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お姉様の最愛の彼をくださいな
「アレクシア、君との婚約を破棄させてもらうよ」
婚約者のレオナルドは、全く身に覚えのない私の罪とやらをつらつらと挙げ連ねた後、そう言い放ちました。
今日は彼の十八歳の生誕パーティー。
かねてから話を進めていた結婚式の日取りが決まったので、この場にて報告する予定でした。
本来なら彼の横に並んでいるのは婚約者の私であったはずなのに……レオナルドがエスコートしてきたのは銀色のドレスの令嬢でした。
黒髪の私とは対照的なプラチナブロンドの髪を持つ彼女は、一歳年下の私の妹ガブリエラ。
「そして、アレクシアの妹であるガブリエラ・カストネルを新たな婚約者とする」
注目が集まるなか、レオナルドに寄り添っていたガブリエラが顔を上げ、見る者全てを魅了する微笑みを浮かべた。
――ああ、またなのね。ガブリエラ。
二日前――
あれはレオナルドに屋敷まで送ってもらった日の夜のこと。ガブリエラは私の部屋に入ってくるなりこう言いました。
「ねぇ、アリーお姉様。今日お庭でレオナルド様とキスを交わしていたでしょう?」
「やだ……見ていたのね」
「初めてのキスはどうでしたの。レオナルド様はお姉様にどんな風に唇を重ねたのかしら」
「そんなこと聞かないで。恥ずかし――」
言葉を遮るようにガブリエラが私の唇に触れた。繊細な細い指が、唇の形を確かめるようになぞっていく。
「教えてください」
くすぐったくて身を引いた私を逃すまいとガブリエラが顔を寄せてくる。
ガブリエラは毎日顔を合わせている同性の私でも見とれてしまうほどの完璧な美貌の持ち主なのです。
薄く開かれた綺麗な唇に思わず視線を奪われる。
「そ、そうね。彼はとっても優しくて……夢みたいな時間だったわ」
「お姉様はレオナルド様を愛しているのですね。羨ましいです。私にもキスの思い出をくださらない?」
「っ」
艶めいた唇が近付いてきて、唇に柔らかいものが触れる。
目の前で伏せられている金色のまつ毛……妹にキスされているのだと理解するのに時間がかかりました。
「ん……」
私の後頭部に手を回し、支えながら角度を変えて何度も重ねられる唇。
それは今日に婚約者がしてくれたキスと同じ流れだったけれど、ガブリエラの薄い唇はマシュマロみたいに甘くてふわふわしている。
このまま溶けてなくなってしまうんじゃないかと思うほど柔らかな唇が、私の下唇をそっと食んだ。
「……っ」
現実味のない時間に身を任せていたら、突然唇に鋭い痛みが走りました。
慌てて引き剥がしたガブリエラの唇は赤く染まっています。
……私の血です。じんじん痛む唇から出血しているのでしょう。
「ふふ。キスって素敵ですね」
ガブリエラは頬を赤らめ、唇に付いた私の血を嬉しそうに舐め取ってみせた。
甘いお菓子を頬張った時に見せるような無邪気で幸福に満ちたその微笑みにぞっとします。
「お願いがあるのです」
――嫌な予感がした。
レオナルドはキスの後、私の唇を優しく撫でながら愛してると囁いてくれた。
同じようにガブリエラが私の唇に指を触れさせれば彼女の指先は血で濡れる。
「お姉様の婚約者を私に譲ってくださらない?」
どくん、と心臓が嫌な跳ね方をする。
この言葉を聞くのはこれで三回目になります。
「な、何を言っているの。ガブリエラにはもう素敵な婚約者がいるじゃない」
「ええ。彼とは円満に婚約を解消します。私がお願いしたらきっと了承してくださいますわ」
「レオナルドは伯爵家の次男なのよ? ガブリエラは侯爵家に嫁ぐべきだわ。そ、それにあなたは以前にもそうやって……!」
ガブリエラの現婚約者は候爵家の嫡男で、美貌の令息と呼ばれている。
恐れ多くも公爵家のご子息との婚約を解消し、新たに婚約を結んだのです。
そして、元はどちらのご子息も伯爵家の長女である私――アレクシア・カストネルの婚約者でした。
「駄目なのですか? いつもは快く譲ってくださるでしょう?」
小首を傾げるガブリエラは愛らしい。
ぬいぐるみ、本、リボン、ドレス、アクセサリー、幼い頃からガブリエラは私の物を何でも欲しがった。
物ならいいのです。可愛い妹が喜んでくれるなら私はいくらでも我慢できた。
でも……ガブリエラは私が本当に大切にしている存在までも奪い取っていく。
――その小鳥お姉様に懐いているのね。とっても可愛らしいわ。私にくださいな。
――お姉様付きの侍女のソフィーはお話が面白いのね。ソフィーと話してる時のお姉様楽しそう。今日から私の侍女にしてくださいな。
――ご学友のマリーザ様と親しいのですね。彼女はお姉様のことが本当に大好きなのね。私にくださいな。
可愛がっていた小鳥はガブリエラが外に逃してしまったし、私の理解者だったソフィーもマリーザも離れていき、今では目も合わせてくれない。
それどころか彼女らの虚偽の証言で私は二度も婚約を破棄されることになり、家でも学園でも社交界でも居場所がないのです。
「侯爵家との縁談を袖にしようだなんてお父様も認めてくださらないわ」
「まあ、怖い。意地悪しないでください。お姉様」
「意地悪だなんて……た、ただ、家同士の結びつきを固めるための婚姻をそんな簡単に解消するのはどうなのかしら」
心臓がばくばくと音を立てている。
幼馴染みのレオナルドは、学園で遠巻きにされている私の唯一の味方でした。
ずっと前から想っていたとプロポーズまでしてくれた、私の初恋の人。
彼だけは失いたくない。
「ガブリエラは華やかなドレスや宝石が好きでしょう? 今の婚約者である侯爵家の領地は広いですし、裕福です。侯爵家に嫁いだ方が幸せになれるはずよ」
ガブリエラは私の切実な思いを見透かしたように美しい碧の瞳を細めた。
「いいえ。レオナルド様がいいの。お姉様の愛している人が欲しい――お姉様の最愛の彼を私にくださいな」
ガブリエラは絶望に震える私の唇を舐めてから、また唇を重ねてきた。
恐ろしく残酷な天使の微笑みと鉄の味によってロマンティックだった初めてのキスの思い出が黒く塗り潰されていく。
――お姉様、くださいな。
ガブリエラがそう微笑んだら私は諦めなくてはならないのです。
ガブリエラに手に入れられないものはない。みんな一瞬で彼女の虜になる。
そういう運命だとわかっていても、信じていたかった。
レオナルドだけは私から離れないでいてくれると――
婚約者のレオナルドは、全く身に覚えのない私の罪とやらをつらつらと挙げ連ねた後、そう言い放ちました。
今日は彼の十八歳の生誕パーティー。
かねてから話を進めていた結婚式の日取りが決まったので、この場にて報告する予定でした。
本来なら彼の横に並んでいるのは婚約者の私であったはずなのに……レオナルドがエスコートしてきたのは銀色のドレスの令嬢でした。
黒髪の私とは対照的なプラチナブロンドの髪を持つ彼女は、一歳年下の私の妹ガブリエラ。
「そして、アレクシアの妹であるガブリエラ・カストネルを新たな婚約者とする」
注目が集まるなか、レオナルドに寄り添っていたガブリエラが顔を上げ、見る者全てを魅了する微笑みを浮かべた。
――ああ、またなのね。ガブリエラ。
二日前――
あれはレオナルドに屋敷まで送ってもらった日の夜のこと。ガブリエラは私の部屋に入ってくるなりこう言いました。
「ねぇ、アリーお姉様。今日お庭でレオナルド様とキスを交わしていたでしょう?」
「やだ……見ていたのね」
「初めてのキスはどうでしたの。レオナルド様はお姉様にどんな風に唇を重ねたのかしら」
「そんなこと聞かないで。恥ずかし――」
言葉を遮るようにガブリエラが私の唇に触れた。繊細な細い指が、唇の形を確かめるようになぞっていく。
「教えてください」
くすぐったくて身を引いた私を逃すまいとガブリエラが顔を寄せてくる。
ガブリエラは毎日顔を合わせている同性の私でも見とれてしまうほどの完璧な美貌の持ち主なのです。
薄く開かれた綺麗な唇に思わず視線を奪われる。
「そ、そうね。彼はとっても優しくて……夢みたいな時間だったわ」
「お姉様はレオナルド様を愛しているのですね。羨ましいです。私にもキスの思い出をくださらない?」
「っ」
艶めいた唇が近付いてきて、唇に柔らかいものが触れる。
目の前で伏せられている金色のまつ毛……妹にキスされているのだと理解するのに時間がかかりました。
「ん……」
私の後頭部に手を回し、支えながら角度を変えて何度も重ねられる唇。
それは今日に婚約者がしてくれたキスと同じ流れだったけれど、ガブリエラの薄い唇はマシュマロみたいに甘くてふわふわしている。
このまま溶けてなくなってしまうんじゃないかと思うほど柔らかな唇が、私の下唇をそっと食んだ。
「……っ」
現実味のない時間に身を任せていたら、突然唇に鋭い痛みが走りました。
慌てて引き剥がしたガブリエラの唇は赤く染まっています。
……私の血です。じんじん痛む唇から出血しているのでしょう。
「ふふ。キスって素敵ですね」
ガブリエラは頬を赤らめ、唇に付いた私の血を嬉しそうに舐め取ってみせた。
甘いお菓子を頬張った時に見せるような無邪気で幸福に満ちたその微笑みにぞっとします。
「お願いがあるのです」
――嫌な予感がした。
レオナルドはキスの後、私の唇を優しく撫でながら愛してると囁いてくれた。
同じようにガブリエラが私の唇に指を触れさせれば彼女の指先は血で濡れる。
「お姉様の婚約者を私に譲ってくださらない?」
どくん、と心臓が嫌な跳ね方をする。
この言葉を聞くのはこれで三回目になります。
「な、何を言っているの。ガブリエラにはもう素敵な婚約者がいるじゃない」
「ええ。彼とは円満に婚約を解消します。私がお願いしたらきっと了承してくださいますわ」
「レオナルドは伯爵家の次男なのよ? ガブリエラは侯爵家に嫁ぐべきだわ。そ、それにあなたは以前にもそうやって……!」
ガブリエラの現婚約者は候爵家の嫡男で、美貌の令息と呼ばれている。
恐れ多くも公爵家のご子息との婚約を解消し、新たに婚約を結んだのです。
そして、元はどちらのご子息も伯爵家の長女である私――アレクシア・カストネルの婚約者でした。
「駄目なのですか? いつもは快く譲ってくださるでしょう?」
小首を傾げるガブリエラは愛らしい。
ぬいぐるみ、本、リボン、ドレス、アクセサリー、幼い頃からガブリエラは私の物を何でも欲しがった。
物ならいいのです。可愛い妹が喜んでくれるなら私はいくらでも我慢できた。
でも……ガブリエラは私が本当に大切にしている存在までも奪い取っていく。
――その小鳥お姉様に懐いているのね。とっても可愛らしいわ。私にくださいな。
――お姉様付きの侍女のソフィーはお話が面白いのね。ソフィーと話してる時のお姉様楽しそう。今日から私の侍女にしてくださいな。
――ご学友のマリーザ様と親しいのですね。彼女はお姉様のことが本当に大好きなのね。私にくださいな。
可愛がっていた小鳥はガブリエラが外に逃してしまったし、私の理解者だったソフィーもマリーザも離れていき、今では目も合わせてくれない。
それどころか彼女らの虚偽の証言で私は二度も婚約を破棄されることになり、家でも学園でも社交界でも居場所がないのです。
「侯爵家との縁談を袖にしようだなんてお父様も認めてくださらないわ」
「まあ、怖い。意地悪しないでください。お姉様」
「意地悪だなんて……た、ただ、家同士の結びつきを固めるための婚姻をそんな簡単に解消するのはどうなのかしら」
心臓がばくばくと音を立てている。
幼馴染みのレオナルドは、学園で遠巻きにされている私の唯一の味方でした。
ずっと前から想っていたとプロポーズまでしてくれた、私の初恋の人。
彼だけは失いたくない。
「ガブリエラは華やかなドレスや宝石が好きでしょう? 今の婚約者である侯爵家の領地は広いですし、裕福です。侯爵家に嫁いだ方が幸せになれるはずよ」
ガブリエラは私の切実な思いを見透かしたように美しい碧の瞳を細めた。
「いいえ。レオナルド様がいいの。お姉様の愛している人が欲しい――お姉様の最愛の彼を私にくださいな」
ガブリエラは絶望に震える私の唇を舐めてから、また唇を重ねてきた。
恐ろしく残酷な天使の微笑みと鉄の味によってロマンティックだった初めてのキスの思い出が黒く塗り潰されていく。
――お姉様、くださいな。
ガブリエラがそう微笑んだら私は諦めなくてはならないのです。
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