【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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最終章 旅路の涯

139 エピローグ

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「ナンッナンナンッ、ナン!」

 大きな白手袋みたいなふさふさ前足が、バシバシと新聞や雑誌を叩く。
 窓を開け放って日当たりの良い床に座り、ナンが広げた1年前の記事に目をやる。

「ヤズマイシュの守り神、現る!」
「未曾有の危機に、猫神様が民を救った!」
「オルデン辺境伯主導で、猫神像が建立。新たな観光スポットに。猫神饅頭などグッズも続々開発」

 でんとナンを3割増に格好良く描いた姿絵と、称賛の記事を叩きながら、ナンはどにゃ顔をしてむふーっと息を吐いた。

「うん、いや、やっぱナンはすごいな。よっ、ナン様さすが世界一のお猫様~」

 合いの手を入れたが、この話、これでもう10回目である。

 スタンピードの折、ナン曰くジークの妹クレアと八面六臂の大活躍をしたらしい。

 ジークの妹はスタンピード後に、なんとオルデン辺境騎士団に入団したそうだ。
 あの可憐な美少女が逞しくなったものだと感心する。

 ナンの銅像の下にバックスのインタビューがあって気になったが、一面記事の第2王子の婚約話も気になった。

 第2王子はレイと婚約をし、王太女の補佐をして精力的に外交や福祉に力を入れているらしい。それを評価する言葉もあった。
 本物のレイと何があったかは分からないが、あの王子も随分成長したに違いなかった。

「ナンナン……」

 ナンの話は尽きないが、用意を整えたイザベラが寝室から出て来た。

「全く、あんた何回その話するんだい。そろそろ出かけるよ」

 3人連れ立ってイザベラの部屋を出る。
 2ブロック先の裏路地の花屋に寄ると、ナンは一目散に2階へ駆け上がって行った。

「いつも家のが、すみませんね」
「いいえ、家も仲良くしていただいて有り難いです」

 花屋の物腰柔らかな女性が、手早く作った花束を受け取る。
 店を出ると、2階の出窓から得意気なナンと美人と噂の彼女、白猫リリーが見送ってくれていた。

「かーっ、薄情な猫だよ。罰当たりめ」
「まあ、元気になって何よりですよ」

 イザベラがぷりぷりと、杖を鳴らして歩く。ナンはアルカに会えない寂しさで、大分痩せて元気がなくなっていて大変だった。

 しかし昨日の夜に再会してからは食欲が復活し、1日ですっかり元の体型に戻ったため、相変わらず色々と規格外な猫神様である。

 イザベラと乗り合い馬車で北区の墓地に着く。短く刈り込んだ芝生を歩き、目当ての墓に花を供えた。

 彼女の夫でありレグルスの育ての父、マティアスの墓だ。暫し2人で祈りを捧げる。

「これで漸く、終わった気がするわ。……ありがとう、アルカちゃん」

 さわさわと吹き抜ける春風に、花束が吹かれて揺れた。

「今でも思うのよ。何故私は色々取り零して来てしまったのか。奴の本当の望みは何だったのかって。……奴は時々、この世は夢だと言っていた。目が覚めてどちらが夢か分からないから、ずっと覚めない夢を見続けるんだ、と言っていた」

 あの日、女神の元でメイヒムとした会話を思い出す。
 メイヒムは300年の間他人の人生を渡り、ある日孤児院に捨てられていた強い器の赤子に乗り移り、イザベラたちと深い縁を結んだ。

「ただ、奴の言う覚めない夢が、多くの人を犠牲にし不幸にした。私たちに残された解は、それだけさね」

 メイヒムと2人の間に在った想いも、イザベラが今も抱く悔悟の念も計り知れない。アルカはそっと頷いてイザベラの肩を抱いた。

「……数多の因果の中で、幸不幸は感じ方だけだと、女神が仰いました」
「……そうかい」

 マティアスの墓を見つめたまま、イザベラはそれきり黙った。1つに纏めた髪の後れ毛を、優しい風が撫でていった。

「それはそうと、あの馬鹿弟子、まだ寝てんのかい?」
「はい……。あれは1週間は起きないかと」

「全くのんびりした竜だよ」
「でも、俺のために、1年も大変な思いさせましたし」

「そんなのは当たり前さ。アルカちゃんが命の恩人なんだし。それなのに帰って来た途端、眠りこけちまうなんて」

「ふふ、まあ、俺もギルドに顔を出すつもりでしたし、ちょうど良かったです。決算期で皆、死に体でしょうから」


 イザベラと昼食を共にした後、アルカはギルドへと何食わぬ顔で入って行った。
 ちょっと気恥ずかしいので気配遮断を最強でしながら、代表室へ真っ直ぐ向かった。

 ノックをしてから代表室に入ると、デスクで唸っていたハンクが持っていた書類を全て落として、慌てて駆け寄って来た。

「アルカ……!目覚めたのか……!」
「はい。大変ご迷惑をおかけしました」

「馬鹿野郎!迷惑な訳あるか!お前のおかげで、皆もレグルスも助かったんだぞ!あのランスや王家の影どもだって、ずっと心配してたんだからな!」

 ムキムキの筋肉にぎゅうっと、背骨が折れそうなくらいに抱き締められた。ギブと背中をパシパシ叩く。

「ん?ところでレグルスは?」
「寝てます」
「は?」

「限界を迎えたようで、寝たら起きなくなりました」
「ええ?大丈夫なのか?」
「まあ、竜由来のものなんで、その内起きますよ」

 ニコッと笑うと、ハンクは取り敢えず頷いた。

「それで、俺の今後なんですけど……」
「あ?お前までギルド辞めるとか言わないよな!?駄目だ!ランスにはやらん!大体、お前の昇進だって決まってんだ!」

「俺は辞めないですけど、誰が辞めるって?」
「レグルスだよ。あいつ、仕事辞めてお前の傍に居たいって、常々泣き言漏らしてて」

「ははあ、なるほど……。ちなみに昇進とは?」

 ハンクは胸を張ってニッと笑った。

「情報室長にアルカを任命するって、レグルスと決めてんだ」
「俺が室長ですか?そんな大役……」

「何言ってんだ!お前の功績は本来なら勲章ものだし、各所をまとめて連携を取らせた指揮能力は十二分に値するぞ。王家からの勲章の代わりに、満場一致でギルドから特別報酬出すことも決まったし!」

 予想外の昇進に戸惑うと、ふんすと鼻息荒くハンクが頷く。

「それにな、今までレグルスが局長と兼任してただろ?でも室長業務をお前に渡せば、もっと色々やれることが増えるって、本人が強く希望しててなあ。何でも過疎地域の支部整備とか、力を入れたいって」

 前にプリトー村で言ったことを、レグルスはずっと覚えていたらしい。アルカの望みなら全て叶えると言った、レグルスを思い出す。

「情報室は局長直下だから、今までと変わらない。レグルスの相棒はお前だし、上司もそのままだから安心しろ。ただお前の権限と責任が大きくなるって話なだけだから」

 黙ったままのアルカに不安になったのか、ハンクは慌てて付け加えた。

「分かりました。謹んでお受けします」
「そ、そうか!」
「尽きまして、特別報酬の件ですが」

 にっこり笑うと、勘の良いハンクは顔を引き攣らせた。


「あっ、駄目だ……、花畑が見える……、うふふ」
「おい、死ぬ前に書類終わらせろ」

 情報室に入ると死屍累々とした室員たちが、机でガリガリと書類整理をしていた。

 花畑が見えているウルクと、隈を作って殺気立っているジーク。
 それから、血走った目で黙々と書類を捌いているジョエルに、虚ろな目で菓子を貪っているイド。

 他の室員も全員揃ってるが、デスマらしい異様な雰囲気に回れ右をするかなと悩んでいると、菓子を食っていたイドが目を見開いた。

 ボロっとイドの口から菓子が落ちて、向かいのジョエルが空かさず注意した。

「あああ、ああ」

「うわ、こわ。こいつ狂ってやんの。3徹くらいで情けねぇ」
「どっちもふざけてないで、黙って仕事しろ」

 イドを小馬鹿にしたウルクを、ジョエルが引っ叩いた。

「アルカ!!」

「えっ!?」

 イドが指差すと全員がバッとこちらを向いたので、アルカはとうとう観念して気配遮断を解く。

「え~っと、久し振り……」

 途端に、わっと血走った目で泣き笑いする野郎集団に囲まれ、思わず結界を張りたくなったが、すんでのところで堪えた。

「うわああ!先輩!アルカ先輩!ずっと心配してました……!俺、また助けてもらったのに、肝心な時に先輩のこと助けられなくて……!」

「ううん。ありがとうな。局長のサポート、たくさん頑張ってくれたって聞いた。あとヤズマイシュで痛い思いさせてごめんな」

 ジョエルが咽び泣きながらわっと叫び、よしよしと頭を撫でる。

「アルカさん!本物!?俺、アルカさんの言いつけ通り、ちゃんと頑張りました!ご褒美下さい!」

「うんうん。お前が成長したって局長が褒めてたよ。ご褒美に後でみっちり、特別稽古してやるからな~」

 泣き笑いしていたウルクが、笑いを引っ込めて泣き出した。

 暫く揉みくちゃにされてから、勢いに引いて見守っていたジークとイドの元へ行く。

「2人とも、あの時は色々ありがとうな」
「お帰り、アルカ」
「待ちくたびれたよ、兄ちゃん」
 
「何だ、その兄ちゃんってのは」
「俺とアルカの秘密ーっ。いいだろー、へへーっ」

 ジークが拳骨を繰り出したが、イドはさっとアルカの背中に隠れてベロベロバーをした。
 
「ジーク、レグルスのこと面倒見てくれて、ありがとうな」
「別に。局長があんまり情けねーから、手出しただけ」

 照れ隠しにぶすくれたジークが席に戻って仕事を再開したのに倣い、他の室員も漸く落ち着きを取り戻し机に戻る。

「あーっ、これで俺たちもデスマから解放される~。アルカさんが居れば鬼に金棒っすよ~!」

 調子良く鼻歌を歌って、椅子の背もたれに伸びたウルクに微笑む。

「いや、俺の復帰は再来月からだよ?まだ休職中」
「え……?」

 一気に室内が静寂に包まれる。

「ていうか、何で局長、一緒じゃないんですか?代表室ですか?」

 何かを察したらしいジョエルが、顔を青褪めさせた。

「ああ、局長は過労でダウン中なんだ。だから、再来月まで休職させるよ」
「え……?」

 更に室内がスタンピード並みの、絶望と暗闇に包まれる。

「大丈夫!代表が局長代理してくれるし、俺も1週間くらいは仕事するから。一昨年も今の人数で回してるから、大丈夫大丈夫。俺も倒れながら乗り切ったから、皆で倒れれば怖くない」

「ヒェ……」

 アルカがにっこり笑うと、情報室はいつもの忙しくてやかましい日常を取り戻した。



 朝、目が覚めて誰より愛しい男の胸に擦り寄る。

「あ~、疲れた~。1週間だけっていっても、久し振りの仕事でデスマとかヤバいだろ」

 この1週間睡眠時間を削り、昨日も深夜過ぎまで仕事だったせいで、起きたばかりなのに何だかくたびれている。

 すうすうと幸せそうに眠る番の上に寝転んで、じっとその寝顔を見つめる。
 寝ている間に魔力をもらおうかとも思ったが、あまりに熟睡しているため、起こすのが可哀想で止めている。

 だがそろそろ起きる頃合いだろう。精霊の勘とでも言うのか、とにかく分かる。

 間もなく、愛しい番が目を覚ます。

 ほら、緩んだ唇がむにゃと動いた。
 1番の特等席で大好きな、美しいエメラルドが花ひらく様を見守る。

「レグ、レグルス、局長、仔竜ちゃん、旦那様、ダーリン、ハニー、スイート、……レグルス」

 ふわっと開いた目が柔らかく微笑む。

「……アルカ」
「おはよう、レグルス」

 ちゅっと唇に口付けると、レグルスはふにゃふにゃと幸せそうに笑った。

「君にキスしてもらえるなんて、夢みたい。……夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ、ダーリン」

「ふふ、ね、1回だけじゃ分かんないよ。もっと夢じゃないって教えて」

 甘えるように抱き締めてきたレグルスの頬を優しく撫でる。

「しょうがないな、俺の仔竜ちゃんは」

 ぎゅむっと頰をつねった。

「あいたぁ!?」

 一気に覚醒したのか、レグルスはショックを受けた目で仔犬のように見つめてきた。

「ほら、起きろ。今日は忙しいよ。ランスロット様のとこで入籍して、指輪買いに行って」
「ま、待って、俺、今日は仕事だよ?って、うわ、遅刻だ……!」

 自分で言って慌てたレグルスが、アルカを抱いたまま飛び起きた。

「ふふ、お前、あれから1週間寝たままだったぞ」
「……、え?……嘘!?」

 さあっと顔を青褪めさせたレグルスに吹き出す。

「大丈夫。お前のことも再来月まで休職にしてきたから!」
「えぇ!?今デスマ中だよ?……何がどうなって……?」

「どうもこうもないだろ。俺たち新婚なんだから」
「……はい、新婚です……?」

「新婚なんだから、ハネムーンに行くぞ」
「!!」

「1ヶ月、やりまくろっか」
「ん゛っ、……やり、やります……」

 耳元で態と卑猥に囁くと、レグルスは顔を真っ赤にして小さく返事した。

 1年の間に羞恥耐性が大分下がったらしい。
 顔が大人びた分、このくらい可愛いくなくては仔竜と呼べなくなってしまう。

「じゃあ、レグルス。俺と2人で旅に行こう」

 立ち上がったアルカが飛び切りの笑顔で手を差し出すと、レグルスの大きくて温かい手の平が載せられた。

「うん!どこにでも一緒に行く。アルカとなら、どこだってきっと楽しいから!」

 2人はしっかりと手を繋ぐと、心から幸せに笑って、新しい日々に踏み出した。
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