【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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最終章 旅路の涯

幕間 ジーク

 初めて見たのは、春。入学式の1日前。

 国の保護のおかげで、王国1番の王立学園に特待生として入学出来た。
 おまけに寮費も免除になって、本当にギフテッドに生まれて良かった。

 そんなことを考えながら、ジークはトランク一つにも満たない私物を持って、割り当てられた寮の部屋へ着いた。

 反対側の階段を上って来た小柄な少年と鉢合わせる。
 廊下の窓から差し込む光に、後ろで括られた白灰の髪が靡いて透けるように煌めいた。

 色素の薄い紫の瞳と、薔薇色の頰と薄い唇。どこか怠そうで、儚い印象だ。
 何となく妹と似ているなと、ついじっと見てしまった。

 隣室の扉に手を掛けた少年は、不躾に見過ぎたのだろう、綺麗な顔を歪めてぶっきらぼうに睨み付けて来た。

「何か用?」

 儚げな美しさとは裏腹な斜でぞんざいな口調に、直ぐにさっきの感想を取り消した。
 一目見て分かる上質な服を着ているのに、近所の平民の悪ガキのようなその少年は、初めは貴族の庶子かと思った。

 恵まれたいけすかない貴族野郎。
 父亡き後、食うや食わずでやって来たジークに取って、その少年、アルカはそう見えた。

 妹と似た雰囲気だから目で追った。実は2人とも特待生で成績はいつも1番違い、その上負けず嫌いだから、何かとちょっかいをかけた。

 話してみると、中々気が合って楽しかったから一緒に居た。半年もすれば、親友だと思うくらいに仲が良くなった。
 同時に親友の話が憧れの先輩ばかりになってきて、もやもやし出した。

 今まで友達らしい友達が居なかったせいで、独占欲が過剰だったのかも知れない。
 妹と重ねて、庇護欲が過剰だったのは自覚している。


「そう、そうだよ。お前はアルカが大好きなんだよ」
「……初めて出来た友達だったんだよ。だからすごく好きで、幸せだったんだ。……あの日までは」

 そのアルカが憧れの先輩に襲われた日、ジークの感情は爆発した。

 元々危なっかしいと、ずっと思っていた。
 下町のガキみたいに斜かと思えば、純なところがあってホイホイ騙される。
 ジークからすれば、あの男はずっと胡散臭かった。

 もっと自分が忠告して、守っていれば。妹があんな目にあったら、相手は殺してやる。

 それなのに、組み敷かれて犯されているアルカの姿が、脳裏に鮮明に焼き付いて離れない。

 上も下もグロテスクなものを突っ込まれている美しい親友が、脳を焼いたように忘れられない。
 事件の翌朝、濡れた感触に起きると精通を迎えていて愕然とした。

 親友はそれから1年フラッシュバックに苦しみ続けて、自分を再構築して、翌年以降は別人のようになった。

 全て閉じ込めたように、ひたすら強く己を鍛え続ける彼は、いつも鬼気迫っていて生き急いでいた。
 その癖、夜中に吐いていたり、酷く魘されていたのを知っている。

 1つ1つ己を作り変えていく親友を見る度に、後悔ばかりが募る。
 守ってやれば良かった、守ってさえいれば、何度そう思ったか。

 数年経って級友たちとも馬鹿をやれるようになって、前よりも仲が良くなって毎日笑って過ごした。
 それなのに脳裏に焼き付いて離れない、親友の姿がジークを苦しめた。

 だから全くの事故だったが、アルカを抱いた時は酷く満たされた。
 何度妄想で犯したか分からない体は、最高に良かった。

 そうしたら増々ぞっとした。やっぱり自分は、アルカを無理やり犯した奴らと同じだったのかと。

 何が親友か。親切な顔で厭らしい下心を持っていたのは、自分だって同じじゃないかと。

 愛だの恋だの高尚な言葉で取り繕うんじゃなくて、あの体を好きにヤりたかっただけだろ。
 頭の何処かで、そう聞こえた気がした。


「脳が焼かれちゃってんだよなー。まあ、ガキには刺激がつぇーわな」

「俺、ずっと……守らなきゃと、思って。だけど俺は、……結局あいつらと同じだったのかもって」
「しょうがねえよ。誰だって性欲はあるんだからさ」

「でも、そっからよく分かんなくなった。好きだった筈なのに、悪いって気持ちと、自分だけが特別でいたい気持ちと、守んなきゃってのと、……純粋だったものが消えてった気がする」

「ふうん。俺は恋とかよく知らんけどさ、大人はどろどろしてんのは知ってる。お前も大人になったんじゃない?」
「そうかな……。俺もよく分かんねーや……」

「なあ、もっと聞かせて。俺が聞いた話は他にさ……」


 ジークの世界は狭い。母、妹、アルカ、それ以外。アルカを追ってギルドに入職してからは、情報室員が追加された。
 情報室に入ってからアルカは久し振りに、人に特別な感情を抱き出した。

 顔に出さないが、ジークには良く理解った。
 ふとした時に目で追ってる。聴こえてくる声に意識が集中している。話しかけられると嬉しそうに、ほんの少し口の端を上げる。

 そんなの長年、あの事件以来誰にも向けていなかった。自分にだって。

 そしてその対象、直属の上司に当たる情報局長レグルスもまた、アルカを自分と同じ眼で見ていた。
 熱情と執着と、どこか狂気を孕む視線。

 レグルスの外面は完璧だ。大貴族なのに全く鼻にかけず、いつも冷静、公明正大、間違えない早い判断。
 見た目の美貌に、柔らかな話し方と絶やさぬ笑顔。

 誰もが騙されるが、ジークだけはちゃんと嗅ぎ取っていた。

 この男にアルカを渡すのは、我慢ならない。
 何でも持ってる癖に。別にアルカじゃなくたって良い筈だ。恵まれたボンボンに、自分の唯一を盗られたくない。

 同類の対抗意識に似た感情に、気が付けなかった。

「あれか、縄張り争いみたいな」
「縄張りってな、お前……。まあ、確かに渡したくなかったよ。俺はもう特別じゃないって、知ってたのにな。……結局、俺はガキだったのかも。子供じみた友達ごっこの延長だったのかもな……」

「でもさ、お前、あの時走っただろ。後ろからやべーの来てるって分かってて、真っ直ぐアルカを守りに行っただろ」
「……ああ、そうだったな。あいつのことしか頭に無かった」

「だよな!俺は正直、お前は頭がおかしいから、もう捨てて逃げようかと思ったわ」
「は、そうかもな。もう随分おかしいんだよ、俺」

「なあ、でもさ、性欲だけでさ、死ねるなんてよっぽどじゃね?少なくとも俺には、お前がそれだけで走ったようには見えなかったぜ」
「俺、俺は……、何で走ったんだかな……」

「だからさ、好きだったんだよ。お前はお前の形で、アルカが好きだった、きっと。好きって1個じゃ無いんだぜ、多分」
「俺は俺の形で……」

「俺はさ、ばあちゃんとばーちゃんとアルカと猫と、お前とお前の家族と、ギルドの奴らと、それからアハトも、多分好きなんだと思う。だけど、それぞれ好きの形が違う気がする」
「皆、形が違う……」

「なあ、随分長いこと、お前の話したな。母ちゃんから見たお前の形、妹から見たお前の形、アルカから見た形、俺から見た形。たくさんあったけど、お前はお前の形、どう思う?」

「俺、俺は……、やっぱり、アルカが大事だ。歪んでても、きっとずっと、どんな形であれ想い続けたい」
「うん」

「あと、母さんとクレアを幸せにしたい。金稼がなきゃ……」
「もう、妹は治ったぜ」

「治った……?嘘だろ、あんな酷い病気……、あ、違う、治った……、そうだな、誰かが助けてくれた……」

 ふと暗い闇の中に、美しい銀の流れ星が輝いた。

「なあ、お前、お前、誰だっけ……、何か大事な名前だった気がする」

「俺?俺はね、イド」
「イ、ド……。俺、知ってるな。その声、よく知ってる」

「そっか。なあ、何で知ってんの、俺のこと」
「だって、クソ生意気で……、躾なってねぇにも程があって」

「なんだと、クソじじー」
「ほら、それだ。そんで、俺たち、クレアを助けてくれて……」

 銀色が形を結んでいく。知っている。この形を。
 毎晩流れて来た魔力と、唇と肌の感触、眠そうな声を。

「そうだ、お前はイド。お前は俺じゃない、イドだ」

 真っ暗だった世界が、ヒビ割れて崩れていく。

「正解だ。そうだよ、俺はお前じゃない。お前が視てた記憶は俺のもので、お前のじゃない」

「そうだ、俺はサマルの暗殺者じゃないな。俺はギルド職員で、情報室の一員で、家族とアルカが大好きで、お前の躾係の」

 バキバキに割れていく暗闇の向こうに、見慣れた懐かしい顔がある。

「俺は、ジーク」
「そうだ。お帰り、ジーク」

 目の前のイドが、初めて見る表情で笑った。


「ジーク!」

 久し振りに感じた光に網膜が上手く反応しないが、母の声だと直ぐに分かった。

「母さん……」
「ああ、ジーク!良かった、目が覚めて!待ってて、今、薬を」

「レディ、貸して。俺が飲ませるよ」
「イド君!お帰り、良く無事に戻って来たね……!」

「まあね。約束したからな。あといつものココアちょーだい」
「ココアね!直ぐ用意するからね、薬お願いね」

 まだ視界が戻らぬせいか聴覚が嫌に過敏な中、パタパタと足音が去ってから、きゅぽんと瓶が開く音がする。

「よし、覚悟しろよ」
「!?」

 ふにっと良く知る感触に唇を塞がれ、温い液体が流れて来る。
 薬が舌に触れた瞬間、あまりの苦さと不味さに体が跳ねたが、がっちり抑えられている。

「不味い!!!」

 全て嚥下させられて飛び起きると、クリアになった視界の中、直ぐ近くでイドが悪戯っぽく笑っていた。

「でも効くだろ、ばーちゃんの薬」
「イド……」

 寝ていたとは思えない程軽い体に、衰えていないどころか漲る力。この苦い薬を飲んでからだ。

「また、お前に助けられたな」
「……違うよ。悪かった。俺のせいでこんな目に合わせて」

 少し俯いて唇を尖らせたイドの頭に手を置く。

「お前が俺を見捨てずに助けたから、生き延びれた。ありがとう、イド」
「……おう」

 黙って頭をぐしゃぐしゃにされるイドは新鮮だ。暫くされるがままだったイドは、ふと顔を上げた。

「つーか、今相当ヤバいんだよな。せっかく生き延びたと思ったところだけど、アルカの話通り大災厄級のスタンピード起きてるわ、これ。すげーやべー魔物の気配すんだわ」

「は!?馬鹿、早く言え!直ぐ行くぞ、やべー奴のところ!」
「おお、そこにアルカも皆居るから、助けに行こうぜ!」

 2人でニッと笑って立ち上がる。

「待ちなさい。これだけでも飲んで行きなさい!」

 戸口に立っていたエレンが、ココアとマシュマロをそれぞれに手渡す。

「イザベラさんとナンちゃん、クレアが今この家と周辺を守ってくれてるの。必ず会ってから行くのよ」

「分かった、あつ!」
「レディ、ちょっと急いでるから、冷たい牛乳ちょーだい!」

 2人でひぃひぃ言いながら熱いココアを冷まして、マシュマロで喉を詰まらせてから仕度を済ませた。

「じゃあ行ってくる!」
「2人で、いえ、皆で無事に帰って来るのよ!母さん、ここで待ってるからね!」

 頷いてイドと2人で外に飛び出ると、北の雪原が真っ暗な闇に覆われていた。

「まさか、あれ全部魔障か!?」
「うう、ヤバい、来るぞ。下から上って来る。地獄が開いてる……!」

「イド!ジーク!」
「お兄ちゃん!」

 イザベラたちが気付いて駆け寄って来る。

「クレア、何やってんだ!危ないだろ!?家に入れ!」
「お兄ちゃん、私も戦ってるの。皆、頑張ってるの」
「でもお前、戦ったことなんて」

 尚、言い募ろうとしたところを、イドに腕を引かれる。

「こいつ、今じゃ氷の上級使えんだ。貴重な戦力だ」

「ジークや、皆、やれることを精一杯やる。逃げずに覚悟したあんたの妹は、もう一端だよ。徒に守られるだけじゃ、人は成長しない。信じてやりな」

 杖を持ったイザベラがきっぱり告げた。とても老婆とは思えない迫力だ。
 酷く刺さった言葉に俯きかけたが、背後から一撃、鋭い殴打が入った。

「ナン!」
「腹黒猫……」
「ナンナァ!?」

 猫にまで発破を掛けられて、下を向く訳にはいかない。顔を上げるとイザベラが頷いた。

「ジーク、時間が無い。あんたに女神の加護を授ける。剣に光属性追加、それから魔障がかなり効きづらくなるから、安心して戦うといい」

 イザベラが杖で引っ掛けるように、ジークを屈ませて額に手を当てた。
 触れた場所から、温かい光を感じる。   

「いいかい、ジーク坊や。あそこにゃ死竜がいる。だがお前なら倒せる。だから、竜殺し成し遂げておいで!」

「っ、了解!必ずやり遂げます!」
「ばーちゃん、行ってくるな!」

 イドと2人並んで、迷うことなく北へ走り出した。
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