【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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レグルスの章

99 ハンク

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「いやああ!」

 通りの向こうに悲鳴が響き、レグルスはその場へ急行した。

 村の中は無数の魔物と黒い霧に覆われ、あちこちで魔法の爆発が起き、光結界も張られている。
 急行した先に、狂化したマンティコアに襲われている男女を見つけた。

「離れて!」

 大声で叫ぶが、マンティコアに噛みつかれた男を引き剥がそうと、女はその場を離れない。
 直ぐにマンティコアの体を覆っていた黒い霧、魔障が男の体に纏わりつく。

「逃げろ!」

 再び叫ぶが、肌が灰色になり始めた男が女に噛み付く。女の悲鳴が再び響き、2人とも魔障に冒されていく。
 すっかり魔物化した男女とマンティコアが、互いに喰らい合い出した。

「クソ……」

 目の前の地獄絵図に小さく呟くと、レグルスは魔物目掛けて火魔法を放った。
 一瞬で燃えた3体には目もくれず、他の魔力気配を探す。

 村中がスタンピードによる魔障に侵され、至る所で地獄が繰り広げられている。レグルスはまた走り出した。


 今回は小規模のスタンピードで、3日で掃討することが出来たが、田舎の村だったため壊滅的な被害になった。

 このところ小中規模のスタンピードが多発していて、神経質な王は、王宮騎士団や魔術師団を常に対処に駆り出している。

 特にレグルスは、魔術師団で全ての任務に駆り出されていた。疲労の溜まった体で馬に乗り、王都までの帰還の途を辿る。
 もし、今またスタンピードの報が入れば、レグルスだけは現場へ向かわなければいけない。

「見たか、あの化け物」
「ああ、顔色1つ変えないで、人を焼き殺してたな」

 聞えよがしの声に、一々反応もしなくなった。
 王宮魔術師団に身柄を移してから早5年。毎日似たようなことを言われ続ければ、腹を立てるだけ無駄だと知っている。

 レグルスの正体は救出時のメンバー、現国王、生家のみが知る秘匿案件で、他の王宮出仕者には知らされていない。
 表向きは、魔力過多で病弱の公爵家3男を王家預かりとし、魔術師団で育成していることになっている。

 しかし、人を遥かに凌駕した魔力量や質は隠せるものではなく、異例の扱いや才能への嫉妬、一抹のきな臭さにより、レグルスは王宮では化け物と嘲られ、腫れ物扱いされていた。

「お~い、レグ坊」

 大きな声で、王宮騎士団長が馬を並べて来た。

「ハンク、じゃない、騎士団長、お疲れ様です」

 ハンクはマティアスの腹心で、子供の頃から何くれとなく、面倒を見てくれた気の良い男だ。
 40代半ばを迎え気力胆力充実した、男盛りである。

「今更かしこまんなよ、鼻垂れの癖によう」
「俺はもう17なんですから、いつまでも子供扱いしないで」
「そうムキになるとこが、ガキなんだよ!」

 わははと笑って、ハンクは目を細めた。それから少し馬を人から離したため、レグルスも付いていく。

「時にレグ坊、親父さんの様子はどうだ?」
「……俺も最近帰れてないんですけど、あまり良くないって師匠が」

 レグルスの育ての親であるマティアスは2年前に病に冒され、今は退役をして王都の屋敷で療養している。

 その際に右腕のハンクに騎士団長の座を譲った。イザベラは未だ魔術師団顧問だが、最近は看病のため屋敷にいる方が多い。

 レグルスはずっと魔術塔に軟禁されているため、マティアスたちと住むことまでは出来ないが、外出許可を貰えば見舞いには行けるくらいの信用は得ている。

「レグルスよ」

 ハンクは急に真面目な顔付きになった。常に無い顔のため驚く。

「俺は騎士団を去ることにした」
「え……?」

 寝耳に水とはこのことだ。レグルスは俄には信じられず、茫然とする。

「今の状態はおかしい。月に何度もスタンピードが起きているのは異常だ。どうにかしないと、いつか大規模スタンピードが起きて、大勢が死ぬ」

 ハンクは厳しい顔で前を見つめた。

「で、でも、それが何でハンクが辞めることになるの?」
「おう。俺はな、今の腐り切った冒険者ギルドを立て直したいのよ。それで魔障が起きないようにしていきたいんだ」

「……冒険者、ギルド」

 話には聞いたことがある。本でも読んだから、冒険者という仕事も知っている。

 だが、とても縁遠い言葉だ。
 何故なら、自分は死ぬまで魔術師団で飼い殺されることが、決定事項だからだ。

 親の罪と、古代竜の罪。そして史上最年少で取得した特級魔術師の才。
 そのために王家は決して、レグルスを手放さない。

「ランスとも相談したんだ。だから必ず、俺は1年で基盤を整える」
「う、うん。……すごいね、頑張って」

 何と返事して良いのか分からず、レグルスは取り敢えず応援した。

「そうじゃねえよ、忘れたのかよ。ガキンチョのお前が、俺に言ったこと」
「……忘れたよ」
「かーっ、年寄りみてえなこと言ってんじゃねえ!」

 ハンクは顔を顰めて、イーッと歯を剥いた。

「レグ坊、1年だ。お前1人でも耐えろよ」
「ハンク、それって……」

「あんま期待はさせたくねぇけど、迎えに来てやらぁ!俺がもし届かなくても、ランスが何とかしてくれんだろうし」
「……ランスロット様こそ、俺を放したくない張本人じゃないの?」

「はは、アイツは昔から損な役回りが多い男ってだけよ。じゃ、近々見舞いに行くって、親父さんによろしく!」
「……次のスタンピードが起きなきゃね」

 馬から身を乗り出してレグルスの背中をバシンと叩いたハンクは、騎士団の隊列に戻って行った。

「ったく、顧問や騎士団長に気に入られてるからって、調子に乗って」
「特級だって顔使ったんだろ、どうせ」
「違いない。あんな変な魔力のやつ、魔力量が多いってだけで、特別扱いしすぎなんだよ」

 鬱陶しい。レグルスは意識を外して、来し方に思いを馳せた。

 イザベラの鬼のような魔術訓練や座学に、一般常識や大貴族としての振る舞い方など、全てを死に物狂いでこなしてきた。

 マティアスの剣の授業だけは、イザベラの授業に比べると天国で、本当に楽しく訓練してきたので例外だが、他者より10年近く遅れた分やることは多かった。

 それらは全て、王家の奴隷として生き延びるための手段で、役に立てなければ、いつ廃棄されてもおかしくはない。
 実際寝たきりの時は、何度も廃棄が検討されたらしい。

 今こうして生きていられるのは2人のおかげだが、王家が不用品とみなしていないから、生かされているに過ぎない。

 大災厄の竜の力と罪を身に宿した、王族に連なる者。その立ち位置が、正しく理解出来る年頃になった。

 決して王家が親族などは思えないし、顔も知らぬ公爵家を継いだ異母兄たちや、その母親にも繋がりは感じられない。
 彼らがレグルスを助けることは決してなく、寧ろ警戒対象だ。

 常に張り付いている王家の影も鬱陶しい。
 何か仇なすことがあれば、直ぐにでも処分してやるのだと、常に警告に晒されてきた。

 特に訓練だと言って王家の影や魔術師団員に、イザベラの目がなくなる夜に訓練場に呼び出され、小突かれ回されるのには辟易としていた。

 奴らはいつも蛇蝎を見るような嫌な視線を送り、にやにやとしながら抵抗出来ないレグルスを嬲った。
 恐らくプライドの高い奴らには、多分の嫉妬もあっただろう。

 何があっても決して人を傷付けるなと、イザベラと約束させられていたレグルスは正しく意味を理解しており、絶対にその言いつけを破らなかった。

 王国史上最強になるだろう魔術師が、何をしても逆らわず耐えるのである。これ程の愉悦は無いだろう。

 故に彼らの特訓はストレス解消の手段となり、どんどんエスカレートしていった。
 おまけに最後にはご丁寧に、ヒールを掛けて去っていくのだ。

 この特訓はレグルスの成長期が来て、ますます身体的にも魔力的にも、彼らを圧倒する2年前まで続いた。

 そういう訳で、レグルスは王宮関係者は全て大嫌いだ。蛇蝎のようだと言うなら、彼らの方が相応しい。

 レグルスに大事なのは、イザベラとマティアス、ナン。それからハンクだけだ。
 ランスロットはちょっとよく分からないが、大恩はあると思っている。

 王宮から解放されるなど、そんなこと有り得るのだろうか。誰も彼も王家に近しすぎる。
 何事も無く解放されるなんて、ある訳が無い。

 誰かが傷つくくらいなら、自分だけが毎日あの塔で暮らして、こき使われるだけでいいじゃないか。
 今では虐められることもないし、3食欠かさず飯が食える。

 ナンはしょっちゅう忍び込んで来てくれるし、イザベラたちにだって、たまには会いに行ける。

 それで十分じゃないか。そもそも竜核のせいで、殆ど死んだようなものだったのだ。
 今ある人生が、おまけのようなものだ。

 失敗作。駄作。役に立て。
 言葉の意味も知らなかった頃に、覚えるくらいに言われ続けた、唯一の言葉が鼓膜に響く。

 化け物。普通じゃない。気持ち悪い。
 言葉を覚えてから、何度も嘲笑とともに言われ続けた言葉が蘇る。

 やはり、自分には過分な願いだろう。

 いつもイザベラが読み聞かせてくれた冒険譚は、全て暗記してしまった。

 馬上から通りすがる景色は、のんびりと気ままに流れていくのに、自分だけがこの途を外れることが出来なかった。 
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