きみに××××したい

まつも☆きらら

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第1話

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そのきれいな横顔を見た時に思ったんだ。



―――きみに、キスがしたいって―――




優斗ゆうと、料理習い始めたんだって?」

久しぶりに顔を合わせた大樹だいきくんが俺を見てにやりと笑う。

とおるに聞いたの?あいつ、言うなっていったのに・・・」
「ふふ、あいつにそういうのは逆効果だよ。あまのじゃくなんだから。―――役作りだって?」
「うん。来月から始まるドラマの役がさ、パティシエの役なんだ。実際にケーキ作ったりするシーンが多いから練習しといてくれって言われたんだよ」
「なるほどね。でも忙しいのに大変じゃない?」
「大樹くんほどじゃないけどね。―――あ、もう行かないと」
「あ、これから?がんばってね」
「ん、ありがと」

大樹くんに手を振り、俺はスタジオを後にした。
芸能界という世界に入り、俳優の仕事を始めて10年が経っていた。
友達と渋谷で遊んでいるところをスカウトされ、バイト感覚で飛び込んだ世界。
思っていたよりもずっと大変で、厳しくて、そしてやりがいのある仕事だった。
ドラマの主役を任される様にまでなったのはこの2年ほどの間のことで、ようやく知名度も上がり、街で声をかけられることも多くなってきた。
同じ事務所でほぼ同期の大樹くんは、デビュー当初からイケメン俳優としてアイドル並みの人気があった。
そしてもう1人の同期―――

「あれ、優斗さん、もう行くんですか?」

ちょうどエレベーターを降りようとしたところで、そこに立っていた亨と顔を合わせる。
桜木亨。
こいつも同じ事務所で、俺より1ヶ月ほど遅れて入ってきた俳優仲間だ。
天才肌で、難しい役もこなせる演技派だ。
素顔はゲーム好きでちょっとオタクなやつで、性格はひねくれてる。
なんとなく気が合うので顔を合わせるとよく話をするのだが、未だに一緒に飲みに行ったりしたことがない。

「お前、大樹くんに話したろ」
「そりゃあ、優斗さんが料理教室とか、面白過ぎて。で、今日も行くんですよね?」
「ああ」
「その料理教室って、お菓子ばっかり作るところなんですか?パティシエって、お菓子作る人のことでしょ?」
「うん。曜日によって違うんだよ。俺が行ってるのは月曜日で、和洋菓子の日。他の曜日は和食、イタリアン、フレンチ、中華に分かれてる」
「へぇ。全部同じ人がやってんの?」
「2人でやってるんだよ。俺の先生は和洋菓子の他にイタリアンとフレンチ。もう1人が和食と中華」
「ふーん。なんか面白そうですね。俺もやろうかな」
「はぁ?」

亨の言葉に、俺は思わず顔を顰める。

「あれ?―――ふーん」
「な、なんだよ」

にやりと笑う亨に、いやな予感。

「その反応。さては、そこに誰かいるんですね」
「だ・・・!誰かって、なんだよ!」
「だからさ、そこに優斗さんが会いたい人がいるんでしょ?なに、生徒?それとも先生?あ、先生って女?」
「・・・・男」
「おとこかぁ。じゃあ生徒の中にいるんだ?あ、それともそっちの方に目覚めちゃったとか」
「!う、うるせぇよ!そんなやついねえし!」

思わず声を荒げた俺を、亨がきょとんと見つめる。

「あれ。まさかの図星?」
「もう、お前うるさい!俺もう行くから!」

俺は慌てて亨から離れると、足早に歩き出した。
後ろから亨の声が追いかけてくる。

「あなた一応芸能人なんだから、行動には気をつけてくださいよ!」

そんなこと、わかってるっつーの。
だけど・・・・
しょうがないじゃんか・・・・





「あ、板野いたのさん、こんにちはぁ」

教室に入ると、顔なじみになった若い主婦がぺこりと頭を下げた。

「こんちは。先生、まだ来てないんすね」
「ええ。あ、そう言えば今日はもう1人の先生も来られるらしいですよ」
「へえ・・・・」

もう1人の先生・・・・。
ここへ通い始めて1ヶ月経つが、もう1人の先生という人物には会ったことがなかった。
俺の先生は―――

―――ガラッ―――

「すいません!遅くなりました!」

教室の扉が勢いよく開き慌てて入ってきたのは、俺よりも若く、目鼻立ちの整ったとてもきれいな男だった。

ざわついていた教室が、一瞬にして静かになる。
そこかしこで、溜息が洩れているのが分かった。

美作みまさか先生、今日も素敵・・・・」

隣にいた主婦が呟き、両手を胸の前で握り合わせている姿に苦笑する。
この料理教室の講師の1人、美作りん
柔らかそうなちょっと癖のある黒髪と、透けるように白い肌。
整った眉、長い睫毛に縁どられた大きな瞳。
すっと通った鼻筋に、ふっくらとした赤い唇。
長い首の上に乗った小さな顔、細いけれど均整の取れた体にくびれた腰。
そして―――

「すいません、ちょっと、渋滞に巻き込まれちゃいました」

申し訳なさそうにそう言いながら、小さなタオルで額の汗を拭く姿が艶っぽかった。
ちらりと窓の外に視線を送ったその時に、一瞬だけ見えた。
何度見てもドキッとする。
そのきれい過ぎる、横顔に―――
そしてすぐに正面を向き、いつもの柔らかい笑顔に女性陣―――俺以外は全員女性だが―――はまた溜息をつく。

「今日は、夏の和菓子の1つ―――竹入水ようかんを作ろうと思います。夏と言えば水ようかんですが、今回は―――」

そこまで言った時―――

―――ガラッ―――

「ごめん、凜ちゃん!遅れちゃった!」

またすごい勢いで入ってきたのは、美作先生よりも少し背の高い、茶髪の男だった。

「・・・浩也ひろや、静かに入って来てよ」

美作先生が顔を顰める。

「ごめんごめん、渋滞にはまっちゃってさ。俺、後ろの方で見てるからさ!」
「あー、待って、みんなに紹介するから。―――初めて会う人もいるでしょ?」

生徒の方に笑顔を向け、みんなが頷くと浩也と呼ばれた男を手招きして自分の横へ並ばせた。

「彼は、鈴木浩也。この教室で火曜日と木曜日に和食と中華の講師をしてます。そっちも受けてる人は知ってると思いますけど。―――浩也、挨拶」
「あ、うん。こんにちはぁ、和食と中華の講師やってます、鈴木浩也です!今日は、今度教室で教える和食のデザートの勉強をしようと思って、みなさんと一緒に授業を受けに来ました。どうぞよろしく!」

明るい笑顔と元気な挨拶に、生徒たちが拍手を送る。
その拍手に『どーもどーも』なんて歩く手を振りながら、鈴木浩也は教室の一番後ろへと下がっていった。

「・・・さぁ、じゃあ早速はじめましょうか」




「板野さんて、ほんと器用ですよね!先生の言った通りに出来てるわ」
「そうすか?」

できあがった水ようかんの出来に、俺も我ながらうまくできたと満足していた。

「ほんとだ、すげえ!俺よりうまいっすね!」

そう言って突然話に入ってきたのは、あの鈴木浩也だった。

「あ・・・どうも」
「器用なんだね!俺なんて全然で・・・俺の代わりに、これ作りに来て欲しいなあ」
「え」
「こら、浩也、なに邪魔してんだよ」

ふと気付くと、美作先生が俺たちの後ろに立っていた。

「あ、凜ちゃん。やだなぁ、邪魔なんかしてないって!ほら見てよ、彼超うまいよ」
「ん・・・ほんと、すごいね」

すぐ間近で、美作先生が俺を見てにっこりと笑う。
その妖艶な笑顔に、くらくらする。

「あ・・・・ありがとう、ございます」
「あれ、あなた・・・テレビに出てない?なんだっけ、あのドラマ。えーと・・・」

俺を見てそう言いだした鈴木先生の頭を、美作先生がこつんと小突く。

「やめろよ、お前。・・・・ごめんね、変なこと言って。気にしないで」
「あ、いえ・・・全然いいです。むしろ嬉しいです。知っててくれて」

無名だった時代のことを考えたら感謝したいくらいだ。
なんて思ってそう言ったら、美作先生は一瞬驚いたような顔をした後で、ふっとおかしそうに笑った。

「そっか。ならよかった。今回は、何かの役作り?」
「あ、はい。パティシエの役なんで。和菓子は作るかわからないけど・・・でも面白いっすね、こういうのも」
「んふふ、でしょ?ほら、浩也も見習ってよ。ちゃんとやり方覚えた?」
「え~、難しいんだよなあ。凜ちゃん、あとで個人レッスンしてよ」
「お前贅沢言うな。てか、俺が教えようと思っても面倒くさがるくせに―――あ、板野さん」
「え」

突然、皿にようかんを盛りつけようとしていた俺の手を美作先生が掴み、ドキッとして動きを止める。

「あ、ごめん。それさ、こっちの方に盛り付けた方がいいかも」
「あ・・・・はい」
「その皿もいいけど、こっちの方が夏っぽいからさ」

そう言って、夏らしいガラスの皿を俺の前に置く。
俺が最初に選んだ和柄な陶器の皿も、夏っぽいデザインだった。
本来、俺は人に指図されるのはあまり好きではない。
自分に自信があるわけではないけれど、自分の感性というものを大事にしたかった。
だから、あまり素直に人の言うことを聞く方じゃないのだ。
それが自分より年下のやつに言われたとしたらなおさら。
『なんで俺がお前の言うこと聞かなくちゃいけないんだ』って思ってしまう。
でも・・・・

「あ、ごめん。余計な口出しだったね。好きな食器選んでって言ったのは俺なのに」

申し訳なさそうに眉を下げる美作先生に、慌てて首を振る。

「いや、全然!こっちの方が!うん」
「そう?」

ほっとしたように笑顔になる。

―――可愛い。

同じ男に、こんな感情を抱くなんて思わなかった。

美作凜。

すぐ隣に、その横顔。

それを見た瞬間。

俺はきみに

キス、したくなったんだ・・・・
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