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第32話
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『変なのがいる!変なのがいる!』
『黒いの!カサカサって!あれ何!』
『アキ、怖い~~~』
透けるような白い肌。
長い睫毛に、大きな瞳。
すっと通った鼻筋に、ぽってりとした赤い唇。
怖がりで、寂しがりやで、無邪気で、泣き虫で・・・・・
キラキラの、はじけるような笑顔―――
あれは―――
「―――――ムウ!!」
「え?ムウ?誰それ?」
「明来さん、どうしたの?」
思い出した。
夢の中の天使。
見覚えがある、だなんて―――
あれは、ムウだ!
純白の大きな翼も、ふわふわの明るい栗色の髪も、きれいな体も、たとえ後ろ姿だって、俺が見間違えるはずない。
―――ムウ!!
「え、何?明来ちゃん、どうしちゃったの?」
「明来さん、ムウって誰?その人と、何かあったの?」
―――何か・・・・・?
何かって・・・・
―――そうだ・・・・
「なんで・・・・・何で俺、生きてるんだ・・・・・?」
「は?明来さん、何言ってんの?」
―――確かあのとき、ミカエルは―――
―――『・・・お前がムウのために命をささげればムウの勝ちだ。リロイは檻から解放され、2人で幸せに暮らすことができる。ただしお前がそれを拒否すれば―――リロイは一生囚われの身となり、ムウは命を落とすことになる・・・』
そう言ったはずだ。
だから俺は、俺の命を差し出した。
ムウに、生きてて欲しかったから・・・
なのにどうして・・・・・
それに、なぜ俺はムウのことを忘れていた?
俺だけじゃない。
諒も奈央も、ムウのことを覚えていない。
そして、絵も・・・・・
俺が描いたはずのムウの絵も、なくなっている。
ムウのために買った服もない。
まるで、最初からムウは存在していなかったように、俺たちの記憶から消されている・・・・・
どうして・・・・・
ドクンと、心臓が嫌な音をたてた。
―――あのとき、ミカエルは最後に言った。
『ムウ―――約束通り、お前の望みを叶えよう―――』
あれは・・・・あの言葉は・・・・まさか・・・・・
あのとき俺は、自分が死ぬつもりで―――だから、ムウが泣いていることも不思議に思わなかった。
俺の死を悲しんでくれてるんだと思った。
俺と別れることを―――
だけど・・・・よく考えてみたら、どこかおかしい。
ムウは、間違いなく俺を愛してくれていたのに、その俺が命を捧げると知っても、ミカエルに命乞いするようなことはしなかった。
もちろんリロイを助けるためだと、その時の俺はそう思ったはずだ。
だけど、本当にそうだろうか?
いくらリロイを助けるためだったとしても、俺が命を投げ出すのを、あのムウが何も言わずに見ているだろうか・・・・・?
いや、仮に俺のことを愛していなかったとしても―――
ミカエルと約束を交わしたのは、俺と出会う前だ。
だとしても、あの優しいムウが―――
リロイのため―――自分の幸せのために、他人を犠牲にしたりするような約束をするだろうか・・・・?
その相手が、誰だったとしても―――
ムウは、そんな約束はしない。
もしそんな約束を迫られても、ムウなら―――
―――自分が、犠牲になることを、選ぶ・・・・・?
最後の最後で・・・・俺が自分の命を捧げると決めた時、ムウは自分が代わりに命を捧げると―――そう決めたんじゃないのか・・・・・?
『アキ・・・・俺も、幸せだった。ずっと・・・・ずっとアキといたかった・・・・』
―――そうだ・・・・ムウは、一言だって、言わなかったじゃないか。
―――アキ、シナナイデ、と・・・・・
あれは・・・・・俺が、死なないとわかっていたから・・・・・
そして、自分が死ぬとわかっていたから・・・・・?
「あぁーーーーーー!!!」
「明来ちゃん!?」
「明来さん!どうしたの!!」
どうして、気付かなかった・・・・・?
優しいムウ。
優し過ぎる、ムウ。
何度も俺を求めてきたムウ。
俺の絵をいとおしそうに見つめていたムウ。
ムウは、俺を心の底から愛してくれていた・・・・・。
俺はその後、その場で気を失ってしまったようだった。
気付くとベッドに寝かされていた。
服はそのままで、おそらく2人でベッドまで運んでくれたんだろう。
起きてリビングへ行くと、薄暗いリビングのソファーで2人が寝ていた。
「あ・・・明来ちゃん!大丈夫!?」
諒が気付いて、俺に駆け寄ってきてくれた。
「うん・・・・2人とも、ここにいてくれたんだ」
「そりゃあ、あんな状態で倒れた人放って帰れないでしょ」
そう言って奈央も目をこすりつつ起き上がる。
「ごめん・・・・。今、大丈夫?2人に・・・・話したいことがある」
俺の言葉に2人は顔を見合わせ、また俺の方を見て頷いたのだった・・・・・。
「―――つまり、そのムウっていう天使がここに3ヶ月間住んでたっていうの?」
俺は、ムウがいた3ヶ月間のことを2人に話した。
「俺たちとも、一緒にハワイ行ったっていうの?確かにハワイは行ったけど―――3人で行った記憶しか―――」
諒が戸惑いの表情で俺を見る。
「いったよ。4人で。いつもここで、4人で過ごしてた。お前ら2人とも、ムウの作る料理がうまいって、俺が1人でいる時よりも毎日のように入り浸って・・・・ムウも、お前らのことが大好きだったから、すごく嬉しそうで・・・・」
俺の言葉に、2人は顔を見合わせた。
まったく、思い出す気配はなかった。
「ムウは・・・・優しいやつだから・・・・きっと、俺たちを悲しませないように記憶を消したんだ。自分に関わった人間の記憶を消して、ここに住んでいた痕跡も全部消して・・・・でも・・・・」
俺はふと思いつき、リビングを出てアトリエに行った。
サイドテーブルに置いた水晶を手に取り、リビングに戻る。
「これ・・・・この水晶は、ムウの涙だ」
そう言って、俺は2人に水晶を見せた。
「へ?これが?天使の涙って、水晶なの?」
諒の言葉に、俺は首を振った。
「いや、これはムウだけだって言ってた。ムウは、天使としての能力を持ってなくて・・・・唯一の能力が、水晶の涙を流すことだって言ってた」
「水晶の涙・・・ね・・・・」
奈央が、俺の手のひらに乗った水晶をじっと見つめた。
「さっきの、あの明来さんを見てなかったらとても信じられない話だけど―――でも、俺らも伊達に長いこと幼馴染やってるわけじゃないからね。信じるよ」
「奈央・・・・」
「俺も、信じる」
「諒・・・・ありがとう」
「だけど・・・その話が本当なら、その、ムウくんはもう・・・・・」
奈央が言葉を濁す。
そう。
もし俺の考えが合っているなら・・・・・
ムウはもう・・・・・・
「でも・・・・でも俺は、そんなの信じたくない。ちゃんと確かめて―――」
「って、どうやって?天使のムウくんが死んだかどうかなんて、確かめる方法―――」
「ちょ・・・明来ちゃん、まさか明来ちゃんも死ぬなんて言わないよね!?」
慌てる諒に、俺は苦笑した。
「・・・そんなこと、言わない。俺が死んだりしたら、ムウのやったことが無駄になる」
「あ・・・・そうだよね、ごめん・・・・でも、それなら・・・・」
「うん・・・・」
どうやって、確かめる?
天国へ行く方法なんて、俺は知らない。
だけど、このままムウのことを忘れて行くなんて、絶対に嫌だ・・・・・
その時だった。
「―――ようやく思い出したか」
突然、窓の方から声がして、俺たちは驚いて一斉にそちらを見た。
「まったく・・・・待ちくたびれたぜ」
そう言ってため息をついたのは、見たことのない男で―――
白い布のようなものを体に巻きつけ、そして背中には純白の翼。
端正な顔立ちに、頭には光る輪が―――
「え―――て、天使!?本物!?」
諒が腰を浮かして身を乗り出す。
「え・・・・じゃあ、この人がムウくん・・・・?」
奈央が目を見開く。
「いや・・・・ムウじゃ、ない」
ムウじゃない。
同じ天使だけれど、彼は――――まさか――――
「リ・・・・ロイ・・・・・?」
ムウの兄
ムウが、尊敬し、その身をも捧げるほど愛していた・・・・・
「・・・・・あんたにその名前を呼ばれたくは、ないけどな」
そう言ってリロイは、俺をじろりと睨みつけたのだった・・・・・。
『黒いの!カサカサって!あれ何!』
『アキ、怖い~~~』
透けるような白い肌。
長い睫毛に、大きな瞳。
すっと通った鼻筋に、ぽってりとした赤い唇。
怖がりで、寂しがりやで、無邪気で、泣き虫で・・・・・
キラキラの、はじけるような笑顔―――
あれは―――
「―――――ムウ!!」
「え?ムウ?誰それ?」
「明来さん、どうしたの?」
思い出した。
夢の中の天使。
見覚えがある、だなんて―――
あれは、ムウだ!
純白の大きな翼も、ふわふわの明るい栗色の髪も、きれいな体も、たとえ後ろ姿だって、俺が見間違えるはずない。
―――ムウ!!
「え、何?明来ちゃん、どうしちゃったの?」
「明来さん、ムウって誰?その人と、何かあったの?」
―――何か・・・・・?
何かって・・・・
―――そうだ・・・・
「なんで・・・・・何で俺、生きてるんだ・・・・・?」
「は?明来さん、何言ってんの?」
―――確かあのとき、ミカエルは―――
―――『・・・お前がムウのために命をささげればムウの勝ちだ。リロイは檻から解放され、2人で幸せに暮らすことができる。ただしお前がそれを拒否すれば―――リロイは一生囚われの身となり、ムウは命を落とすことになる・・・』
そう言ったはずだ。
だから俺は、俺の命を差し出した。
ムウに、生きてて欲しかったから・・・
なのにどうして・・・・・
それに、なぜ俺はムウのことを忘れていた?
俺だけじゃない。
諒も奈央も、ムウのことを覚えていない。
そして、絵も・・・・・
俺が描いたはずのムウの絵も、なくなっている。
ムウのために買った服もない。
まるで、最初からムウは存在していなかったように、俺たちの記憶から消されている・・・・・
どうして・・・・・
ドクンと、心臓が嫌な音をたてた。
―――あのとき、ミカエルは最後に言った。
『ムウ―――約束通り、お前の望みを叶えよう―――』
あれは・・・・あの言葉は・・・・まさか・・・・・
あのとき俺は、自分が死ぬつもりで―――だから、ムウが泣いていることも不思議に思わなかった。
俺の死を悲しんでくれてるんだと思った。
俺と別れることを―――
だけど・・・・よく考えてみたら、どこかおかしい。
ムウは、間違いなく俺を愛してくれていたのに、その俺が命を捧げると知っても、ミカエルに命乞いするようなことはしなかった。
もちろんリロイを助けるためだと、その時の俺はそう思ったはずだ。
だけど、本当にそうだろうか?
いくらリロイを助けるためだったとしても、俺が命を投げ出すのを、あのムウが何も言わずに見ているだろうか・・・・・?
いや、仮に俺のことを愛していなかったとしても―――
ミカエルと約束を交わしたのは、俺と出会う前だ。
だとしても、あの優しいムウが―――
リロイのため―――自分の幸せのために、他人を犠牲にしたりするような約束をするだろうか・・・・?
その相手が、誰だったとしても―――
ムウは、そんな約束はしない。
もしそんな約束を迫られても、ムウなら―――
―――自分が、犠牲になることを、選ぶ・・・・・?
最後の最後で・・・・俺が自分の命を捧げると決めた時、ムウは自分が代わりに命を捧げると―――そう決めたんじゃないのか・・・・・?
『アキ・・・・俺も、幸せだった。ずっと・・・・ずっとアキといたかった・・・・』
―――そうだ・・・・ムウは、一言だって、言わなかったじゃないか。
―――アキ、シナナイデ、と・・・・・
あれは・・・・・俺が、死なないとわかっていたから・・・・・
そして、自分が死ぬとわかっていたから・・・・・?
「あぁーーーーーー!!!」
「明来ちゃん!?」
「明来さん!どうしたの!!」
どうして、気付かなかった・・・・・?
優しいムウ。
優し過ぎる、ムウ。
何度も俺を求めてきたムウ。
俺の絵をいとおしそうに見つめていたムウ。
ムウは、俺を心の底から愛してくれていた・・・・・。
俺はその後、その場で気を失ってしまったようだった。
気付くとベッドに寝かされていた。
服はそのままで、おそらく2人でベッドまで運んでくれたんだろう。
起きてリビングへ行くと、薄暗いリビングのソファーで2人が寝ていた。
「あ・・・明来ちゃん!大丈夫!?」
諒が気付いて、俺に駆け寄ってきてくれた。
「うん・・・・2人とも、ここにいてくれたんだ」
「そりゃあ、あんな状態で倒れた人放って帰れないでしょ」
そう言って奈央も目をこすりつつ起き上がる。
「ごめん・・・・。今、大丈夫?2人に・・・・話したいことがある」
俺の言葉に2人は顔を見合わせ、また俺の方を見て頷いたのだった・・・・・。
「―――つまり、そのムウっていう天使がここに3ヶ月間住んでたっていうの?」
俺は、ムウがいた3ヶ月間のことを2人に話した。
「俺たちとも、一緒にハワイ行ったっていうの?確かにハワイは行ったけど―――3人で行った記憶しか―――」
諒が戸惑いの表情で俺を見る。
「いったよ。4人で。いつもここで、4人で過ごしてた。お前ら2人とも、ムウの作る料理がうまいって、俺が1人でいる時よりも毎日のように入り浸って・・・・ムウも、お前らのことが大好きだったから、すごく嬉しそうで・・・・」
俺の言葉に、2人は顔を見合わせた。
まったく、思い出す気配はなかった。
「ムウは・・・・優しいやつだから・・・・きっと、俺たちを悲しませないように記憶を消したんだ。自分に関わった人間の記憶を消して、ここに住んでいた痕跡も全部消して・・・・でも・・・・」
俺はふと思いつき、リビングを出てアトリエに行った。
サイドテーブルに置いた水晶を手に取り、リビングに戻る。
「これ・・・・この水晶は、ムウの涙だ」
そう言って、俺は2人に水晶を見せた。
「へ?これが?天使の涙って、水晶なの?」
諒の言葉に、俺は首を振った。
「いや、これはムウだけだって言ってた。ムウは、天使としての能力を持ってなくて・・・・唯一の能力が、水晶の涙を流すことだって言ってた」
「水晶の涙・・・ね・・・・」
奈央が、俺の手のひらに乗った水晶をじっと見つめた。
「さっきの、あの明来さんを見てなかったらとても信じられない話だけど―――でも、俺らも伊達に長いこと幼馴染やってるわけじゃないからね。信じるよ」
「奈央・・・・」
「俺も、信じる」
「諒・・・・ありがとう」
「だけど・・・その話が本当なら、その、ムウくんはもう・・・・・」
奈央が言葉を濁す。
そう。
もし俺の考えが合っているなら・・・・・
ムウはもう・・・・・・
「でも・・・・でも俺は、そんなの信じたくない。ちゃんと確かめて―――」
「って、どうやって?天使のムウくんが死んだかどうかなんて、確かめる方法―――」
「ちょ・・・明来ちゃん、まさか明来ちゃんも死ぬなんて言わないよね!?」
慌てる諒に、俺は苦笑した。
「・・・そんなこと、言わない。俺が死んだりしたら、ムウのやったことが無駄になる」
「あ・・・・そうだよね、ごめん・・・・でも、それなら・・・・」
「うん・・・・」
どうやって、確かめる?
天国へ行く方法なんて、俺は知らない。
だけど、このままムウのことを忘れて行くなんて、絶対に嫌だ・・・・・
その時だった。
「―――ようやく思い出したか」
突然、窓の方から声がして、俺たちは驚いて一斉にそちらを見た。
「まったく・・・・待ちくたびれたぜ」
そう言ってため息をついたのは、見たことのない男で―――
白い布のようなものを体に巻きつけ、そして背中には純白の翼。
端正な顔立ちに、頭には光る輪が―――
「え―――て、天使!?本物!?」
諒が腰を浮かして身を乗り出す。
「え・・・・じゃあ、この人がムウくん・・・・?」
奈央が目を見開く。
「いや・・・・ムウじゃ、ない」
ムウじゃない。
同じ天使だけれど、彼は――――まさか――――
「リ・・・・ロイ・・・・・?」
ムウの兄
ムウが、尊敬し、その身をも捧げるほど愛していた・・・・・
「・・・・・あんたにその名前を呼ばれたくは、ないけどな」
そう言ってリロイは、俺をじろりと睨みつけたのだった・・・・・。
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