【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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最終章 旅路の涯

幕間 女3人と猫1匹の戦い

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「イザ……、イザ……や」

 温かな光が胸を満たし、イザベラを包む。優しく呼ぶ声は母なる女神様だ。

 女神はどこまでも温かく微笑んでイザベラを抱き、ふさふさと頰を擽る。
 ふさふさと、もふもふと……。

「ナン」
「……、あぁ、ナンかい」

 いつの間にかベッドに突っ伏して、寝てしまっていたらしい。
 肩にかかっていたショールが落ちていたためか、ナンの尻尾が巻かれていた。 

 明け方前の薄明に目を瞬かせる。眼の前のジークに変化は無い。

 イドが影に潜って3日。イザベラがテスタより戻ってから、イドは何か掴んだようで、日毎に潜影の時間が延びている。
 だがしかし、3日は長過ぎる。先日までは1日だったのに。

「イド、イドや。そろそろ戻っておいで」

 ジークに向かい呼びかけるが、全く反応が無く溜息を吐く。
 一緒にジークを覗き込んでいたナンが、ピクリと耳を動かし遠くを見つめた。

「ナンナ」
「ああ、そうだね」

 耳鳴りがするほど空気が張り詰めている。肌を刺すような魔力が、大気に満ち満ちている。

 2人は静かに表へ出た。快晴の未明は放射冷却で、息をも凍らす程に冷え込んでいた。
 空気は澄み、川から緩やかな朝霧が昇って来る。

 前庭から北の方角を確かめて、イザベラは唾を飲み込んだ。

「このタイミングかい……」
「ナン」

 霊峰セドルアの氷結界が消えている。

 結界が消えたら一旦ジークの治療を止め、イドを必ず防衛基地へ行かせる約束をしていたのに、イドが戻って来ていない。
 アルカから念入りに頼まれていたことだ。

 思案する前にあちこちから一斉に半鐘が鳴る。1週間前から街中に伝えられていた避難指示だ。

「イ、イザベラさん!」

 中から寝間着に上着を羽織った、クレアとエレンが飛び出して来た。

「どうしましょう、ジークとイド君は……!?」

 顔面を蒼白にしたエレンの気持ちは、痛いほど分かる。
 潜影中に対象を移動して良いか聞いておけば良かったと、イザベラは心底後悔した。
 胸に手を当てると、加護の光は温かく宿っている。

「やるしかないね、ナン」
「ナァン」

 ナンがすりすりとイザベラの足に体を寄せた。

「エレンさん。クレアちゃんと直ぐに避難所にお逃げなさい。出来れば、ギルド支部の方が良い」
「ですが、イザベラさんたちは……!?」

「私たちはここを守る。ジークには傷1つ付けないから、安心して行きなさい」

 家の中に戻りながら指示すると、エレンとクレアは顔を見合わせた。

「イザベラさん!私も残る!私、もう上級魔法使えるようになったの!私だって戦える!」

 クレアの細い指がぎゅっと、イザベラの手を縋るように握った。

「ここは主人が遺した、私の家ですからね。私も残ります。イド君を待たなきゃ」

 エレンも腰に手を当てて頷いて、大きく笑った。
 2人の顔は力強く明るい。苦い50年前の記憶が蘇ったが、イザベラは首を振った。

「あんたら、地獄を見る覚悟はあるのかい?」

「私、こうして動けるようになったから、もうどんな場所でも天国なの」
「1週間碌な食事もなく、働き続けたこともある!あれに比べれば何だって乗り越えられます!」

 クレアとエレンが、どんと胸を叩いて笑った。良く似た親子の笑顔に、イザベラは片眉を上げた。

「まあ、1人守るも2人守るも同じさね。よし、女は度胸、やったろうじゃないか」

 3人で顔を見合わせて笑う。

「防衛線が破られない限り、ここは平穏だ。今は英気を蓄えるとしよう」

 イザベラの一言に1番にナンが応えて、朝飯をねだった。エレンもクレアも食事の仕度にかかる。

 そう、防衛線で守りきってさえくれれば、中央区に魔物は入らないはずだ。
 ここは中央区の北の外れ。数キロ先に防衛基地がある。

「頼むよ、レグルス、アルカちゃん……」

 イザベラは祈るように北を見つめ、それからジークの元へ戻った。


 それから暫く。

「ナン」
「来たね」

 魔力を練っていたイザベラは目を開けた。大気が激しく震え、禍々しい気配が近づいて来る。

「ナンや、おいで」

 ナンは直ぐに足元にお座りをした。

「我、女神の子イザベラの名に置いて、我が眷属たる汝の真なる力を解放することを赦す」
「ナン!」

 ナンの胸に宿る女神の加護が、温かく光り出す。

「よし、ナン、あんまり長くは魔障に触れないように、気をつけるんだよ。あんたに敵う魔物はそういないだろうが、無茶はしないように」
「ナン!」

 眠るジークの額に手を当てイドに呼びかけてから、部屋を出て居間に行く。

「エレンさん、ジークの傍に。手筈通り薬と、イドが出てきたら伝言を頼むね。あと、結界が消えるまで決して家から出ないように。いいね?」
「……はい!」

「クレアや、ここに」
「は、はい!」

 居間で待機していた2人が慌てて立ち上がる。クレアがやって来ると、跪かせ額に触れる。

「我、女神の子イザベラの名に置いて、今この大難を越える我が伴に、女神の加護を与える」

 イザベラの胸から溢れた光が、クレアの額へ吸い込まれていく。

「イザベラさん、これは……?」
「女神の加護だ。あんたやナン、私には暫く魔障が効きづらくなる。加えて魔法に光の属性が付与される」

「すごい!じゃあ、私にも光結界が張れるってことですか……!?」
「そうだよ、見てなさい」

 エレンを残し全員で外に出ると、北の空は魔障で真っ暗だった。こちらの青空との対比が際立ち禍々しい。

 イザベラは家の敷地を包むように結界を張った。女神の加護により、普通の結界に光属性が付与されている。
 女神の加護は普通に魔法を使っても、元の属性に光属性が追加付与される効果がある。

「これで暫くは、ここには魔障も魔物も近付けない。危なくなったら、ここに逃げ込みなさい」
「はい!」

「私とナンが魔物と戦うから、あんたは片端から魔障に魔法をぶつけなさい」
「ナンちゃんが!?そんな、危ないです!それに魔物になっちゃうんじゃ……」

 目を丸くして焦った顔をするクレアに、イザベラは口の端を上げる。

「そもそも人より動物の方が、魔障耐性は高いんだ。それに、ナンはね、世界で唯一の女神と竜の眷属だからね。さあ、ナン、見せてやりな!」
「ナン!」
 
 何が始まるのかと驚いているクレアの前で、ナンが身を低く構える。
 ざわざわと背中の毛が逆立ち、カッと光が放たれた。

「きゃ、な、ナンちゃん……!?」

 イザベラの隣に現れたのは、獅子より遥かに大きな猫だった。
 太くて大きな足に、靭やかさがある猫科特有の流線のある体躯。
 橄欖石の瞳が輝く様はいつもより凛々しいが、正しくナンだ。

「あんた、この姿でも、ちと腹が出てるね……」
「ナン!?」

 低くなった声でも、鳴く声はやっぱりナンだった。

 集落の向こうから雪煙と黒い霧を巻き上げながら、魔物がやってくる。
 50年前、あの時はマティアスとメイヒムと、3人背中合わせで戦った。

 今は隣に世界最強の猫ナンが居て、背後には守らねばならぬ命が無数にある。
 何も変わらない。あの時も今も、やるしかないのだ。

「老いても私は魔女だ。来るなら来い。竜殺しの魔女の力、とくと味わわせてやる!」

 イザベラは手にした伝説の杖で、力強く地面を打ち鳴らした。
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