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最終章 旅路の涯
幕間 ナンとクレアと
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「うわああ!魔物だ!誰か助けてぇ!」
通りの向こうで人の叫び声が聞こえ、ヤズマイシュ東入口を目指していたクレアとナンは立ち止まった。
「ナンちゃん!助けに行かなきゃ」
「ナン!」
2人で声の方へ向かうと、男が魔鹿に襲われていた。
クレアが魔力を練る間にナンが魔鹿に飛び掛り、爪で一撃を入れて飛び退る。
「ひいぃ!魔物が増えた!?」
「ナァン!?」
殆ど致命傷を受けた魔鹿がよろめいた隙に、クレアが氷魔法で鹿を魔障ごと凍結させ、ナンがそれを打ち砕いた。
「魔物じゃありません!この子は立派な猫!皆を助けてくれてます!」
「ナン」
クレアが巨大なナンを撫でると、俄に信じられないと言った顔をした男が、礼を言いながら逃げて行った。
「失礼しちゃう、ね、ナンちゃん」
「ナンナァ」
ぷんすかした2人は、また歩みを再開した。
東側に魔物が流入したと聞いたイザベラは、辺りのスケルトンが粗方落ち着くと、助太刀のために家を飛び出してしまった。
じっとしていられなくなったクレアとナンは、街の人達を助けながら後を追っている。
北側と違って中央寄りの区画は避難遅れの人が少なくなく、今になって慌てて逃げて、魔物に襲われているような有様だった。
あれほど街から避難指示が出ていたのに、ここまでは来ないだろうと高を括った者の多いことと言ったら。
自分だけは大丈夫、結局いつも通りさと、半鐘が鳴り続ける異様な事態を無視して、心の平穏を守ろうとする認知機能の歪みらしい。
「でも、やれることやらなきゃだよね!」
「ナン!」
2人で街に入り込んでいる魔物や、スケルトンの軍団を少しずつ倒して、人々を助けながら進んで行く。
「ギルドへ避難を!」
「わあ!でかい魔物!?」
「猫ちゃんです!街を守ってるの!」
「あっちの通りの方が安全だから避難を、走って!」
「ヒェエ、化け猫じゃあ!」
「ナンちゃんはこの街を守る猫なんだから!失礼しないで!」
「ナンナァ!」
「このくらいのケガなら大丈夫。歩けるから頑張って!」
「きゃあ!獅子の魔物!?」
「お母さん!食べられちゃう!」
「もう!だから、この子はナンちゃん、この街の守り猫なの!皆を助けてるんだから!」
確かに獅子より大きく、真っ黒なナンは魔物に間違われてもおかしくはない。
けれど足の先だって靴下みたいに白くて可愛いし、と思ったら魔物の返り血やらで薄汚れていた。
「ナンちゃん、浄化してあげるね」
「ナン」
東側に近付くと魔物の数がかなり増えて、クレアたちは大きな群れに遭遇した。
魔熊数体に魔狼、不気味な骨の魔物に、街道沿いに生息している元は小動物の魔物、合わせて20体は居る。
「どうしよう。アレ、倒さないと進めないよ」
物陰から様子を伺い、ナンと顔を見合わせる。しかしナンは余裕たっぷりに頷いた。
「ナン、ナンナンナナ……」
「えっ、うん、どうしよう……、分からないよ、ナンちゃん」
ナンが燻し銀な顔で何か説明しているが、クレアには猫語が分からない。
「ナァン!」
任せろと言われた気がして、クレアは頷いて魔力を練る。
いつでもナンのサポートが出来るように、上級が出せるくらいに練り上げていく。
それを見てナンは満足気に頷いてから、さっと身を低くして魔物の前に躍り出た。
それから体全体を使い息を吸い、凄まじい威圧の咆哮を上げた。
一里四方に響いたのではと思う程の咆哮に、周りの魔物が一斉に失神し倒れる。
魔熊は意識があるようだが、体が痺れているようで動けない。正に王者の咆哮だ。
直接浴びなかったにしろ膝が震えたが、クレアは直ぐに上級魔法の全体への凍結を全体に放つ。小さい魔物は全て仕留めた。
ナンが目にも留まらぬ速さで、全て打ち砕いていき、魔物の群れはあっという間に片付いてしまった。
「すごい、すごいよ、ナンちゃん……!」
感極まってモフンと大きな体に抱き着くと、ナンは得意気に鳴いた。
「ナンちゃんが居れば、無敵だね!」
「ナン……」
ナンの返事に違和感を感じ、顔を覗き込む。
「ナンちゃん?」
ナンの目蓋がゆっくり落ちて、ぐらりと大きな体が倒れた。
「え、やだ、どうしたの!?しっかりして、ナンちゃん!」
地面に横倒しに倒れたナンは、ぐったりとしたまま動かない。
「どこかケガした!?ああ、どうしよう」
体のあちこちを見てケガを探すが、見当たらない。魔力切れだろうか。
ヒールが使えないから、どうにも出来ない。
「や、やだ、ナンちゃん、死なないで!しっかりして!」
その首元に縋り付き、必死で名前を呼ぶ。すっかり動転したクレアは、背後から近付く集団に気付かなかった。
「お嬢さん!魔物から離れて!」
「見たことが無い魔物だ!こいつがさっきの威圧の主か!?」
「ぬう?魔物?」
ハッと振り返ると、武器を持った屈強な男たちが複数近づいて来る。
クレアは立ち上がり、両手を広げて男たちを睨みつけた。
「魔物じゃない!この子は猫なの!街を守ってくれてるの!来ないで!」
「猫?そんな獅子よりでかい猫が、いる訳ないだろう」
剣を持った男が近づいて来て、クレアは咄嗟に構えた。どう見ても堅気じゃない上に、話を聴いてくれない。
ナンは大事な友達で、イザベラの大切な家族だ。守らねば。
「馬鹿者!剣を引け!」
ビリっと空気が震えるような、芯のある声が響いた。剣を持った男が、ビシリと直立になる。
「やあ、可憐で勇敢なお嬢さん、うちの者が済まないな」
カツンと鋼鉄のヒールを打ち鳴らして、戦姫のように美しく迫力のある女性が後ろから現れた。
「団長!」
団長と呼ばれた長身の女性は、胸当てに入り切らないたわわな胸を揺らし、優雅に寄って来る。
片目に眼帯をし、長く美しい黒髪を揺らして、背中に人程もある戦斧を背負っている。
凛とした紅い瞳に、吸い付きたくなるような厚めの唇。
クレアは時と場所も忘れ、ぽーっとその女性を見つめた。
「うん、可愛い猫だな」
傍に来ると女性は微笑んで、クレアの目元を柔らかく拭った。
「泣くほど怖かったのに、立ち向かう姿は立派だったぞ」
「は……、ぇ、……あ、ありがとうございます」
かーっと一気に顔に熱が集まる。
「それで、お嬢さん、どうしたんだ?」
「あ、あの、この猫、ナンちゃんが戦いの後倒れてしまって、ケガは無いんですけど、この通り……」
「ふむ」
女性が近付くと、ナンは薄く目を開いた。
「ナン……」
鳴いた瞬間、ぐぎゅるるると盛大な腹の音が辺りに響いた。
「え?ナンちゃん?まさか、お腹空いて……?」
もう1度腹の音が響いて、返事の代わりになった。
「あっはっはっは!そうか、猫よ、確かに腹が減っては戦はできぬな!」
隣の女性が豪快に笑い、クレアは今度は羞恥で頰を染めた。
「お前たち!近隣から魚や肉を中心に、ありったけ持って来い!私が後で買い上げよう!行け!」
「はっ」
鎧を纏った男たちが辺りに散っていく。
「あ、あの、貴方様は」
「うむ。申し遅れたな。オルデン辺境騎士団が団長、ガラシア・オルデンだ。以後お見知り置きを、可憐なお嬢さん」
「りょ、領主様でしたか……!大変ご無礼を……!」
慌てて額づくとオルデン辺境伯は、クレアを優しく立たせた。
「良い。気軽にガラと呼んでくれ。今は我々は、街を守る同志なのだから」
「ガラ様、私どもをお助けくださりありがとうございます。この猫は実は、王都の大魔術師様の大切なご家族で、2人とも街を防衛して下さっているのです」
深々と頭を下げると、オルデン辺境伯はからっと笑った。
「そうか!ならばこの猫も我々の同志だ!さあ、腹拵えをして、共に街を守ろうではないか!」
続々と魚や肉が運び込まれ、肉は火魔法で炙られていく。
「ナン!」
一匹ままの王鮭を差し出されたナンは、飛び起きてがっつき出し、あっという間に次々出される食物を平らげていく。
「ふむ。体が大きい分、魔力消費が激しいのじゃな。お主、余りの食材は持っておいて、消費しきる前に与えた方がよろしかろう」
いつの間にか隣に来ていた山のような筋骨隆々の壮年の男の言葉に、オルデン辺境伯も頷く。
「これを使うが良い」
彼女から差し出されたのは、手の平より小さなポーチだ。
兄の着けているギルド支給ポーチと似ていることから、空間収納袋と知る。
このサイズは平民では買えない高価なものだ。
「こんな高価なもの、お借りする訳には……!」
「良いのだ。代わりにと言っちゃなんだが、お嬢さん方の力をヤズマイシュのために貸しておくれ」
「それはもちろんでございます!」
拳を握って頰を紅潮させて頷いたクレアに、オルデン辺境伯は美しく笑って、クレアの手を包みながらポーチを渡した。
「ふ、どうしても気が引けるなら、戦いが終わったら我が館に返しに来るが良い。茶でも飲みながら話そう」
「は、はぇ……、ひゃい!」
あまりの色香に返事を噛みまくったクレアを、腹が満ちたナンがにやにやと見ていた。
クレアとナン、オルデン辺境騎士団、S級ランカーたちは連れ立って魔物を薙ぎ払い、1番の激戦区に辿り着いた。
東入口は防衛隊の一部と多数の魔物が入り乱れ、混戦を極めていた。
防衛隊が押され気味のようで、急行する。
「オルデン辺境騎士団、参上仕った!」
オルデン辺境伯が戦斧を高く掲げ、良く通る凛とした声で名乗りを上げる。
「魔熊退治なら、このバックスに任せられい!」
次々と名乗りを上げるランカーたちに、疲弊していた防衛隊がワッと歓声を上げる。
「イザベラさん!私たちも来ましたー!」
「ナーーーン!」
全員で突撃しながらイザベラを探す。最前線の入口に、その姿を見つける。
「ナン、クレア!あんたたち、どうして!」
「当たり前じゃないですか!自分にできることを、一生懸命にやる!そうでしょ!」
「ナンナ!」
泥と汚れに塗れたイザベラは、目を丸くしてから笑った。
「まったく、勇敢な子たちだよ!」
混戦した中、イザベラの背後からエレメントの氷魔法が放たれる。
「イザベラさん!」
ここにいる筈のない魔物に油断し、イザベラの反応が遅れた。
「っ!!」
しかし、氷の刃をイザベラの代わりに体で受けたのは、見知らぬ男だった。
「この!」
イザベラは反射的に火魔法で、エレメントを焼き殺す。
「今、治すよ!すまない、私のために!」
「いえ、イザベラ殿に伝令を」
「……あんた、どこかで……」
「アルカ殿から伝令、ヒムカ平原と」
その言葉にハッとすると、伝令の男はぐったりと倒れた。背中一面に氷の礫が刺さっている。
「あんた、しっかりしな!」
イザベラは直ぐに治療に取り掛かった。
通りの向こうで人の叫び声が聞こえ、ヤズマイシュ東入口を目指していたクレアとナンは立ち止まった。
「ナンちゃん!助けに行かなきゃ」
「ナン!」
2人で声の方へ向かうと、男が魔鹿に襲われていた。
クレアが魔力を練る間にナンが魔鹿に飛び掛り、爪で一撃を入れて飛び退る。
「ひいぃ!魔物が増えた!?」
「ナァン!?」
殆ど致命傷を受けた魔鹿がよろめいた隙に、クレアが氷魔法で鹿を魔障ごと凍結させ、ナンがそれを打ち砕いた。
「魔物じゃありません!この子は立派な猫!皆を助けてくれてます!」
「ナン」
クレアが巨大なナンを撫でると、俄に信じられないと言った顔をした男が、礼を言いながら逃げて行った。
「失礼しちゃう、ね、ナンちゃん」
「ナンナァ」
ぷんすかした2人は、また歩みを再開した。
東側に魔物が流入したと聞いたイザベラは、辺りのスケルトンが粗方落ち着くと、助太刀のために家を飛び出してしまった。
じっとしていられなくなったクレアとナンは、街の人達を助けながら後を追っている。
北側と違って中央寄りの区画は避難遅れの人が少なくなく、今になって慌てて逃げて、魔物に襲われているような有様だった。
あれほど街から避難指示が出ていたのに、ここまでは来ないだろうと高を括った者の多いことと言ったら。
自分だけは大丈夫、結局いつも通りさと、半鐘が鳴り続ける異様な事態を無視して、心の平穏を守ろうとする認知機能の歪みらしい。
「でも、やれることやらなきゃだよね!」
「ナン!」
2人で街に入り込んでいる魔物や、スケルトンの軍団を少しずつ倒して、人々を助けながら進んで行く。
「ギルドへ避難を!」
「わあ!でかい魔物!?」
「猫ちゃんです!街を守ってるの!」
「あっちの通りの方が安全だから避難を、走って!」
「ヒェエ、化け猫じゃあ!」
「ナンちゃんはこの街を守る猫なんだから!失礼しないで!」
「ナンナァ!」
「このくらいのケガなら大丈夫。歩けるから頑張って!」
「きゃあ!獅子の魔物!?」
「お母さん!食べられちゃう!」
「もう!だから、この子はナンちゃん、この街の守り猫なの!皆を助けてるんだから!」
確かに獅子より大きく、真っ黒なナンは魔物に間違われてもおかしくはない。
けれど足の先だって靴下みたいに白くて可愛いし、と思ったら魔物の返り血やらで薄汚れていた。
「ナンちゃん、浄化してあげるね」
「ナン」
東側に近付くと魔物の数がかなり増えて、クレアたちは大きな群れに遭遇した。
魔熊数体に魔狼、不気味な骨の魔物に、街道沿いに生息している元は小動物の魔物、合わせて20体は居る。
「どうしよう。アレ、倒さないと進めないよ」
物陰から様子を伺い、ナンと顔を見合わせる。しかしナンは余裕たっぷりに頷いた。
「ナン、ナンナンナナ……」
「えっ、うん、どうしよう……、分からないよ、ナンちゃん」
ナンが燻し銀な顔で何か説明しているが、クレアには猫語が分からない。
「ナァン!」
任せろと言われた気がして、クレアは頷いて魔力を練る。
いつでもナンのサポートが出来るように、上級が出せるくらいに練り上げていく。
それを見てナンは満足気に頷いてから、さっと身を低くして魔物の前に躍り出た。
それから体全体を使い息を吸い、凄まじい威圧の咆哮を上げた。
一里四方に響いたのではと思う程の咆哮に、周りの魔物が一斉に失神し倒れる。
魔熊は意識があるようだが、体が痺れているようで動けない。正に王者の咆哮だ。
直接浴びなかったにしろ膝が震えたが、クレアは直ぐに上級魔法の全体への凍結を全体に放つ。小さい魔物は全て仕留めた。
ナンが目にも留まらぬ速さで、全て打ち砕いていき、魔物の群れはあっという間に片付いてしまった。
「すごい、すごいよ、ナンちゃん……!」
感極まってモフンと大きな体に抱き着くと、ナンは得意気に鳴いた。
「ナンちゃんが居れば、無敵だね!」
「ナン……」
ナンの返事に違和感を感じ、顔を覗き込む。
「ナンちゃん?」
ナンの目蓋がゆっくり落ちて、ぐらりと大きな体が倒れた。
「え、やだ、どうしたの!?しっかりして、ナンちゃん!」
地面に横倒しに倒れたナンは、ぐったりとしたまま動かない。
「どこかケガした!?ああ、どうしよう」
体のあちこちを見てケガを探すが、見当たらない。魔力切れだろうか。
ヒールが使えないから、どうにも出来ない。
「や、やだ、ナンちゃん、死なないで!しっかりして!」
その首元に縋り付き、必死で名前を呼ぶ。すっかり動転したクレアは、背後から近付く集団に気付かなかった。
「お嬢さん!魔物から離れて!」
「見たことが無い魔物だ!こいつがさっきの威圧の主か!?」
「ぬう?魔物?」
ハッと振り返ると、武器を持った屈強な男たちが複数近づいて来る。
クレアは立ち上がり、両手を広げて男たちを睨みつけた。
「魔物じゃない!この子は猫なの!街を守ってくれてるの!来ないで!」
「猫?そんな獅子よりでかい猫が、いる訳ないだろう」
剣を持った男が近づいて来て、クレアは咄嗟に構えた。どう見ても堅気じゃない上に、話を聴いてくれない。
ナンは大事な友達で、イザベラの大切な家族だ。守らねば。
「馬鹿者!剣を引け!」
ビリっと空気が震えるような、芯のある声が響いた。剣を持った男が、ビシリと直立になる。
「やあ、可憐で勇敢なお嬢さん、うちの者が済まないな」
カツンと鋼鉄のヒールを打ち鳴らして、戦姫のように美しく迫力のある女性が後ろから現れた。
「団長!」
団長と呼ばれた長身の女性は、胸当てに入り切らないたわわな胸を揺らし、優雅に寄って来る。
片目に眼帯をし、長く美しい黒髪を揺らして、背中に人程もある戦斧を背負っている。
凛とした紅い瞳に、吸い付きたくなるような厚めの唇。
クレアは時と場所も忘れ、ぽーっとその女性を見つめた。
「うん、可愛い猫だな」
傍に来ると女性は微笑んで、クレアの目元を柔らかく拭った。
「泣くほど怖かったのに、立ち向かう姿は立派だったぞ」
「は……、ぇ、……あ、ありがとうございます」
かーっと一気に顔に熱が集まる。
「それで、お嬢さん、どうしたんだ?」
「あ、あの、この猫、ナンちゃんが戦いの後倒れてしまって、ケガは無いんですけど、この通り……」
「ふむ」
女性が近付くと、ナンは薄く目を開いた。
「ナン……」
鳴いた瞬間、ぐぎゅるるると盛大な腹の音が辺りに響いた。
「え?ナンちゃん?まさか、お腹空いて……?」
もう1度腹の音が響いて、返事の代わりになった。
「あっはっはっは!そうか、猫よ、確かに腹が減っては戦はできぬな!」
隣の女性が豪快に笑い、クレアは今度は羞恥で頰を染めた。
「お前たち!近隣から魚や肉を中心に、ありったけ持って来い!私が後で買い上げよう!行け!」
「はっ」
鎧を纏った男たちが辺りに散っていく。
「あ、あの、貴方様は」
「うむ。申し遅れたな。オルデン辺境騎士団が団長、ガラシア・オルデンだ。以後お見知り置きを、可憐なお嬢さん」
「りょ、領主様でしたか……!大変ご無礼を……!」
慌てて額づくとオルデン辺境伯は、クレアを優しく立たせた。
「良い。気軽にガラと呼んでくれ。今は我々は、街を守る同志なのだから」
「ガラ様、私どもをお助けくださりありがとうございます。この猫は実は、王都の大魔術師様の大切なご家族で、2人とも街を防衛して下さっているのです」
深々と頭を下げると、オルデン辺境伯はからっと笑った。
「そうか!ならばこの猫も我々の同志だ!さあ、腹拵えをして、共に街を守ろうではないか!」
続々と魚や肉が運び込まれ、肉は火魔法で炙られていく。
「ナン!」
一匹ままの王鮭を差し出されたナンは、飛び起きてがっつき出し、あっという間に次々出される食物を平らげていく。
「ふむ。体が大きい分、魔力消費が激しいのじゃな。お主、余りの食材は持っておいて、消費しきる前に与えた方がよろしかろう」
いつの間にか隣に来ていた山のような筋骨隆々の壮年の男の言葉に、オルデン辺境伯も頷く。
「これを使うが良い」
彼女から差し出されたのは、手の平より小さなポーチだ。
兄の着けているギルド支給ポーチと似ていることから、空間収納袋と知る。
このサイズは平民では買えない高価なものだ。
「こんな高価なもの、お借りする訳には……!」
「良いのだ。代わりにと言っちゃなんだが、お嬢さん方の力をヤズマイシュのために貸しておくれ」
「それはもちろんでございます!」
拳を握って頰を紅潮させて頷いたクレアに、オルデン辺境伯は美しく笑って、クレアの手を包みながらポーチを渡した。
「ふ、どうしても気が引けるなら、戦いが終わったら我が館に返しに来るが良い。茶でも飲みながら話そう」
「は、はぇ……、ひゃい!」
あまりの色香に返事を噛みまくったクレアを、腹が満ちたナンがにやにやと見ていた。
クレアとナン、オルデン辺境騎士団、S級ランカーたちは連れ立って魔物を薙ぎ払い、1番の激戦区に辿り着いた。
東入口は防衛隊の一部と多数の魔物が入り乱れ、混戦を極めていた。
防衛隊が押され気味のようで、急行する。
「オルデン辺境騎士団、参上仕った!」
オルデン辺境伯が戦斧を高く掲げ、良く通る凛とした声で名乗りを上げる。
「魔熊退治なら、このバックスに任せられい!」
次々と名乗りを上げるランカーたちに、疲弊していた防衛隊がワッと歓声を上げる。
「イザベラさん!私たちも来ましたー!」
「ナーーーン!」
全員で突撃しながらイザベラを探す。最前線の入口に、その姿を見つける。
「ナン、クレア!あんたたち、どうして!」
「当たり前じゃないですか!自分にできることを、一生懸命にやる!そうでしょ!」
「ナンナ!」
泥と汚れに塗れたイザベラは、目を丸くしてから笑った。
「まったく、勇敢な子たちだよ!」
混戦した中、イザベラの背後からエレメントの氷魔法が放たれる。
「イザベラさん!」
ここにいる筈のない魔物に油断し、イザベラの反応が遅れた。
「っ!!」
しかし、氷の刃をイザベラの代わりに体で受けたのは、見知らぬ男だった。
「この!」
イザベラは反射的に火魔法で、エレメントを焼き殺す。
「今、治すよ!すまない、私のために!」
「いえ、イザベラ殿に伝令を」
「……あんた、どこかで……」
「アルカ殿から伝令、ヒムカ平原と」
その言葉にハッとすると、伝令の男はぐったりと倒れた。背中一面に氷の礫が刺さっている。
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これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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