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第七章 降臨
第2話
しおりを挟むさぁぁぁぁぁ。
たったったっ。
ぱしゃぱしゃぱしゃ。
昔は別に雨は嫌いでは無かった。好きでも無かったけど、それはただの空の機嫌であって、私がどうこう言う類の話じゃないと思っていた。服が濡れても、そういうもの。私だけが濡れる訳じゃない。晴れたらまた乾くし。
それが、ある時嫌いになった。そして、嫌いな雨が降る様子を窓からずっと見ているその時間が馬鹿馬鹿しくて、余計に嫌いになった。
そして今。
走りにくいという理由がひとつ増えた。ただ、これはなかば八つ当たり。前を走るマキとブルも同じ様に走りにくい筈だ。なのに、速い。
私の身長は普通。でも、ふたりに比べると小さくて、足も短い。私がめいっぱい爪先立ちをしても、屈んで貰わないと届かないのが、ふたりは少しかかとを上げるだけで済む。
腕を組むにしてもそうだ。ふたりはきっと、肩に頭を乗せることが出来る。私はもう伸びることは無いから、その景色を見る事も吐息の熱さを感じる事も出来ない。でも、それはオリアも一緒。悪いけど、ちょっと救われる。
ただ、オリアには武器がある。前のふたりにもある。私には無い。考えてみたら私は、本当に大丈夫なんだろうか?
早く会いたい。会えばきっと、大丈夫って言いながら笑って抱き締めてくれるし…。
「はぁ、はぁ、ミコ?大丈夫?」
「はぁっ、はぁっ、大丈夫んっ、はぁっ…。」
「だいじょうぶん、じゃないわよもう…少し歩きましょ?いざって時に疲れて動けませんじゃ話になんないし、少し…悪い方向にばかり考えちゃってるみたいだし。」
マキは私の顔を見て心配してくれる。下らないことを考えてただけなのに…。
そうなのだ。
今私達が走っているのは、タキ君が心配だから。
勿論シン君の事もだけど。
オズの家に着いてマキが私達の顔を見て、どうしたの?と聞いてきて手紙が嘘だったことが判り、おかみさんがシン君を置いて先に帰ってきたことを知った。恐らく、ルタが何かしようとしているのだ。
本来なら、ずっと心配して、何事も無いようにずっと願って、タキ君の無事をずっと祈るべきなのかもしれないのに、雨の中無言で走っていたら、下らないことが浮かんできてしまった。
「確かに、不安なのはわかる。でも、だからと言ってとにかく心配すれば良いって話じゃないのよ?おかみさんがよく言うの。笑って明るくしてれば悪い事が逃げてくんだって。それにまだ、タッ君もシンも何かされたって決まった訳じゃないし。」
マキの言う通りかもしれない。まだ、何かあったって決まった訳じゃ無い。メラマが頼んでくれた衛兵さんも、もう着いてるだろうし。
「だからブルを見習って、えっちなことでも考えてた方が…。」
「えぇっ!?ななななんてこと言うんですか!?」
「違うの?私はちょっと考えてたけど?」
「ま、まぁ全然考えてないと言えば嘘になると言いますか…。」
私だけじゃなかったらしい。私は、そこまでえっちなことじゃないけど。多分、そこまでは。
それにしても、マキの明るい所は本当に助かる。そして、それは彼女を一層魅力的に美しく見せる。これはマキの周りに居る人が皆思ってることだと思う。きっとタキ君も…。
確かに、少し沈み過ぎかな?軽く話してた方が気も紛れる。
「ううん。私も、ちょっと変な事考えちゃってたから。」
「変な事?」
「うん。ふたりとも、足が長くて良いなとか、キスするの楽そうだなとか。」
武器のことは言わない。
「そう?私はミコは丁度良くて良いなって思うけど。」
「丁度良い?」
「そ。抱き締められてる時、すっぽりって感じで、全身包まれてるみたいなんだもん。私とかブルだと、はみ出しちゃうでしょ?」
そういうこともあるのか。
確かに私は包まれるように抱き締められるのが、大好き。
「それ私も解ります!全身で感じられるというか…。」
ブルの表現がなんかえっちに聞こえる…私いつの間にこんなえっちなことばかり考えるようになったんだろう?
「何でかしら?ブルが言うとなんかえっちに聞こえるわね…。」
ふふっ、マキも同じらしい。
「なっ!?そんなこと無いです!…よね?ミコさん、ね?」
「……。」
タキ君の真似。
「いやいや、ふたりがえっちだからそういう風に聞こえるだけです!」
「ふぅん…それじゃ、ブルはどんなこと考えてたの?」
タキ君の真似。これ、反応が可愛いからするんだ。確かにこれは、ついやりたくなっちゃう。やられるのは恥ずかしいけど、ブルには武器の恨みもある。これこそ八つ当たりか。
「え?それは…オリアさん今頃何してるのかなとか?」
「え?タッ君だけじゃなくてオリアも居るの?」
「はい、オリアさんが朝来て、残っててくれてますけど…。」
「ほら、オリアって力持ちじゃない?ボディガードって訳じゃないけど、居て貰ったら少しは安心というか…。」
「…あんた達、タッ君とオリアをふたりきりにするなんて、なんてことしてんのよ?。」
「えっ?でも今は衛兵さんも居るからそんなには、あ、まぁ、えっちじゃないと言いますか…。」
「今は。さっきまでは?あんた達がウチに来るまで、空白の…いえ、ピンク色の時間があるのよ?」
ピンク色の時間って何よ?
「それに、衛兵さん達が来たって家の外なんじゃないの?家の中でタッ君とオリアがえっちしてたって気付かないし、気付いたところで無視してくれるだろうし…。」
「こんな状況でするかしら?」
「流石にこんな状況ではしないと思います。」
「あんた達、どの口が言ってんの?」
は?
「マキこそ何言ってんのよ?」
「お店では言わなかったけど、あんた達、したでしょ?別にそれは良いんだけど、一応オリアより私が先の筈よね?普通に過ごしててそうなったんだったら別に構わないけど、わざわざそういう状況を作ってあげるっていうのはちょっと、一言くらい文句言っても良いと思うんだけど?」
マキがまた変な事を言ってる。
「私達してないけど?」
「あくまでしらを切るつもりってこと?」
「だからしてないってば!」
マキったら、何言ってるのかしら?本当にえっちしてないのに…。
「ミコさんミコさん、私達のキスマークじゃないですか?」
マキの勘違いの原因について気付いたらしいブルが小さい声で教えてくれた。確かに、ブルを見るとまだひとつは残ってるから、私のも残ってるんだろう。
「なるほどね、ありがとブル…マキ?あんたが言ってるのは、このキスマークのことよね?」
「そうよ。それがれっきとした証拠なんじゃない?」
「これは、違うのよ。キスマークを付けられただけなの。オリアにも付いてるわ。私達はえっちした訳じゃなくて、キスマークがあるだけなの。」
「それを信じろっていうのはかなり無理があるけど、とにかくあんた達はしてないって言うのね?」
「ええ。」
「つまり、ミコはオリアに先越されたと。」
「なんでよ?こんな状況では流石にしないってことになったでしょ?」
「あんた達がしてないってだけ。あんた達がタッ君ち出てから約1時間、衛兵さんが来ても家の外だから私達がこれからお城に行ってからタッ君ちに着くまで1時間以上…計2時間以上ある。一戦どころか二戦、タッ君次第では三戦も可能…。」
「で、でも、オリアはきっと順番は守ってくれると思うわ。あの子、良い子だもん。私はオリアを信じる。」
そう、オリアは私を無視することは絶対しない。
「私もそう思うわ。ただ…。」
「ただ?」
「タッ君はどうかしらね?」
……。
「タッ君は最近、ブルの可愛い給仕服姿を見たり、ブルの足を舐めたり、ブルのえっちな下着を見たりして、悶々としてる筈。ブルの履いてないのも見てるんでしょ?」
「確かに。」
「なんで全部私のせいみたいに!?ミコさんだって、昨日からずっとお預けばっかりしてるし!」
「今朝ブルが起きて来なかったら最後までしてたし!」
「こんな状況なのに?」
「あ、いや、まぁ、だからこそ?」
「だからこそ。確かに、なんか落ち着かない時に何となく手が伸びることもあるわよね。ブルも覚えがあるでしょ?テスト勉強中とかに妙に捗ったり…。」
「た、確かに…。」
「ふぅん。」
「ふぅん。」
「え?…あ、いや、また!?」
「つまり、だからこそ、盛り上がるふたりって訳。」
「なるほど…って、盛り上がっちゃ駄目よ!」
「もう!ふたりとも、私をいじり過ぎだから!」
「うふふっ、ごめんごめん。」
「うふふっ、ごめんね。焦ってるブルが可愛くてつい…じゃない!えぇっ!?それじゃオリアとタキ君は今頃…。」
「例えオリアにその気が無かったとしても、タッ君が右手でオリアを抱き寄せて耳を甘噛みしながら、左手で顎の下をこちょこちょしたら…。」
「まずいわね。」
そんなことされたら…。
「私はオリアを責められないわ。勿論タッ君のこともね。」
確かに、そんなことをされたら私だって、マキだってブルだって、誰だって耐えられる訳が無い。タキ君だって、そういう年頃で…。
「そうね。私も、ふたりを責める資格なんて無い。むしろ責められるのは私。タキ君をお預けばっかりさせてるのは私だし、オリアを残したのも私…そして、タキ君の猛烈で強烈な責めを執拗に受けて、あの熱くて身体の芯から蕩けさせるような目でじっと見られたら…ごくり。」
「ごくり…。」
「ごくり…。」
思わず立ち止まって私達は顔を見合わせた。
「…私はオリアを責められない。」
そう、私はオリアを責められない…。
「私もオリアさんを責められません。」
「私もオリアを責められない…だけど、何故かしら?お腹の中のピンクが赤になって黒を吐き出すような…。」
わかる。けど駄目だ。
「マキ?それ以上は駄目よ。私達はオリアを責められない。良い?私達はオリアを責められない。」
「私達はオリアを責められない。」
「私達はオリアを責められない。」
良く出来ました。言う時全員、歯を食いしばってたけど。
・・・。
私達は再び歩き始めた。もうすぐお城の門が見えてくるだろう。
「…まぁ、起こったことは仕方ないわね。良い方に考えたら、私達の関係が前に進んだってこと。次は私ね。」
「何でマキなのよ?私でしょ?」
「あの、私だと思うんですけど…。」
「ブルは卒業してから。だから次は私。それから卒業後のブル、それからミコよ。」
「何でよ!次は私。次いで卒業後のブル、デビイときてマキよ。」
「デビイって子も居るんだったわね…ミコ?あんた、オリアに蹴落とされたのよ?しかもわざわざ御膳立てをして。それに、自分でも言ってたじゃない、責められるのは私って。」
「それとこれとは別だわ。大人しく2年待ちなさい。」
「私は卒業後ですが、タキさんがその気になったら仕方ないですよね?」
「ブル?あんたまさかまたタキ君に見せる気?」
「あの下着はとんだ飛び道具、つまり卑怯よ。あれは没収します。」
「なっ!?そんなこと言って、マキさんが着ける気じゃ…。」
「お生憎さま。オズ家の女はね、常に準備しているの。ブルのの色違いみたいなのも持ってるし、もっと凄いのもあるわ。履き方解らないのまであるし。」
「履き方が解らないならゆっくり練習しとけば良いわ。私は…もう躊躇わない。」
「履き方が解らなかったら履かなければ良いだけのことよ。私も躊躇わないわ。」
「私はおふたりと争うつもりはありませんよ?だから何もしません。私からはね?」
「むぅ。」
「何よ?」
「むむむ。」
3人でやり合いながら門のところに来ると、丁度小さな扉から出て来た人に声を掛けられた。
「あら、3人とも遅かったじゃない?」
…お義母様!?
何故ここに?
まさか、タキ君に何か…。
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