【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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最終章 旅路の涯

136 アルカ

「許さぬ、許さぬぞ……!我が呪い、その身に受けよ!」

 呪障精霊の体から真っ暗な魔障が放たれて、平原に残る魔障を吸い寄せる。その魔障の渦を、精霊は再び大きく吸い込んでいく。

「退避!!」
「下がれ!全員下がれ!」

 レグルスが叫ぶのに、ハンクが部隊へ鋭い指示を飛ばした。

「駄目だ、レグルス!私に代わりな!私が持っていく!」
「師匠の魔力じゃ倒せない。イド!」

 直ぐに察したイドが、イザベラを引き離して距離を取る。

「嫌だ、離しておくれ!レグルス!」

「アルカ、離れて」
「傍に居る」

 そっとレグルスの手に触れて、その顔を見上げた。
 後ろから呼び戻す声が聞こえるが、アルカは真っ直ぐにレグルスを見た。

「大丈夫。お前は大丈夫」

 そう微笑んで手を繋ぐと、レグルスはいつもの、少し眉を下げた困った風な微笑みを浮かべた。

「たまには俺も格好良いとこ、見せないとね」

 精霊が口元に手を翳した。死のブレスは今や、精霊の怒りと恨みを乗せた呪いのブレスへと成り代わっている。

「貴様たちを呪う!」
 
 ふうっと精霊の口から吐き出されたブレスは最早、この世全ての怨みや祟りを凝縮した常世の闇とすら言える程だ。

 対抗してレグルスから放たれた無数の稲妻が、放射状に眩く広がり、常世の闇とぶつかり相殺していく。
 青い火花と魔障が砕けて、花火のように空に散る。

「我が番を殺した報いを受けよ……!」
「……っ!」

 強まった常世の闇に、対抗するレグルスの魔力がどんどん失われていく。繋いだままの手から魔力を流し込む。

「レグルス、勝て!」
「了解……っ!」

 レグルスの残りの魔力が一気に練り上げられる。命すら魔力に変換するような、圧倒的な流れだ。
 流れる稲妻が殊更に光り、目も開けられない程に激しい奔流が集約する。

「天雷!」

 極大の雷が精霊目掛けて、真っ直ぐに落ちる。一瞬遅れて轟音が響き、大きな爆発が起きた。
 咄嗟に展開した結界で余波を防ぐ。もうもうとした煙の中、呪障精霊は佇んでいた。

「報いを」

 にやりと嗤った精霊はぼろぼろと崩れ、塵となって消えていく。

 全ての魔障が消え、全部隊が歓声を上げて残りの魔物を駆除し始めた。
 音が戻った戦場の中、レグルスが崩れ落ちた。

「レグルス!」

 倒れたレグルスの胸から黒い靄が溢れ、体を包んでいく。

「う……、アル、カ……、離れ……」

 魔力を使い果たして尚抵抗しているのか、レグルスは土気色の顔で瞳を彷徨わせた。

「レグルス!この馬鹿者が!」

 イザベラとイドが駆け付け、魔力を練り出す。
 その間に黒い靄は、レグルスの体をすっかり覆ってしまった。

「ばーちゃん!何だよ、これ!?」
「呪いだよ!呪障精霊を倒す代償だよ!このままじゃ、レグルスが死んじまう!」

 イザベラとイドが解呪を試み出す。しかし光も影も、まるで結界のように固着した精霊の呪いには歯が立たない。

 靄の中に薄っすら見えるレグルスは、既に意識を失っていた。

 毎日、夢で視た光景だ。何をやっても変えられなかった先見の夢。

 レグルスが黒い呪いに侵されて死んでいく夢を、アルカは毎晩視ていた。

 だから、ずっと1人で考えて来た。

「下がって下さい」
「……アルカちゃん?」

 安心させるように、イザベラへ微笑んだ。

「大丈夫。俺が助けます」
「助けるって、あんた、どうやって……」

 向かい側で、影を使って解呪しようとしていたイドが目を見開いた。

「アルカ、まさか……。駄目だ、やめろ!」

 同じ属性、同じような戦略思考。イドは直ぐに理解したようだ。

 残り少ない魔力でも使える、闇魔法の固有魔法。上級に位置するそれは、禁術として魔術協会から使用が禁止されている。
 その魔法が禁じ手とされるのは、使い様に依っては相当に非人道的なことが可能だからだ。

「死ぬ気かよ!?」

 イドが必死の形相で取り乱したのに、珍しいものを見たと笑う。

「俺たちじゃレグルスは救えないけど、レグルスだったら必ず、俺を救うから」

「アルカ!」
「レグルスを信じてる」

 伸ばしたイドの腕が届く前に魔力を放つ。

 闇魔法唯一の固有魔法にして、最大の禁じ手。
 対象1人の状態と自らの状態を、完全に入れ替える魔法。

「反転」
 


 
「アルカ!」

 悲痛な声に目を開ける。魔力が足りないが、未だ動ける。
 どうなった?確か、精霊の呪いを受けて。

「アルカ!死ぬな!」

 その単語に意識が一気に覚醒して、飛び起きる。

「レグルス!アルカちゃんが……!」

 飛び起きたレグルスの視線の先に、世界で唯一の番が横たわっていた。

 アルカの姿は黒い靄に包まれてよく見えない。それに魔力が消えかけの蝋燭のように、か細く揺らいでいる。

「な、何、なんで」

 がくがくと体が震え出した。アルカが意識を失くす寸前の自分と、全く同じ状態になっている。

「反転使ったんだよ!アルカはお前の身代わりになったんだ……!」
「身代わ、り……?」

 イドが泣きながら喚いている言葉が、何1つ理解出来ない。
 代わりに魔力感知が告げる事実だけが、頭の中を一杯にする。

 助からない。もう死ぬ。

「嘘だ、アルカ」

 起き上がったまま1つも動けない。涙も出ない。ただただ、体が震える。

 一緒に生きてくれる、1人にしないと誓ってくれた。
 代わりの居ない唯一無二のアルカが、今、死を迎えている。

「アルカ」

 茫然ともう1度、その名前を呼ぶ。動けぬまま、何も考えられぬまま。

「しっかりしろ!」

 ガツンと頰を思いっ切り殴られて、主張する痛みに視界がはっきりしてくる。

「アルカを助けろよ!あんたが何とかしないでどうすんだ!」

 胸倉を掴んで目を合わせたのは、ジークだった。

「局長、アルカは、あんたなら絶対自分を助けるからって。あんたを信じてるって言った……!」

 涙で濡れたイドが、絞り出すように叫んだ。

「俺、を……」
「あんた国1番の魔術師なんだろ!何とかしてくれ……!頼むから……!」

 ジークの悲愴な慟哭と共に胸倉を叩かれ、辺りを見回す。

 レグルスも意識を失う前に抵抗を試みたのだ。だが、魔力が足りずに呪いを破れなかった。
 せめて海底神殿の時のように、魔力が十全であれば。

 もうイザベラの魔力回復薬は使い切った。唯一、魔力譲渡出来るのはアルカだけ。

 魔力の無い自分など、魔術師として下の下だ。ただ、国1番の魔力量があるというだけなのだ。
 その魔力が無いなら、他に何が出来るのか。

 ふらふらとアルカの元へ蹲る。
 黒い呪いに覆われたアルカは真っ白な顔をして、ピクリとも動かない。
 感知する魔力量も死にかけていた自分と全く同じで、風前の灯火だ。

 黒い靄がじわじわと、アルカの肌を侵していく。
 これが全てアルカを覆えば、もう命は完全に終わる。

「もし俺を簡単に諦める真似したら、本気で許さないから」

 いつかのアルカの声が蘇った。あの時、腕の中で震えるアルカに、自分は何と言った?

「信じる」

 どこか透徹した表情で見つめるアルカに、自分は何と約束した?

「愛してる」

 そう微笑むアルカに、自分は何を返したか?

「……っ!」

 もう1度辺りを確認する。何か、誰か、アルカを助けられるもの。

 イザベラもハンクも、ジークもイドも駄目だ。魔力になるもの。もしくは自分と同等の魔力があるもの。

 考えろ、考えろ!

 呼ばれた気がして、もう1度アルカを見つめる。黒くなった呪いの靄の下に、微かな光が煌めいた気がした。

「あっ……!」

 レグルスは瞬時に収納袋を取り出し、アルカを吸い込んだ。

「な、何やってんだ!?」

 収納袋の生体使用は禁止されている。中に時間停止の魔術式が組み込まれているためだ。
 生体に使用すると、どんな影響が起きるか不確定なためである。

「レグルス、あんた……!」

 誰の質問に答える余裕も無く、緊急転移陣を展開する。
 誰にも振り返らずに、レグルスは最短で転移陣を起動させた。

 転移した場所はアルカの魔術根源、水精霊の洞窟だった。
 去年の夏に緊急用として敷いた転移陣の上に出るや否や、転げるように飛び出して、最奥まで一気に駆け抜ける。

 最奥の石室に着くと、入口の結界が招くように解かれた。

「水精霊よ!アルカを助けてくれ!」

 矢も盾もたまらず叫びながら入ると、中央の球体が飛んで来た。去年よりも一回り大きくなっている。

 収納袋から出したアルカの呪いは、先程と変わらない進行状態だったが、もう猶予は無いだろう。

「頼む、俺じゃ助けられないんだ!アルカを助けて!」

 殆ど泣き叫ぶと、水精霊はレグルスの周りを2度回り、ふと姿を消した。

「そんな、何で……」

 頼みの綱の精霊が消えてしまい、レグルスは絶望した。

「アルカ……、アルカ……っ」

 呪いの結界に縋り付き魔力を流すが、呪いはビクともしない。

「う、ああ、アルカぁ……!」

 殆ど発狂しながら、魔力を込めて爪を立てる。硬い膜に割れた爪先から血が流れていく。

「アルカ……?」

 アルカの胸から光が溢れ出して来る。精霊刻印の辺りだ。

「水精霊!?」

 溢れた魔力は確かに水精霊の気配だ。アルカの中から呪いを破ろうとしている。
 光が一筋、呪いの闇を貫く度に、その中にレグルスの血が引き込まれていく。

「俺の魔素なら全部使っていい!アルカを助けて!」

 腰に佩いていた剣で腕を縦に斬り裂いて、結界へ血を注ぐ。血を通して、魔素がぐんぐんと吸われていく。
 比例するように光が強くなり、呪いが音を立てて内側からひび割れていく。

「アルカ!アルカ!」

 ぎゅっと腕の血を絞ってまた注ぐと、一層眩い光が胸から放たれた。
 バキンと音が鳴って、呪いが粉々に砕けて塵と化す。

「アルカ!」

 石に横たわったアルカを抱き抱えると、体は氷のように冷たかった。

「う、嘘だ……、呪い、解けたよ、アルカ?」

 揺すってみても、アルカはピクリとも動かない。口に耳を付けなくても分かる。分かってしまう。

 アルカが息をしていない。

「あ、う、ああ、嘘だ、起きて、起きて……!」

 アルカの腕が力無く滑り落ちて、発狂しながら体を揺さぶると、手の平に灼けるような熱を感じる。

 熱源はアルカの胸元で、急いで服をはだけると、心臓の上の精霊刻印が紅く明滅していた。

 無意識に衝き動かされるかの如く、収納袋から丸い珠を取り出す。

 水精霊からもらった宝珠だ。ただの魔石では無い。まさに水精霊の魔力そのもの。
 世界にも数個あるかどうかの、膨大な魔力が籠もった命のような力の源。

 既に精霊の力が溶けたアルカに、これを与えるということの意味が解らぬ訳ではない。だが、もうこれしかない。

「ごめん……!ごめんね、アルカ……!」

 精霊刻印の上に、血で滑る手の平で宝珠を置く。
 そのまま押し込めると、宝珠は見る間にアルカの中へと吸い込まれていく。

「アルカ……、起きて、目を開けて。嫌だ、駄目だ……、死なないで、お願い」

 ぼたぼたと、アルカの白い頬に水滴が落ちて濡らしていく。そこで漸く、自分が泣いていることに気が付いた。

「あ、い、……愛してる、……愛してるんだ、アルカ。逝かないで……」

 意識が朦朧とし、目が霞む。魔力も魔素も殆ど使い果たした。

「君が死ぬなら、俺も死ぬ。アルカの居ない世界なんて、生きてたくない……」

 動かないアルカを最後の力で抱き締める。

「愛してる、アルカ」

 アルカを抱いたまま、レグルスは冷たい石の上に倒れた。
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