152 / 168
最終章 旅路の涯
136 アルカ
「許さぬ、許さぬぞ……!我が呪い、その身に受けよ!」
呪障精霊の体から真っ暗な魔障が放たれて、平原に残る魔障を吸い寄せる。その魔障の渦を、精霊は再び大きく吸い込んでいく。
「退避!!」
「下がれ!全員下がれ!」
レグルスが叫ぶのに、ハンクが部隊へ鋭い指示を飛ばした。
「駄目だ、レグルス!私に代わりな!私が持っていく!」
「師匠の魔力じゃ倒せない。イド!」
直ぐに察したイドが、イザベラを引き離して距離を取る。
「嫌だ、離しておくれ!レグルス!」
「アルカ、離れて」
「傍に居る」
そっとレグルスの手に触れて、その顔を見上げた。
後ろから呼び戻す声が聞こえるが、アルカは真っ直ぐにレグルスを見た。
「大丈夫。お前は大丈夫」
そう微笑んで手を繋ぐと、レグルスはいつもの、少し眉を下げた困った風な微笑みを浮かべた。
「たまには俺も格好良いとこ、見せないとね」
精霊が口元に手を翳した。死のブレスは今や、精霊の怒りと恨みを乗せた呪いのブレスへと成り代わっている。
「貴様たちを呪う!」
ふうっと精霊の口から吐き出されたブレスは最早、この世全ての怨みや祟りを凝縮した常世の闇とすら言える程だ。
対抗してレグルスから放たれた無数の稲妻が、放射状に眩く広がり、常世の闇とぶつかり相殺していく。
青い火花と魔障が砕けて、花火のように空に散る。
「我が番を殺した報いを受けよ……!」
「……っ!」
強まった常世の闇に、対抗するレグルスの魔力がどんどん失われていく。繋いだままの手から魔力を流し込む。
「レグルス、勝て!」
「了解……っ!」
レグルスの残りの魔力が一気に練り上げられる。命すら魔力に変換するような、圧倒的な流れだ。
流れる稲妻が殊更に光り、目も開けられない程に激しい奔流が集約する。
「天雷!」
極大の雷が精霊目掛けて、真っ直ぐに落ちる。一瞬遅れて轟音が響き、大きな爆発が起きた。
咄嗟に展開した結界で余波を防ぐ。もうもうとした煙の中、呪障精霊は佇んでいた。
「報いを」
にやりと嗤った精霊はぼろぼろと崩れ、塵となって消えていく。
全ての魔障が消え、全部隊が歓声を上げて残りの魔物を駆除し始めた。
音が戻った戦場の中、レグルスが崩れ落ちた。
「レグルス!」
倒れたレグルスの胸から黒い靄が溢れ、体を包んでいく。
「う……、アル、カ……、離れ……」
魔力を使い果たして尚抵抗しているのか、レグルスは土気色の顔で瞳を彷徨わせた。
「レグルス!この馬鹿者が!」
イザベラとイドが駆け付け、魔力を練り出す。
その間に黒い靄は、レグルスの体をすっかり覆ってしまった。
「ばーちゃん!何だよ、これ!?」
「呪いだよ!呪障精霊を倒す代償だよ!このままじゃ、レグルスが死んじまう!」
イザベラとイドが解呪を試み出す。しかし光も影も、まるで結界のように固着した精霊の呪いには歯が立たない。
靄の中に薄っすら見えるレグルスは、既に意識を失っていた。
毎日、夢で視た光景だ。何をやっても変えられなかった先見の夢。
レグルスが黒い呪いに侵されて死んでいく夢を、アルカは毎晩視ていた。
だから、ずっと1人で考えて来た。
「下がって下さい」
「……アルカちゃん?」
安心させるように、イザベラへ微笑んだ。
「大丈夫。俺が助けます」
「助けるって、あんた、どうやって……」
向かい側で、影を使って解呪しようとしていたイドが目を見開いた。
「アルカ、まさか……。駄目だ、やめろ!」
同じ属性、同じような戦略思考。イドは直ぐに理解したようだ。
残り少ない魔力でも使える、闇魔法の固有魔法。上級に位置するそれは、禁術として魔術協会から使用が禁止されている。
その魔法が禁じ手とされるのは、使い様に依っては相当に非人道的なことが可能だからだ。
「死ぬ気かよ!?」
イドが必死の形相で取り乱したのに、珍しいものを見たと笑う。
「俺たちじゃレグルスは救えないけど、レグルスだったら必ず、俺を救うから」
「アルカ!」
「レグルスを信じてる」
伸ばしたイドの腕が届く前に魔力を放つ。
闇魔法唯一の固有魔法にして、最大の禁じ手。
対象1人の状態と自らの状態を、完全に入れ替える魔法。
「反転」
「アルカ!」
悲痛な声に目を開ける。魔力が足りないが、未だ動ける。
どうなった?確か、精霊の呪いを受けて。
「アルカ!死ぬな!」
その単語に意識が一気に覚醒して、飛び起きる。
「レグルス!アルカちゃんが……!」
飛び起きたレグルスの視線の先に、世界で唯一の番が横たわっていた。
アルカの姿は黒い靄に包まれてよく見えない。それに魔力が消えかけの蝋燭のように、か細く揺らいでいる。
「な、何、なんで」
がくがくと体が震え出した。アルカが意識を失くす寸前の自分と、全く同じ状態になっている。
「反転使ったんだよ!アルカはお前の身代わりになったんだ……!」
「身代わ、り……?」
イドが泣きながら喚いている言葉が、何1つ理解出来ない。
代わりに魔力感知が告げる事実だけが、頭の中を一杯にする。
助からない。もう死ぬ。
「嘘だ、アルカ」
起き上がったまま1つも動けない。涙も出ない。ただただ、体が震える。
一緒に生きてくれる、1人にしないと誓ってくれた。
代わりの居ない唯一無二のアルカが、今、死を迎えている。
「アルカ」
茫然ともう1度、その名前を呼ぶ。動けぬまま、何も考えられぬまま。
「しっかりしろ!」
ガツンと頰を思いっ切り殴られて、主張する痛みに視界がはっきりしてくる。
「アルカを助けろよ!あんたが何とかしないでどうすんだ!」
胸倉を掴んで目を合わせたのは、ジークだった。
「局長、アルカは、あんたなら絶対自分を助けるからって。あんたを信じてるって言った……!」
涙で濡れたイドが、絞り出すように叫んだ。
「俺、を……」
「あんた国1番の魔術師なんだろ!何とかしてくれ……!頼むから……!」
ジークの悲愴な慟哭と共に胸倉を叩かれ、辺りを見回す。
レグルスも意識を失う前に抵抗を試みたのだ。だが、魔力が足りずに呪いを破れなかった。
せめて海底神殿の時のように、魔力が十全であれば。
もうイザベラの魔力回復薬は使い切った。唯一、魔力譲渡出来るのはアルカだけ。
魔力の無い自分など、魔術師として下の下だ。ただ、国1番の魔力量があるというだけなのだ。
その魔力が無いなら、他に何が出来るのか。
ふらふらとアルカの元へ蹲る。
黒い呪いに覆われたアルカは真っ白な顔をして、ピクリとも動かない。
感知する魔力量も死にかけていた自分と全く同じで、風前の灯火だ。
黒い靄がじわじわと、アルカの肌を侵していく。
これが全てアルカを覆えば、もう命は完全に終わる。
「もし俺を簡単に諦める真似したら、本気で許さないから」
いつかのアルカの声が蘇った。あの時、腕の中で震えるアルカに、自分は何と言った?
「信じる」
どこか透徹した表情で見つめるアルカに、自分は何と約束した?
「愛してる」
そう微笑むアルカに、自分は何を返したか?
「……っ!」
もう1度辺りを確認する。何か、誰か、アルカを助けられるもの。
イザベラもハンクも、ジークもイドも駄目だ。魔力になるもの。もしくは自分と同等の魔力があるもの。
考えろ、考えろ!
呼ばれた気がして、もう1度アルカを見つめる。黒くなった呪いの靄の下に、微かな光が煌めいた気がした。
「あっ……!」
レグルスは瞬時に収納袋を取り出し、アルカを吸い込んだ。
「な、何やってんだ!?」
収納袋の生体使用は禁止されている。中に時間停止の魔術式が組み込まれているためだ。
生体に使用すると、どんな影響が起きるか不確定なためである。
「レグルス、あんた……!」
誰の質問に答える余裕も無く、緊急転移陣を展開する。
誰にも振り返らずに、レグルスは最短で転移陣を起動させた。
転移した場所はアルカの魔術根源、水精霊の洞窟だった。
去年の夏に緊急用として敷いた転移陣の上に出るや否や、転げるように飛び出して、最奥まで一気に駆け抜ける。
最奥の石室に着くと、入口の結界が招くように解かれた。
「水精霊よ!アルカを助けてくれ!」
矢も盾もたまらず叫びながら入ると、中央の球体が飛んで来た。去年よりも一回り大きくなっている。
収納袋から出したアルカの呪いは、先程と変わらない進行状態だったが、もう猶予は無いだろう。
「頼む、俺じゃ助けられないんだ!アルカを助けて!」
殆ど泣き叫ぶと、水精霊はレグルスの周りを2度回り、ふと姿を消した。
「そんな、何で……」
頼みの綱の精霊が消えてしまい、レグルスは絶望した。
「アルカ……、アルカ……っ」
呪いの結界に縋り付き魔力を流すが、呪いはビクともしない。
「う、ああ、アルカぁ……!」
殆ど発狂しながら、魔力を込めて爪を立てる。硬い膜に割れた爪先から血が流れていく。
「アルカ……?」
アルカの胸から光が溢れ出して来る。精霊刻印の辺りだ。
「水精霊!?」
溢れた魔力は確かに水精霊の気配だ。アルカの中から呪いを破ろうとしている。
光が一筋、呪いの闇を貫く度に、その中にレグルスの血が引き込まれていく。
「俺の魔素なら全部使っていい!アルカを助けて!」
腰に佩いていた剣で腕を縦に斬り裂いて、結界へ血を注ぐ。血を通して、魔素がぐんぐんと吸われていく。
比例するように光が強くなり、呪いが音を立てて内側からひび割れていく。
「アルカ!アルカ!」
ぎゅっと腕の血を絞ってまた注ぐと、一層眩い光が胸から放たれた。
バキンと音が鳴って、呪いが粉々に砕けて塵と化す。
「アルカ!」
石に横たわったアルカを抱き抱えると、体は氷のように冷たかった。
「う、嘘だ……、呪い、解けたよ、アルカ?」
揺すってみても、アルカはピクリとも動かない。口に耳を付けなくても分かる。分かってしまう。
アルカが息をしていない。
「あ、う、ああ、嘘だ、起きて、起きて……!」
アルカの腕が力無く滑り落ちて、発狂しながら体を揺さぶると、手の平に灼けるような熱を感じる。
熱源はアルカの胸元で、急いで服をはだけると、心臓の上の精霊刻印が紅く明滅していた。
無意識に衝き動かされるかの如く、収納袋から丸い珠を取り出す。
水精霊からもらった宝珠だ。ただの魔石では無い。まさに水精霊の魔力そのもの。
世界にも数個あるかどうかの、膨大な魔力が籠もった命のような力の源。
既に精霊の力が溶けたアルカに、これを与えるということの意味が解らぬ訳ではない。だが、もうこれしかない。
「ごめん……!ごめんね、アルカ……!」
精霊刻印の上に、血で滑る手の平で宝珠を置く。
そのまま押し込めると、宝珠は見る間にアルカの中へと吸い込まれていく。
「アルカ……、起きて、目を開けて。嫌だ、駄目だ……、死なないで、お願い」
ぼたぼたと、アルカの白い頬に水滴が落ちて濡らしていく。そこで漸く、自分が泣いていることに気が付いた。
「あ、い、……愛してる、……愛してるんだ、アルカ。逝かないで……」
意識が朦朧とし、目が霞む。魔力も魔素も殆ど使い果たした。
「君が死ぬなら、俺も死ぬ。アルカの居ない世界なんて、生きてたくない……」
動かないアルカを最後の力で抱き締める。
「愛してる、アルカ」
アルカを抱いたまま、レグルスは冷たい石の上に倒れた。
呪障精霊の体から真っ暗な魔障が放たれて、平原に残る魔障を吸い寄せる。その魔障の渦を、精霊は再び大きく吸い込んでいく。
「退避!!」
「下がれ!全員下がれ!」
レグルスが叫ぶのに、ハンクが部隊へ鋭い指示を飛ばした。
「駄目だ、レグルス!私に代わりな!私が持っていく!」
「師匠の魔力じゃ倒せない。イド!」
直ぐに察したイドが、イザベラを引き離して距離を取る。
「嫌だ、離しておくれ!レグルス!」
「アルカ、離れて」
「傍に居る」
そっとレグルスの手に触れて、その顔を見上げた。
後ろから呼び戻す声が聞こえるが、アルカは真っ直ぐにレグルスを見た。
「大丈夫。お前は大丈夫」
そう微笑んで手を繋ぐと、レグルスはいつもの、少し眉を下げた困った風な微笑みを浮かべた。
「たまには俺も格好良いとこ、見せないとね」
精霊が口元に手を翳した。死のブレスは今や、精霊の怒りと恨みを乗せた呪いのブレスへと成り代わっている。
「貴様たちを呪う!」
ふうっと精霊の口から吐き出されたブレスは最早、この世全ての怨みや祟りを凝縮した常世の闇とすら言える程だ。
対抗してレグルスから放たれた無数の稲妻が、放射状に眩く広がり、常世の闇とぶつかり相殺していく。
青い火花と魔障が砕けて、花火のように空に散る。
「我が番を殺した報いを受けよ……!」
「……っ!」
強まった常世の闇に、対抗するレグルスの魔力がどんどん失われていく。繋いだままの手から魔力を流し込む。
「レグルス、勝て!」
「了解……っ!」
レグルスの残りの魔力が一気に練り上げられる。命すら魔力に変換するような、圧倒的な流れだ。
流れる稲妻が殊更に光り、目も開けられない程に激しい奔流が集約する。
「天雷!」
極大の雷が精霊目掛けて、真っ直ぐに落ちる。一瞬遅れて轟音が響き、大きな爆発が起きた。
咄嗟に展開した結界で余波を防ぐ。もうもうとした煙の中、呪障精霊は佇んでいた。
「報いを」
にやりと嗤った精霊はぼろぼろと崩れ、塵となって消えていく。
全ての魔障が消え、全部隊が歓声を上げて残りの魔物を駆除し始めた。
音が戻った戦場の中、レグルスが崩れ落ちた。
「レグルス!」
倒れたレグルスの胸から黒い靄が溢れ、体を包んでいく。
「う……、アル、カ……、離れ……」
魔力を使い果たして尚抵抗しているのか、レグルスは土気色の顔で瞳を彷徨わせた。
「レグルス!この馬鹿者が!」
イザベラとイドが駆け付け、魔力を練り出す。
その間に黒い靄は、レグルスの体をすっかり覆ってしまった。
「ばーちゃん!何だよ、これ!?」
「呪いだよ!呪障精霊を倒す代償だよ!このままじゃ、レグルスが死んじまう!」
イザベラとイドが解呪を試み出す。しかし光も影も、まるで結界のように固着した精霊の呪いには歯が立たない。
靄の中に薄っすら見えるレグルスは、既に意識を失っていた。
毎日、夢で視た光景だ。何をやっても変えられなかった先見の夢。
レグルスが黒い呪いに侵されて死んでいく夢を、アルカは毎晩視ていた。
だから、ずっと1人で考えて来た。
「下がって下さい」
「……アルカちゃん?」
安心させるように、イザベラへ微笑んだ。
「大丈夫。俺が助けます」
「助けるって、あんた、どうやって……」
向かい側で、影を使って解呪しようとしていたイドが目を見開いた。
「アルカ、まさか……。駄目だ、やめろ!」
同じ属性、同じような戦略思考。イドは直ぐに理解したようだ。
残り少ない魔力でも使える、闇魔法の固有魔法。上級に位置するそれは、禁術として魔術協会から使用が禁止されている。
その魔法が禁じ手とされるのは、使い様に依っては相当に非人道的なことが可能だからだ。
「死ぬ気かよ!?」
イドが必死の形相で取り乱したのに、珍しいものを見たと笑う。
「俺たちじゃレグルスは救えないけど、レグルスだったら必ず、俺を救うから」
「アルカ!」
「レグルスを信じてる」
伸ばしたイドの腕が届く前に魔力を放つ。
闇魔法唯一の固有魔法にして、最大の禁じ手。
対象1人の状態と自らの状態を、完全に入れ替える魔法。
「反転」
「アルカ!」
悲痛な声に目を開ける。魔力が足りないが、未だ動ける。
どうなった?確か、精霊の呪いを受けて。
「アルカ!死ぬな!」
その単語に意識が一気に覚醒して、飛び起きる。
「レグルス!アルカちゃんが……!」
飛び起きたレグルスの視線の先に、世界で唯一の番が横たわっていた。
アルカの姿は黒い靄に包まれてよく見えない。それに魔力が消えかけの蝋燭のように、か細く揺らいでいる。
「な、何、なんで」
がくがくと体が震え出した。アルカが意識を失くす寸前の自分と、全く同じ状態になっている。
「反転使ったんだよ!アルカはお前の身代わりになったんだ……!」
「身代わ、り……?」
イドが泣きながら喚いている言葉が、何1つ理解出来ない。
代わりに魔力感知が告げる事実だけが、頭の中を一杯にする。
助からない。もう死ぬ。
「嘘だ、アルカ」
起き上がったまま1つも動けない。涙も出ない。ただただ、体が震える。
一緒に生きてくれる、1人にしないと誓ってくれた。
代わりの居ない唯一無二のアルカが、今、死を迎えている。
「アルカ」
茫然ともう1度、その名前を呼ぶ。動けぬまま、何も考えられぬまま。
「しっかりしろ!」
ガツンと頰を思いっ切り殴られて、主張する痛みに視界がはっきりしてくる。
「アルカを助けろよ!あんたが何とかしないでどうすんだ!」
胸倉を掴んで目を合わせたのは、ジークだった。
「局長、アルカは、あんたなら絶対自分を助けるからって。あんたを信じてるって言った……!」
涙で濡れたイドが、絞り出すように叫んだ。
「俺、を……」
「あんた国1番の魔術師なんだろ!何とかしてくれ……!頼むから……!」
ジークの悲愴な慟哭と共に胸倉を叩かれ、辺りを見回す。
レグルスも意識を失う前に抵抗を試みたのだ。だが、魔力が足りずに呪いを破れなかった。
せめて海底神殿の時のように、魔力が十全であれば。
もうイザベラの魔力回復薬は使い切った。唯一、魔力譲渡出来るのはアルカだけ。
魔力の無い自分など、魔術師として下の下だ。ただ、国1番の魔力量があるというだけなのだ。
その魔力が無いなら、他に何が出来るのか。
ふらふらとアルカの元へ蹲る。
黒い呪いに覆われたアルカは真っ白な顔をして、ピクリとも動かない。
感知する魔力量も死にかけていた自分と全く同じで、風前の灯火だ。
黒い靄がじわじわと、アルカの肌を侵していく。
これが全てアルカを覆えば、もう命は完全に終わる。
「もし俺を簡単に諦める真似したら、本気で許さないから」
いつかのアルカの声が蘇った。あの時、腕の中で震えるアルカに、自分は何と言った?
「信じる」
どこか透徹した表情で見つめるアルカに、自分は何と約束した?
「愛してる」
そう微笑むアルカに、自分は何を返したか?
「……っ!」
もう1度辺りを確認する。何か、誰か、アルカを助けられるもの。
イザベラもハンクも、ジークもイドも駄目だ。魔力になるもの。もしくは自分と同等の魔力があるもの。
考えろ、考えろ!
呼ばれた気がして、もう1度アルカを見つめる。黒くなった呪いの靄の下に、微かな光が煌めいた気がした。
「あっ……!」
レグルスは瞬時に収納袋を取り出し、アルカを吸い込んだ。
「な、何やってんだ!?」
収納袋の生体使用は禁止されている。中に時間停止の魔術式が組み込まれているためだ。
生体に使用すると、どんな影響が起きるか不確定なためである。
「レグルス、あんた……!」
誰の質問に答える余裕も無く、緊急転移陣を展開する。
誰にも振り返らずに、レグルスは最短で転移陣を起動させた。
転移した場所はアルカの魔術根源、水精霊の洞窟だった。
去年の夏に緊急用として敷いた転移陣の上に出るや否や、転げるように飛び出して、最奥まで一気に駆け抜ける。
最奥の石室に着くと、入口の結界が招くように解かれた。
「水精霊よ!アルカを助けてくれ!」
矢も盾もたまらず叫びながら入ると、中央の球体が飛んで来た。去年よりも一回り大きくなっている。
収納袋から出したアルカの呪いは、先程と変わらない進行状態だったが、もう猶予は無いだろう。
「頼む、俺じゃ助けられないんだ!アルカを助けて!」
殆ど泣き叫ぶと、水精霊はレグルスの周りを2度回り、ふと姿を消した。
「そんな、何で……」
頼みの綱の精霊が消えてしまい、レグルスは絶望した。
「アルカ……、アルカ……っ」
呪いの結界に縋り付き魔力を流すが、呪いはビクともしない。
「う、ああ、アルカぁ……!」
殆ど発狂しながら、魔力を込めて爪を立てる。硬い膜に割れた爪先から血が流れていく。
「アルカ……?」
アルカの胸から光が溢れ出して来る。精霊刻印の辺りだ。
「水精霊!?」
溢れた魔力は確かに水精霊の気配だ。アルカの中から呪いを破ろうとしている。
光が一筋、呪いの闇を貫く度に、その中にレグルスの血が引き込まれていく。
「俺の魔素なら全部使っていい!アルカを助けて!」
腰に佩いていた剣で腕を縦に斬り裂いて、結界へ血を注ぐ。血を通して、魔素がぐんぐんと吸われていく。
比例するように光が強くなり、呪いが音を立てて内側からひび割れていく。
「アルカ!アルカ!」
ぎゅっと腕の血を絞ってまた注ぐと、一層眩い光が胸から放たれた。
バキンと音が鳴って、呪いが粉々に砕けて塵と化す。
「アルカ!」
石に横たわったアルカを抱き抱えると、体は氷のように冷たかった。
「う、嘘だ……、呪い、解けたよ、アルカ?」
揺すってみても、アルカはピクリとも動かない。口に耳を付けなくても分かる。分かってしまう。
アルカが息をしていない。
「あ、う、ああ、嘘だ、起きて、起きて……!」
アルカの腕が力無く滑り落ちて、発狂しながら体を揺さぶると、手の平に灼けるような熱を感じる。
熱源はアルカの胸元で、急いで服をはだけると、心臓の上の精霊刻印が紅く明滅していた。
無意識に衝き動かされるかの如く、収納袋から丸い珠を取り出す。
水精霊からもらった宝珠だ。ただの魔石では無い。まさに水精霊の魔力そのもの。
世界にも数個あるかどうかの、膨大な魔力が籠もった命のような力の源。
既に精霊の力が溶けたアルカに、これを与えるということの意味が解らぬ訳ではない。だが、もうこれしかない。
「ごめん……!ごめんね、アルカ……!」
精霊刻印の上に、血で滑る手の平で宝珠を置く。
そのまま押し込めると、宝珠は見る間にアルカの中へと吸い込まれていく。
「アルカ……、起きて、目を開けて。嫌だ、駄目だ……、死なないで、お願い」
ぼたぼたと、アルカの白い頬に水滴が落ちて濡らしていく。そこで漸く、自分が泣いていることに気が付いた。
「あ、い、……愛してる、……愛してるんだ、アルカ。逝かないで……」
意識が朦朧とし、目が霞む。魔力も魔素も殆ど使い果たした。
「君が死ぬなら、俺も死ぬ。アルカの居ない世界なんて、生きてたくない……」
動かないアルカを最後の力で抱き締める。
「愛してる、アルカ」
アルカを抱いたまま、レグルスは冷たい石の上に倒れた。
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」
身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。
死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。
カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。
「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」
献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。
これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。