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第一章 私立ロクラーン魔法学校
第10話
しおりを挟む「そろそろじゃないか?」
「ん…まだ全然早い。」
…シンのやつめ。牛肉の塊を仕込んできた、までは良い。ニンニクやら香草やら胡椒やらと共に玉ねぎの摺り下ろしたのを混ぜて漬けると柔らかくなるんだそうだ。で、一晩漬けたのをウチに持ってきてくれた。ありがたい話だ。そこまでは良い。
それから俺はあいつの指示通りにそれぞれの面を50数えて焼いた。中まで焼けてないのが若干不安だが、まぁ良かろう。美味そうな匂いには勝てぬと早速切って食べようかと思ったら、待て、と。油紙で何重にも包んだらそこらの鍋に入れて放置だそうで、今に至る。
「シン、もう駄目だ。頼むよ、俺に肉を食わせてくれよ。肉を待つのは我慢出来るけど、出来るまで肉禁止で人参齧りながらかれこれ2時間、そろそろお前の腕がソーセージに見えてきた。頼む、俺に肉を。」
「むぅ、まだちょっと早い気もするが、まぁ良いかな?大分落ち着いてきてるだろうし。」
「俺が落ち着かないよ!早くしろ!はーやーくー!」
「うるさいぼうやだな、ほら切ってやるからナイフ貸せ。」
「ほれ、急いでくれ。とりあえず一切れ食わせろ。」
「駄目だ。」
「鬼!悪魔!ヘンタイ!」
「……。」
「あああああ、聞く耳持たぬとはこういうことか!…それ花?」
「そう見えるなら良かったぜ。こうやって盛ると、良いだろ?」
「おしゃれだな。カフェの新メニュー?」
「いや、まぁそうなりそうなんだけど、まだ。これ実家の店で出してるんだよね。」
「へぇ。もう良いか?もう良いだろ?俺良い子で待ってたよ?」
「良い子なら仕方ない、良かろう。」
「ではでは…んまい。これんまい。お肉柔らかい。」
「待った甲斐あったろう?どれ、俺も…んまい。」
「これはご馳走だわ。こんなやり方知らなかったわ。凄いなコレ。んまい。でもこんなご馳走、なんか良いことでもあったの?」
「まだ予定は決まってないけど、近くリズが来るって言ってた。」
「おお、良いな。紹介してくれよ。」
「勿論そのつもりだよ。俺の品行方正なところを伝えて安心させてやってくれ。」
「まさかその為の肉か?」
「その通りだ。」
「もう既に肉は腹の中。だが俺は嘘は吐けない男…どうしよう?」
「演技ならどうだろう?」
「流石逃げ足に定評のあるシンさん、素晴らしい逃げ道です。演技なら得意だわ。」
「頼むぞ。期待している。」
「この肉を食えるなら、どんな演技でも出来そうな気がするよ。」
「演技といえば、今度の交流会、ブルゼットちゃん来るの?」
「来るって言ってたよ。」
「気まずくないのかね?兄貴がいて、お前がいて、みたいな。前にタキと俺の姉ちゃんと付き合うと気まずいって話したけど、そういう風に思うの俺だけなのかな?」
「気まずいは気まずいんだろうが、多分なんだけど、博士を見てみたいんじゃないかな?」
「博士?博士のこと話したことあるの?」
「無いけど、カンジは知ってるだろ?」
「ん?カンジがそんなこと言うかな?」
「こないだ、言っちゃった、って言いながら謝ってきたけど、言わされたんだろうな。ブルゼットの押しはなんか、強いは強いんだけど、なんだろ?言うこと聞いてやらなきゃというか…言うなよ?絶対言うなよ?」
「言わないけど、何をよ?」
「俺は多分あの子をどっかで、小さい子供みたいに思ってるんだよ。そんでそれは恐らくカンジも同じでさ。だから俺達は二人とも、ブルゼットの押しに弱い。カンジはきっと、俺のことを色々聞かれてるうちに吐いちゃったんだろうな。しょうがないよ、俺はその気持ちがよく解るようになってしまった。因みにこの、ブルゼットと呼び捨てするのも訓練させられた。俺は訓練された犬だ。」
「犬に話し掛けたばっかりに犬になっちまうとは涙が出てくるな。よし、飲め飲め…でも、なんで博士なの?」
「敵情視察か、浮気相手に一言言いに行くのか…。」
「浮気って付き合ってないだろうに。」
「そうなんだけど、浮気しちゃ駄目ですよとか言うからな。あの子の心情的には、付き合ってないけど付き合うだろうから付き合ってるみたいなものだ、っていう認識なんだろう。そこら辺が子供っぽくもあり、女の子…っていうかオンナなんだろう。もしくは、オンナノコっていう生き物か。」
「深いな。俺とリズにはそういうのは無かったから俺はそんなこと考えたことも無かったけど。」
「解らんよ?案外お前も、お前の知らぬところでリズィちゃんの掌の上で転がされてるかもよ?」
「仮にそうでも俺は別に良いわ。なんなら掌の上で自らはしゃいで転がるわ。でもお前は転がされてはいないよな。」
「どっちかっていうと博士に転がされてるんだよな。むしろこっちの方が問題だわ。」
「なんかあったの?」
「端折るのと詳細に話すのとどっちが良い?」
「お前が端折るとろくなことにならないからな。端折る方で。一口酒を飲んでからどうぞ。」
「おう…可愛いからキスしようとしたら、もっと可愛くなった。」
「もはや才能だな。全然伝わらないけど響きだけは心に残る、宣伝文句とか選挙のチラシにぴったりな才能だわ。」
「そんな訳でどうにも辛くってさ。」
「そんな訳もこんな訳も、何も解らんけど、俺が解決してやろう。」
「ブルゼットに言うとかなら俺は今から交流会が終わるまでお前を縛ってこの部屋から出さないが、まさかそんなことを俺にさせないよね?」
「まさかそんな、滅相もございません。」
「良いかシン?俺は今、自分で選んでこの状態になっているように思われるかもしれないが、実は違う。俺は今絶妙なバランスでなんとかここに立っているんだ。お前がそんな激烈なスパイスを投げ込むと事態は悪化し、俺は最悪の結末へと導かれるだろう。」
「む。お前は今どこでも選べる状況にあるのかと思っていたが。どこでもっていうか2択だし、そのひとつは先が潰れてる。違う見解があるのなら聞いてみたい。続けたまえ飲みたまえ。」
「お前も飲め…では説明する前に、現状を確認しておこうと思う。」
「それは大事だな。基本に返ることで新たに発見することもある。」
「まず、博士とその旦那さんがいます。俺がいます。ブルゼットがいます。」
「いきなり終わったじゃねぇか。博士と旦那、タキとブルゼットちゃん。収まるところに収まった、というか博士と旦那は元々収まってるし、お前とブルゼットちゃんの関係は別の話だ。博士と旦那は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、だろ。」
「外側の部分だけ見るとそうだが、中身の方に秘密が隠されている。」
「いや、充分過ぎるくらい出来上がってるだろ。」
「良いから聞け。俺はブルゼットに不満なんて、せいぜい年齢くらいなもので、それ以外はほぼ無いと言っても良いだろう。だが、それがデカい。尚且つ、俺はやっぱり博士が好きだ。」
「ブルゼットちゃんの年齢も、お前の好きな気持ちも時間が解決してくれるんじゃないの?」
「そう。だが、俺にとってブルゼットが18、19になるまでの数年というのはあまりにも長い。」
「確かにそうだが…。」
「で、だ。俺はその待ってる間に出来る、ひとつの目標を掲げた。」
「ふむ。何かね?」
「博士とキスをします。」
「俺は常々お前の事を、何か大きな事をしでかす大人物なんじゃないかと密かに思っていた。やるな、タキ!でも、駄目だろ。」
「いや、俺はやる。なんならそれ以上も虎視眈々と狙っていきたい所存だ。」
「しょぞん。いやお前、博士的にどうなんだ?それこそホントに浮気になっちまうだろうが。」
「仕方ない、これはある意味では復讐だ。」
「物騒な言葉が出てきたな。まあ飲め。そして続けろ。」
「俺も色々、博士を好きじゃなくなる方法を考えて、可愛過ぎる見た目をなんとかして貰おうと色々やって貰ったんだが、失敗した。その副産物として、俺に更なる好みが発覚した。」
「一応聞いておこう。」
「こう、長い髪を後ろで縛るとしっぽみたいになるだろ?アレ。すんげー可愛いの。びっくりしたわ。」
「ポニーテールって言うんだぞ。良いよな、活発な感じもするし。偶にリズがやっててぱたぱた遊ばせて貰ってたわ。」
「解る。あれ、遊びたくなるよな。いや髪型ひとつであんなに変わるとは思わなかったわ。」
「髪型変わると大分印象変わるよな。で、それがどうしたの?」
「可愛過ぎるからやめてくれって言ったんだよ。でもその後怒らせちゃって、次の日からずっとその髪型でさ。毎日毎日可愛くて参っちゃうよ。」
「惚気っぽく聴こえるのが逆に悲壮感出てるな。なんで怒らせたの?キスしようとしたから?」
「いや、ヒゲ書こうとしたんだ。」
「博士に?」
「博士に。」
「馬鹿なのかな?」
「ビンタされたわ。」
「そりゃお前、俺だってリズにヒゲ書いたら叩かれるわ。」
「仕方…なかったんだっ!あの完成された可愛さを崩すにはもうそれしか無いと思ったんだ!」
「ふーん。それで?」
「それ以来、俺の好きなしっぽにしてる。この際、キスしたり、手を繋いだりする前に、あの狂おしいしっぽで遊びたい。」
「ブルゼットちゃんに頼めば?即座にやってくれるぞ?」
「誰でも良いのか?見損なったぞ。」
「いやしっぽは流石に良いだろうが。おっぱいより遥かにハードルが低い。」
「何故ここでおっぱいが出てくる?」
「元々ブルゼットちゃんはおっぱいありきの話だろうが。」
「はははすまん、忘れてた。」
「まぁおっぱい忘れる程度にはちゃんとブルゼットちゃんと向き合ってるってことだな。最近はどんな感じなの?進展とかは?」
「進展は特に無いよ。今のところ朝の散歩だけだからな。」
「なんだかんだ16歳らしいというか、可愛らしいお付き合いだな。」
「1度だけデビイ連れて来ない日があってさ、デビイが居ないとなんか緊張しますねって言うから、それじゃ俺がデビイになるからリード代わりに持っててね、って手繋いだら固まってたわ。」
「そういうとこだぞお前。悪い癖だ。交流会が楽しみになってきたわ。」
「俺は不安しか無いわ。」
「何が不安なのよ?」
「ブルゼットがな。あの歳だから知らない人に一人で会いに行くのは気が引けると思うんだけど、博士は基本的に研究室だ。カンジが連れてくことは無いだろう。カンジも研究室行ったこと無いし。」
「お前に頼むんじゃないの?」
「そうなると断れない。連れてくだろう。しかし、博士になんて言えば良いんだ?博士を見たいって言ってる人が居るんですけど?不審極まりないだろ。」
「確かに。タキが俺に言ってきても、ちょっと気持ち悪いな。まぁ一応、誰なのか何用なのか聞くだろうけど。」
「そこで問題なのが、ブルゼットが誰で、何用なのか?実は俺にも答えられるものが無い。」
「まぁ確かに、恋人でも無いし、顔を見に来たってのも変だしな。それこそ誰だよ?って話だ。」
「断ることも無かろうが、会ったとて、特に何もないだろう。どうもはじめましてあらこちらこそはじめまして、で終わる。」
「そうだろうな。」
「だがもしブルゼットが、俺が博士にキスしようとした、なんて知って思い詰めて博士になんやかんや言うとなったら…。」
「それは確かにその後に影響するな。」
「博士の方も、あの子は誰だ?ということになろう。なんだ可愛い彼女がいるじゃないちゃんちゃん、は困る。」
「確かにそうなると、キスはおろか、しっぽも遠くなるな。」
「そう、それは絶対に避けたい。避けねばならぬ。」
「ただ、今更だけど、やっぱキスは無理だと思うぞ。」
「無理ではない。」
「どこから来るのよ、その自信。」
「俺好みの髪型に敢えてしてくる、というのは、ひょっとしたら俺のことがちょっと好きなんじゃないかと思うことにした。」
「片想いをこじらせた時の典型的なやつだな。」
「むむ、今のうちに馬鹿にしてろよ。俺はきっとキスしてみせるが、その時に吠え面かくなよ?」
「わかった。お前がもしミック博士とキスするようなことがあったら、俺はリズとキスしよう。」
「お前達は別に普通にしてるだろうが。おのれ完全に馬鹿にしとるな。よし、俺が博士とキス出来たら、お前の実家の店でこれでもかってくらい食わせろ。今日のやつは美味かったなぁ。」
「良いだろう。うちのやつはもっと美味いんだぜ?」
「楽しみになってきたわ。牛2、3頭買っておいた方が良いんじゃないか?」
「大丈夫。奢ることも無いし。」
「その余裕を恐怖に変えてやるわ。ほっぺにチューでも良かろうか?」
「駄目だろ。」
「俺がほっぺにチューするのでも駄目だろうか?」
「駄目だろ。唇と唇を合わせるやつだ。」
「そんなやつ居たっけ?」
「忘れん坊め…さ、明日も散歩か?そろそろお開きだぜ。」
「明日はお父さん、風邪ひかないそうだ。」
「お父さんが無事で何より。それじゃ片付けるか。」
「やっとくから良いよ。気を付けてな。肉美味しかったわ。今度詳しく作り方教えてくれ。」
「おう。片付けはすまんね。じゃまた。」
リズィちゃん来るって、シンは喜んでた。
良かったなと思うと同時に、羨ましい。
俺は…。
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