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第四章 父と母
第4話
しおりを挟む俺の名はタキ・トルト。
事情があって、昔のことは忘れている。
どうやら、過去の俺は、いたいけな少女を犬扱いしても良いような関係を築いたことがあるらしい。
少女は、真っ直ぐな長い黒髪に前髪は真っ直ぐ切り揃えられていて、恐ろしく綺麗な顔立ちをしている。それなのに、全体的にあどけなさが残る、妙に印象的な女の子だ。こんな子を、犬のように、首輪を付けてリードで繋いだりしたんだろうか。
…その時、服は着せてたんだろうか。
もしミコがそういう遊びをしたいと言ったら、俺は迷わず言うだろう。犬が服を着てるなんておかしいと思わない?ってね。
…てね、じゃねぇよ!変態だ!俺もこの子もミコも!
ミコは関係無いか…いや待てよ?ミコは案外そういうところがあるから、そういうことにもそういう感じでそういう風になるかもしれない。
「…で?あなたは誰?私は…。」
「知ってる。ミック。」
「え?私の事知ってるの?」
「タキの好きな人。タキを好きな人。」
「えぇっ!?うん、まぁ、そうだけど…そこまで解ってるのなら、タキ君に抱きついたりするのは駄目ってことくらいわかるでしょ?」
「いつもそうしてたから。ホントは抱きついたらいつもキスしてくれてた。」
「…タキ君?」
「いやいや、今の俺じゃないから!昔の俺のしたことを今怒られるのは流石に理不尽だって、ミコもわかるでしょ?」
「私はタキ君と恋人関係にある。もし過去のタキ君に女の子を犬扱いする趣味があったならって考えてしまうのは当たり前じゃない。私は怖いの。もし私がそんなことを求められたら…。」
「いやいやいや、しないから!俺はミコにそんなことしないって!」
誓うとまでは言い切らないけど。
「ホントにしない?」
「しない。」
「ホントのホントに?」
「…したいの?」
「そんな訳無いでしょ!?ただ、タキ君がどうしてもって言うから仕方無く…。」
言ってねぇし、やってねぇ。
「それで、君は一体誰?申し訳ないけど、俺は事情があって、前にあったこととか忘れちゃってて。」
「私は犬。名前はデビイ。」
「デビイ?」
デビイって、デビイ?
「デビイ?2回聞いちゃったけど。」
「うん。デビイって呼ばれるようになった。」
「タキ君、デビイって?」
「デビイって、ブルゼットのとこの犬がデビイって名前だけど…まさか君がそのデビイ?」
「そう。私がデビイ。」
「またまた。デビイは犬だよ?ホントの名前は?」
「私は犬。デビイは犬。私はデビイ。」
「それは解ったから。で?ホントの名前は?」
「デビイ、なのに、ひっく、ぐすっ、うぅ…。」
「あーあ、泣かした。」
「いやいやいや!ミコ!?」
「この子がデビイって言ってるんだからデビイなんでしょ?…ねぇ?あなた、ブルゼットちゃんのところのデビイなの?」
「ぐすっ、うん。ブルゼットは主人の一人。」
「そう。でも、デビイは犬…の姿だったんでしょ?どうしたの?」
「なんでミコは普通に受け入れられるの?」
「最近衝撃的なことが多過ぎて、タキ君の周りに何かあっても、そういうこともあるかな?くらいにしか思わなくなっちゃったわよ。それで?デビイはなんで人間の姿なの?」
「お礼を言いに来たの。前は上手く言えなくてお金を貰っただけだったから。」
「お金?」
「タキがお金をくれた。」
「ふぅん…それでその後、あなたはタキ君に何をされたの?身体を触られたり…。」
「ミコ?なんで俺が買ったみたいな前提で話を?」
「あなたはその為にお金を払ったんでしょ?」
「違います!ってか知らないけど!」
「…前のタキ君が何をしていようと、今のタキ君じゃない。だけど、タキ君の深層的なものには共通点が見られるわ。つまり、今は見えてないけど実は、みたいなことが解るということよ。」
「解ってどうすんの?」
「…あなたは少し私の、いえ女の子の扱いが上手過ぎる気がする。だから、その手の内が知れれば、私も冷静に対処出来る。そう、だからデビイ?あなたが何をされたのか教えて?」
「タキは押し付けて、いっただけ。」
「なっ!?タタタタキ君!?」
ミコが顔を真っ赤にして驚いている。
「タキに話し掛けたら、タキは私にお金を押し付けて、どっかに行った。」
「そ、そういうことね。私てっきり…。」
「どんなことをしたと思ったの?」
「えぇっ!?いや、それは、その…。」
「ミコはえっちだなぁ。」
「ち、違うから!えっと、そ、それで?お、お金だっけ?」
えっちなミコは誤魔化した!
「そう。でもすぐ行っちゃったからお礼は言えなかった。」
「すぐいっ…。」
さっきの余韻が残ってるのか、えっちなミコは普通の会話でも反応しちゃってる。
「デビイは、俺に何のお礼があるの?」
「怪我して動けなくなってた時に治してもらったの。」
そういうことか。前の俺は、怪我したデビイを治した。そこでも記憶を無くしてるんだろうな。
「それはいつの話か解る?」
「ブルゼットに会う前。」
「ブルゼットに会ったのはいつ頃か解る?」
「ブルゼットに会って何日か寝たらお散歩でタキに会ったよ。」
俺が魔法学校に入学してすぐか、その辺りか。その頃位まではまだ魔法を使えてたってことは、俺の最後の…ん?私は犬?
「もしかして、前に俺に声掛けた時も、私は犬って言った?」
「うん。自己紹介した。」
「思い出したわ!あの時の!デビイだったのか!」
猫じゃ駄目なわけだ。
あの時はちょっと汚い格好だったけど、今はブルゼットの家で、綺麗にして貰ったのか。
「その時はデビイじゃなかったよ。」
「あれ?そのあと犬になったの?」
「ううん。お礼を言いたいって言ったらザラがちょっとだけ人間にしてくれた。」
「え?あなた今ザラって…。」
母さん?犬のところにも行ったんか。
「…言っちゃ駄目って言われてるから忘れて欲しい。」
「ねぇ?ザラって言ったわよね?」
「言ったけど言っちゃ駄目だって言われてるの…駄目だって言われてるのに…ひっく、ぐすっ。」
「大丈夫よ、きっと怒られないわ。もし怒られても、私も一緒に謝ってあげる。だから、ね?安心して?」
ミコが優しくデビイに言って聞かせる。
この声はホントに最高だと思う。
俺は本当にミコが好き。
「ぐすっ、うん、わかった。ミックありがとう。」
「うふふっ。それで、ザラさんに人間にして貰ったの?」
「…お礼を言いたいって言ったら人間にしてくれた。でも、言えなくて犬に戻ってタキ探してたらブルゼットとパパに会って、おいでって言うから付いてったらご飯くれたの。それからデビイって呼ばれるようになった。そしたらまたタキに会えたけど、犬だからお礼が言えなかったの。」
妙に懐かれたなと思ってたけど、そういうことだったのか。
「ブルゼットがタキを好きになってから何度も一緒に遊んだけど、そのうちあんまりタキに会えなくなった。でもブルゼットはいつもタキの話をしてくれたよ。その時にミックのことも聞いた。」
話題のせいでお腹がきりきりするぜ。
「ブルゼットが偶に泣くようになって、そのうちお兄ちゃんからタキが遠くに行ったって聞いた。」
いたたたた。
「…それで?また人間になったのは?」
「昨日の夜また…ザラが来たの。タキに会いたい?って聞かれたから、まだお礼言えてないから会いたいって言ったら、遠くに居るけど行ってらっしゃいって言ってまた人間にしてくれたの。今度はしばらく人間で良いって。」
昨日の夜…母さんは俺達と話した後にデビイのところに行ったのか?それとも、元々行く予定だったのか?分からん。
「デビイ?ちょっと聞きたいんだけど、ブルゼットの家に母さん、ザラさんが来たの?」
「うん。ブルゼットがお風呂の時に。」
「それじゃ、人間にして貰ってからブルゼットには会わなかったの?」
「会ったよ。お風呂が終わったらお部屋に来るから。」
「え?ブルゼット驚いてなかった?」
「驚いてた。でも、本当にデビイなら私とデビイしか知らないこと言ってみてって言うから、ブルゼットが夜一人で喋るのを言ったらすぐ解ってくれた。」
「一人で喋る?」
「あん、タキさんとか…。」
「デ、デビイ?もう大丈夫、もう言わなくて良いからね?」
良いところだったのに!
「ふふっ、ミックがブルゼットと同じこと言ってる。」
そりゃそうだ。
「他のご家族の人は?」
「ブルゼットがママとお兄ちゃんとパパを集めて、この子はデビイだって言ってくれた。ママが驚いてやっぱり、本当にデビイならデビイとママやパパしか知らないことを言ってみてって言うから、ママとパパが交尾し…。」
「デ、デビイ!?も、もうその話は大丈夫よ?それでそれから?ブルゼットちゃんとどうしたんだっけ?」
ブルゼットとカンジも聞きたくなかっただろう。
「タキにお礼を言わなきゃいけないから会いに行きたいって言ったの。そしたらパパが、ちゃんと帰ってくるなら良いよって。姿が変わってもデビイは家族なんだからって言ってくれたよ。」
「良い家族だな。」
「ええ、本当に。」
「うん。良い家族だよ。それで、タキに貰ったお金を見せたら、それは大事に取っておいてこのお金を使いなさいってお金をくれたの。それでブルゼットに馬車に乗せて貰って、ここに来たら誰も居なかったから待ってたの。」
あの小銭だけじゃ来れないだろうから、パパさんが気を遣ってくれたのだろう。本当にデビイを大切にしてる、良いお父さんだ。
ブルゼットからの扱いは可哀想だったけど。
「そっか、大変だったね。」
「ううん、ちゃんとお礼したかったから。だから、やっと言える。良い?」
「うん。覚えてないけど、俺で良ければ。」
「タキ。治してくれて、ありがとう。タキの子供産んであげる。」
「はい?」
後半おかしくない?
「もう一回言う?タキ。治してくれて、ありがとう。タキの…。」
「ちょっ、ちょっと待った!デ、デビイ?その、タキ君の子供って?」
「えっと…昨日ザラが、こう言ったらタキが喜ぶよって。私も、タキの子供を産むのは良いと思うよ。」
母さん!?
「ザラが、子供がタキ似になるか私似になるか楽しみって言ってたよ。」
え?
「母さん似?」
「子供は親に似るもの。タキと私の子供なら、どっちかに似てるかどっちにも似てるかでしょ?」
「え?でもかあ、ザラさんが言ってたんじゃないの?」
「私が最初人間の姿になる時に、どんな見た目が良いか聞かれたんだけど、わからないからタキの好きな見た目が良いって言ったら、私の若い頃とそっくりにしてあげるって言ってザラの若い頃とそっくりにしてくれた。」
「タキ君?ちょぉっと詳しく聞かせて貰えるかしら?」
「ミコ?いや、ちょっと意味が、あれ?俺がおかしいの?」
俺の好みが母さんの若い頃って言うのも突っ込みどころだが、母さんの若い頃と俺の子供はどっち似とか、おかしくない?母さんは息子を、自分の姿してる子とえっちさせたいの?いやもう、母さん何がしたいの?
「とりあえずタキ?交尾しよ?」
交尾。
「だ、駄目よ!そんな、さっきも言ったけど、タキ君には私っていう恋人が…。」
「でもザラが、タキは一夫多妻だから大丈夫だって。一夫多妻って何か聞いたら、一頭のオスの周りに沢山のメスが居る群れみたいなものだって。」
母さんが何を言ってるのかわからないよ…。
「デビイ?悪いけど、俺は一夫多妻じゃない。俺は、ミコだけなんだ。一夫一妻。ひとりにひとり。解る?」
「タキ君…うふふっ。」
「わかる。それなら仕方ないと思う。」
「物分かりが良くて助かるよ。母さんに会うことがあったらビシッと言っておくから。」
「…でもブルゼットになんて言おう?それにミック、ホントに一緒に謝ってくれる?」
「ブルゼットちゃん?どうしたの?」
「私、ブルゼットもタキの子供産もうって言っちゃったの…。」
「おーう…。」
「で、でも、ブルゼットちゃんは駄目って言ってなかった?多分、言ったと思うんだけど?」
「うん。駄目って言ってたよ。」
「え?それじゃ謝らなくても…。」
「でも私が間違えて、タキは魔族で一夫多妻だから大丈夫だよって言っちゃったの。魔族も言っちゃ駄目って言われてたのにブルゼットに…。」
謝るのは母さんになのか。
「ま、まぁ良いわ。それでデビイが怒られたら、それも一緒に謝ってあげる。それで、ブルゼットちゃんはなんて?」
「驚いてた。驚いてたけど、それなら私も産もうかなって。」
軽い、軽いぞブルゼット。
「ま、まぁ、ブルゼットちゃんは、これは私からちゃんと手紙を書くから。うん、手紙を書く。私も、気にしてたことがあるし。だから、帰ったらブルゼットちゃんに渡してくれる?」
「わかった。」
「うん。よろしくね…それで、デビイは今日はどうするの?」
「帰るよ?パパにちゃんと帰って来るんだよって言われてるし。」
「え?でも、もう遅いから馬車も無いよ?」
「それなら歩いて帰るよ?」
「駄目よ!今日は泊まって…宿か。オズの家も今からじゃ迷惑だし、うちに泊まりなさい。明日馬車乗せてあげるから。」
「…良いの?」
「こんな時間に、しかもロクラーンまで女の子がひとりで、なんて危ないから駄目よ。デビイは私と寝ましょ?」
「でも…。」
「タキ君と一緒は駄目よ?」
「ううん、ミックと一緒で良い。良いけど…。」
「何か気にすることあるの?」
「ママとパパが交尾する時は私はブルゼットの部屋で寝てたの。」
「いぃっ!?」
「ミックとタキが交尾するなら違う部屋で寝るよ?」
「わわわ私とタキ君がこ、こ、こ…。」
交尾って言い方もなかなか生々しいよな。
「デビイ?今晩は交尾しないから安心してミコと寝な?それにもしミコが交尾したくなったら、俺の部屋に来て交尾するだろうしさ。」
「わかった。」
「こ、こ、こ…。」
・・・。
何はともあれ、デビイと壊れたミコをミコの部屋に放り込んだ。
…どうやら俺は、デビイを治して呪いの魔法を忘れたみたいだな。最後に選んだのが犬だったとはね…。
しかし母さんはよく分からないな。ミコが恋人ってことは解ってる筈だし、ミコのことも認めたんじゃないのか?一夫多妻って、昔の王族じゃあるまいし。
王族といえば。
王様の薬の約束がある。薬を作って渡したら…あれ?これひょっとして仕事に出来るんじゃね?
良い案だと思うけどミコがなんて言うか…。
まぁ良いか。寝よ寝よ。
…母さん。
若い頃がデビイみたいなら、絶対美人だよな。
ま、ミコの方が可愛いけどね。
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