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王立学院の日常

女学生の溜息

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「スー、お疲れ様。」

「お疲れ様。」

軽く背伸びするスーにセシアが歩み寄る。

「今週も館に戻るの?」

「そのつもり。」

夏の長期休暇が終わってから、スーは週末の休みには王都のフィッツ男爵邸に戻るようになった。
それまでは優秀な代官アラヤに丸投げだったが、少しずつではあるが領地経営の実務に参加するようになった。

「今更だけど、学院との両立なんて大変じゃないの?」

「まぁ、それは…
 男爵としては領地経営が本分だけど、学生としては勉学が本分なのよね…」

王立学院は貴族が通うだけあって、そういった面への理解は深い。
貴族家当主が王国で重要な役職にある場合も多い。
その子が名代として王族に謁見する責務と、学生として授業を受ける責務とでは、天秤にかけるまでもない。

とはいえ、さすがに貴族の当代が王立学院に通うなど前代未聞。
教員の間でも議論が重ねられ、経営学などは領地経営の実務で試験免除とすることとした。

「ファント教官のレポートはどうするの?」

「免除申請、するしかないと思う。
 勿体ないけど。」

ファント教官の課題はレポートが中心だ。
おまけに評価基準は甘めなので、図書館に半日こもれば高得点を出してくれる。
貴族当代のスーは免除申請が許されるが、それだと評価は及第最低点。

「学院を優秀な成績で卒業できれば、無条件で文官の推薦枠が得られるのになぁ…」

「推薦枠って、トップ10に入るレベルでしょ。
 私たちには無縁よ。」

セシアがため息をつく。
どちらも成績は平均より下、先日は王国概論の成績が散々で揃って嫌味な教官に絞られた。
文官を目指すなら最低でも王国概論と地政学と統計学くらいは優秀な成績でないと採用試験をパスできない。

「セシアは図書館で資料探し?」

「そうも言っていられないのよ。
 他の授業の課題もあわせて大急ぎで仕上げたら、王都の邸宅に戻らないといけないの。
 ほら、建国祭も近いでしょう。
 そのドレスの仕上げなの。」

夏の暑さが過ぎると貴族界は一気に社交シーズンに突入する。
大小様々なパーティや催しが開かれ、子女のデビュタントもこの時期が多い。
そして、貴族界だけでなく王国全体で祝われる建国祭。
その名の通り建国を記念する王国最大級の祭りで、当然貴族界も盛り上がる。
子爵や男爵といった下級貴族にとっては、普段はお目通りすら許されない王族との貴重な交流機会だ。

それはもう気合も入る。

「セシアは婚約の挨拶もあるでしょうけど…
 正直、私は行きたくないなぁ。」

「何を言っているの。
 国を最前線で守る責務のある辺境伯家以外は、欠席なんて許されないでしょ。」

「そうなんだけど。
 国王陛下と何を話せというのよ。」

フィッツ男爵家は先代夫妻が保険金目当てにスーを殺そうとした。
普通なら御家断絶となるべきところ、何故か家督相続を許されている状況だ。
気まずさしか無い。

(陛下だってお会いになりたくないだろうなぁ…)

吸血鬼アーシュという存在があるが、それはセシアには説明できない。

「そろそろ馬車が来ると思うわ。
 それじゃあ、また来週。」

全寮制の王立学院は当然に規律も厳しい。
課題の免除申請や外泊申請を済ませると既に馬車は到着していて、そのままスーは飛び乗ることとなった。
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