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第四章 父と母
第2話
しおりを挟む目が覚めると、朝だった。
まぁ、夜寝たから目覚めて夜だと困るんだけど。家は静かで、玄関も寝る前から変化無し。つまり、ミコはまだ帰って来てない。
出会い頭を捕まえて、好きです僕と付き合って下さいをやるつもりだったから、帰って来てないとなるとこちらもしっかり準備する時間が出来たということだ。
顔を洗います髭を剃ります服を着替えます。服は、ちゃんとしたようなのが魔法学校の制服くらいしか無いので普段着で諦めざるを得ない。服を買っておけば良かった。
まぁ?今度ミコと一緒に服を買いに行って、ミコの趣味に任せるのが良かろう。その時はもう付き合っている訳だから、とても似合うわ!カッコ良いよ!チュッ!なんて展開が普通にあるだろう。おいおい店だぜ?なんちてなんちて!
…その為にも今日はなんとしても、俺の方からちゃんと言わなければならない。この先何百年と続く関係の始まりはやはり俺から踏み出すべきだ。それに、ミコに任せてたら何年掛かるかわかったものではない。
…何年ってことは流石に無いか。あの様子なら何ヶ月掛かるかわからない程度だろう。ってか1ヶ月持つのか?まぁとにかく、今日決めてしまえば良いのだ。
…待てよ?万が一とはいえ、断られる可能性もあるのではないか?
やっぱりよく考えたら魔族はちょっと、なんてこと言われたら、折角人間じゃなくなったのに今度は魔族が駄目かよ!?という話でいよいよ深刻だ。まぁ何百年でも口説き続ける時間があるというのは救いだが。
ただ、ここでマキちゃんを出されると俺も弱い。別の女の子とキスしたじゃないの!とか言われたらぐうの音も出ない訳で。ちゅうの音は出たけど。
…俺は馬鹿か?忘れかけてたのに!
いや、忘れはしない。忘れはしないんだけど、とりあえず今はそっちに置いといて、置いといたのにミコが引っ張り出してくる可能性はある。こうなると甚だまずい。弁解のしようが無い。
そもそも俺は、マキちゃんのしたことを無かったことにする気は無いのだ。あれは、無かったことにしたら駄目だ。だから俺は弁解出来ない。
…まぁ?
如何に穏やかな泉といえども、石を投げ入れられたら波紋となって水面を揺らすのだ。マキちゃんの柔らかい唇が俺の心に、すぐ消えるとはいえ、波紋を起こしたのは間違い無い。男の子ですもの。
…いよいよ弁解出来ないじゃねぇか。
とはいえ、ミコに対する気持ちが薄まったとかそういうことは一切無い。むしろ、日々湧き続けてどんどん濃度が高まっていく。放っておくと硬くなって出なくなっちゃうかもしれない。出すなら今だ。
ガチャ。
「た、ただいまぁ…。」
帰ってきた!よし!5分だ!5分で終わらせるぜ!
5分後の俺は、ミコとちゅうしてるぜ!
「ミコ!おかえ…り?」
「た、ただいま…その、変かな?…。」
髪型はポニーテールだ。可愛くて大好きだが、まぁ見た事ある。だが、服だ。昨日出た時はいつものシャツにパンツだった筈なのに、今はなんか全体的にひらひらしてるし、何よりスカートがこれ!短くてこれ!綺麗な脚が、太ももがこんにちは!いや、おはようだ!
活動的に見える髪型に、徹底的に可愛い服装というギャップ…これが授業で言ってた本当のギャップか。こんなの、勝てる訳ないよ!
「やっぱり、変だったかな?…歳も…。」
「いや可愛い…とんでもなく可愛い。」
5分後の俺は、見惚れてただけだった。すまん。
「え?そ、そう?良かった…。」
「えっと、その、どうしたの?昨日着てたのと違うけど?」
「マキがね?その、女の子の決戦の日はちゃんと武装しなさいって言って、マキのお古なんだけど、あんまり流行りとか関係無いようなのの中から選んでくれてね?それで、先制攻撃だからって言うから着て帰ってきたの。先制攻撃は、成功したかな?」
いかん。脳がやられてるのか、成功が性交にしか聞こえない。
「うん、もう俺は負けたよ。だから、ミコ。昨日言ってた通り、伝えたいことがあるんだ。」
「待って!」
「ん?」
「先に私から良いかな?伝えたいことがあるの。もうエルフとか関係無い。その、私から言わせて欲しいの。」
え?俺から言うんだけど?
「ちょっと待って?ミコの言いたいことって、つ、から始まるやつ?」
「まぁ、その前に、す、から始まるのも付けようかと。」
「なるほど…いや、それは俺が言うよ。もうさ、完敗したの。だから、俺から。」
「でも、私ももう決めてきたから。だから私から言うわ。」
「いやいや、俺が言うから!俺の方が先に好きになったんだし!」
「あっ、ずるい!先に好きって言った!それじゃ、あとは私が言うね?」
「いやいや、好きなんてそれこそ呼吸するように言ってたわ…俺はね?」
「そんなの、回数が多ければ良いってものじゃない。私は、そりゃあ回数こそ少ないかもしれないけど、言葉に込めた想いが違うの。」
「俺だって毎度毎度想いをこれでもかってくらい乗せてましたけど?」
「…さ、聞いて。タキ君、わた…。」
「ちょっと待った!ほんと、俺から言うから!これから先ずっと一緒だから、最初くらいは俺から言わせて?ね?」
「私だって、今まではずっとタキ君に言って貰ってばかりだったから、最初くらいちゃんとしようって。それに…。」
「それに?」
「…マキのこともあるし。」
今言うか。今だから言うのか。
「今それ言う?」
「だって、私からって言ってるのに…。」
「ずるい。」
「ずるくったって私は…。」
「それ以上言うならその口塞ぐよ?」
「あ……。」
「……。」
「…私はタキ、んっ。」
……ちゅ。
「…タキ君が好き、んっ。」
ちゅ。
「…ですだから私と、んっ。」
まだ言うか。
「…ちゅ、はぁっ、付き合って下さい。」
言い切られてしまった。
「…付き合ったら何が出来るんだっけ?」
「…鼻やほっぺじゃない、ちゃんとしたキスが出来るよ?」
「じゃあ、仕方ない。俺と付き合って下さい。」
「それはホントにずる、んっ。」
……ちゅ。
・・・。
さて。
経験値の低い男女が盛り上がるだけ盛り上がってから、ふと我に帰るとどうなるか?
「……。」
「……。」
ソファに並んで座って手を繋いでいるものの、お互いの顔を見れず、えいやと気合を入れてそっと相手を見ると目が合って、さっと逸らす。照れ臭くて嬉しくて恥ずかしいのは良いのだが、このまま昼になって夕方になって夜になるのは困る。
…夜か。
夜だ。夜といったら、あの、世界の誰にでも平等に訪れる夜のことだ。つまり、俺とミコのところにも来る訳で。
…まだ早い。シンが言ってただろ?綺麗なケーキを食べちゃったような感覚。きっとドキドキそわそわする日々が無くなるのだ。もうちょっと楽しみたい所存である。勿論、ミコの希望があるなら迷わない所存である。迷わず、その白い太ももに…。
いかん、黙ってたらそっち方面に頭が回ってきた。
「ミコさんや。」
声を掛けるとピクッとするミコ。
「正直に言うけど。」
「な、なに?」
「こうして黙ってると妄想が捗らない?」
「うん…違うから!そんなえっちな事考えてないから!」
ミコ、お前もか。
「いやまぁ全然良いんだけどさ、俺達これから長いんだし、そういうのはのんびりで良いかなって思うんだよね。」
「まぁそれは…でも男の子ってその、したいんじゃないの?」
「当たり前でしょ?」
「当たり前なんだ…でもそれなら、ちょっと怖いけど、別に私は、その、どうせいつかはするんだし、良いと思うけど。」
「いや良いんだけど、なんか勿体無いと言いますか。シンが言ってたんだけど、綺麗なケーキを食べちゃったみたいだって。それが、今の俺にはよく解るんだわ。それで、俺はもうちょっと眺めてたいと思うんだけど、どうかな?」
「綺麗なケーキか…なるほどね。そう聞くと確かにちょっと勿体無い気もするわね。うん、私ももうちょっと眺めてたいかも。」
「まぁ、俺はお腹減ったら食べるけど。」
「…まぁ、そしたら私も食べるけど。」
「ミコは食いしん坊だからな。」
「なっ!?そんなことないから!普通よ、普通!」
「普通か…そういえば普通の恋人同士って、結局のところ何やってるんだろうね?」
「そう言われると…まぁ手を繋いでデートしたり?」
「いやいや、それだと俺達付き合う前から恋人同士よ?まぁ俺は恋人だと思ってたけど。」
「それは私もそうだけど…まぁこれから私達なりに普通にやってけば良いんじゃない?」
「それもそうか。それじゃ、とりあえず普通にお昼ご飯がてら普通に買い物行かない?今日、俺の服が全然無いことに気付いてさ。」
「良いけど…私この格好で?」
「え?可愛くて全然良いと思うけど?」
「でも歳が…。」
「え?でも、朝もそれで歩いてきたんでしょ?ってか歳なんて誰も解らないでしょ?似合ってるし。」
「朝は人も少なかったから良いけど、知り合いに会ったらちょっと恥ずかしいような…。」
「大丈夫大丈夫!おっ?ミコは今日も可愛いね!ってなるだけじゃん…知り合いといえば、そういえば昨日、ルタさんに会ったよ?」
「え?どこで?」
「夜、シン達とカフェで飲んでた時に。幼馴染みの集まりは来週末で、まだお店は決まってないから、決まったら連絡するってさ。」
「そう。伝言ありがと。」
リズィちゃんの女の勘の話はしても良いのかな?
…別にしても良いか。俺もあんまり好きになれそうになかったし。
「その時リズィちゃんが、ルタさんはミコさんのこと好きなのかもって言ってたんだよね。女の勘だって。」
「ふぅん。ま、そうかもね。」
「あれ?知ってるの?」
「ちっちゃい頃、そうなのかな?って思ってたから。それを今まで引っ張ってるのなら、そうかもねって。」
「それじゃルタさんには気を付けないとだね。」
「…言うほど気を付けるように見えないけど?」
「気を付けなきゃいけないような人なら、俺が会う前にもとっくに何かあるでしょ?」
「まぁそうだけど。」
「それに俺の方がミコのこと好きだし。」
「それは…わからないかも?」
そう言うとミコの青い目が…閉じた。
「…ふふっ。それじゃ、わからせてやろう。」
「うん。わからせて?」
・・・。
「晩ご飯どうする?」
カフェでお昼を食べ、俺の服を選んで貰って買い、一緒にミコの服も買い、今はその帰り道。
「俺の希望を言えば、記念すべき日というか、豪華に食べに行っても良いかなって思うんだけど。」
「…実はもう決めてありまして。」
「え?そうなの?」
「うん。その、オズの家に行こうと思ってる。」
「それは流石に…駄目じゃない?」
マキちゃんにどんな顔して会えば良いのよ?
「言いたいことはわかるけど、マキが言ったのよ?今晩来てねって。」
「え?」
「昨日、マキと2人で話して、ちょっと色々あったんだけど、まぁそういう風になったの。」
全然わからないんですけど。
「俺は気まずいけど、マキちゃんは気まずくないのかな?」
「その話はもう解決したから。だからほら、この服も選んで貸してくれたりして、応援してくれてるよ?」
「…朝から気になってたし、もう率直に聞くけど、ミコはその、マキちゃんの服を着て告白をするって、気分的にどうなの?」
「これは、私達、私とマキの2人分。だから、私は絶対に上手くやらなきゃいけなかったの。」
ミコとマキちゃんの、2人分?
「昨日も言ったけど、私はマキの気持ちが良くわかる。でも、私だって譲れない。だからね?ホントは、2人ともタキ君に付き合って貰えば良いんじゃないかって思ったの。」
「いや無理だよ。」
「マキも、タキ君はそう言うだろうって言ってた。でもね?タキ君は魔族で、私はエルフ。でもマキは人間だよ?だから私は、私が半永久的にタキ君と一緒に居られる中のちょっとの間だけだけど、マキと一緒の時間があっても良いというか、あるべきだって思ったの。事情が事情というか、決してタキ君が悪い訳じゃないけど、マキだって悪い訳じゃないから。」
「でも無理。ミコの言うことなら何でも聞くつもりだけど、それは無理でしょ。」
「でも、私はマキのことをただの友達とは思えなくて、戦友とか仲間?かしらね?とにかく、大事な友達なの。その大事な友達が生きている間は幸せを共有したいって思うのは自然なことだと思ってたんだけど、それでも駄目だってマキが言うから、そのうち言い合いになっちゃってね…。」
「話はわかるけど、俺にはやっぱり無理かな。俺はミコに独り占めされたいし。それに、それ許したら、もしこの先誰か人間の男がミコを好きになったら、同じようにしなきゃいけなくなるでしょ?そんなのやだ無理死ぬ。」
「私だってタキ君以外なんて絶対にイヤよ?死んでもイヤ。それにタキ君にだって、マキ以外にはこんなこと絶対に許さない…つもりだったんだけど…。」
「ん?」
「その、マキがね?その、隣の部屋でするよ!って言うから、その、よるのやつ…。」
ミコってば、顔真っ赤。
「そんな当たり前のこと忘れてたんか。」
「忘れてた、訳じゃないけど、隣の部屋って言われたらなんか生々しくて全然無理だった…。」
「ちゃんとごめんなさいした?」
「うん、した。そしたらマキも、想像したら私も全然無理だわって。それで、私の分までってことで私の服着て頑張ってって言ってくれたの。」
「なるほど。マキちゃんはほんと、良いオンナだね。」
「うん。最高に良いオンナだね。今度謝罪とお礼を兼ねて何か贈ろうと思う。」
「良いね。一緒に見に行こう…っと、着いた。」
ガチャからんからーん。
「いらっしゃいませ!…ってミコ!どうだった?」
「うん、マキのおかげ…。」
「やったじゃん!おめでと!それじゃこっち来て?今日は沢山お祝いしたげる!」
流石、最高に良いオンナ。
全然気まずい感じじゃない。
気にしてるのは俺だけだったか。
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