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メクレロ!サイドストーリー
メクレタ 第2話
しおりを挟む初冬の学期末試験が終わってから冬の長期休みまでの間、早くも浮かれ始めている生徒達と違って教師達は放課後に休みの課題を作ったり、試験結果を見て来年度のクラス分けの草案を作ったりと、何かと忙しい。
…筈だが、ミコーディアは怠けていた。
防火防水防音に優れたミコーディア・トルト研究室に導入された新しい火鉢の上で温めた蜂蜜入りのミルクを飲むと体は温まるし、何より甘くて美味しくて、瞼を重くする。
ーーこんな悪どい火鉢を作ったタキ君に文句を言ったら、どんな風に返してくるかしらね?
こんこん。
研究室に控えめなノックが響いたが、夢中のミコーディアは気付かなかった。
ーーキスが来るのは、確実。そしたら私はありがとうと言って抱き付く。そしたらまた、私の負けね。
こんこん、がちゃり。
「失礼します…あ、先生居るじゃない。」
「…え?あ、ごめんなさい。どうぞ…っていうか、パム?どうしたの?」
ミコーディアが返事をしなかったから扉を開けて不在を確認するべく顔を覗かせたのは、明るい金髪のパムだった。
「えっと…今、大丈夫かな?」
「ええ、大丈夫よ。何かしら?」
ミコーディアは、珍しいなと思った。遊んでいるような印象だが真面目で、気が利いていて頭が良く、成績も良いパムから頼られるようなことはあまり無かったからである。そして、いつもはきはきと明るい彼女がもじもじしてるのは、本当に珍しかった。
「えっと…相談…なんですけど…。」
「聞きましょう。力になれるかはわからないけどね。こちらへどうぞ?コーヒーで良い?」
「いえ、お構いなく。」
「私が飲みたいのよ。実はさっきまでちょっとうとうとしてたから。ミルクとか蜂蜜は?」
「蜂蜜?コーヒーにですか?」
意外そうな顔をするパム。
「コーヒーに蜂蜜って割と良いのよ?お砂糖と違って少し香りが入るの。私最近はこればっかり。ね?あなたもそうしましょう。」
そう勝手を言い放つと、てきぱきと準備を始めるミコーディアを無言で見つめるパム。そんな様子のパムにミコーディアは手を動かしながら先を促した。
「それで?どんな相談かしら?」
「えっと…恋愛関係なんだけど…。」
「へぇ…続けて。」
「はい…。」
続けて、と言ったものの中々口を開かないパムを横目に、ミコーディアは2つのカップにスプーン1杯の蜂蜜を入れ、ドリッパーにお湯を注いでコーヒーを落とし、部屋の中に良い香りを漂わせた。そして、勝手にミルクも入れてからパムに手渡した。
「はいどうぞ。」
「いただきます…ん、本当だ!美味しい!」
「ふふっ、でしょ?それで、それじゃさ、私から聞いても良い?」
「あ、うん…。」
開かないなら開ければ良い。
「早速だけど、パムに好きな人が居るの?」
「え?あ、まぁ、その、うん。」
好きな人、という言葉に顔を赤くするパム。それを見てミコーディアは素直に可愛いと思った。
「その人が誰かはとりあえず置いといて、パムはその人と付き合いたいの?」
「うん。出来れば…。」
「それじゃ告白すれば良いじゃない、って話じゃないのよね?」
「うん。実は、これを拾っちゃって…。」
そう言ってパムが出したのは1枚のピンク色をした三角形の紙だった。
「メクレタ?」
「そう。その、私の好きな人が落としたみたいで…。」
そう言うパムから渡されたメクレタを見ると、流れるような綺麗な字で「好きです 付き合って下さい」とだけ書かれていた。
「…なるほど。差出人の名前は無いけど?」
「それは…彼の字だから…。」
「なるほど。」
字を見ただけで解るなんて、この子はちゃんとその男の子のことが好きなのだろう。
「それじゃ、その受け取りが誰だかも解ってるの?」
まだ状況の判断が出来ないミコーディアは、もしかしたらパム宛かも?という希望的な考えの余地があるのかどうかを確認しておくべきだと思って、とりあえずこう聞いた。
「なんとなくだけど…。」
「なるほど…なるほど。」
彼女の想い人にはラブレターを送る位好きな人がいることが判明している。つまり、現在パムが告白したところで断られる可能性が有る、というか高い。だからこれからの方針を決めかねる、といったところだろうか。
「因みにだけど、その受け取る筈だった子は彼の事をどう思ってるのかしら?」
「それが…あまり親しい訳じゃないから判断に困るというか…。」
「ふぅん。でもそれなら、もしかしたら彼は振られるかもしれないわ?その機を捉えて、慰めるように優しくしていれば、あなたは可愛いんだし、その彼も絶対悪い気しない筈よ?」
「でも、もし2人が付き合うことになったら…。」
「まぁ、そうね。だからパムに出来る事というかやるべき事は、彼が改めてその子に告白するその前に落とし切ることね。そんな大事なメクレタを落としたことに気付かないことも無いだろうから、時間もあまり無いけど。」
「…多分、ティミスさん宛なんです。」
「うん?ティミス?」
突然出てきた名前に驚くミコーディア。
「うん。Aクラスの。その、彼の好きな人って。」
それを聞いてミコーディアは、割と良くこの研究室に顔を出す1人の女子生徒の顔を思い浮かべる。誰かがティミスのことを好きだと聞いても意外とは思わない、魅力的な女の子だ。そして、彼女との会話を思い出せば、思い当たらないでもない。
「ふぅん。もしかしてパムの好きな人って、スキャロ君?当たりでしょ?」
「う…。」
当たったらしい。
そして、私のところに来たのはティミスの話を聞きたかったのだと、ようやくミコーディアは辿り着けた。
「なるほどなるほど。確かにあの子は、好きな人は居ないって言ってるわね。そしてスキャロ君のことを、幼馴染みで弟みたいなものだから色々言われて面倒臭いとも言ってる。恋人はまだ要らないともね。勿論、どれも言ってるだけかも知れないけど。」
「幼馴染みだからって理由で照れてるだけかも知れないし、ティミスさんが本当は好きだったりしたら、幼馴染み同士の方が自然というか…。」
恋は人を臆病にさせる、とアリスが生前言っていたことを思い出すミコーディア。まぁ、恋は人を勇敢にするとも言ってたから、とにかく恋が人を変えるってことなんだろう。
「ねぇパム?あなたは、私に背中を押して欲しかったんじゃなくて?」
「……そう、なのかな?」
「なら私は、ちゃんとあなたの背中を押してあげるわ。」
「でも、先生はティミスさんと仲が良いのに…。」
「あら、私とあなたは仲良くないの?」
「そんなことは…。」
「でしょう?私にとってはティミスもあなたも、同じように可愛い生徒よ。だから気にすることなんて、うふふ…。」
「えぇ…?」
良いことを言った筈なのに何だか悪い顔をしてるミコーディアに若干引き気味のパム。
「その、私はなんか、ちょっとズルい気がして…。」
「うん?ずるい?」
「うん。なんか、出し抜いたみたいになっちゃうかなって。ティミスさんに悪いような気もするし。」
「ずるい、か。その気持ちはわからないでもないけど、例えばあなただってティミスのこと、幼馴染みなんてずるい!って思わない?」
「それは、まぁ…。」
「例えばティミス以外の他の女の子が廊下でいきなり彼に抱き付いてキスをして、それがきっかけで付き合うことになったとしたら、ずるいと思わない?」
「確かに。」
「ね?良いのよ、ずるくても。恋敵がなんと言おうと、どう思おうと、最終的に決めるのは彼の方。そして一番大事なのは、付き合ってから彼とどう過ごすのか、どう過ごしたいか、どうしてあげたいかじゃないかしら?」
「…うん。」
「だから、もしあなたの恋が上手くいってティミスが私に泣き言を言ってきたら、パムが頑張ってた時にあなたは何をしてたの?って言ってあげるわ。」
「…もし上手くいかなかったら、またここに来て甘えても良い?」
「勿論!いくらでも付き合ってあげる。上手くいっても、ここに来てちゃんと報告して貰わないと。」
「うん、そうだね。あの…ありがとね?ミコちゃんのお陰ですっきりしたというか、決心が着いた。」
来た時と違って、普段通りの明るいパムに戻ってるのを見て、ミコーディアも自然と笑みが溢れた。
「それなら良かったわ。ところで、何か作戦とかあるの?」
「え?いえ、まだ何も…。」
「だったらさ……。」
……遡ること、約2ヶ月。
「メクレロ!」
刹那。
一陣の風がティミスのスカートの端を捕らえて捲り上げ、彼女のふわふわした茶色の髪を逆立てて通り過ぎ、3人の頭上で消えた。
「き…。」
「タキ君、これは違うの。」
「ミコ?」
「きゃああああっ!ちょっ、がっ!学長にっ!み、見られ…。」
「違うの、違うんです。」
「何が違うの?生徒のスカートを捲るなんて…。」
「まず文句言う権利があるのは私ですから!」
「君、大丈夫?」
「学長に見られたのが大丈夫じゃないです!」
「今、私なら良いって…。」
「言ってないから!」
「ごめんね、もうこんなことしないようにちゃんと言っておくから…。」
「ホント、ミコちゃん先生には反省して貰って、今後はホントにもうしないように…。」
「うん?今までも捲られてたの?」
タキがそう聞くと、ミコーディアはティミスに目配せをした。
「ええ、今までも何度も。やめて下さいって言ってるのに…。」
ティミスはそれを無視した。
「ふぅん…ミコ?」
「何かしら?お仕置き?」
「今後、メクレロ禁止ね。」
「なんですって?」
「メクレロ禁止。」
「しばらく?」
「いや、未来永劫。」
「いやいや!いやいやいや!何を言うかと思えば!私にとっ…。」
「禁止です。」
「…明日から?」
「今からです。もし破った場合は…。」
溜めるタキ。
「破った場合は?」
「ひどいことになります。」
ひどいこと。ミコーディアは、タキの言うひどいことがお仕置きになり、ご褒美になるものだと知っていた。まさか愛する夫が本当にひどいことはすまい。
「…ふふん、解ったわ。解りました。」
「学長?ひどいことって何ですか?あまり大したことが無かったらミコちゃん先生は今後も…。」
「大丈夫。君が、他の子でもだけど、もしミコにメクレロを使われたら教えてくれる?」
そう言ってタキはティミスにメクレタを渡した。
「はい…あの、学長?最後に良いですか?」
「うん?」
「忘れて下さい。」
そう言うとティミスは教材をもって逃げる様に研究室を出て行った。
「…白だったわね。」
「白だったね。ミコ?ホント、もう駄目だよ?」
「だってあの子、可愛いんだもの。」
「だってじゃないよ。とりあえず、ちゃんと反省してね?で、俺は雨で洗濯物が駄目になっただろうから先に帰るよ。」
タキはそう言って出て行った。
…そして、その2時間後。
「1日に1回とは限らないわ、ふふっ。」
……そして次の日以降、ティミスのスカートが捲り上がることは無かった。
トニーは入浴時にしっかりと鍵を掛けるようになった。
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