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第六章 ルタド
第10話
しおりを挟むーーミコヘ
ルタさんが来た。俺とオイちゃんは魔族のところに逃げるから少しの間待ってて タキ
タウタソル タタタニタ ツイタテタイ クタタキ
…これで豚の顔を書いてっと。完璧。
「よし書けた。これを置いておけば良いんです?」
「一応見せろ。余計なことを書いてないか…なんだこれは?豚?とにかく書き直せ。」
「いや、これはいつも書いてるから、無いと俺が書いたってミコは思いませんよ?」
「なんなんだ?」
「最近の若い女の子の中で流行ってるおまじないとかで、恋人同士の手紙にこれ書いておくと幸せになれる…んだよね?」
「ん?…あっ、これトゥインクル・ザーラの占いコーナーのやつじゃん。」
話を合わせてくれるオイちゃん。
…トゥインクルザーラ?
「でもこれ、あれだよ?ホントは好きな男の子との手紙のやり取りでこれを書いておくと、えっちの時2桁出来る様になるってやつだよ。ミコちゃんも乙女なんだか性豪なんだか解らないねあはは。」
「…。」
ルタさんの精神を不意打ちでごっそり削るオイちゃん。
ミコは流れ矢に当たる。そもそもまだしてないし。
「もう良い。それをテーブルの上に置いたら行くぞ。」
・・・。
雨の中、ルタさんの後ろから少し離れて俺達。
オイちゃんが俺のマントの中で腕を幸せにしてくれてるので、小声で話せる。
「タキちゃんのおまじない、ホントは意味あるんでしょ?」
「ああ。ミコならきっと解ってくれるだろう暗号にしたんだ。これを解くと嘘、ルタに付いて行くってなるようにね。」
「そうなんだ、やるじゃん!でも、よく知ってたね?ブルちゃん?リズちゃんかな?」
ん?ブルゼット?リズィちゃん?
「え?あれ、本当にあるの?」
えっちを2桁?シンもやってるのかな?
「え?若い子向けの本の占いコーナーのやつ真似て、咄嗟に暗号にしたんじゃないの?」
「いや知らなかったわ。ちなみに本当はどんなの?」
「トゥインクル・ザーラの恋愛成就のおまじない、タキタ・アイタ・タシタ・テルタ。これを日記とかに書くんだって。豚じゃなくて猫の絵描くんだけどね。」
……母さんじゃん。
「それが本で?」
「うん。全国誌の、人気コーナーみたいだよ。」
何やってんだよ母さん…。
「多分それ猫じゃなくて狸だわ。」
「たぬき?」
「狸。タを抜くんだよ。そしたら、タキアイシテルになるでしょ?まぁ俺の名前にタが入ってるから狸じゃ駄目なんだけど。」
グレンさんと同じミスをする母さん。グレンさんと同じく絵も下手。
「タキタアイタ…本当だ!あれ?え?トゥインクル・ザーラってもしかしてザラなの?」
「知らんけど、多分そうでしょ。」
「世界中の恋する女の子が毎日タキアイシテルって書いちゃってるじゃん。何やってんのよザラ…。」
もはや愛情表現なのかどうかも解らない。
・・・。
歩く事20分くらいだろうか、見覚えの無い住宅街の一画にある建物に入った。診療所でも、ルタさんの家でも無さそうだ。
「こっちだ。」
ルタさんに案内されるまま、俺達は地下に下りる。
地下か…さっきグレンさんのこと思い出したから、拷問部屋を連想する。あの後パトニーさんはどうなったんだろうか…。
10段程下りたところに、扉がある。ルタさんの後から入ると思いの外広い部屋だった。真ん中に金属のテーブルがあり、その上にシンが仰向けになって寝ている。
あいつ、あんな冷たそうな硬いとこで良く寝られるな。毒のせいなんだろうけど。
「ここは昔、死体の検分をしていたところだ。今は使われてないがね。」
良い方に考えれば、シンがここでこのまま死ぬと、今使われてるとこに運ばなきゃならなくなって面倒だから、俺が要求を飲みさえすればシンを殺すつもりは無い…と、思うことにする。
「それで?シンに薬を飲ますには、どうすれば良いんです?」
ミコと別れろとかなら笑うけど。
「ああ。お前には、記憶を無くして貰う。」
「え?」
…記憶を無くす?
「魔族で、誰かを治すと記憶を無くすんだろ?魔族の殺し方は解らないからな。それをやって貰う。そして、永遠に監禁する。」
なるほど。そうすればミコには見つからないし、俺は逃げ出すとかの感覚も無くなってるかも知れない…まぁ母さんとかチウンさんには解るだろうから、ミコが聞きに行ったらすぐばれるんだろうけど。
それ以前の話がある。
「はっきり言って申し訳ないですけど、俺が記憶を無くして居なくなったとしても、ミコはあなたと一緒になることは無い。それでもですか?」
「ああ。」
「むしろ、ミコちゃんはあなたの事をもっと嫌いに、てか憎むよ?それでも良いの?」
「ああ。むしろ、これはミコの為なんだ。」
ミコの為?
「ミコは今お前に、魔族なんかに騙されているが、そこから救ってやることが出来る。勿論しばらくは悲しんだり、俺を憎んだりするだろうが、そんなもの時間が解決してくれるさ。」
「俺はミコを騙してませんよ。」
「そうだよ!タキちゃんがそんなことしなくったって、ミコちゃんはタキちゃんにべた惚れなんだから。」
「…オリアとか言ったな?君のその首のところにあるのはキスマークじゃないのか?そして、それを付けたのはタキ君じゃないのか?」
正解。
「つまり、タキ君はミコという恋人が居ながら、別の女とそういう関係を持っている。およそ誠実とは言えないな。」
…くそったれ。そういう関係になろうとした時に邪魔したんだろうが。思い出させるんじゃねぇっつうの。
「タキちゃん、やっぱりあいつの首締めたくなってきたよ。」
オイちゃんも思い出させられて殺意が隠せてない。
「なんだ?浮気がばれて逆恨みか?」
見当違いも甚だしい。大体…。
「ミコは俺とオイちゃんの関係も認めてます。だから、魔族の俺には誠実な関係なんですよ。」
まぁミコより先にオイちゃんと、ってのは怒られるかも知れんけど。
「ふん、信用出来るものか。どうせその子の事も騙してるんだろ?」
「え?何が?」
本気で不思議そうに聞くオイちゃん。
「何がって…好きとか愛してるとかそういう…。」
「ふふっ、タキちゃんはそう言ってくれる時はちゃんと、本気だなって思わせてくれるから良いんだよ。例え騙されてたとしても幸せ。ミコちゃんも同じ事言うと思うな。」
オイちゃん…このくそったれが居なかったらさっきの続きを始めるところだ。
「オイちゃんは良い子だね。あとでたっぷりお仕置きしてあげる。」
「えへへ、言ってみるもんだね。」
とりあえず頭撫でといた。
「とにかく、タキちゃんはミコちゃんを騙してる訳じゃないの。解ったらほら、シン君に薬を飲ませて、どっかに行った方が良いよ。今なら見逃してあげるから。」
「ふん。例え騙してなかろうが、俺の要求は変わらん。タキ君には記憶を無くして貰う。」
「だから、そんなことしたってミコちゃんはあなたを好きになんかならないんだってば!」
「だが、ミコの本当の幸せの為だ。」
本当の幸せ?
「どういうことですか?」
「ミコは純粋なエルフではない。これは知っているな?」
「ええ、まぁ…。」
おじいちゃんは人間だし。
「これは可哀想だが、もう仕方の無いことだ。」
可哀想?何言ってんの?
「そこで、純粋な俺との子供を作り、その子がまた純粋なエルフと子供を作り、そうやって純度を高めていく。それがエルフ一族たるミコの本当の幸せなんだ。」
…馬鹿だ。くそったれな上に馬鹿だ。馬鹿だからくそったれなのかも知れんが。
「ふぅん、馬鹿じゃん。好きでもないのに、子供なんか作れる訳ないでしょ?」
「そこに愛は必要無い。この薬があればね。」
ルタさんはそう言って、胸元から小さな入れ物を取り出す。
「なんですかそれは?まさか惚れ薬とか言うんじゃないでしょうね?」
「惚れ薬?ちょっと違うな。これは…。」
オイちゃんをちらっと見るルタさん。
「ちょっと塗るだけで女を気持ち良くさせる薬さ。」
…はぁ?そんなものでミコをなんとかしようなんて、この人何考えてんだ?
「タキちゃんタキちゃん!まさかの塗るタイプだよ!」
…こっちはこっちで何考えてんのよ?
小声で興奮を隠せないオイちゃんだ。
「いや、飲むやつあげたでしょ?もう無くなっちゃったの?」
「まだあるよ。でもあれ、元々お水でしょ?お腹たぷたぷになっちゃうんだよ。」
「たぷたぷ?グラスに1杯もいらないでしょ?」
「それが、最初のが凄かったでしょ?なんか普通だとちょっと物足りなくてつい…。」
何やってんのよ…。
「でも塗るタイプならたぷたぷにならなくて済むでしょ?今度はそうして欲しいなって。」
「でも、作り方が…。」
「私がさり気無く聞き出すよ。」
そう言ってルタさんの方に向き直った。
…大丈夫かな?
「なんだ?逃げる相談でもしてたか?」
「ううん。そんな薬があるなんて怖いねって話してただけ。」
「安心しろ。どのみち君はこの薬で正気を無くして男達の慰みものとして幸せに生きて貰うつもりだ。死にたければ、希望に沿うがな。」
「でも、そんな恐ろしい薬をどうやってクリームに?」
全然さり気無くなかった。
「作り方はその方面に詳しい知人が居て、彼から教わったものだ。これを配合するにはそれなりの薬草に対する知識が…。」
「薬の配合じゃなくて、クリーム状にするのはどうすれば良いか聞いてるの!」
苛々するオイちゃん。
「植物油と蜜蝋を熱して混ぜて…そんな事を聞いてどうする?」
「それで、効果は?」
無視するオイちゃん。
「…効果は覿面だそうだ。」
「そうだ?使った事無いの?」
「ミコにしか使う予定じゃなかったからな。」
「あっきれた。あなた医者よね?ちゃんとした効果が出るかも解らないものを人に使おうっていうの?」
「だが確かに効果はあると聞いて…。」
「聞いたからって本当にそうなのか使わなきゃ解らないじゃないのよ!ホント、何やってんのよ…。」
「しかし試せる人も居なくて…。」
「…貸しなさい。」
「え?」
「良いから貸しなさいって言ってるの!」
「…良いだろう。どのみちお前にも後でたっぷり塗ってやろうと…。」
「早く!」
「あ、ああ…これだ。」
「空気読めない上に鈍臭いんだから…くん。ふぅん、臭くは無いってとこね。ふむ…。」
こき下ろしながら受け取ったオイちゃんは臭いの感想を言って、指先にぺっとりとクリームを乗せた。
「おい!いきなりそんなには…。」
たっぷり塗る話はどこ行った?
「効果解らない癖に偉そうに言わないで!」
「す、すまん。」
怒られてやんの。
「…ふぅん。肌への乗りは悪くないかな?油と蜜蝋か…蜜蝋ならお店にもあるから今度少し貰って来れるかも…うん?」
俺とルタさんは固唾を飲んで見守っている。
腕に塗ってしばらくして変化があったのか、突いてみたり、摘んでみたりしている。そして…。
「全っ然駄目。がっかりだよ。こんなのでミコちゃんをなんとかしようなんて100年掛かっても無理だよ。」
効果無し、か。オイちゃんは俺の薬で耐性が出来てる可能性もあるけど。
「馬鹿な!俺はちゃんと聞いた通りに…。」
「嘘教えられたんじゃないの?タキちゃんのこと騙してるのなんの言う前に、教えてくれた人に言った方が良いんじゃない?」
「だが、それなりな金額…。」
「は?まさか、こんなのの為にお金払っちゃったの?うわぁ、かわいそ。好きになって貰えないから薬でなんとかしようとお金払って騙されちゃったんだ!」
「だ、だまれ!」
「言っておくけど、タキちゃんだったらそんな薬に頼らなくったって、キスひとつでミコちゃんに言うこと聞かせられるから。格が違うのよ格が。」
「だまれ!」
「だまんないよ。薬じゃもう無理なんだから、もうタキちゃんの記憶飛ばしたって意味が無い。そんなことより、ちゃんと正面から正々堂々とミコちゃんに告白すれば?ちゃんとはっきり好きだって相手に伝えておかないと、それどころかこんなことして、本当に後悔するよ?」
「ぐっ…。」
オイちゃんの言葉は重い。本当に後悔したことのある人にしか言えない、心からの言葉をこんなくそったれにも投げ掛けるオイちゃんは、本当に良い子だ。
「ルタさん。俺はあなたがミコの事を好きだって知った時、親近感が湧いたんです。この人もミコが可愛いことを知ってるんだなって。だから、俺はあなたのことを嫌いになれなかった。」
「……。」
ルタさんは俯いたまま黙っている。
「ミコは本当に可愛いですよね?そんな可愛いミコを強引にものにして、本当にミコはいつか幸せになれますかね?」
「…さい。」
「それに、そのミコと一緒に居るあなたは、本当に幸せですかね?」
「うるさい…。」
「今なら俺もオイちゃんも黙っててあげますから、シンに薬を…。」
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!黙っててあげます、だと?クソ魔族風情が何を偉そうに!貴様がミコを騙してるのと、俺がミコを騙すのとで何が違う!?」
「俺はミコが好きですが…。」
「だまれっ!」
ぶんっ!
…ぼきっ。
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