Angel tears

まつも☆きらら

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第33話

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「あの・・・・リロイ・・・くん・・・・」

「ちょっと待って。その前に」

そう言ってリロイは片手を上げると、ひらりとその手を振った。

すると―――

「あ・・・れ・・・・?」

諒が、突然はっとしたように目を瞬かせた。

「・・・・思い、出した・・・・」

と、奈央も目を見開いて言った。

「ムウちゃん!そうだよ、さっきの話、あれムウちゃんのことだよね!?ムウちゃんが死んだかもしれないって、そんなのウソだよね!?」

「諒さん、うるさいよ」

「だって!」

「あなたが、リロイくん・・・・今、俺たちの記憶を取り戻させたのは―――」

「俺だよ」

そう言って、リロイは床に胡坐をかいて座り、胸の前で腕を組んだ。

「え!2人とも、思い出したの?ムウのこと!」

俺は驚いて声を上げた。

「うん、今急に―――ムウちゃんが来てからのこと、全部思い出したよ」

「俺も。でも、そんな力があるのなら、どうしてもっと早く明来さんの記憶を取り戻してあげなかったんですか?」

そう言って、奈央がリロイを睨む。

リロイは表情を変えず、肩をすくめた。

「―――それじゃあ、意味がない。本当にムウを愛しているのなら、俺が何もしなくたって、きっと思い出すはずだろう?自分の命を捧げるほど、愛したやつなんだ―――もし思い出せなければ、あんたのムウに対する愛情はその程度のものだったってことだ」

リロイの言葉に、俺たちは黙るしかなかった。

本当に、その通りだと思った・・・・・。

あんなに愛していたムウのことを思い出すのに、1ヶ月もかかってしまうなんて・・・・・

ムウは毎日、夢の中に出てきてくれていたのに・・・・

落ち込み、俯いた俺を見て、リロイはふんと鼻を鳴らした。

「だからと言って、そんなことでいちいち落ち込まれては困る。あんたには、やってもらわなきゃいけないことがあるんだ」

「え・・・・俺に・・・・?何を・・・・」

「何を?あんたバカか?」

「・・・・・・え」

―――あのぉ・・・・・

なんか、リロイのイメージが、俺の思っていたのとだいぶ違うというか・・・・・

ムウはいつも、『リロイは優しい』って言ってた。

自分のことよりも、ムウのことを何より優先してくれる、優しい人だって。

「・・・・自分以外に、俺が優しくするのはムウだけだ。ムウ以外のやつに優しくするような、そんなサービス精神は持ち合わせていない」

俺の考えていることを読んだかのように、リロイが言った。

「ムウは・・・・俺の全てだ」

そう言って、リロイは初めて口の端を少し上げ、微かに笑ったのだった・・・・・。





「俺は、生まれたころから能力が高いと言われて、いわゆる英才教育を受けてきた」

リロイが、静かに語り始めた。

「回りに期待され、親に言われるがまま小さい頃から修行をさせられた。父親は仕事が忙しくほとんど帰ってくることはなく、母親は俺に依存していた。俺は母親の期待に応えようと一生懸命修行していて―――そんな時、ムウが生まれた。ムウは生まれた時からすごく可愛くて、俺はとてもムウを可愛がった。でも母親は―――」

リロイの顔が苦し気に歪んだ。

「天使としての能力を持たずに生まれたムウの存在を、拒絶したんだ」

グッと拳を握りしめるリロイ。

俺たちは、ただ黙って聞いていた。

「母親が居なくなって―――俺は初めて母親が何を望んでいたのかを知ったよ。母親が欲しかったのは『優秀な天使を育てた母親』という称賛だ。俺がどんな子でも、そんなことはどうでもよかったんだ。―――俺は、その頃にはもうミカエルの仕事を手伝うまでになっていた。だから、ムウを他の者に預けることを勧められたけど・・・・俺はムウを自分で育てると決意したんだ」

「え・・・・リロイくんが1人で?それって大変じゃないの?」

諒の言葉にんリロイは苦笑した。

「人間ほどじゃないよ。天使の成長は早いから。それに、ムウはすごく育てやすい子だったし、俺には取り巻きがいたから、俺が忙しい時には進んで面倒見てくれるものがたくさんいた」

「はぁ・・・・」

「でも別に、取り巻きなんかいなくても俺は1人でムウを育てられた。俺にとって、ムウは何よりも大切な存在だったから。ムウよりも仕事を優先するようなことはしたことない」

「・・・・本当に、ムウくんを愛してたんだね。でも・・・・それでも実の兄弟でしょ?いくら愛してるからって―――」

奈央が言葉を濁す。

「―――そうだな。兄弟なのに、俺はムウを抱いた。それは、間違いなく罪なことだとわかっていたのに・・・・。俺は・・・・ムウを、誰にも渡したくなかった・・・・。ムウが、俺だけを頼ればいいと、そう思ってたんだ・・・・。最低な兄だって、自分でも思うよ」

そう言って自嘲気味に笑うリロイ。

俺は、無意識にぐっと拳を握っていた。

わかっていたことだけれど・・・それでもやっぱり、事実をつきつけられるのは、きつい。

だけど―――

この人は、見た目よりもずっと不器用なのかもしれない、と思った。

小さなころから大人の顔色を伺って生きていた。

周りからちやほやされればされるほど、孤独を感じていたのかもしれない。

そんなリロイにとって、ムウはまさに天使だったのだろう。

ムウを独占したくて、自分を頼るムウを、抱いたのか・・・・・。

「ムウは、そんな俺を受け入れてくれた。ムウは母親に見捨てられ、いつも後ろ指さされていたせいで俺にしか心を開いていなかったから、俺のすることに間違いがあるなんて、思わなかった。いつでも俺の言葉を、そのまま信じてくれていたんだ」

「それを―――ミカエルさまに知られたんだね」

俺の言葉に、リロイはちらりと俺を見て―――

ふと、意味ありげな笑みを浮かべた。

「そう、知られた。でもそれは―――偶然じゃないんだ」

「え・・・・それ、どういうこと?ミカエルは、たまたま2人の様子を見ようと森に入ったら見つけたって―――」

あのときミカエルは、俺にそう言ったんだ。

『森に引きこもりがちなムウを、リロイはいつも心配していた。頻繁にあの森に行っていたから、私も2人の様子を見ておこうと思って入ったんだ。あの森の様子だけは、実際に入らないとわからないから。しかしあの2人はそこで―――』

「・・・俺も、その時は偶然だと思った。だけど・・・・そうじゃなかった。―――ところで、ムウが一度ひどい怪我を負っていたことがあっただろう?」

その言葉に、俺はあの時のことを思い出してはっとした。

「そうだ、あの怪我は―――」

「あれは・・・・ムウの母親にやられたんだ」

「母親!?どうして・・・」

「ムウの―――俺たちの母親は、天国を追放され、追手から逃げ隠れていた。その母親が、俺が檻に入れられているという噂を聞きつけ、俺に会いにきたんだ。そこでムウを見つけ―――俺が檻に入れられているのはムウのせいだと思い、ムウを攻撃したんだ」

「そんな・・・・お母さんなのに、ひどいよ!」

諒が叫び、奈央もその時の様子を思い出したのか顔を歪ませた。

「ああ、本当にひどい・・・・。俺は、母親を罵倒した。母親は、俺に憎まれていると知ると、涙を流して懇願してきたよ。許して欲しいってね。だから・・・・許して欲しいなら、俺の言うとおりにしろって言ったんだ」

そう言って、にやりと笑ったリロイ。

「俺は確かに罪を犯した。だけど、それなら母親と同じようにムウとともに天国を追放すればいいことなのに、ミカエルはそうしなかった。俺だけを檻に入れ、ムウに俺を助け出すためと言って何かをさせようとしていた。それが何なのか・・・・ムウが俺のために嘘をついていることはわかっていたから、なんとかしてミカエルのことを探れないかと思ってたんだ。それで、母親にミカエルの身辺を探れと言ったんだ。追放され、ずっ隠れていた母親なら、こっそり探ることはわけないと思ったんだ」

「え・・・・母親を利用したの?」

俺は思わず聞き返してしまった。

諒もぽかんと口を開け、

「―――リロイくんて、性格わ―――」

「こらっ」

奈央がぽかんと諒を叩き、諒が思わず口を抑える。

リロイはひょいと肩をすくめ、

「人間のことわざで立っているものは親でも使えって言うだろ?」

と、言ったのだった・・・・・。




ムウの母親はリロイに言われたとおり、ミカエルの身辺を探りだした。

リロイがミカエルを疑ったのは、檻に入れられたということだけじゃなかった。

本当にリロイを自分の片腕と買っていたミカエルは、自分の娘との縁談をリロイに勧めたのだという。

リロイはそれを断った。

ミカエルの娘は美しく、天使としても優秀だった。

だけどリロイにとってはムウ以外の天使は、何の興味も持てない存在だった。

娘が振られ、自らも恥をかかされたと思ったミカエルは、リロイと弟のムウが禁断の関係だと気付く。

あの森で2人が愛し合っていると、気付いたのだ。

だから、2人が抱き合っている現場に踏み込んだ。

2人に、罰を与えるために―――

だけど2人を追放しなかったのは、また別の理由があったのだ。

ミカエルの興味の対象は、リロイではなく、ムウだった・・・・・。

天使として完璧で、なんの欠点もないリロイが、何よりも大切にしている存在がムウだった。

出世欲もなく、ただひたすらムウのために生きているリロイを見ていて、ミカエルはムウに興味を持ったのだ。

どうしてそこまでムウに夢中になるのだろうと―――

そこで、ムウにあの約束をさせた。

ムウが、どうしてそこまでリロイを夢中にさせることができたのかを、見極めるために。

人間を1人誘惑し、自分のために命を捧げさせろと。

その命と引き換えにリロイを檻から出すと―――

だけど、ムウはその約束にすぐには頷かなかった。

たとえリロイのためでも、他人の命を犠牲にすることなどできなかったムウは、その代わりに自分の命を差し出すと言ったのだ。

約束が果たせなくても果たせても、ムウは3ヶ月の命ということになる。

だけどムウの決意は変わらなかった。

そして俺の想像した通り、ムウは自分に関わったすべてのものから記憶を消し、痕跡を消すようにミカエルに頼んだんだ。

誰も、悲しまないように―――

そうして、ムウは俺のところへ来た―――。




「ねぇ、ちょっと待ってよ。ムウくんは自分に関わる全てのものから記憶を消して―――って言ったんでしょ?なのに、なんでリロイくんは記憶が消されなかったの?単純に、明来さんよりも先に思い出したってだけ?」

奈央の言葉に、リロイはまたにやりと笑った。

「ふん・・・・先にそうなるってわかってれば、それを回避することくらい、俺にはわけない」

「え・・・そうなの?」

諒が声を上げ、俺と奈央も驚いてリロイを見つめた。

「ミカエルと同等の力は、これでも持ってるよ。記憶を消されたふりすることも簡単だ。問題はここから・・・・俺たちからムウの記憶を消したあと、ミカエルはムウをどうしたと思う?」

リロイの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。

「ムウは・・・・・生きてるってこと?」

俺は、はやる気持ちを抑えリロイにそう聞いた。

「ミカエルの目的は、ムウだ。そのムウをみすみす殺したりはしない」

「じゃあ・・・!」

俺は思わず立ち上がり、諒と奈央もほっとしたように顔を見合わせた。

「生きてるよ、ただ・・・・今は、ミカエルの元にいる」

そう言って、リロイは目を伏せた。

とても辛そうに見えた。

「ミカエルの元に・・・?」

「そう。ミカエルは、3ヶ月間ずっとムウを監視していた。ムウが、あんたと愛し合い、この人間界であんたたち人間とうまくやっているのを見て・・・・ミカエルは、ムウを自分のものにしたくなったんだ」

「自分のものって・・・・・」

「ムウの記憶を全て消し―――自分の傍に置くことにしたんだ」

「そ・・・・んな・・・・・・ムウが・・・・」

俺は再び、ソファーに腰を下ろした。

「どうして!?ミカエルはどうしてそんなひどいことをムウちゃんにするの!?」

諒が泣きながらそう言った。

奈央が、諒の肩を優しく叩く。

「リロイくんは、ムウくんの記憶を取り戻すことはできないの?俺たちにしたように―――」

奈央の言葉に、リロイは首を振った。

「やってみたよ、もちろん。ミカエルがいない時を狙って、ムウの傍まで行って・・・・でも、ムウの周りには目に見えないバリアのようなものが張り巡らされていて、近づくことができないんだ。俺の力も届かない。呼びかけても、ムウはなにも反応しない。1人の時は与えられた小屋の中でただぼんやりと過ごしてるんだ。そして、ミカエルが戻ってくれば、その傍に寄り添っている・・・・」

「寄り添ってるって・・・・ムウちゃん、まさか、ミカエルに・・・・」

「諒さん!」

「だって!」

「いや・・・・ムウはただ、傍にいるだけだよ。何も覚えていないけど・・・・でも、ムウはミカエルに触れられることを拒絶してるんだ」

「拒絶・・・・?」

「そう、ミカエルがムウに触れようとすると、ムウはとても怯えて―――泣きだしてしまうんだ。子供みたいに―――さすがに、ミカエルもあれで一応天使の長だからね。無理やり抱くようなことはしない。諦めてはいないみたいだけど」

「だけど・・・・だけどひどすぎる!ムウくんが、かわいそう過ぎるよ!なんとかして、助けられないの?」

奈央がリロイに掴みかかりそうな勢いで迫ると、リロイは冷静な目で俺を見た。

「助けたいに、決まってる。言っただろ?ムウは、俺の全てだ。たとえ俺のものにならなくても・・・・・ムウに、これ以上辛い思いはさせたくない」

「じゃあ・・・・・」

俺が言うと、リロイはすっと立ち上がり、俺の方に手を差し出した。

「ムウを、助けられるのは、あんたしかいない。―――明来、一緒に来てくれ」

「え・・・・一緒にって・・・・天国に?」

「そうだ。―――ムウのいる小屋には、何もないけど・・・・2つだけ、この人間界から持って行ったものがあったんだ」

「え・・・・・」

「明来が描いた、ムウの絵だよ」

「―――!!あの、2枚の・・・・!」

「そう。恐らく、ムウが記憶を失う前―――自分がもう死ぬと思ってその絵を持って行ったんだろう。母親が・・・・感情を失ったようにぼんやりしているムウが、その絵を見るときだけとても幸せそうな顔をすると言っていたよ・・・・・」

「ムウ・・・・!」

俺の目から、涙が溢れた。

「明来なら、きっとムウを救えるって・・・・俺は信じてる。だから・・・・一緒に来てくれ」

強い意志を持ったリロイの目が、真っ直ぐに俺を見つめていた。

俺は手の甲で涙を拭い、背筋を伸ばすと、手を伸ばしてリロイの手を取った。

「必ず、助ける。俺が、ムウを―――!」
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