どうしてこうなった 第2章もしくは幕間 ~婚約破棄された公爵令嬢の凱旋~

レイちゃん

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王都の日常

王都の画廊 6

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(あ~、もう帰りたい…)

5分もしないうちにアラスタは面倒になってきた。
既に番頭の失態は店中に伝わっているらしい。
先ほど、お通夜みたいな雰囲気の応接室に紅茶のお代わりを持ってきた店員は涙目で、手が震えていた。

自身も男爵位を持つ次席公爵家の長女に、とてつもない無礼を働いたのだ。
セージ公爵といえば、王国文化界の重鎮だ。
その不興を買えば、多くの貴族客を失うことになる。
王家御用達の看板も失うだろう。
少なくとも、この王都で店が存続できるとは思えない。

(私を見くびって、最初に高価な絵を売ろうとした…それは仕方ないな。
 普通、貴族がお供もつけず、こんな格好で来るなんて想像できん。)

それはいい。

しかし、所有している奴隷に適正価格の10倍以上の高額を提示したこと。
貴族家が振り出した小切手の真偽を疑い、おまけに銀行員を呼びつけ、目の前で確認したこと。
この二つは頂けない。

疑義があるなら、銀行の店舗か持ち主の貴族家へ出向くべきだった。
もし王族相手なら、不敬罪で一発で首が飛ぶレベルだ。
比喩的な意味では無く、現実に。

(まぁ貴族が奴隷を、それも亜人の奴隷を買うなんて想像もしないわね。
 それにしても、存外私のことって市中で知られていないのか…?)

貴族社会を震撼させた、第一王子との婚約破棄だ。
ここの店主は父上殿とはゴルフ仲間だし、アラスタとも面識があるので当然知っているだろうが。

「あの、この度は大変なご無礼を…」


「あなたは同じ事ばかり繰り返して、オウムですか?
 私はお屋敷に戻れば、侍女長を通じて御当主様にこの件をご報告申し上げる義務があります。
 面白い言い訳があるなら、お聞かせ頂ければありがたいのですが。
 もしかして、私を伝書鳩と勘違いしていませんか?」


そして、侍女は激怒していた。
怒鳴らないだけ始末に悪い。
無理もない。
アラスタが生まれたのと同時に、身の回りの世話を命ぜられた侍女だ。
それはもう我が子のごとくアラスタを愛してくれた。

ベガドリア行きを命じられた時
『私もベガドリアに行きます!お嬢様の盾となって私も死にます!』
と泣き叫んだ数人のうちの一人だ。

正直、少し重い。

(あなた新婚でしょ…庭師の彼とは本当に上手くやっているのかしら…)

アラスタがセージ公爵家を離れ、彼女は配置替えとなり。
昨日はそちらの仕事のため、アラスタには同行できなかった。
なので翌日、無理やりに休みをねじ込み、意気揚々と同行してみれば。

(そりゃ怒るわなぁ…
 でもまぁ、正直こちらに手打ちする理由もないしなぁ…
 私だけでなく、公爵家と、公爵家で働く全員への侮辱だからなぁ…
 下手に手打ちにすると、妙な前例を作ってしまうし。)

これが貴族社会でのやり取りなら、徹底的に計算し最善の結果を奪いにいく。
しかし今日は、最初から絶対的の格差がある。
これでは弱い者いじめだ。

その時ドアがノックされ、デューイが戻ってきた。

「お待たせしました、男爵様。
 間違いがないか念のためご確認ください。」

「ありがとう、デューイ。」

台車に載せられた絵画を、リストと突き合わせていく。

「あの、よろしければ…そちらの絵画は全てご贈呈を…」

「これを無料で渡したら、作家の取り分は誰が負担するの?
 不愉快だから、少し黙っててくれる?」

アラスタの言葉に、いよいよ彼らの冷汗が止まらなくなる。
挽回しようとすればするだけ、どんどん墓穴が深くなる。

「間違いないわ、正確な仕事ね…」

その時、アラスタの脳裏に妙案が浮かんだ。

「ねぇ、デューイ!
 あなた、私と昨日話した作家の名前は全て覚えているわよね!?」

「は、はい。
 もちろんです。」

アラスタは死刑執行前の罪人みたいな顔になっている二人の方を向き。

「その作家の、詳しい情報を教えて。
 住所から家族構成、性格や好み、今まで描いた作品まで、知りうる限り。
 そうすれば解雇だけは思いとどまるよう、この場で一筆書きましょう。」

「よろしいのですか、お嬢様?」

生ぬるいと言わんばかりの侍女に。

「公爵家の当主ならまだしも、公爵令嬢や男爵にこんな大規模商家どうにかできるわけがないでしょう。
 それに、今日も夕方まで一緒にゴルフしているここの店主を、父上殿がどうにかするとでも?
 まぁ何人かは職を失うかもしれないところだったけれど…」

アラスタは、自分を茫然と見上げる二人に、ニヤリと笑い。

「デューイのおかげで、あなたたちの首は皮一枚でつながったわよ。
 さぁ!私の機嫌がいいうちに、全身全霊全速力で最高の仕事をしなさい!
 明日からもこのお店で仕事したいなら!
 はい、ダッシュ!」
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