ったより悪くなかった。
二日酔いはしない方だが、ぼんやりとベッドの中を転がる。レグルスの匂いがするシーツに、顔を埋めた。
切れ切れだが、意識があったところは全て覚えている。記憶も無くなさない方だ。
部下に醜態を晒してしまった。暫しベッドの中で悶えて、ごろごろする。
すんと掴んだシーツの匂いを吸い込む。昨夜のレグルスを思い出して、やり場のない溜息を吐く。
呑みたかった訳。レグルスの態度だ。端的に言うと、最後までするのを避けている気がする。
アルカはアズカンの1件で、過去にすっぱり折り合いがついたため、レグルスと最後までするのは、気持ちの上ではもう問題が無い。
峡谷でも帰って来てからも、触れ合う時はそれとなく示してきたと思うが、レグルスは絶対に最後まではしない。
最初の触れ合いから、レグルスはアルカに対して、抱きたいという感情を持っていると思っていた。
トラウマへの気遣いと思いやりの中に、密やかな我慢があるのも感じていた。
それなのに、いざこちらがサインを出しても乗ってこない。
もしや読み誤って、実は抱かれたい方だったのかと、最近では考えるくらいになった。
別にアルカはどちらでもいい。相手がレグルスなのが重要なだけで、上下はレグルスの希望に合わせたいと思っている。
ただ、最近生まれた望みを本音で言えば、抱いて欲しい。
1度快楽を知ってしまっているし、あの日を完全に終わらせるためにも、レグルスにこそ抱いて欲しいと、最近では願ってしまっている。
だが、そんなこと今更どの口が言えるのかと言葉には出来ないため、態度でそれとなく示してきたのだ。
でも、これだけ刺さらないのなら、前提が違うか自分に魅力を感じなくなったか。
体に跡すら残したのに、後者の言葉を言われたらどうしよう。そう煩悶している。
最近では少しずつ準備もしていたのに、いつまでも我慢をさせるのも、要らぬ配慮で避けられることも辛い。
はぁ、と熱い息を溢して、重苦しさを持つ下半身に手を伸ばす。
このところ忙しくて、レグルスとは疎か自分でもしていなかった。
挙句、昨日の期待外れで終わった接触で、満たされていない。
それなのにシーツに残るレグルスの香りが、否が応でも存在を主張してくる。
硬くて大きな手の平の力強さ、肌を滑る指先の繊細さ、抱き合った時の熱。
掠れた吐息と甘く囁く声。快感に堪える表情に、狂おしい程求める瞳。
「……っ」
動きを真似して、胸の先端を摘む。レグルスがここをどう触るか、良く知っている。
何度も執拗に可愛がられたそこは、以前よりふっくらして敏感になってしまった。
「……っ、……ん」
気持ち良いが、レグルスの指じゃない。もどかしさにシーツを噛んで、匂いを吸い込む。
一緒に弄っていた下半身は、既に先走りを溢している。指にたっぷり絡めてから、尻の間に指を這わす。
「う……」
濡れた指が縁に触れる感触に、一瞬だけ生理的な嫌悪感が生まれる。
それでもレグルスの熱い昂りを思い出して、ゆっくりと指を沈めていく。
「……っ、は……、ぅ」
異物感や一抹の気持ち悪さを堪えて、少しずつ解す。前も触りながら先走りを足して、指を2本に増やした。
今のところ2本までだが、もっと拡張しないとレグルスにも負担になるだろう。
そう思って、1人でこんなに切ない思いをしているのに。
「……レグ」
触って欲しい。キスがしたい。触りたい。イキそうな顔を見たい。
レグルスの汗や重み、擦り合わせた時の動きを思い出しながら、指を抜き挿ししていく。
動きを速く大きくすると、ぬちぬちと音がした。
「っ!」
拡張を始めてから、すっかり分かりやすくなったしこりに、指が届いて跳ねる。
かつてジークに抱かれた時に知ってしまった、強烈な快楽の源だ。
たった1度のことなのに、何年経っても忘れなかった場所。
久し振りに探った時は鈍かったが、今では大分快感を拾えるようになっている。
そこを擦りながら前を弄れば、腰がはしたなく揺れた。
「……レグ、……レグルス」
ここをレグルスの熱くて硬いので、強く擦って欲しい。
圧倒的な質量で埋めて、他の何も考えられないくらい滅茶苦茶にして欲しい。
2人で混ざり合って、1つになりたい。1番奥に注いで欲しい。レグルスが欲しい。
「っ、……ぁ、―――っ!」
駆け上がる精を堪えきれず、大きく腰を突き出して放った。びくびくと腰が揺れて、手の中にどろりと熱いものが溢れる。
主のいない静かな部屋に、自分の荒い息だけが虚しく響いた。
このままここに居ると、良くない。
アルカは引き留めるハリスや他の使用人を振り切り、急用が出来たと言伝を残して屋敷を出た。
適当に歩いてレーヴァン川沿いの通りの屋台で、昼飯に貝出汁のヌードルを啜る。
飲み会明けの体に、貝の滋味深い出汁と塩分が染み渡る。
秋は深まって、河川敷の木々は少しずつ赤く染まってきている。王都はそれ程寒くはならないし、冬は短い。
年に1度、雪が降るか降らないか、といったところだ。
北から降りてくる寒気は、まずセドルアの北部山系にぶつかり多量の雪を降らす。
そして途中の大小の山脈を越す頃には、水分を殆ど落とし乾燥した空っ風を王都に吹かせる。
来月には冬の様相を見せる街はまだ暖かく、今日のような曇りでも、陽が差す日は上着も要らない。
夜は流石に気温が落ちるため、着脱出来る上着が必要な季節にはなってきた。
王都は元々夏の前の雨季以外は雨が少なく、冬は特に晴れや曇りが多くなる。
厚く重たそうな雲が低く流れていき、間もなく来る冬を思った。
来週には秋の豊穣を女神に感謝する、感謝祭が国を挙げて行われる。
感謝祭期間は各市町村で、様々な食や農業にまつわる催しが開かれる。
それが終われば、冬支度に新年祭。
今年の新年祭はどうするかなと、ぼんやりと厚い雲を割った光の筋が川面を照らすのを見つめる。
いや、その前にセドルア大掃除があるか、と思い出してうんざりした。
今回はセドルア大連山の迷宮フィールド付近の、ヒト魔石事件の調査も追加されている。何か掴めるといいが。
まあ、セドルア地方ならジークの出身地だし、と考えてから、ジークがまた口を利かなくなったのを思い出した。
アルカの左耳を目にしてから、ずっと避けられている。
やっぱりもう、今まで通りにはいかないのかも知れない。
憂鬱さに惰性で動かしていた箸を止めると、いつの間にかスープすら飲み干していた空の容器に、ぎょっとして席を立った。
「ナンナンナ~?」
「猫!触らせろ!」
アパートメントに辿り着くと、やんのかオラとキレているナンと、目を輝かせたイドが睨み合っていた。
「何やってんだよ……」
呆れて声をかけると、イドはパッと立ち上がって寄ってきた。
「うわ、キョクチョーくせ!」
「うるさい」
一発頭を叩いてから、ナンへ挨拶をする。
ナンは疲れ切った顔でアルカへ何事か訴えてから、さっと路地を突っ切り、家の隙間に入り込んで行った。
「お前、ナンに迷惑かけるなって言っただろ?」
「だって、ばーちゃんが触っても良いって」
ばーちゃん?今、この男は何て言った?
アルカはぽかんと口を開けた。
「誰があんたの婆さんだよ!レディって呼びな!」
イザベラが自宅から顔を出した。アルカは2人の顔を見比べる。
どうも自分が知らない間に、随分気安くなっているようだ。
「ああ、アルカちゃん、ちょうどお茶が入ったから、飲んでいくかい?」
「そうだ、レディだった。レディ、ジャムのやつがいい」
「茶を馳走になるのに、強請るやつがいるかい。躾のなってない子だよ、ほんと」
イドは足取り軽く、イザベラの部屋に入っていく。
結界の排除対象から外されていることにも驚きながら、アルカもお邪魔することにした。
「ほら、脱いだ靴はそろえる!家に入ったら手を洗う!」
「あいあい、うるせーばあ、レディだな」
軽口を叩きながらイドは靴を揃えて、洗面所に向かう。
「い、イザベラさん……、その、大丈夫ですか?」
「ああ、やんちゃな子猫みたいなもんだから、危険はないさ。まあ、いざとなれば私にゃ、これがあるし」
イザベラは玄関横にあった煤けた箒を持って、ムンと笑った。アルカが口を開こうとすると、イドが洗面所から顔を出した。
「おい、アルカ、ちゃんと手を洗えよ。ばー、レディに怒られるぞ」
俄に先輩面をされて口元がひくついたが、イザベラの手前堪えて、アルカも洗面所を借りた。
2人で居間に戻ると、あちこちに飾られた観葉植物や花の中に置かれた、日当たりの良い古い木のテーブルに案内される。
同じ造りだが、イザベラの家は緑や陽射しに溢れて印象が違う。
壁や天井から吊るされた乾燥中の薬草の束に、こまごました統一性のない小物や置物。積まれた新聞紙に、レシピ集や雑多な書籍。
物が多くて煩雑で、生活感があって居心地が良い。
イザベラ家の居間には、既に魔石ストーブが出されていて、シュンシュンと薬缶が音を立てていた。
壁際に隙間無く置かれた棚を占める、薬草やお茶の瓶から1つ取り出し、イザベラは紅茶を淹れた。
「赤いジャム!」
「はいはい、うるさい坊主だね」
イザベラから手作りのコケモモジャムを渡されると、イドはスプーンどっさり紅茶にぶち込んだ。
「美味いんだぜ~」
止める暇もなく、アルカの分にも同量ぶち込まれる。
「こら!勝手に人様の分には手を出さない!」
イザベラがすかさず叱ると、イドはきょとんとした。
「だってばーちゃんのジャム、美味いんだもん。アルカだって食いたいよ」
「そらありがとさん。だけど、そういう時はちゃんと話して尋ねるのが、人の世のルールだ。あとレディと呼びな」
「ふーん。分かった。アルカ、ジャム美味いよ、もっといる?」
微妙にズレた会話に溜息を吐いた。イザベラにとんでもない縁を繋いでしまった。
「……いや、俺はこれでたくさんだよ。お前がご馳走になりな」
「アルカちゃん、新しいの淹れようか」
「いえ、ちょうど甘い物の気分だったんで。ありがとうございます」
イザベラが手作りの素朴な柔らかいクッキーを出して、3人での奇妙なお茶会を過ごした。
イドはクッキーにも、べっとりコケモモジャムを塗っていた。
3倍コケモモジャムティーは、砂糖控えめで甘酸っぱくて、思ったより悪くなかった。
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