【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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レグルスの章

103 初恋

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 自分が竜か人かと問われれば、そうでもあるし、そうではないと答える。

 外観や肉体の構造は人と同じ。ただ心臓はもしかしたら、竜核と融合した影響で、人と完全に同じではないかも知れない。

 機能や魔力、性質は、人のそれとはかけ離れてしまっている。
 恐らく寿命も老化速度も、人とは違う。その辺りはほとんど竜に近いだろう。

 一部魔物や竜は魔術的、肉体的な成熟を迎えると老化を止め、永い時を全盛期のまま過ごし、ある日一時に老化して死ぬ。

 きっと自分も同じで、いずれ人の理から外れるだろう。

 では本能は、と言われると自信が無い。
 人にも竜にも本能はあって、三大欲求だって共通している。

 欲求なんて皆持ってるし、皆それぞれ同じだったり違うものだったり、強かったり弱かったりする。
 それが個性というものの発露じゃないかと思う。

 だが、この今までどんな人の魔力とも徹底的に合わず、魔力調整が出来なかったのは、竜由来の番の習性だと考えると納得がいくのだ。

 誰かに恋愛感情を持つことも出来ず、母親と慕うイザベラの魔力すら全く受け付けなかった。

 唯一、同じ魔法生物、従魔としてのナンの魔力調整だけは、ある程度なら受けられた。
 ナンは優秀な魔猫で、昔から魔術面で助けてくれる。

 もし、魔力調整が出来る人が現れたら、それは番の証なのではないだろうか。
 同時に竜の本能の証明になるが、この自分にも魔力が合って、愛せる人が現れるのだろうか。

 それは途轍もない恐怖だ。考えただけで、喜びより恐怖が勝つ。

 竜の自分の番が人なら、たった1人の番は自分を置いて死ぬ。
 愛を知らぬ自分に全て教えて、さっさといなくなる。

 その後、自分はたった1人で、もしかしたら数百年生き続けることになるのだ。

 もう2度と、誰かを失いたくない。
 もうあんな思いはしたくないのに、かつて竜が狂った苦しみを、自分が負ったらどうなるのか。

 それこそ死んだ方がマシだ。絶対に嫌だ。耐えられそうにない。

 自分には人としての理性がある。人として生きてきて、人らしく在るように努力して来た。
 だからあの古代竜みたいに、番だけに執着する訳がない。現に今だって、誰にも執着していない。

 イザベラには、竜の特性が強いから番しか愛せない、ちゃんと竜だと打ち明けて、竜としても人としても受け入れてくれる番を見つけろとは言われている。

 だけど、自分だって、普通の人のように恋愛が出来るはず。
 たまたま魔力相性が悪い人としか出会わないだけで、誰とだって恋愛して普通と同じになれる筈だ。

 番じゃなくて普通の恋人。いつかそれが出来たら、もっと自信を持って言えるかも知れない。

 自分は化け物なんかじゃなくて、人だって。


「局長、野営の準備、完了しました」
「ありがとう。ごめんね、全部やらせちゃって」

 今年の新人ジョエルから報告を受けて、レグルスは天幕から顔を出した。
 王都から南西、バークレー山の手前に発生した魔障掃討任務中、キャンプ地で休息を取っていた時のことだ。

 レグルス率いる情報室や、魔術協会からの要請で集まった近隣の魔術師、光魔法士、ランカーが集っていた。
 天幕の外ではジョエルとジークが組んだ石竈の側で、料理の準備をしていた。

 その2人にアルカとレグルスが同じ班である。アルカはどこに行ったのか、ちょうど居なかった。
 アルカが居なくて少しホッとしたような、寂しいような気持ちになり、慌てて心を落ち着けた。

 初めて出逢ってから2年、レグルスは努めてアルカを意識しないようにしていた。
 匂いを探らない、存在を目で追わない、声を拾わない、魔力を感知しない。この4つを徹底していた。

 特にアルカの魔力は直ぐに感知してしまうため、魔術師の性である魔力探知も、意識して切るようにしている。

 あまりにも惹かれるアルカの心地好い魔力は、磁石みたいに引き寄せられるため、絶対に呑まれてはいけない。
 闇属性は月の波動があるため、自分のような人が吸い寄せられるだけ。それだけなのだ。

「たまには俺が、料理しますよ」
「え?畏れ多いです。俺がやります」

 ジョエルが慌てたが、ジークは適当に頷いた。
 このジークという男は、アルカ以外は心底どうでも良いようで、レグルスにも上司として丁寧に接するが全く興味が無い。

 まるで竜みたいに、執着が重い男だ。
 それにアルカとの仲を邪推する程、距離が近い。風の噂では幼馴染だとかなんとか。

「ジーク君、一緒にやりましょう」
「はあ」

 ジークは気のない返事で鍋を抱えた。ちょっと腹が立つので、こき使ってやろうとちょっかいを出す。

「しかし、局長、料理出来たんですね」
「……そうですねー」

 実は全くだが、今まで誰もやらせてくれなかったため、今回のメンバーならと思ってのこのこ出張った訳だ。
 
 肝入の室員ばかりだが、レグルスに対しては畏怖と尊敬が強過ぎて、いつも遠巻きにされていてつまらない。というか寂しいのだ、すごく。

 誰からも壁を感じて、やはり上手く人をやれていないのかと不安になる。

「えっと~、まずは火ですかね」

 だぷんと水を入れた大鍋を、ジークが竈に置いた。何かスープを作る手筈だったと思う。

「あ、着火用魔石、入れてるので」
「ん?」

 レグルスが火魔法を放ったのと、ジョエルの言葉は同時だった。

 レグルスの苦手分野は、実は魔力操作だ。
 魔力量が多すぎて、例えるなら蛇口を絞るとか針に糸を通すような操作が苦手で、出力小にしても出る量が多い。

 出力大は得意なので、戦闘に困ったことはない。むしろ地形を変えてしまうため、全力を出したことは滅多に無いくらいだ。

 初めてだったのだ。竈に火を入れるなんて。

 しかもジョエルは自分が火魔法を使う予定で、着火用の火魔石を多めに入れていた。
 何故なら水属性のジョエルは、火魔法が最弱出力だから。

 レグルスの強過ぎる火魔法を受けた竈、正確には魔石がチュインと鳴って激しく明滅した瞬間、爆発が起きた。

「うわー!?」
「おわっ!」
「へ……」

 ぼふんと煙が立ち、辺り一帯が静まり返った。
 天高く飛んだ鍋が地面に落ちてきて、ぐわんぐわんと鳴る音だけが響く。

 3人とも煤だらけ、おまけに鍋の水を被っていた。ケガは無さそうだが、あまりのことに誰も動けなかった。

 レグルスも半ば茫然とした。
 失敗作、普通じゃない、そんな言葉が蘇る。また、人から変だと思われる。

「ん、ぐぐ、ぶはっ!アハハハ!なっ、何やってん、……ヒーッ」

 静寂を破ったのは、アルカの爆笑だった。
 文字通り腹を抱えながら、3人を指差してゲラゲラと笑い出した。

 異様な緊張の中、笑ってはいけないの効果かアルカが笑い上戸なのか知らないが、とにかく本気で爆笑していた。

 ヒィヒィ涙を流しながら笑うアルカに、少しずつ辺りからも笑いが漏れて、軽口を叩きながら情報室の数人が助けに寄って来た。

 後は皆、何事も無かったかのように、和やかにそれぞれが野営に戻る。
 アルカと言えば、まだ頬を引き攣らせながら近寄って来た。

「んっ、ふふ……。ヤバ……、おもろ……。あ、ケガあれば、なお、治しますけど……」

 ぷるぷるしながら、アルカはまだ笑いを堪えていた。

「お前、笑いすぎだろうが」

 ジークが小突くのを避けて、アルカは満面の笑みで返す。

「だってウケるだろ、あんなん誰だって笑うしかないって!ね、局長!」

 急に振られて、失敗の張本人であるレグルスは背筋を伸ばした。

「は、はいっ」
「ほら、こんなこともたまにはあるんだよ。人なら誰だってこんな面白い失敗すんだから、思う存分笑っとこうぜ!」

 ジークの背を叩いて、アルカは天幕の備品からタオルを持って来て、それぞれに配った。

「あ、あの、アルカ君。怒ったりしないの?」
「へ?何でですか?」

「だって、こんな変な失敗しちゃいましたし……」
「んふっ……、まあ、面白かったですけど。別に次から気を付ければ済む話ですよね。大したことじゃないです」

 タオルを渡したアルカは、さっぱりと笑った。

「はい、じゃあ、竈組み直しましょう。俺たちだけ飯抜きになりますよ」

 レグルスの背中を叩いた手は温かかった。

 その夜、レグルスは天幕の中、眠りに就くことは出来なかった。反動はあるが、別に1晩くらい寝なくても支障は無い。
 暗闇の中、じっと天井の布を見つめる。

 目に浮かぶのは、アルカの笑顔ばかりだった。

 最初に逢った時は、静かな人形のような美しさだと思った。
 一緒に働いていても、暗殺術マスターらしく表情があまり崩れない人だった。

 仕事は出来るし、きちんとしているけど、活力が無いというか気怠げというか。
 常に一歩引いて落ち着いて、冷静に見渡すような人だと思っていた。

 だが、本当のアルカは違っていた。あんなに大口を開けて、涙を流してゲラゲラと笑うのだ。

 意外と笑い上戸で軽口も叩くし、人に気安く触れる。
 大人しく見えて実は豪胆で、レグルスの失敗なんか簡単に笑い飛ばした。

 生き生きとした満面の笑みが、頭から離れない。
 アルカはあんな風に笑うのだ。もう綺麗な人形や精霊の化身じゃない。

 ドクンと心臓が鳴る。意識が全てアルカに向かう。 

 もっとアルカの笑顔が見たい。もっと色んな表情が見たい。
 もっと話してみたいし、知らない一面を見てみたい。
 あの温かい手や、可愛い笑顔に触れて、柔らかそうな唇にも触れてみたい。

 あの人の全部を、もっと知りたい。魔力も人となりも全部合わせて。

 誰より1番近く、傍にいきたい。

 ああ、もう駄目だ。人としても竜としても惹かれてしまう。
 レグルスは、その日はっきりと思い知ってしまった。
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