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冬の章 セドルア掃討編
79 オルデン辺境伯
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「えー、はい、皆さん、静粛に」
ロビーが静まり返り、つかつかと30代前半の眼鏡をかけた男がカウンター前に歩み出た。
「今回統括指揮を拝命した、総本部総務部長のシェンです。今回のセドルア魔素掃討に参加いただいた106名の皆様、裏方として協力いただいている周辺支部の皆様、まずは感謝申し上げます」
頭を下げたシェンは隙の無い男で、常に胡散臭い笑みを浮かべている。
暗い緑に近い藍色の髪と瞳をしていて、風と水属性持ち、更には暗殺術マスターだ。
一見当たりが柔らかそうだが、かなりのやり手で、ギルド内では1番やりにくい曲者の上司として知られている。
アルカもこの男には多少陰湿さを感じ、やりにくいと感じている。
「えー、ほとんどが経験者と見受けられますね。今回も毎年と同じく、セドルア大連山迷宮フィールド各所に設置した転移陣を起点に、5ブロックにチーム分けをしています。そこから担当分けをしていますので、そちらは現場責任者のレグルス情報局長から後ほど説明があります」
シェンの隣に立つレグルスを見ると、ばっちり目が合って慌てて逸らす。
「基本的には朝に支部から転移陣で出発、必ず日没には戻ってください。今年のセドルアも悪天候が多く、厳冬の見込みです。ということは魔素濃度も高く、魔物もB級以上の大量湧きが見込まれるので、無理な深追いは禁物です」
冬のセドルア山系で夜を過ごすのはかなり危険なため、魔素掃除では禁止されている。シェンは皆の顔を見渡して続けた。
「特に今回は先行の点検部隊が、上層エリアで大型竜種を目撃したという情報もあります。討伐が目的ではありませんので、魔素に集中していただけますよう、くれぐれもお願いします。もし判断に困る場合は、レグルス局長へ相談をして下さい」
大型竜種の単語に場がざわついた。
もしそれが本当なら、S級魔物に遭遇する可能性がある。しかも場所的に、厄介なスノウドラゴンだろう。
「続いて装備品の確認です。支給の火魔石は毎日補充いただけますので、使用を渋る必要はありません。毎年必ず数人は凍傷で負傷しますので、今1度、装備品の不足が無いか確認願います。治療士は支部に数名常駐しますが、凍傷時の欠損部位は出来るだけ持ち帰って下さいね」
確かに欠損時は欠損片があれば、治療の速度や難易度が変わる。
備品カウンターに装備品確認リストが張り出され、後で各自見るようにお達しがあった。
「それから今回は、火魔石始め多大な支援をいただいた、オルデン辺境伯より、ご挨拶があります」
ロビー奥の扉が開いて、濡羽色の美しい長い髪を靡かせた、長身の女性が颯爽と入って来た。
片目に眼帯をしているが、意志のはっきりした猫のような瞳と、魅惑的なぽってりした唇、片手に収まらないくらい大きな胸の肉感的なすごい美女だ。
噂で聞きしオルデン家当代一の女傑、ガラシア・オルデン辺境伯だ。
ジークと同じく、魔術適性ゼロのギフテッドだ。固有スキルはハンクと同じ英雄。
「諸君!今回も魔素掃討、ご苦労!貴兄らの尽力で我らがセドルアの、引いては王国の平和を維持出来ていると言えよう。今回も不足があれば、遠慮なく申し出てくれ」
赤い紅で彩られた唇が弧を描く。凛として豪胆な声音に、何とも気持ちの好い飾り気の無い話し方。
華やかな迫力ある美女なのに、飾らない人柄が取っつきやすく、誰しも簡単に虜にするような人だ。
「北方守護は我らオルデン辺境騎士団が、身命を賭して承っている。貴兄らもまた、魔障の脅威から国民を守護すべく身命を賭している。我々は国を護る同志だ。有事にはオルデン家も力になろう。では国を守るため、貴兄らの奮闘を祈る!」
晴れた空のように笑ったオルデン辺境伯は、またもや颯爽と場を去った。
あっという間にギルド職員の士気が上がり、隣のジョエルもぽーっと頬を染めて頷いていた。
ジョエルは案外、ミーハーなところがある。
やや呆れて眺めていると、その隣のウルクも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
俄に浮ついた場を引き取ったレグルスが咳払いをし、担当エリアの説明を始める。
5ブロックの内、1番上層を情報室と他支部の精鋭、助っ人の冒険者のS級ランカーで構成された、総勢約20人で担当する手筈だ。
上層と言っても7合目より先は冬季侵入禁止のため、6合目から7合目までの間を受け持つ。
霊峰セドルアの最高峰は標高約8600メートル、7合目より先は魔物でもエレメントや精霊、竜種しか適応出来ない。
現在の人類はホムンクルス由来で、高山病も起こしにくいが、それでもこの極限環境には適してない。
アルカたちの担当エリアの標高約4000メートル付近が、魔物たちとまともに戦えるギリギリのラインだ。
それでも平地より負荷のかかる心肺機能は、強化魔法で補って対処する。
山のあちこちにダンジョンがあり、土中に出来たものを引けばラッキーだが、氷で出来た迷宮に当たると死ぬ思いをする。
フィールドに溜まる魔素よりは、迷宮に溜まる方が多い。
そのため、とにかく末期迷宮以外は片端から掃除しなければならない。
かなり酷な作業だが、人手が減ったギルドの通常業務も地獄になるため、留守番組も気合と残業が必要だ。
とにかくこのセドルア大掃除は、ギルド全体に影響を及ぼす。
それでも最優先にするのは、やはりセドルアからのスタンピード発生率が高く、他より大きな災厄をもたらした歴史があるためだ。
「アルカっ」
30分後から行動開始になる最終準備時間に、もこもこに着込んだイドが駆け寄って来た。
「お前、少し着過ぎじゃないか?それで動けんの?」
内側に毛皮が張られた支給コート以外に、中に毛皮やセーターを出鱈目に着込んでいる様子だ。
「だってさ、さみーんだよ、ここ。砂漠に帰りてぇ」
イドは唇を突き出して足踏みをした。確かに砂漠出身者にすれば、慣れぬ気候だろう。
「火魔石を入れるポッケ、たくさん空いてるだろ?そこに入れればマシだから何枚か脱げ。どうしても駄目なら、現地で足せ」
「あ、ほんとだあ。ジーク教えてくんねーから」
イドは早速コートを脱ぎ、ウルクやジョエルにダメ出しされながら、きちんと肌着から冬山装備を整える。
ジークは輪に入らずに壁際にもたれたままだ。
「イド、手袋持ったか?ちゃんと支給品のやつじゃないと、剣握ってる間に指もげるからな、マジで」
何度か剣の柄に貼り付いたまま凍った、職員の指を繋げてやったことがある。初めて見た時はぞっとしたものだ。
「うぇ~、もらってない。どこにあんの?」
「しょうがないな、こっち来い」
恐らくジークはイドにちゃんと教えた筈だが、聞いていなかったか忘れたのだろう。
ジークは何だかんだ言って面倒見が良い。
備品カウンターにイドを連れて行くと、奥の通用口へ向かうレグルスの背を見つける。
「ここで手袋もらえ。薄いのと厚いの2種類な」
「あいあーい」
イドがちゃんとカウンターに頼むのを見ながら、気になってアルカはその背を追った。
通用口を開けた先の職員用ロビーの隅に、レグルスの背を見つけたが足を止めた。
オルデン辺境伯とレグルスが何事か話していた。
「息災だったか、レグルス」
「はい。閣下もお変わりないようで」
「はは、閣下なんて水臭いな!昔のように、ガラとは呼んでくれぬのか」
からからと笑ったオルデン伯が、レグルスの肩を叩いた。
アルカは咄嗟に気配を殺して通用口を閉めた。それから胸を押さえて、足早に情報室組のシマへ戻った。
「おわ!アルカさん、どうしたっすか!?」
「は?何が?」
戻ってきたアルカに、ウルクがぎょっとして後退る。
「……いや、めちゃくちゃ怖い顔してますけど……」
「別にどうもしないけど?」
「えー……、ね、ジョエル先輩?」
「アルカさんが怖い訳ないだろ、お前の目は節穴か」
「そうだよな、先輩はブレないもんなー」
軽口を叩いている間に、続々とメンバーが集まって来た。
最後に現れたレグルスを迎えて、アルカたちは転移陣へと向かった。
ロビーが静まり返り、つかつかと30代前半の眼鏡をかけた男がカウンター前に歩み出た。
「今回統括指揮を拝命した、総本部総務部長のシェンです。今回のセドルア魔素掃討に参加いただいた106名の皆様、裏方として協力いただいている周辺支部の皆様、まずは感謝申し上げます」
頭を下げたシェンは隙の無い男で、常に胡散臭い笑みを浮かべている。
暗い緑に近い藍色の髪と瞳をしていて、風と水属性持ち、更には暗殺術マスターだ。
一見当たりが柔らかそうだが、かなりのやり手で、ギルド内では1番やりにくい曲者の上司として知られている。
アルカもこの男には多少陰湿さを感じ、やりにくいと感じている。
「えー、ほとんどが経験者と見受けられますね。今回も毎年と同じく、セドルア大連山迷宮フィールド各所に設置した転移陣を起点に、5ブロックにチーム分けをしています。そこから担当分けをしていますので、そちらは現場責任者のレグルス情報局長から後ほど説明があります」
シェンの隣に立つレグルスを見ると、ばっちり目が合って慌てて逸らす。
「基本的には朝に支部から転移陣で出発、必ず日没には戻ってください。今年のセドルアも悪天候が多く、厳冬の見込みです。ということは魔素濃度も高く、魔物もB級以上の大量湧きが見込まれるので、無理な深追いは禁物です」
冬のセドルア山系で夜を過ごすのはかなり危険なため、魔素掃除では禁止されている。シェンは皆の顔を見渡して続けた。
「特に今回は先行の点検部隊が、上層エリアで大型竜種を目撃したという情報もあります。討伐が目的ではありませんので、魔素に集中していただけますよう、くれぐれもお願いします。もし判断に困る場合は、レグルス局長へ相談をして下さい」
大型竜種の単語に場がざわついた。
もしそれが本当なら、S級魔物に遭遇する可能性がある。しかも場所的に、厄介なスノウドラゴンだろう。
「続いて装備品の確認です。支給の火魔石は毎日補充いただけますので、使用を渋る必要はありません。毎年必ず数人は凍傷で負傷しますので、今1度、装備品の不足が無いか確認願います。治療士は支部に数名常駐しますが、凍傷時の欠損部位は出来るだけ持ち帰って下さいね」
確かに欠損時は欠損片があれば、治療の速度や難易度が変わる。
備品カウンターに装備品確認リストが張り出され、後で各自見るようにお達しがあった。
「それから今回は、火魔石始め多大な支援をいただいた、オルデン辺境伯より、ご挨拶があります」
ロビー奥の扉が開いて、濡羽色の美しい長い髪を靡かせた、長身の女性が颯爽と入って来た。
片目に眼帯をしているが、意志のはっきりした猫のような瞳と、魅惑的なぽってりした唇、片手に収まらないくらい大きな胸の肉感的なすごい美女だ。
噂で聞きしオルデン家当代一の女傑、ガラシア・オルデン辺境伯だ。
ジークと同じく、魔術適性ゼロのギフテッドだ。固有スキルはハンクと同じ英雄。
「諸君!今回も魔素掃討、ご苦労!貴兄らの尽力で我らがセドルアの、引いては王国の平和を維持出来ていると言えよう。今回も不足があれば、遠慮なく申し出てくれ」
赤い紅で彩られた唇が弧を描く。凛として豪胆な声音に、何とも気持ちの好い飾り気の無い話し方。
華やかな迫力ある美女なのに、飾らない人柄が取っつきやすく、誰しも簡単に虜にするような人だ。
「北方守護は我らオルデン辺境騎士団が、身命を賭して承っている。貴兄らもまた、魔障の脅威から国民を守護すべく身命を賭している。我々は国を護る同志だ。有事にはオルデン家も力になろう。では国を守るため、貴兄らの奮闘を祈る!」
晴れた空のように笑ったオルデン辺境伯は、またもや颯爽と場を去った。
あっという間にギルド職員の士気が上がり、隣のジョエルもぽーっと頬を染めて頷いていた。
ジョエルは案外、ミーハーなところがある。
やや呆れて眺めていると、その隣のウルクも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
俄に浮ついた場を引き取ったレグルスが咳払いをし、担当エリアの説明を始める。
5ブロックの内、1番上層を情報室と他支部の精鋭、助っ人の冒険者のS級ランカーで構成された、総勢約20人で担当する手筈だ。
上層と言っても7合目より先は冬季侵入禁止のため、6合目から7合目までの間を受け持つ。
霊峰セドルアの最高峰は標高約8600メートル、7合目より先は魔物でもエレメントや精霊、竜種しか適応出来ない。
現在の人類はホムンクルス由来で、高山病も起こしにくいが、それでもこの極限環境には適してない。
アルカたちの担当エリアの標高約4000メートル付近が、魔物たちとまともに戦えるギリギリのラインだ。
それでも平地より負荷のかかる心肺機能は、強化魔法で補って対処する。
山のあちこちにダンジョンがあり、土中に出来たものを引けばラッキーだが、氷で出来た迷宮に当たると死ぬ思いをする。
フィールドに溜まる魔素よりは、迷宮に溜まる方が多い。
そのため、とにかく末期迷宮以外は片端から掃除しなければならない。
かなり酷な作業だが、人手が減ったギルドの通常業務も地獄になるため、留守番組も気合と残業が必要だ。
とにかくこのセドルア大掃除は、ギルド全体に影響を及ぼす。
それでも最優先にするのは、やはりセドルアからのスタンピード発生率が高く、他より大きな災厄をもたらした歴史があるためだ。
「アルカっ」
30分後から行動開始になる最終準備時間に、もこもこに着込んだイドが駆け寄って来た。
「お前、少し着過ぎじゃないか?それで動けんの?」
内側に毛皮が張られた支給コート以外に、中に毛皮やセーターを出鱈目に着込んでいる様子だ。
「だってさ、さみーんだよ、ここ。砂漠に帰りてぇ」
イドは唇を突き出して足踏みをした。確かに砂漠出身者にすれば、慣れぬ気候だろう。
「火魔石を入れるポッケ、たくさん空いてるだろ?そこに入れればマシだから何枚か脱げ。どうしても駄目なら、現地で足せ」
「あ、ほんとだあ。ジーク教えてくんねーから」
イドは早速コートを脱ぎ、ウルクやジョエルにダメ出しされながら、きちんと肌着から冬山装備を整える。
ジークは輪に入らずに壁際にもたれたままだ。
「イド、手袋持ったか?ちゃんと支給品のやつじゃないと、剣握ってる間に指もげるからな、マジで」
何度か剣の柄に貼り付いたまま凍った、職員の指を繋げてやったことがある。初めて見た時はぞっとしたものだ。
「うぇ~、もらってない。どこにあんの?」
「しょうがないな、こっち来い」
恐らくジークはイドにちゃんと教えた筈だが、聞いていなかったか忘れたのだろう。
ジークは何だかんだ言って面倒見が良い。
備品カウンターにイドを連れて行くと、奥の通用口へ向かうレグルスの背を見つける。
「ここで手袋もらえ。薄いのと厚いの2種類な」
「あいあーい」
イドがちゃんとカウンターに頼むのを見ながら、気になってアルカはその背を追った。
通用口を開けた先の職員用ロビーの隅に、レグルスの背を見つけたが足を止めた。
オルデン辺境伯とレグルスが何事か話していた。
「息災だったか、レグルス」
「はい。閣下もお変わりないようで」
「はは、閣下なんて水臭いな!昔のように、ガラとは呼んでくれぬのか」
からからと笑ったオルデン伯が、レグルスの肩を叩いた。
アルカは咄嗟に気配を殺して通用口を閉めた。それから胸を押さえて、足早に情報室組のシマへ戻った。
「おわ!アルカさん、どうしたっすか!?」
「は?何が?」
戻ってきたアルカに、ウルクがぎょっとして後退る。
「……いや、めちゃくちゃ怖い顔してますけど……」
「別にどうもしないけど?」
「えー……、ね、ジョエル先輩?」
「アルカさんが怖い訳ないだろ、お前の目は節穴か」
「そうだよな、先輩はブレないもんなー」
軽口を叩いている間に、続々とメンバーが集まって来た。
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