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冬の章 新年祭編
109 年越し
「えっと、改めて紹介します。アルカ、俺の番です」
イザベラの部屋でダイニングテーブルに、イザベラとナン、レグルスとアルカが向かい合う。
レグルスの希望で新年祭休暇の前夜、アルカたちはイザベラの部屋を訪れた訳だが。
しゅんしゅんと、ストーブの薬缶が鳴る音だけが響く。
「ああ、うん。……で?」
イザベラは怪訝そうに首を傾げて、隣のナンは興味が無さそうに欠伸をした。
隣のレグルスを見ると、何故か1人であたふたしている。
「だから、アルカが正式に番になってくれたから、師匠と先生にはちゃんと報告したくて……!」
「は?正式?」
ぽかんと口を開けたイザベラは、ナンを見た。
「ナァン」
「あっ、こら、余計なこと」
ナンがニコッとすると、イザベラが憤怒の様相になった。チビるかと思うくらいの威圧だ。
「お前!何にも知らないアルカちゃんに、あんなにマーキングしてたのかい!?今更、正式だと!?このバカ弟子が!!」
「ぐふっ」
そう言えばそうだ。この人は大魔術師だ。
ほぼ1年近く、生温く見られてたということか。いただいていた茶が口から流れる。
「ズボラな子だとは思ってたけど、まさかそんな順序が違うことをしてたなんて!私はあんたを、そんな卑怯な奴に育てた覚えはない!根性叩き直してやる!そこに直れ!!」
イザベラが箒でレグルスをバシバシやり始めたので、ナンに促されて避難する。
「ちょ、師匠、そのオリハルコンは、本当に痛いんですって!」
「喧しい、馬鹿弟子!情けない!マティアスが居たら、叩き斬ってたわよ!」
レグルスがヒィヒィ言わされている煤けた箒を眺める。
あれ、テスタのゴーレムなんだよな。
かつての英雄の伝説の杖は、ちょうど良い長さだからと箒に魔改造されていた。
暑い日やなんかに、玄関の支え棒にされているのをしょっちゅう見たことがある。
千本槍を死ぬ気で切り抜けたことを思い出し、複雑な気持ちでナンとお手製クッキーを齧りながら、イザベラの気が済むまで待った。
「アルカちゃん、ごめんなさいね。この馬鹿息子、本当に世話を掛けるけど、よろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
治すなと言われた、ボコボコのレグルスをチラと見る。
「竜寄りだからか、のんびりしてるのよ。いつまで経っても子供みたいで」
「ナン」
「そんなことないです。俺はちゃんと大人やってます。ね、アルカ?」
ちゃっかり万能軟膏を塗りながら、レグルスは愛想を振り撒いてきた。
言われてみれば、確かに思い当たらないでもない。
そもそも普通の生活が出来るようになった年齢から換算すると、今は思春期の頃合いだ。
「あ、アルカ、納得した顔しないで?」
「大丈夫です。俺、情報室では躾に定評がありますから……!」
「あらそう、頼もしいわぁ。ビシバシやっちゃってね」
「あぇー……」
納得しない様子のレグルスを放置して、食事の支度を始める。
「アルカちゃん、今年の年末年始はどうするの?」
テーブルを片付けて拭いていたイザベラが首を傾げた。
「ああ、レグルスとここで過ごしますよ。ハリスさんたちにゆっくりしてもらいたいって、レグが」
「そうなんです!」
レグルスはデレっと笑った。イザベラは食器を運びながら、レグルスに呆れたように溜め息を吐いた。
「ハリスにかこつけんじゃないわよ。まあしょうがないわね、新婚みたいなもんだし。2人でゆっくり過ごしなさいな」
「げほ!」
「……新婚」
ぽへっとしたレグルスに、イザベラが眉を吊り上げる。
「まさか、責任取らないつもりじゃないだろうね?」
「あの!番になったのも、本当につい最近で!その話はいずれゆっくり、ね、レグルス!」
せっかくの食事前に、また箒大乱舞が始まらないよう慌ててフォローするが、レグルスはぼえっとしていて役に立たない。
「そうかぁ~、……新婚かぁ~」
またデレデレし出したのをテーブルの下で蹴っ飛ばす。
「は!新婚旅行いかないと!何処がいい!?」
「待て!その話は後!ステイ!」
ナンが呆れている。アルカは強引に話を切り上げた。
「本当に気が利かない子だよ。まあいい、食事にしよう」
イザベラを手伝い、キッチンから料理を運ぶ。テーブルの上には、所狭しとご馳走がいっぱいに並べられた。
イザベラお手製のローストビーフにシェパーズパイ。チリビーンズサラダに、オニオンスープ。愛情が手間暇に目一杯に表れている。
「わ!師匠のシェパーズパイだ!」
「久し振りだから、少し張り切り過ぎたね」
レグルスが瞳をきらきらさせた。こういう所が子供っぽいと言われる所以だが、アルカは可愛らしくて気に入ってる。
イザベラの祈りを待って、食事を始める。
料理はどれも絶品で、特に魔牛のローストビーフが赤身の旨味がしっかり感じられて気に入った。
お土産に赤ワインを持って来て良かった。
イザベラは大の赤ワイン好きとのことで、高級品を奮発した甲斐があって本当に喜んでくれた。
ナンには無塩のローストチキンをお土産にした。こちらも夢中で、がっついている。
「時にアルカちゃん、年末年始は帰省してないってことだけど、親子さんへの挨拶はどうする?」
思わずフォークが止まり、場が静まった。
「えぇと……、まあ、追々、いずれ……」
「あらやだわ。立ち入ったことを聞いたわね。年寄りはせっかちで嫌ね。あんたたちのペースでやればいいさ」
イザベラが安心させるように微笑んだ。
アルカとて未だ貴族籍に身を置いている。憂鬱だが、避けては通れぬ話かも知れない。
そっと背中に、レグルスの温かくて大きな手が置かれる。
レグルスだって自分の過去は、全て視ているのだ。唯一無二が、半分を持ってくれている。
気遣う顔のレグルスに、大丈夫だと頷いた。
「そうだ、アルカちゃん。しばらくイドを見ないんだけど、あの悪戯坊主はどうしてる?」
話題を変えようとしたのか、イザベラが問うた。
しかしレグルスが目を丸くした。そう言えば話して無かったと気付く。
「師匠、何でイド君を知ってるの?」
「女神の奇縁さね。拾った仔猫に懐かれたようなもんだ」
「レグ、俺が繋いじゃったんだよ。ここにしょっちゅうお邪魔してんだ」
「ナン!」
イザベラが苦笑すると、ナンが迷惑そうに鳴いた。
「あ~、いや、師匠が大丈夫なら、大丈夫なのか?いや、でも」
「ああ、大丈夫さ。あれは純粋なだけなんだよ」
「うん……、分かった。何かあったら呼んでください」
レグルスの心配も最もだが、それは最初の頃だけだ。
「大丈夫。イドは変わった。イザベラさん、あいつ、人助けを自分でしたんですよ。自分の意思で、人の命を2回も救った」
「まあ、そうかい。イドが……」
「ええ。もうイドは、大丈夫です」
そう言って微笑むと、イザベラは目を丸くしたが微笑んだ。
「ね、ねぇ、アルカ、なんか最近イド君に甘くない?何で?何があったの?」
じとっとした目で、レグルスが袖を引っ張る。
「レグルス、お前、ズボラでだらしない上に、器も小さいとかやめておくれよ!マティアスはあんなに良い男だったのに、誰に似たんだ、お前は」
「俺は竜寄りなんで」
「ナン」
また都合の良いことを唇を尖らして曰うレグルスに、ナンと2人で目を眇める。
「それで、そのイドなんですが、ヤズマイシュにいます」
「へえ、ヤズマイシュかい。なんでまた?あそこは寒いから、あの坊主にゃ厳しいだろうに」
「……イザベラさんは、イドのスキルをご存知ですか?」
「ああ、影使いだろ?ある程度は」
イザベラは赤ワインを呷りながら頷いた。空のグラスにレグルスが注ぎ足す。
「緊急事態で、俺が影の中にジークを入れるように指示してしまったんです」
「アルカ、あれはしょうがなかっただろ」
「でも、事実は事実だからね」
微笑んで安心させても、まだレグルスは眉を下げた。
「ジークの坊やは発狂したのかい?」
「いえ……、ただ、昏睡状態が続いてます。イドはその治療に当たってくれています」
「そうかい……」
「ナァン」
イザベラとナンが、顔を見合わせる。
「ナン、なんでジーク君をそんなに気に掛けるの?」
「……ナ、ナァン」
ナンがぎくりと目を逸らして、アルカの椅子の下に潜り込んだ。
「ああ、この子、ジーク坊のスパイしてたからね。高級おやつと引き換えに」
「ナンナン!」
「はぁ!?」
レグルスが、がたりと席を立った。椅子の下では大部分がはみ出るため、ナンはアルカに抱っこをせがむ。
不穏な単語は出たが、抱けと言うナンは可愛いので、重い体を気合いを入れて抱き上げる。
「ナァ~ン」
対レグルスでは世界一の安地に入って、途端に強気に出たのか、小馬鹿にしたようにナンが鳴いた。
「お前、俺のアルカから離れろよ!てゆうかジーク君のスパイってなんだよ、裏切り者め!」
「ナンナ~」
また兄弟喧嘩が始まったが、やはり聞き逃せない単語がある。
「ナン、スパイって何?」
にこっと微笑むと、ナンがびくりと顔を引き攣らせた。
「ちゃんと言わないと、分かるよね?ナンは世界一の猫様だから」
「ナン、ナ~?ナンナン……」
「アルカちゃんの休日の行動をリークしてたんだよ、この子」
ナンがじたじたと腕から抜け出そうとするが抑える。
「……言われてみれば、休日が被ると街でも大体ジークと会ったり、突然家に来たり……」
そう言えば2人でメンチを切りながら、おやつのやり取りしていた。あれは取引だったのかと愕然とする。
「まさか本気で通じ合ってたのかい?……あれ程止めろって言ったのに。どこに居たとか出かけたとか、地面に何か描きながら、2人でごそごそやってたのは知ってるんだけど」
イザベラも困惑したように頬に手を当てた。
「ナン、これからは取引禁止だぞ?俺はもう、レグルスの番だから」
「ナン!ナン!」
兄弟揃って調子が良い。必死で頷くので解放すると、ナンはキッチンの方へ逃げて行った。
意外にもレグルスが追いかけないので顔を覗き込むと、頬を染めて、怒りと喜びで情緒がめちゃくちゃになっている。
「まったく、家の馬鹿息子どもは……」
4人で賑やかな食卓を終えて、自宅への階段を上がる。
今日から年末年始休暇の1週間は、完全に2人きりで過ごすのだ。食料も買い込んだし、巣篭もりの準備は万端だ。
恐らく何処にも出ないだろう。帰りたい場所なんて、レグルス以外に無いのだから。
イザベラの部屋でダイニングテーブルに、イザベラとナン、レグルスとアルカが向かい合う。
レグルスの希望で新年祭休暇の前夜、アルカたちはイザベラの部屋を訪れた訳だが。
しゅんしゅんと、ストーブの薬缶が鳴る音だけが響く。
「ああ、うん。……で?」
イザベラは怪訝そうに首を傾げて、隣のナンは興味が無さそうに欠伸をした。
隣のレグルスを見ると、何故か1人であたふたしている。
「だから、アルカが正式に番になってくれたから、師匠と先生にはちゃんと報告したくて……!」
「は?正式?」
ぽかんと口を開けたイザベラは、ナンを見た。
「ナァン」
「あっ、こら、余計なこと」
ナンがニコッとすると、イザベラが憤怒の様相になった。チビるかと思うくらいの威圧だ。
「お前!何にも知らないアルカちゃんに、あんなにマーキングしてたのかい!?今更、正式だと!?このバカ弟子が!!」
「ぐふっ」
そう言えばそうだ。この人は大魔術師だ。
ほぼ1年近く、生温く見られてたということか。いただいていた茶が口から流れる。
「ズボラな子だとは思ってたけど、まさかそんな順序が違うことをしてたなんて!私はあんたを、そんな卑怯な奴に育てた覚えはない!根性叩き直してやる!そこに直れ!!」
イザベラが箒でレグルスをバシバシやり始めたので、ナンに促されて避難する。
「ちょ、師匠、そのオリハルコンは、本当に痛いんですって!」
「喧しい、馬鹿弟子!情けない!マティアスが居たら、叩き斬ってたわよ!」
レグルスがヒィヒィ言わされている煤けた箒を眺める。
あれ、テスタのゴーレムなんだよな。
かつての英雄の伝説の杖は、ちょうど良い長さだからと箒に魔改造されていた。
暑い日やなんかに、玄関の支え棒にされているのをしょっちゅう見たことがある。
千本槍を死ぬ気で切り抜けたことを思い出し、複雑な気持ちでナンとお手製クッキーを齧りながら、イザベラの気が済むまで待った。
「アルカちゃん、ごめんなさいね。この馬鹿息子、本当に世話を掛けるけど、よろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
治すなと言われた、ボコボコのレグルスをチラと見る。
「竜寄りだからか、のんびりしてるのよ。いつまで経っても子供みたいで」
「ナン」
「そんなことないです。俺はちゃんと大人やってます。ね、アルカ?」
ちゃっかり万能軟膏を塗りながら、レグルスは愛想を振り撒いてきた。
言われてみれば、確かに思い当たらないでもない。
そもそも普通の生活が出来るようになった年齢から換算すると、今は思春期の頃合いだ。
「あ、アルカ、納得した顔しないで?」
「大丈夫です。俺、情報室では躾に定評がありますから……!」
「あらそう、頼もしいわぁ。ビシバシやっちゃってね」
「あぇー……」
納得しない様子のレグルスを放置して、食事の支度を始める。
「アルカちゃん、今年の年末年始はどうするの?」
テーブルを片付けて拭いていたイザベラが首を傾げた。
「ああ、レグルスとここで過ごしますよ。ハリスさんたちにゆっくりしてもらいたいって、レグが」
「そうなんです!」
レグルスはデレっと笑った。イザベラは食器を運びながら、レグルスに呆れたように溜め息を吐いた。
「ハリスにかこつけんじゃないわよ。まあしょうがないわね、新婚みたいなもんだし。2人でゆっくり過ごしなさいな」
「げほ!」
「……新婚」
ぽへっとしたレグルスに、イザベラが眉を吊り上げる。
「まさか、責任取らないつもりじゃないだろうね?」
「あの!番になったのも、本当につい最近で!その話はいずれゆっくり、ね、レグルス!」
せっかくの食事前に、また箒大乱舞が始まらないよう慌ててフォローするが、レグルスはぼえっとしていて役に立たない。
「そうかぁ~、……新婚かぁ~」
またデレデレし出したのをテーブルの下で蹴っ飛ばす。
「は!新婚旅行いかないと!何処がいい!?」
「待て!その話は後!ステイ!」
ナンが呆れている。アルカは強引に話を切り上げた。
「本当に気が利かない子だよ。まあいい、食事にしよう」
イザベラを手伝い、キッチンから料理を運ぶ。テーブルの上には、所狭しとご馳走がいっぱいに並べられた。
イザベラお手製のローストビーフにシェパーズパイ。チリビーンズサラダに、オニオンスープ。愛情が手間暇に目一杯に表れている。
「わ!師匠のシェパーズパイだ!」
「久し振りだから、少し張り切り過ぎたね」
レグルスが瞳をきらきらさせた。こういう所が子供っぽいと言われる所以だが、アルカは可愛らしくて気に入ってる。
イザベラの祈りを待って、食事を始める。
料理はどれも絶品で、特に魔牛のローストビーフが赤身の旨味がしっかり感じられて気に入った。
お土産に赤ワインを持って来て良かった。
イザベラは大の赤ワイン好きとのことで、高級品を奮発した甲斐があって本当に喜んでくれた。
ナンには無塩のローストチキンをお土産にした。こちらも夢中で、がっついている。
「時にアルカちゃん、年末年始は帰省してないってことだけど、親子さんへの挨拶はどうする?」
思わずフォークが止まり、場が静まった。
「えぇと……、まあ、追々、いずれ……」
「あらやだわ。立ち入ったことを聞いたわね。年寄りはせっかちで嫌ね。あんたたちのペースでやればいいさ」
イザベラが安心させるように微笑んだ。
アルカとて未だ貴族籍に身を置いている。憂鬱だが、避けては通れぬ話かも知れない。
そっと背中に、レグルスの温かくて大きな手が置かれる。
レグルスだって自分の過去は、全て視ているのだ。唯一無二が、半分を持ってくれている。
気遣う顔のレグルスに、大丈夫だと頷いた。
「そうだ、アルカちゃん。しばらくイドを見ないんだけど、あの悪戯坊主はどうしてる?」
話題を変えようとしたのか、イザベラが問うた。
しかしレグルスが目を丸くした。そう言えば話して無かったと気付く。
「師匠、何でイド君を知ってるの?」
「女神の奇縁さね。拾った仔猫に懐かれたようなもんだ」
「レグ、俺が繋いじゃったんだよ。ここにしょっちゅうお邪魔してんだ」
「ナン!」
イザベラが苦笑すると、ナンが迷惑そうに鳴いた。
「あ~、いや、師匠が大丈夫なら、大丈夫なのか?いや、でも」
「ああ、大丈夫さ。あれは純粋なだけなんだよ」
「うん……、分かった。何かあったら呼んでください」
レグルスの心配も最もだが、それは最初の頃だけだ。
「大丈夫。イドは変わった。イザベラさん、あいつ、人助けを自分でしたんですよ。自分の意思で、人の命を2回も救った」
「まあ、そうかい。イドが……」
「ええ。もうイドは、大丈夫です」
そう言って微笑むと、イザベラは目を丸くしたが微笑んだ。
「ね、ねぇ、アルカ、なんか最近イド君に甘くない?何で?何があったの?」
じとっとした目で、レグルスが袖を引っ張る。
「レグルス、お前、ズボラでだらしない上に、器も小さいとかやめておくれよ!マティアスはあんなに良い男だったのに、誰に似たんだ、お前は」
「俺は竜寄りなんで」
「ナン」
また都合の良いことを唇を尖らして曰うレグルスに、ナンと2人で目を眇める。
「それで、そのイドなんですが、ヤズマイシュにいます」
「へえ、ヤズマイシュかい。なんでまた?あそこは寒いから、あの坊主にゃ厳しいだろうに」
「……イザベラさんは、イドのスキルをご存知ですか?」
「ああ、影使いだろ?ある程度は」
イザベラは赤ワインを呷りながら頷いた。空のグラスにレグルスが注ぎ足す。
「緊急事態で、俺が影の中にジークを入れるように指示してしまったんです」
「アルカ、あれはしょうがなかっただろ」
「でも、事実は事実だからね」
微笑んで安心させても、まだレグルスは眉を下げた。
「ジークの坊やは発狂したのかい?」
「いえ……、ただ、昏睡状態が続いてます。イドはその治療に当たってくれています」
「そうかい……」
「ナァン」
イザベラとナンが、顔を見合わせる。
「ナン、なんでジーク君をそんなに気に掛けるの?」
「……ナ、ナァン」
ナンがぎくりと目を逸らして、アルカの椅子の下に潜り込んだ。
「ああ、この子、ジーク坊のスパイしてたからね。高級おやつと引き換えに」
「ナンナン!」
「はぁ!?」
レグルスが、がたりと席を立った。椅子の下では大部分がはみ出るため、ナンはアルカに抱っこをせがむ。
不穏な単語は出たが、抱けと言うナンは可愛いので、重い体を気合いを入れて抱き上げる。
「ナァ~ン」
対レグルスでは世界一の安地に入って、途端に強気に出たのか、小馬鹿にしたようにナンが鳴いた。
「お前、俺のアルカから離れろよ!てゆうかジーク君のスパイってなんだよ、裏切り者め!」
「ナンナ~」
また兄弟喧嘩が始まったが、やはり聞き逃せない単語がある。
「ナン、スパイって何?」
にこっと微笑むと、ナンがびくりと顔を引き攣らせた。
「ちゃんと言わないと、分かるよね?ナンは世界一の猫様だから」
「ナン、ナ~?ナンナン……」
「アルカちゃんの休日の行動をリークしてたんだよ、この子」
ナンがじたじたと腕から抜け出そうとするが抑える。
「……言われてみれば、休日が被ると街でも大体ジークと会ったり、突然家に来たり……」
そう言えば2人でメンチを切りながら、おやつのやり取りしていた。あれは取引だったのかと愕然とする。
「まさか本気で通じ合ってたのかい?……あれ程止めろって言ったのに。どこに居たとか出かけたとか、地面に何か描きながら、2人でごそごそやってたのは知ってるんだけど」
イザベラも困惑したように頬に手を当てた。
「ナン、これからは取引禁止だぞ?俺はもう、レグルスの番だから」
「ナン!ナン!」
兄弟揃って調子が良い。必死で頷くので解放すると、ナンはキッチンの方へ逃げて行った。
意外にもレグルスが追いかけないので顔を覗き込むと、頬を染めて、怒りと喜びで情緒がめちゃくちゃになっている。
「まったく、家の馬鹿息子どもは……」
4人で賑やかな食卓を終えて、自宅への階段を上がる。
今日から年末年始休暇の1週間は、完全に2人きりで過ごすのだ。食料も買い込んだし、巣篭もりの準備は万端だ。
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