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最終章 旅路の涯
139 エピローグ
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「ナンッナンナンッ、ナン!」
大きな白手袋みたいなふさふさ前足が、バシバシと新聞や雑誌を叩く。
窓を開け放って日当たりの良い床に座り、ナンが広げた1年前の記事に目をやる。
「ヤズマイシュの守り神、現る!」
「未曾有の危機に、猫神様が民を救った!」
「オルデン辺境伯主導で、猫神像が建立。新たな観光スポットに。猫神饅頭などグッズも続々開発」
でんとナンを3割増に格好良く描いた姿絵と、称賛の記事を叩きながら、ナンはどにゃ顔をしてむふーっと息を吐いた。
「うん、いや、やっぱナンはすごいな。よっ、ナン様さすが世界一のお猫様~」
合いの手を入れたが、この話、これでもう10回目である。
スタンピードの折、ナン曰くジークの妹クレアと八面六臂の大活躍をしたらしい。
ジークの妹はスタンピード後に、なんとオルデン辺境騎士団に入団したそうだ。
あの可憐な美少女が逞しくなったものだと感心する。
ナンの銅像の下にバックスのインタビューがあって気になったが、一面記事の第2王子の婚約話も気になった。
第2王子はレイと婚約をし、王太女の補佐をして精力的に外交や福祉に力を入れているらしい。それを評価する言葉もあった。
本物のレイと何があったかは分からないが、あの王子も随分成長したに違いなかった。
「ナンナン……」
ナンの話は尽きないが、用意を整えたイザベラが寝室から出て来た。
「全く、あんた何回その話するんだい。そろそろ出かけるよ」
3人連れ立ってイザベラの部屋を出る。
2ブロック先の裏路地の花屋に寄ると、ナンは一目散に2階へ駆け上がって行った。
「いつも家のが、すみませんね」
「いいえ、家も仲良くしていただいて有り難いです」
花屋の物腰柔らかな女性が、手早く作った花束を受け取る。
店を出ると、2階の出窓から得意気なナンと美人と噂の彼女、白猫リリーが見送ってくれていた。
「かーっ、薄情な猫だよ。罰当たりめ」
「まあ、元気になって何よりですよ」
イザベラがぷりぷりと、杖を鳴らして歩く。ナンはアルカに会えない寂しさで、大分痩せて元気がなくなっていて大変だった。
しかし昨日の夜に再会してからは食欲が復活し、1日ですっかり元の体型に戻ったため、相変わらず色々と規格外な猫神様である。
イザベラと乗り合い馬車で北区の墓地に着く。短く刈り込んだ芝生を歩き、目当ての墓に花を供えた。
彼女の夫でありレグルスの育ての父、マティアスの墓だ。暫し2人で祈りを捧げる。
「これで漸く、終わった気がするわ。……ありがとう、アルカちゃん」
さわさわと吹き抜ける春風に、花束が吹かれて揺れた。
「今でも思うのよ。何故私は色々取り零して来てしまったのか。奴の本当の望みは何だったのかって。……奴は時々、この世は夢だと言っていた。目が覚めてどちらが夢か分からないから、ずっと覚めない夢を見続けるんだ、と言っていた」
あの日、女神の元でメイヒムとした会話を思い出す。
メイヒムは300年の間他人の人生を渡り、ある日孤児院に捨てられていた強い器の赤子に乗り移り、イザベラたちと深い縁を結んだ。
「ただ、奴の言う覚めない夢が、多くの人を犠牲にし不幸にした。私たちに残された解は、それだけさね」
メイヒムと2人の間に在った想いも、イザベラが今も抱く悔悟の念も計り知れない。アルカはそっと頷いてイザベラの肩を抱いた。
「……数多の因果の中で、幸不幸は感じ方だけだと、女神が仰いました」
「……そうかい」
マティアスの墓を見つめたまま、イザベラはそれきり黙った。1つに纏めた髪の後れ毛を、優しい風が撫でていった。
「それはそうと、あの馬鹿弟子、まだ寝てんのかい?」
「はい……。あれは1週間は起きないかと」
「全くのんびりした竜だよ」
「でも、俺のために、1年も大変な思いさせましたし」
「そんなのは当たり前さ。アルカちゃんが命の恩人なんだし。それなのに帰って来た途端、眠りこけちまうなんて」
「ふふ、まあ、俺もギルドに顔を出すつもりでしたし、ちょうど良かったです。決算期で皆、死に体でしょうから」
イザベラと昼食を共にした後、アルカはギルドへと何食わぬ顔で入って行った。
ちょっと気恥ずかしいので気配遮断を最強でしながら、代表室へ真っ直ぐ向かった。
ノックをしてから代表室に入ると、デスクで唸っていたハンクが持っていた書類を全て落として、慌てて駆け寄って来た。
「アルカ……!目覚めたのか……!」
「はい。大変ご迷惑をおかけしました」
「馬鹿野郎!迷惑な訳あるか!お前のおかげで、皆もレグルスも助かったんだぞ!あのランスや王家の影どもだって、ずっと心配してたんだからな!」
ムキムキの筋肉にぎゅうっと、背骨が折れそうなくらいに抱き締められた。ギブと背中をパシパシ叩く。
「ん?ところでレグルスは?」
「寝てます」
「は?」
「限界を迎えたようで、寝たら起きなくなりました」
「ええ?大丈夫なのか?」
「まあ、竜由来のものなんで、その内起きますよ」
ニコッと笑うと、ハンクは取り敢えず頷いた。
「それで、俺の今後なんですけど……」
「あ?お前までギルド辞めるとか言わないよな!?駄目だ!ランスにはやらん!大体、お前の昇進だって決まってんだ!」
「俺は辞めないですけど、誰が辞めるって?」
「レグルスだよ。あいつ、仕事辞めてお前の傍に居たいって、常々泣き言漏らしてて」
「ははあ、なるほど……。ちなみに昇進とは?」
ハンクは胸を張ってニッと笑った。
「情報室長にアルカを任命するって、レグルスと決めてんだ」
「俺が室長ですか?そんな大役……」
「何言ってんだ!お前の功績は本来なら勲章ものだし、各所をまとめて連携を取らせた指揮能力は十二分に値するぞ。王家からの勲章の代わりに、満場一致でギルドから特別報酬出すことも決まったし!」
予想外の昇進に戸惑うと、ふんすと鼻息荒くハンクが頷く。
「それにな、今までレグルスが局長と兼任してただろ?でも室長業務をお前に渡せば、もっと色々やれることが増えるって、本人が強く希望しててなあ。何でも過疎地域の支部整備とか、力を入れたいって」
前にプリトー村で言ったことを、レグルスはずっと覚えていたらしい。アルカの望みなら全て叶えると言った、レグルスを思い出す。
「情報室は局長直下だから、今までと変わらない。レグルスの相棒はお前だし、上司もそのままだから安心しろ。ただお前の権限と責任が大きくなるって話なだけだから」
黙ったままのアルカに不安になったのか、ハンクは慌てて付け加えた。
「分かりました。謹んでお受けします」
「そ、そうか!」
「尽きまして、特別報酬の件ですが」
にっこり笑うと、勘の良いハンクは顔を引き攣らせた。
「あっ、駄目だ……、花畑が見える……、うふふ」
「おい、死ぬ前に書類終わらせろ」
情報室に入ると死屍累々とした室員たちが、机でガリガリと書類整理をしていた。
花畑が見えているウルクと、隈を作って殺気立っているジーク。
それから、血走った目で黙々と書類を捌いているジョエルに、虚ろな目で菓子を貪っているイド。
他の室員も全員揃ってるが、デスマらしい異様な雰囲気に回れ右をするかなと悩んでいると、菓子を食っていたイドが目を見開いた。
ボロっとイドの口から菓子が落ちて、向かいのジョエルが空かさず注意した。
「あああ、ああ」
「うわ、こわ。こいつ狂ってやんの。3徹くらいで情けねぇ」
「どっちもふざけてないで、黙って仕事しろ」
イドを小馬鹿にしたウルクを、ジョエルが引っ叩いた。
「アルカ!!」
「えっ!?」
イドが指差すと全員がバッとこちらを向いたので、アルカはとうとう観念して気配遮断を解く。
「え~っと、久し振り……」
途端に、わっと血走った目で泣き笑いする野郎集団に囲まれ、思わず結界を張りたくなったが、すんでのところで堪えた。
「うわああ!先輩!アルカ先輩!ずっと心配してました……!俺、また助けてもらったのに、肝心な時に先輩のこと助けられなくて……!」
「ううん。ありがとうな。局長のサポート、たくさん頑張ってくれたって聞いた。あとヤズマイシュで痛い思いさせてごめんな」
ジョエルが咽び泣きながらわっと叫び、よしよしと頭を撫でる。
「アルカさん!本物!?俺、アルカさんの言いつけ通り、ちゃんと頑張りました!ご褒美下さい!」
「うんうん。お前が成長したって局長が褒めてたよ。ご褒美に後でみっちり、特別稽古してやるからな~」
泣き笑いしていたウルクが、笑いを引っ込めて泣き出した。
暫く揉みくちゃにされてから、勢いに引いて見守っていたジークとイドの元へ行く。
「2人とも、あの時は色々ありがとうな」
「お帰り、アルカ」
「待ちくたびれたよ、兄ちゃん」
「何だ、その兄ちゃんってのは」
「俺とアルカの秘密ーっ。いいだろー、へへーっ」
ジークが拳骨を繰り出したが、イドはさっとアルカの背中に隠れてベロベロバーをした。
「ジーク、レグルスのこと面倒見てくれて、ありがとうな」
「別に。局長があんまり情けねーから、手出しただけ」
照れ隠しにぶすくれたジークが席に戻って仕事を再開したのに倣い、他の室員も漸く落ち着きを取り戻し机に戻る。
「あーっ、これで俺たちもデスマから解放される~。アルカさんが居れば鬼に金棒っすよ~!」
調子良く鼻歌を歌って、椅子の背もたれに伸びたウルクに微笑む。
「いや、俺の復帰は再来月からだよ?まだ休職中」
「え……?」
一気に室内が静寂に包まれる。
「ていうか、何で局長、一緒じゃないんですか?代表室ですか?」
何かを察したらしいジョエルが、顔を青褪めさせた。
「ああ、局長は過労でダウン中なんだ。だから、再来月まで休職させるよ」
「え……?」
更に室内がスタンピード並みの、絶望と暗闇に包まれる。
「大丈夫!代表が局長代理してくれるし、俺も1週間くらいは仕事するから。一昨年も今の人数で回してるから、大丈夫大丈夫。俺も倒れながら乗り切ったから、皆で倒れれば怖くない」
「ヒェ……」
アルカがにっこり笑うと、情報室はいつもの忙しくてやかましい日常を取り戻した。
朝、目が覚めて誰より愛しい男の胸に擦り寄る。
「あ~、疲れた~。1週間だけっていっても、久し振りの仕事でデスマとかヤバいだろ」
この1週間睡眠時間を削り、昨日も深夜過ぎまで仕事だったせいで、起きたばかりなのに何だかくたびれている。
すうすうと幸せそうに眠る番の上に寝転んで、じっとその寝顔を見つめる。
寝ている間に魔力をもらおうかとも思ったが、あまりに熟睡しているため、起こすのが可哀想で止めている。
だがそろそろ起きる頃合いだろう。精霊の勘とでも言うのか、とにかく分かる。
間もなく、愛しい番が目を覚ます。
ほら、緩んだ唇がむにゃと動いた。
1番の特等席で大好きな、美しいエメラルドが花ひらく様を見守る。
「レグ、レグルス、局長、仔竜ちゃん、旦那様、ダーリン、ハニー、スイート、……レグルス」
ふわっと開いた目が柔らかく微笑む。
「……アルカ」
「おはよう、レグルス」
ちゅっと唇に口付けると、レグルスはふにゃふにゃと幸せそうに笑った。
「君にキスしてもらえるなんて、夢みたい。……夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ、ダーリン」
「ふふ、ね、1回だけじゃ分かんないよ。もっと夢じゃないって教えて」
甘えるように抱き締めてきたレグルスの頬を優しく撫でる。
「しょうがないな、俺の仔竜ちゃんは」
ぎゅむっと頰をつねった。
「あいたぁ!?」
一気に覚醒したのか、レグルスはショックを受けた目で仔犬のように見つめてきた。
「ほら、起きろ。今日は忙しいよ。ランスロット様のとこで入籍して、指輪買いに行って」
「ま、待って、俺、今日は仕事だよ?って、うわ、遅刻だ……!」
自分で言って慌てたレグルスが、アルカを抱いたまま飛び起きた。
「ふふ、お前、あれから1週間寝たままだったぞ」
「……、え?……嘘!?」
さあっと顔を青褪めさせたレグルスに吹き出す。
「大丈夫。お前のことも再来月まで休職にしてきたから!」
「えぇ!?今デスマ中だよ?……何がどうなって……?」
「どうもこうもないだろ。俺たち新婚なんだから」
「……はい、新婚です……?」
「新婚なんだから、ハネムーンに行くぞ」
「!!」
「1ヶ月、やりまくろっか」
「ん゛っ、……やり、やります……」
耳元で態と卑猥に囁くと、レグルスは顔を真っ赤にして小さく返事した。
1年の間に羞恥耐性が大分下がったらしい。
顔が大人びた分、このくらい可愛いくなくては仔竜と呼べなくなってしまう。
「じゃあ、レグルス。俺と2人で旅に行こう」
立ち上がったアルカが飛び切りの笑顔で手を差し出すと、レグルスの大きくて温かい手の平が載せられた。
「うん!どこにでも一緒に行く。アルカとなら、どこだってきっと楽しいから!」
2人はしっかりと手を繋ぐと、心から幸せに笑って、新しい日々に踏み出した。
大きな白手袋みたいなふさふさ前足が、バシバシと新聞や雑誌を叩く。
窓を開け放って日当たりの良い床に座り、ナンが広げた1年前の記事に目をやる。
「ヤズマイシュの守り神、現る!」
「未曾有の危機に、猫神様が民を救った!」
「オルデン辺境伯主導で、猫神像が建立。新たな観光スポットに。猫神饅頭などグッズも続々開発」
でんとナンを3割増に格好良く描いた姿絵と、称賛の記事を叩きながら、ナンはどにゃ顔をしてむふーっと息を吐いた。
「うん、いや、やっぱナンはすごいな。よっ、ナン様さすが世界一のお猫様~」
合いの手を入れたが、この話、これでもう10回目である。
スタンピードの折、ナン曰くジークの妹クレアと八面六臂の大活躍をしたらしい。
ジークの妹はスタンピード後に、なんとオルデン辺境騎士団に入団したそうだ。
あの可憐な美少女が逞しくなったものだと感心する。
ナンの銅像の下にバックスのインタビューがあって気になったが、一面記事の第2王子の婚約話も気になった。
第2王子はレイと婚約をし、王太女の補佐をして精力的に外交や福祉に力を入れているらしい。それを評価する言葉もあった。
本物のレイと何があったかは分からないが、あの王子も随分成長したに違いなかった。
「ナンナン……」
ナンの話は尽きないが、用意を整えたイザベラが寝室から出て来た。
「全く、あんた何回その話するんだい。そろそろ出かけるよ」
3人連れ立ってイザベラの部屋を出る。
2ブロック先の裏路地の花屋に寄ると、ナンは一目散に2階へ駆け上がって行った。
「いつも家のが、すみませんね」
「いいえ、家も仲良くしていただいて有り難いです」
花屋の物腰柔らかな女性が、手早く作った花束を受け取る。
店を出ると、2階の出窓から得意気なナンと美人と噂の彼女、白猫リリーが見送ってくれていた。
「かーっ、薄情な猫だよ。罰当たりめ」
「まあ、元気になって何よりですよ」
イザベラがぷりぷりと、杖を鳴らして歩く。ナンはアルカに会えない寂しさで、大分痩せて元気がなくなっていて大変だった。
しかし昨日の夜に再会してからは食欲が復活し、1日ですっかり元の体型に戻ったため、相変わらず色々と規格外な猫神様である。
イザベラと乗り合い馬車で北区の墓地に着く。短く刈り込んだ芝生を歩き、目当ての墓に花を供えた。
彼女の夫でありレグルスの育ての父、マティアスの墓だ。暫し2人で祈りを捧げる。
「これで漸く、終わった気がするわ。……ありがとう、アルカちゃん」
さわさわと吹き抜ける春風に、花束が吹かれて揺れた。
「今でも思うのよ。何故私は色々取り零して来てしまったのか。奴の本当の望みは何だったのかって。……奴は時々、この世は夢だと言っていた。目が覚めてどちらが夢か分からないから、ずっと覚めない夢を見続けるんだ、と言っていた」
あの日、女神の元でメイヒムとした会話を思い出す。
メイヒムは300年の間他人の人生を渡り、ある日孤児院に捨てられていた強い器の赤子に乗り移り、イザベラたちと深い縁を結んだ。
「ただ、奴の言う覚めない夢が、多くの人を犠牲にし不幸にした。私たちに残された解は、それだけさね」
メイヒムと2人の間に在った想いも、イザベラが今も抱く悔悟の念も計り知れない。アルカはそっと頷いてイザベラの肩を抱いた。
「……数多の因果の中で、幸不幸は感じ方だけだと、女神が仰いました」
「……そうかい」
マティアスの墓を見つめたまま、イザベラはそれきり黙った。1つに纏めた髪の後れ毛を、優しい風が撫でていった。
「それはそうと、あの馬鹿弟子、まだ寝てんのかい?」
「はい……。あれは1週間は起きないかと」
「全くのんびりした竜だよ」
「でも、俺のために、1年も大変な思いさせましたし」
「そんなのは当たり前さ。アルカちゃんが命の恩人なんだし。それなのに帰って来た途端、眠りこけちまうなんて」
「ふふ、まあ、俺もギルドに顔を出すつもりでしたし、ちょうど良かったです。決算期で皆、死に体でしょうから」
イザベラと昼食を共にした後、アルカはギルドへと何食わぬ顔で入って行った。
ちょっと気恥ずかしいので気配遮断を最強でしながら、代表室へ真っ直ぐ向かった。
ノックをしてから代表室に入ると、デスクで唸っていたハンクが持っていた書類を全て落として、慌てて駆け寄って来た。
「アルカ……!目覚めたのか……!」
「はい。大変ご迷惑をおかけしました」
「馬鹿野郎!迷惑な訳あるか!お前のおかげで、皆もレグルスも助かったんだぞ!あのランスや王家の影どもだって、ずっと心配してたんだからな!」
ムキムキの筋肉にぎゅうっと、背骨が折れそうなくらいに抱き締められた。ギブと背中をパシパシ叩く。
「ん?ところでレグルスは?」
「寝てます」
「は?」
「限界を迎えたようで、寝たら起きなくなりました」
「ええ?大丈夫なのか?」
「まあ、竜由来のものなんで、その内起きますよ」
ニコッと笑うと、ハンクは取り敢えず頷いた。
「それで、俺の今後なんですけど……」
「あ?お前までギルド辞めるとか言わないよな!?駄目だ!ランスにはやらん!大体、お前の昇進だって決まってんだ!」
「俺は辞めないですけど、誰が辞めるって?」
「レグルスだよ。あいつ、仕事辞めてお前の傍に居たいって、常々泣き言漏らしてて」
「ははあ、なるほど……。ちなみに昇進とは?」
ハンクは胸を張ってニッと笑った。
「情報室長にアルカを任命するって、レグルスと決めてんだ」
「俺が室長ですか?そんな大役……」
「何言ってんだ!お前の功績は本来なら勲章ものだし、各所をまとめて連携を取らせた指揮能力は十二分に値するぞ。王家からの勲章の代わりに、満場一致でギルドから特別報酬出すことも決まったし!」
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「それにな、今までレグルスが局長と兼任してただろ?でも室長業務をお前に渡せば、もっと色々やれることが増えるって、本人が強く希望しててなあ。何でも過疎地域の支部整備とか、力を入れたいって」
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「情報室は局長直下だから、今までと変わらない。レグルスの相棒はお前だし、上司もそのままだから安心しろ。ただお前の権限と責任が大きくなるって話なだけだから」
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「分かりました。謹んでお受けします」
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「あっ、駄目だ……、花畑が見える……、うふふ」
「おい、死ぬ前に書類終わらせろ」
情報室に入ると死屍累々とした室員たちが、机でガリガリと書類整理をしていた。
花畑が見えているウルクと、隈を作って殺気立っているジーク。
それから、血走った目で黙々と書類を捌いているジョエルに、虚ろな目で菓子を貪っているイド。
他の室員も全員揃ってるが、デスマらしい異様な雰囲気に回れ右をするかなと悩んでいると、菓子を食っていたイドが目を見開いた。
ボロっとイドの口から菓子が落ちて、向かいのジョエルが空かさず注意した。
「あああ、ああ」
「うわ、こわ。こいつ狂ってやんの。3徹くらいで情けねぇ」
「どっちもふざけてないで、黙って仕事しろ」
イドを小馬鹿にしたウルクを、ジョエルが引っ叩いた。
「アルカ!!」
「えっ!?」
イドが指差すと全員がバッとこちらを向いたので、アルカはとうとう観念して気配遮断を解く。
「え~っと、久し振り……」
途端に、わっと血走った目で泣き笑いする野郎集団に囲まれ、思わず結界を張りたくなったが、すんでのところで堪えた。
「うわああ!先輩!アルカ先輩!ずっと心配してました……!俺、また助けてもらったのに、肝心な時に先輩のこと助けられなくて……!」
「ううん。ありがとうな。局長のサポート、たくさん頑張ってくれたって聞いた。あとヤズマイシュで痛い思いさせてごめんな」
ジョエルが咽び泣きながらわっと叫び、よしよしと頭を撫でる。
「アルカさん!本物!?俺、アルカさんの言いつけ通り、ちゃんと頑張りました!ご褒美下さい!」
「うんうん。お前が成長したって局長が褒めてたよ。ご褒美に後でみっちり、特別稽古してやるからな~」
泣き笑いしていたウルクが、笑いを引っ込めて泣き出した。
暫く揉みくちゃにされてから、勢いに引いて見守っていたジークとイドの元へ行く。
「2人とも、あの時は色々ありがとうな」
「お帰り、アルカ」
「待ちくたびれたよ、兄ちゃん」
「何だ、その兄ちゃんってのは」
「俺とアルカの秘密ーっ。いいだろー、へへーっ」
ジークが拳骨を繰り出したが、イドはさっとアルカの背中に隠れてベロベロバーをした。
「ジーク、レグルスのこと面倒見てくれて、ありがとうな」
「別に。局長があんまり情けねーから、手出しただけ」
照れ隠しにぶすくれたジークが席に戻って仕事を再開したのに倣い、他の室員も漸く落ち着きを取り戻し机に戻る。
「あーっ、これで俺たちもデスマから解放される~。アルカさんが居れば鬼に金棒っすよ~!」
調子良く鼻歌を歌って、椅子の背もたれに伸びたウルクに微笑む。
「いや、俺の復帰は再来月からだよ?まだ休職中」
「え……?」
一気に室内が静寂に包まれる。
「ていうか、何で局長、一緒じゃないんですか?代表室ですか?」
何かを察したらしいジョエルが、顔を青褪めさせた。
「ああ、局長は過労でダウン中なんだ。だから、再来月まで休職させるよ」
「え……?」
更に室内がスタンピード並みの、絶望と暗闇に包まれる。
「大丈夫!代表が局長代理してくれるし、俺も1週間くらいは仕事するから。一昨年も今の人数で回してるから、大丈夫大丈夫。俺も倒れながら乗り切ったから、皆で倒れれば怖くない」
「ヒェ……」
アルカがにっこり笑うと、情報室はいつもの忙しくてやかましい日常を取り戻した。
朝、目が覚めて誰より愛しい男の胸に擦り寄る。
「あ~、疲れた~。1週間だけっていっても、久し振りの仕事でデスマとかヤバいだろ」
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だがそろそろ起きる頃合いだろう。精霊の勘とでも言うのか、とにかく分かる。
間もなく、愛しい番が目を覚ます。
ほら、緩んだ唇がむにゃと動いた。
1番の特等席で大好きな、美しいエメラルドが花ひらく様を見守る。
「レグ、レグルス、局長、仔竜ちゃん、旦那様、ダーリン、ハニー、スイート、……レグルス」
ふわっと開いた目が柔らかく微笑む。
「……アルカ」
「おはよう、レグルス」
ちゅっと唇に口付けると、レグルスはふにゃふにゃと幸せそうに笑った。
「君にキスしてもらえるなんて、夢みたい。……夢じゃないよね?」
「夢じゃないよ、ダーリン」
「ふふ、ね、1回だけじゃ分かんないよ。もっと夢じゃないって教えて」
甘えるように抱き締めてきたレグルスの頬を優しく撫でる。
「しょうがないな、俺の仔竜ちゃんは」
ぎゅむっと頰をつねった。
「あいたぁ!?」
一気に覚醒したのか、レグルスはショックを受けた目で仔犬のように見つめてきた。
「ほら、起きろ。今日は忙しいよ。ランスロット様のとこで入籍して、指輪買いに行って」
「ま、待って、俺、今日は仕事だよ?って、うわ、遅刻だ……!」
自分で言って慌てたレグルスが、アルカを抱いたまま飛び起きた。
「ふふ、お前、あれから1週間寝たままだったぞ」
「……、え?……嘘!?」
さあっと顔を青褪めさせたレグルスに吹き出す。
「大丈夫。お前のことも再来月まで休職にしてきたから!」
「えぇ!?今デスマ中だよ?……何がどうなって……?」
「どうもこうもないだろ。俺たち新婚なんだから」
「……はい、新婚です……?」
「新婚なんだから、ハネムーンに行くぞ」
「!!」
「1ヶ月、やりまくろっか」
「ん゛っ、……やり、やります……」
耳元で態と卑猥に囁くと、レグルスは顔を真っ赤にして小さく返事した。
1年の間に羞恥耐性が大分下がったらしい。
顔が大人びた分、このくらい可愛いくなくては仔竜と呼べなくなってしまう。
「じゃあ、レグルス。俺と2人で旅に行こう」
立ち上がったアルカが飛び切りの笑顔で手を差し出すと、レグルスの大きくて温かい手の平が載せられた。
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執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
* ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画 です!
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです!
ヴィル×ノィユのお話です。
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけのお話を更新するかもです。
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
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