メクレロ!

ふしかのとう

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第一章 私立ロクラーン魔法学校

第9話

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 ーーあっ、おはようございます、奇遇ですね、えへへ、でも今日は学校はお休みなんじゃ、えっ?お散歩なら、あの、公園とか、一緒にどうですか?デビイも、あ、いや、その、デビイが喜ぶので、はいっ!やった!えへへ、え?あわわ、いえ、その、やったねデビイ!ってことでして、いえ、まぁ、その、私も嬉しいデスケド……。



 「今晩はシチューを食べたいと思います。ナイフの要らないデカい肉の入った、高級なのをひとつ宜しく。あとはじゃが芋とパンを付けてくれ。」

 「シチューは、まぁ仕方ない。だが高級とはなんだ?」

 「滅茶苦茶可愛かったじゃんかよ。お前まじでなんなの?俺がお前ん家出たの、8時になる30分前だぞ?その時には立ってたからな?通りがかるどころか、あれ普通に待ってたぞ?この寒い中。健気過ぎる。有り得ん、まじで有り得ん。そしてあのカワイコちゃんを無視してあのデカい犬に話し掛けるとか、お前…そうか、それが成功の秘訣だったんだな?犬に話し掛ける時点で充分に変態だが、カワイコちゃんを無視することで逆に変態じゃないという、それが授業でやってたギャップか?」

 「ギャップじゃないだろ。そしてシン、まぁ落ち着け。」

 「俺から言えることはただ一つ。悪い事は言わない。あの子と付き合え。好きになるのは後からでも良い。どうせ好きになる。見合い結婚だって上手くいってる夫婦も居る。子供は3人作ると良い。」

 「加速してるぞ。落ち着け。どうどう。」

 「馬じゃないよ!てか、お前よく冷静で居られるな!?あんな可愛い子、お知り合いになるだけでも奇跡なのに、お尻合い出来る可能性もあるじゃねぇか!クソッタレおめでとう!」

 「確かにブルゼットちゃんは凄く可愛いけど、もっと好みな人を知ってるというか…。」

 デビイの飼い主の子の名はブルゼットちゃん。

 「この際人妻は忘れろ。良いか?お前が誰を好きであろうとも、とにかくあの子と付き合ってみろよ。向こうにその気が無いなんてことは、もう無いだろう。こちらに気持ちが無いから失礼だとか思う事もない。好きな子の名前が顔に書いてある訳じゃないから、バレることもない。好きな振りをして、嘘でも好き好き言ってりゃ、あんなに可愛くて健気な子だ、気付いたら嘘がホントになってるだろうよ。」

 「いやしかしだな…。」

 「まだ何かあるのか!?タキ、お前、あの子の何が不満なんだ!?可愛くて、健気で、俺が独りもんならあんな子、飛び付くわ。飛んだ距離と速度が世界新だわ。」

 「16。」

 「なぬ?ジウロク?」

 「そう、ジウロク歳だそうだ。そんな子を、好きな振りして付き合って良い訳ないだろ?そんな子のおっぱい触って良い訳ないだろ?」

 「ジウロクおっぱいはいかん。いかんが、触りさえしなければ付き合っても良いだろ。」

 「貴様、当初の目的を失念したか?おっぱいありきのお付き合いを頑張るんじゃないのか?」

 「ぐぬぬ、それを言われると辛い。辛いが、辛いがしかし、余りにも勿体なくないか?」

 「勿体ない。だがそれよりも、俺に勿体ない。」



 ーー何が勿体ないんだ?タキさん飲んでるか?今日は食べ放題飲み放題だから、時間まで目一杯食べて飲んで、楽しく過ごそうぜ!……。


 カンジが話し掛けてきた。幹事だからカンジ。俺は43歳人妻である博士を好きだからなんか年上っぽい、ってんでタキさん。同い年なんだけど。


 ーーえ?タキさんに彼女?でもタキさんはミック博士じゃないの?ああそういう、マッチがタキさんの彼女作るって勝手に燃えてる感じ?……。


 マッチだけに?とは心の中だけで突っ込んでおいた。

 シンは、クラスの煙草吸うやつに火点けてやったからマッチだ。他にも、ジミーって名前の癖に騒がしいからハデーとか、入学と同時に振られたフラレとか、皆それぞれ色んなあだ名を付けて呼び合うことになった。今日からだけど。懇親会に何したら良いか解らんということで、とりあえずあだ名を付けたのだ。確かにこれだけで仲良くなった気がするから不思議。


 ーーまぁ俺もタキさんがちょっと心配というか、何もわざわざそんな難しいところを、あ、マッチがもう言った?だよねぇ、今好きなのはしょうがないけど、他にも女の子はいるよ、で、何?マッチが女の子紹介するとか?あ、良い感じの子がもう居るの?どんな子どんな子?可愛いんだ、へぇ、髪ふわふわ?良いじゃん、え?犬の?ああ、それ多分、いや多分じゃなく妹……。


 世間が狭過ぎる。カンジの妹かよ。まぁカンジもまぁまぁイケメンなんで、あんな可愛い妹がいても不思議じゃないといえば不思議じゃないんだけど、いやまさかのカンジの妹かよ。妹攻略について話してたから気まずくってしょうがない。

 …とはいえ、妹はお前にはやらん!とか言ってくれたら良いんだけど。


 ーー今朝あいつ、俺が起きた時にはもう着替えもばっちりでさ、なんかそわそわしてたんだよ、まぁでもどっか出掛けるのかと思ってさ、そんならデビイ、うちの犬ね、その散歩を代わろうかと思って聞いたらダメ!とか凄い剣幕で言うからびっくりしちゃってさ、なんか変なもんでも食べたのかと思ってたけど、そういうことだったのね、はーん、へーん、ふーん……。


 「はーん、へーん、ほーん。」

 「シンうるさい。」

 「本気で照れるタキを見るのは珍しいので、もう少し堪能させて欲しい。」

 今日のところは分が悪いから勘弁してやるけど、いつか絶対仕返ししてやる。絶対だ。絶対だぞ。


 ーーははっ、確かに珍しいのかも、タキさんてなんか落ち着いてるもんね、マッチと比べたら、ははっ、まぁさ、タキさんさえ良ければ、ウチの妹で良かったらさ、ミック博士以外にも目を向けてみて欲しいな、不束な妹だけどさ、身内贔屓じゃないけど良い子だと思うんだ、え?全然構わないし良いと思うけど?知り合ってすぐだけどさ、タキさんなら俺は良いってなんとなく思うし、にしたって最後のところはあいつが決めるんだし、変な話相手が誰でも俺がとやかく言う事じゃない、そりゃあいつはまだ16で、兄からすればまだまだ子供だけどさ、女の子なんて早いもんだから、あっと言う間に大人さ、うん、それにね、ブルゼットはあんなだけど、結構気が強いから、例えタキさんに好きな人がいても、絶対私を好きにさせるから大丈夫!とか言うぜ?ははっ、まぁ付き合うにせよ振るにせよ、よろしく頼むよ……。






 「カンジはホント、良いやつだな。」

 手頃な値段でも、ナイフを使わなくても食べられるシチューを食べながら、シンが言う。

 「まったくだ。良い兄でもあるな。」

 「そして、その良い兄によろしくされたタキのこれからの動向が気になるところです。」

 「いや、お前なんかに妹はやらん!て言われた方が良かったわ。」

 「他人事だから言うけど、良い気味だわ。ま、付き合う云々は置いといて、様子見てみなよ。また明々後日なんだろ?」

 「うん。だけどそのうち偶にお父さんが風邪ひいたりお腹壊したりするからその代わりも散歩するそうだ。」

 「ぐいぐい来るな。そして、お父さんがひどいことになってる。」

 「色んな意味でお父さんに申し訳ない。」

 「まだ手を出した訳じゃないから良いだろ。」

 「まだ、ね。手を出そうかっていう議題のシチューだろうが。」

 「そうなんだけど、シチューはもう食べたし、俺に出来ることは無いわ。これ以上はお前とカンジで話し合いなよ。」

 「いやそこはカンジじゃないだろ。ブルゼットちゃんと話すわ。ま、可愛い子と喋るのは、恋愛云々抜きにしても楽しいからな。デビイもいるし。あいつ、見た目恰好良いんだけど、走って捕まえて顔の周りわしゃわしゃしてやると滅茶苦茶喜ぶから可愛いのよ。ブルゼットちゃんにもやったら顔真っ赤にして怒られたけど。」

 「お前まじでなんなの?」

 「お前もわしゃわしゃしてやろうか?」

 「犬、ジウロクに続いて俺まで落とすつもりか、この鬼畜め…俺は絶対アンタなんかに落とされないんだからね!」








 シンと別れて一人になるとすぐに、博士は今何をしてるのかと頭に浮かび、旦那さんと一緒にいて笑っているかもしれないと思うと、心臓がきゅっとして、頭を開けて木の棒で脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜたくなる。こんな気持ちがこれから毎週2日間続くとなると、大丈夫かと不安になる。大丈夫じゃなかったら、かき混ぜた脳味噌が鼻から垂れてくるんだろうか?そうなると困るから鼻にコルク栓でも詰めておこうか。でもそれで外歩いてたら変な人だって思われちゃう。

 そうか…シンやカンジが心配って言ってたのはこういうことか。あいつら、こうなることを解ってたんだ。みんな、こんなこと、解ってるんだな。だからカンジは、妹を使ってでも引き上げようとしてくれてるんだ。解ってたから。
 いや、きっと俺も解ってたんだ。だけど、見えなくなっちゃってたんだ博士のせいで。博士が可愛いせいで目が潰れちゃったんだ。博士のせいで…。




 ・・・・・。




 ガチャ。

 「コンコン。おはようござい…まっすぅ!?」

 「おはよ…どうしたの?」


 …ふむ。

 昨日の朝目が覚めて起きてから、風呂屋に行っても、トイレに行っても、本を開いても、布団に入っても、何をしていてもやっぱり思い浮かぶ博士は時間と共にどんどん美化されていって、この調子なら実際に会ったら実はそうでもなかったということで多少は頭が冷えるだろうと、そう…思っていた。

 
 「その、髪型が…。」

 「これ?書く時邪魔だから。」


 頭の後ろでひとつに纏められて結ばれて作られた金色のしっぽが揺れる様は、一言で表すと、堪らん。目の前で猫じゃらしを振られた猫が強制的に興奮させられるように、俺も強制的に落とされる。首筋やうなじが見えるだけで、こんなにも景色が変わるものだろうか。

 可愛いに単位を付けるとしたら、ミックだろう。そして、博士の100ミックが上限と定められる筈。なのに、なのに目の前の博士は120ミックを叩き出している。馬鹿な!?まさか、計器が壊れたのか?

 馬鹿なのも壊れてるのも俺だ。

 しかし、まずい…このままだと、本当に恋殺されてしまう…。


 「…博士。落ち着いて聞いて下さい。ちょっと話があります。」

 「はい?良いけど…。」

 首をかしげると、しっぽが揺れるだろうが!

 「まずは、現状の確認を。ミック博士は結婚をしている。俺はミック博士が好き。これは合ってますね?」

 「…まぁ、そういうことで良いでしょう。」

 「では次に。俺は可愛いミック博士が好き。だけど可愛いミック博士は俺の気持ちに応えるつもりは無い。」

 「…ええまぁ。応えるつもりはありません。」

 「で、ですよ?俺の大好きな可愛いミック博士は…。」

 「ちょっと!なんか恥ずかしくなってくるじゃない!普通にミック博士、で良いでしょ!?」

 「落ち着いて聞いて下さいって言いましたよ?」

 「くっ…確かに言ったけど…。」

 「続けますよ?俺の大好きな可愛いミック博士は俺に、俺の大好きな可愛いミック博士以外の恋人を作った方が良いと思ってる。そうですね?」

 「…ええまぁ。」

 「とはいえ、ですよ?そうなると、俺の好みのタイプがミック博士であるのに、博士以上に可愛いという世の中に存在しない人を探さなきゃならない訳です。普通に考えたら、それがどれだけ現実的じゃないかということは解る筈です。」

 「…他にも可愛い子なんていくらでもいるよ?」

 「博士以上に可愛い人が?いませんよ。」

 「います。可愛い子はいっぱいいるよ?タキ君がまだ出会ってないだけで…。」

 「そんな訳で、考えてみたんですが…。」

 「スルーされるとは。」

 「…俺だって可愛い子がいるのは知ってますが、俺は博士がタイプなんで。博士以上の博士を探すのはちょっと無理でしょう?しっかりして下さい。」

 「なんで私が怒られるのよ?」

 「で、考えてみたのですが。」

 「…ええ。」

 「博士以上に可愛い女の子はいない。だけど少しでも博士の可愛いところを減らせば、他の女の子に目を向ける気になるんじゃないかと思いまして。」

 「…ふぅん。」

 「ですので、協力して貰えませんか?」

 「…ふぅん。ま、良いわ。そういうことならやりましょう、やってあげましょうとも。それじゃ、どうすれば良いの?」

 「差し当たってですが、その髪型は、最も可愛い筈のミック博士を過去にした、凶悪なものなのでやめて頂きたい。」

 「ふふっ、それなら簡単ね。よい…しょっと。はい、これで良いのね?」

 「何を安心してるんですか?100点満点中120点取ってたのが100点になっただけで、平均点50点まではまだまだ可愛過ぎるんですからね!?」

 「ご、ごめんなさい…。」

 「まったく、自覚が足りないんだから…で、なんかありませんか?可愛さを減らす良い方法。」

 「うーん、そう言われても…そうだ!眼鏡なんかどうかしら?私持ってるんだけど、あんまり可愛いのじゃなくて…っと、ほら!」

 机から眼鏡を取り出して、装着してどや顔の博士。

 「何やってるんですか?」

 「え?やっぱり変かな?」

 「だ・れ・が!美人度を足せと言いましたか?変かな?じゃないですよ!ついでにどや顔が可愛いから115点で失格です。」

 「はぁ…もうどうすれば良いのよ?」

 「何しても可愛いから…よし。こうなったら最後の手段ですが。」

 「何かあるの?」

 「出来ればこの手は使いたくなかったのですが。」

 「まぁでも協力するって言っちゃったからにはやるわよ。どうすれば良いの?」

 「すみません、俺の為に…それじゃ、ちょっと上向いて目を瞑って下さい。」

 「ん…こう?」


 …やらかした。これ完全に…。


 「な、なんかキスするみたいですねあはは…。」

 「んなっ!?ちょっ、キ、キスぅ?ダメダメ、ダメだかんね!?」

 「い、いや、しませんて!ほら、こっちも照れちゃうから早く!」

 「…ホントにキス、しないでしょうね?」

 真っ赤な顔でジト目で、可愛い。

 「大丈夫ですから!目瞑って下さい、ほら!」

 「まったくもう…それ以外なんだっていうのよ…。」

 ぶつぶつ言いながらも、博士は赤い顔でキス待機状態。俺の寿命が今日までなら迷わず行くんだが。

 …とは言え。

 俺の事を心配してくれるシンやカンジ。こんな俺に好意を見せてくれるブルゼットちゃんやデビイ。そして、協力してくれてる博士。皆の気持ちを無にしてはならない。絶対に。だから俺は博士にキスしない。しないったらしない。絶対にしない。しないぞ。しないぞ?しないったら!

 …よし。整いました。




 そっと近付く。まつ毛長いな可愛いな…と思ったところでぱちりと目が開いた。青い目がホントに綺麗。

 「ちょっ!?やっぱりキスするんじゃ…ナニソレ?」

 「あっダメですって、まだ…ん?見ての通りですけど?」

 「見ての通り…って、私のペンに見えるけど?」

 「ペンですけど。」

 「…それで一体何をしようとしてるのかしら?」

 「ヒゲを書こうかと。」

 「あら?そうだったの?うふふ…。」

 「あはは…あ、キスじゃなくて残念でしたか?なんちゃってあはは…それじゃ続きを…。」


 ばちーん。


 「いたい。そしてひどい。」

 「どこにヒゲ書かせる女の子がいるのよ!そんなことするならもう協力なんてしないからね!」

 「つまり、俺に好きで居続けろと?そんな!?こんなことならやっぱりキスしときゃ良かった!」

 「冗談じゃないわ!なんであなたとキスしなきゃなんないのよ!」

 「じゃあヒゲは書きませんからもう一度目瞑って貰えますか!?」

 「イ!ヤ!今度こそキスするつもりでしょ!?」

 「そうですけど!?お願いします!さっきなんでもするって!」

 「しません!さ、講義始めるわよ。下らないことで遅くなっちゃったから、延長しなきゃね。たっっっぷりと。」




 …結局夜まで小難しいことを延々復唱させられ、訳の分からん文字を延々書き写しさせられた。




 そして次の日から、研究室では金色の尻尾が揺れていた。






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