苦くて甘い

まつも☆きらら

文字の大きさ
上 下
6 / 14

第6話

しおりを挟む
「じゃあ、また連絡するよ。舜くんも・・・・今度は飲みに行こう」
「うん、ありがと。お仕事がんばってね」

別れ際に舜に笑顔で手を振られ、慶さんは名残惜しそうに駅のホームに消えていった。

「・・・あんなに楽しそうな慶さん、初めて見たかも」
「ふーん?」

勉強ができて、かっこよくてみんなの憧れだった慶さん。
後輩の面倒見もよかったけど、どこか冷めてる印象があった。
小さいころから、医者である父親の跡継ぎとして当然のように医者を目指していたからかもしれない。
自分の将来はもう決まっているものだと。
敷かれたレールの上をただ進んでいるだけだと思っていたのかもしれない。

その慶さんが、あんな風に恥ずかしそうにしたり、興味深々といった表情をするのを、俺は初めて見たんだ。

「すごく楽しかったよ。慶くんもゆうも頭いいから、話が面白くって」
「そう?ならよかった」
「あ、そんで思い出したけど・・・俺、明日帰り遅くなるかも」
「え、そうなの?」

慶さんとは別の電車に乗り、扉の傍で話をする。

扉のガラスに映る舜の横顔は、彫刻のようにきれいだった。

「うん、こないだ話した寛太と連絡取れてさ、明日会うことになったんだ」

嬉しそうに笑う舜。

「あー、そうなんだ。よかったね、連絡取れて」
「うん。今度、ゆうにも紹介するよ。ちょっと変わってるけどゆうとなら気があうかもしれない」
「舜くん、それどういう意味」
「ふはは」

楽しそうに笑う舜が可愛くて、俺は苦笑する。

慶さんが、舜のことを意識し過ぎているような気がして俺はちょっと心配していたけれど・・・

そんなこと気にしている場合じゃなかったことに、俺は翌日気付くことになる―――






「―――赤木、もう帰るの?」

その日俺は早々に仕事を切り上げ帰ろうとしていた。

「ああ、ちょっとだるくて」
「なんだぁ、風邪かぁ?」
「かもしれない。昨日、クーラーつけっぱなしで寝ちゃったから」
「マジか。お大事にな」
「あぁ。じゃ、お疲れ」

まだ5時前だ。
こんなに早く帰るのは久しぶりだ。
舜は今日、例の吉野寛太とかいう人に会うって言ってたし・・・・
俺が風邪を引いたなんて言ったら心配かけそうだから、いなくてちょうどいいな。
家に帰ったら薬を飲んで早く寝よう。
そう思っていた・・・・。




「―――あれ」

玄関に入ると、すぐにそこに舜の靴と、見覚えのない靴が並んでいるのに気がついた。

―――吉野さんて人、来てるのかな?

まぁ、城田の時も突然ここに連れてきたし、舜なら考えられる。
俺に気が合うかもなんて言ってたし・・・

特に、何か考えていたわけじゃなかった。
ただ、舜が友達を連れてきているなら一応挨拶をしておこうと思っただけで。
ノックもせずにいきなりドアをを開けたのは、いつもの俺らしくない行動。
もしかしたら、具合が悪いせいだったかもしれないけど・・・・。


「―――舜くん、ただい―――」

変なところで言葉が切れた。

だけど、そんなことどうでもよかった。

「―――あ、ゆう」

舜が振り向く。

その舜の腰に腕を回し、窓際に腰掛けた自分の足の間に閉じ込めるようにして抱き寄せいていた男―――

小柄なその男と舜は、まるで恋人同士のように体を密着させていて・・・・

「な・・・・にしてんの・・・・?」

俺の言葉に、舜は目を瞬かせた。

「何って―――」
「―――あ、もうこんな時間か。舜、俺もう帰る」
「え、もうかえんの?寛太」

男―――吉野寛太は、ポケットからスマホを出して画面をちらりと見ると、舜を見上げた。

「ん。これからちょっと仕事で、人に会うんだ。また連絡するから、今度は飲みにいこ」
「わかった。あ、ゆう、この人が吉野寛太。寛太、俺の兄のゆう」
「ちは。おじゃましました。またね、舜」

さっさと部屋を出ようとする吉野さんのあとを、舜が慌てて追いかける。

「あ、玄関まで送るから」
「いいのに」

そう言いながらも吉野さんは嬉しそうにくすくす笑い、舜の手を取った。

2人はそのまま手を繋ぎ、部屋を出ていった。




―――何?あれ。

まるで、恋人同士みたいにくっついて・・・・手、繋いで・・・・・

どういうこと・・・・?



俺の頭の中は真っ白だった。

部屋を出ると、吉野さんを見送った舜が戻ってくるところだった。

「あ、ゆう、今日早いね。どうしたの?」
「ちょっと・・・・風邪気味で・・・・」
「え、ほんと?大丈夫?薬飲んだ?」
「まだ・・・・舜くん」
「じゃ、早く飲んだ方が・・・あ、何か食べたほうがいいよね。今の時間ならまだ病院やってるから病院行った方がいいか―――」
「舜くん、そんなこといいから!」

俺は、思わず舜の腕を掴んでいた。
舜がきょとんとして俺を見る。

「どうしたの?」
「なんで・・・・あの人とあんなにくっついてたの?」
「え・・・・」
「なんで、手ぇ繋ぐの?あの人・・・・舜くんの何?」
「何って、友達・・・?」
「男同志が、友達であんなにくっつくの?」
「・・・・何が言いたいの?」

舜の目が、すっと細められる。

低くなった声に、空気がぴりっとしたのがわかる。

でも・・・・聞かずにいられなかった。

「舜くんて・・・・男が好き・・・なの?」

彼女はいないって言ってた。

女の人と付き合ったことはないって言ってた。

それはつまり―――

「・・・・ゆうも、あの人と同じ顔、するんだ」

「え・・・・?」

舜が、微かに笑みを浮かべた。
でもそれは、いつものように無邪気なものではなくて、どこか悲しそうで、それでいて何か諦めたような・・・・

「・・・俺が、ゲイだって言ったら一緒に住めない?」
「え・・・・」
「・・・ゲイだよ、俺。寛太とは・・・・そういう関係」
「そういうって・・・・」

じゃあ、つまり・・・・

「・・・・俺、出てく」

舜がすっと俺から目をそらし、部屋の扉を開けた。

「え・・・・舜くん?」
「俺みたいのと、一緒に住めないでしょ?ゲイの男なんかと・・・・でも」
「舜く・・・」
「ゲイだって、男ならだれでもいいってわけじゃないから・・・・血の繋がった兄貴に、手なんか出さないよ」
「―――――!」

何も、言葉が出て来なかった。


俺が呆然と立ち尽くしている間に、舜はバッグを手に持ち、玄関へと向かった。

「―――舜くん!待って、どこへ―――」
「・・・・他の荷物は、あとでゆうのいないときに取りに来る。その時鍵も返すから―――」
「舜くん!」
「・・・・短い間だったけど、ありがと。こんな弟でごめんね・・・・」
「舜くん、俺は―――」

舜が、靴を履くと立ち上がって俺を見た。

その目に感情は見えなくて・・・・

ただ無表情に、俺を見ていた。

「・・・さよなら、兄さん」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

天使志望の麻衣ちゃん

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:1

街角のパン屋さん

SF / 完結 24h.ポイント:1,278pt お気に入り:2

5人の幼馴染と俺

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:17

鈍感兄貴

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:22

『祈り』

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:4

創生神と愛し子の共依存

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:19

彼女を悪役だと宣うのなら、彼女に何をされたか言ってみろ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:11,042pt お気に入り:107

かわいいけどかわいくない【年下攻め】

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1

隣/同級生×同級生

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:16

処理中です...