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第34話
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「明来さん、行ってらっしゃい。絶対ムウくんを連れて帰ってきてね」
「絶対ね!!俺も行きたかった!!絶対、ムウちゃん連れて来てね!助けてね!」
そう言って手を振る2人に俺は手を振り返し、リロイの腕につかまった。
「行くぞ」
そう言ったかと思うと、体がふわりと浮きあがり―――
「あ!!」
突然部屋に吹き込んできた突風に流される様に、俺の体はリロイとともに窓から飛び出した。
あっという間に、家が小さくなる。
驚いている間もなく町が小さくなり、雲を切って何も見えなくなったかと思ったら―――
「ついたよ」
そう言って、リロイはゆっくりと下降し、小さな湖の前に降り立った。
「すげ・・・・あっと言う間だ」
怖がってる暇もなかった。
「驚いてる暇はないぞ。急がないと―――ムウから聞いてるだろ?ここで過ごす時間は人間界の時間とは違う。こっちで1日かかれば、向こうでは1週間たっていることになるんだ」
―――そうだった。
「ここからミカエルの住処まで、飛んで行けばすぐだけど・・・・ここにあんたが来ていることを、ミカエルに感づかれたら面倒だ。ちょっと時間はかかるけど、裏道を歩いて行こう」
スタスタと歩き出すリロイのあとを、慌てて着いて行く。
湖の横を通り過ぎると、鬱蒼とした森に入って行った。
中は薄暗くて、なんとなく不気味な感じがした。
「―――ここが、遮断の森だよ」
リロイが言った。
「遮断の森って・・・・」
「ムウが、ずっと引きこもっていた森だよ。もう少し行くと―――ほら」
リロイが、足を止めた。
俺も立ち止まり、リロイの視線の先を見ると―――
「これ・・・・!」
ひと際大きな木の根元に、まるで絨毯のように敷き詰められていたのは―――
「水晶・・・・・?」
「そう。これは、全部―――」
「ムウの、涙・・・・?」
こんなに・・・・大きな結晶の塊になるほど、たくさんの涙を・・・・・
俺は無意識にそこにしゃがみ、水晶の塊に触れた。
硬質な冷たい水晶が、柔らかい光を発していた。
触れると、どこかせつなくて、それでいてほのかに暖かい温もりが―――
「ムウ・・・・・」
1人ぼっちで泣いていたムウの味方は、リロイだけだった。
暗い森で、ムウに優しく寄り添ってくれたリロイに、体も心も預けていたムウ。
もちろん嫉妬はする。
今でも、ムウがリロイに抱かれていたかと思うと体が震えだすくらい許せない気持ちがあるけれど―――
でも、恋愛感情ではなく、リロイを頼り依存してしまったムウを、責める気にはなれなかった・・・・・。
「・・・・ここを抜けたら、ミカエルの住処につくよ」
リロイの言葉に頷き、俺は森の向こうの明るい空に目を細めた。
ようやく暗い森を抜けると、明るい草原に出た。
花が咲き乱れ、鳥のさえずりが響いていた。
そしてその草原の中、白樺の木でつくられた大きな家が見えた。
その家を囲むように、小さな小屋が点々と立っている。
「―――今の時間、ミカエルは見回りに出てる。ムウはたぶん、あの小屋にいるはずだ」
そう言って、リロイは同じような小屋の中の、真新しい一戸へと向かって歩き出した。
―――あそこに、ムウが・・・・
俺はドキドキしながら、リロイのあとについて行く。
小屋の入口の扉をリロイが叩くけれど、反応はない。
「―――入ろう」
そう言って、リロイは扉を開けた。
鍵はかかっていなかった。
「・・・いないな」
中は意外と広々としていたが、ベッドと小さなテーブル以外に家具はなく、がらんとしていた。
そしてその壁に、俺の描いたムウの絵が飾られていた。
「・・・・その絵、俺、好きだよ」
リロイの言葉に、俺は驚いてリロイを見た。
「どっちの絵も、ムウがすごくいい顔してて・・・・本当に、あんたといい時間を過ごしてたんだなっていうのが、伝わってくる」
「そ・・・そうかな」
「うん。俺は、何度もムウのいろんな顔を見てきたけど・・・この顔は、どっちも俺が見たことにないムウだよ。それで、ようやく気付いたんだ」
そう言って、リロイはふっと笑った。
「ムウはいつも・・・俺に気を使っていたんだって。きっと、俺に嫌われたら自分の居場所がなくなると、そんな風に思っていたんだ。だから、俺の言うことに逆らえなかった。俺はいつの間にか、ムウのことを支配しようとしていたのかもしれない」
悲しそうな、そして寂しそうな表情のリロイ。
「―――そんなこと、ないよ。ムウは、リロイくんのことを本当に愛してたんだ」
俺の言葉に、リロイは顔を上げた。
「リロイは優しくて、すごい天使だって、いつも言ってたよ。リロイのおかげで今まで生きて来られたって・・・・母親がいなくても平気だったって、言ってた。きっと、ムウはいつもリロイくんがそうしてくれていたように、今度は自分がリロイくんの役に立ちたかったんだと思う。リロイくんのことが、大好きだから・・・・」
リロイの瞳が揺れて、きゅっと唇を結んだ。
まるで、涙を堪えるように―――
「・・・・ありがとう」
それは、初めて見るリロイのとても優しい笑顔だった・・・・。
―――キィ・・・・・
木が軋むような音とともに、扉が開いた。
ゆっくりと扉が開き、ムウが中に入ってきた―――
「ムウ!!」
俺はムウに駆け寄ろうとして―――
突然、見えない壁に突き当たったように、体が押し戻された。
ムウは、俺の姿が見えていないようにふらりと小屋に入ってくると、ぼんやりと壁の絵を見つめた。
―――ムウ・・・・・ムウだ!
相変わらずきれいで・・・・
だけど、前よりも痩せた気がする。
顔色も良くないみたいだ。
「ムウ!!ムウ、聞こえないのか!?ムウ!!」
必死に叫んでも、ムウは無反応だった。
「あんたでも、駄目なのか・・・・?」
―――諦めるもんか!!
「ムウ!!ムウ!!ずっとそばにいるって言ったじゃんか!俺のこと、愛してるって!もう一度・・・言ってくれよ!ムウ!!」
涙が、溢れ出てきた。
「愛してる・・・・・愛してるんだ、ムウ!お前が傍にいなきゃ・・・・生きてたって意味がないんだよ!ムウ・・・!!」
もう一度、ムウに触れたい。
ムウの声が聞きたい。
ムウの笑顔が見たい。
「ムウーーーーー!!!」
その時だった。
ムウの体がピクリと震え―――
その目が、大きく見開かれ、瞳がきらきらと輝きだした。
そして、ゆっくりとムウが俺の方を振り返る―――
「・・・・・ア・・・・・キ・・・・・・?」
「―――ムウ!!」
突然、目の前の霧が晴れたようだった。
俺は思い切り手を伸ばし、ムウの体を抱きしめた。
「ムウ!!」
「アキ・・・・?なんで・・・・・」
「やっぱり、明来はすごいな」
リロイの嬉しそうな声がした。
「リロイ・・・・?リロイ!!檻から出られたんだね!よかった!」
ムウがパッと笑顔になる。
その笑顔は、俺の良く知っているムウの笑顔だった。
「お前のおかげだよ」
リロイの言葉に、ムウは照れくさそうに笑った。
その表情に、リロイも嬉しそうに笑った。
「アキ・・・・は、どうしてここに・・・・てか、俺もなんで・・・・え、ここどこ?天国?」
きょろきょろと、小屋を見回すムウ。
その様子は俺の知っているムウそのものだった。
「あ―――!」
ムウは、壁の絵に気付くと声を上げ、その絵に駆け寄った。
「これ・・・・そうだ・・・・俺、この絵だけは消したくなくて・・・・アキが、俺のことを忘れても、この絵だけは残るようにって・・・・・」
「ムウ・・・・」
「アキ・・・・どうして、俺のことがわかるの?リロイも・・・・それに、何で俺、生きて・・・・ミカエルさまは―――」
「なぜ、お前たちがここにいる?」
いつの間に入ってきたのは、扉の前にミカエルが立っていた。
「ミカエルさま・・・・どうして、俺はここに・・・・・?」
ムウの言葉に、ミカエルが微かに目を見開いた。
「思いだしたのか・・・・・?まさか・・・・」
「ご自分の力が破られるとは、思ってもいませんでしたか?」
リロイが言った。
その声は静かだったけれど、強い怒りの意志が込められているようだった。
「あなたは・・・・・ムウを手に入れるため、私欲のためにその力を使われたのですね・・・・!」
「お前・・・・・気付いていたのか・・・・・」
「わたしは、罪を犯しました。しかし、あなたはそのわたしを、自分の欲のために利用した・・・・天使の長として、恥ずかしくはないのですか!」
強い口調のリロイに、ミカエルは一瞬ひるんだかのように見えたけれど―――
「ふ・・・・お前のように罪を犯したものに、私を責める権利などないわ!―――いいだろう。それではお前の言うとおりお前たちを罪人として、この天国から追放して―――」
「そこまでだ」
それは、一気に空気を一変させるような、そんな声だった―――。
「絶対ね!!俺も行きたかった!!絶対、ムウちゃん連れて来てね!助けてね!」
そう言って手を振る2人に俺は手を振り返し、リロイの腕につかまった。
「行くぞ」
そう言ったかと思うと、体がふわりと浮きあがり―――
「あ!!」
突然部屋に吹き込んできた突風に流される様に、俺の体はリロイとともに窓から飛び出した。
あっという間に、家が小さくなる。
驚いている間もなく町が小さくなり、雲を切って何も見えなくなったかと思ったら―――
「ついたよ」
そう言って、リロイはゆっくりと下降し、小さな湖の前に降り立った。
「すげ・・・・あっと言う間だ」
怖がってる暇もなかった。
「驚いてる暇はないぞ。急がないと―――ムウから聞いてるだろ?ここで過ごす時間は人間界の時間とは違う。こっちで1日かかれば、向こうでは1週間たっていることになるんだ」
―――そうだった。
「ここからミカエルの住処まで、飛んで行けばすぐだけど・・・・ここにあんたが来ていることを、ミカエルに感づかれたら面倒だ。ちょっと時間はかかるけど、裏道を歩いて行こう」
スタスタと歩き出すリロイのあとを、慌てて着いて行く。
湖の横を通り過ぎると、鬱蒼とした森に入って行った。
中は薄暗くて、なんとなく不気味な感じがした。
「―――ここが、遮断の森だよ」
リロイが言った。
「遮断の森って・・・・」
「ムウが、ずっと引きこもっていた森だよ。もう少し行くと―――ほら」
リロイが、足を止めた。
俺も立ち止まり、リロイの視線の先を見ると―――
「これ・・・・!」
ひと際大きな木の根元に、まるで絨毯のように敷き詰められていたのは―――
「水晶・・・・・?」
「そう。これは、全部―――」
「ムウの、涙・・・・?」
こんなに・・・・大きな結晶の塊になるほど、たくさんの涙を・・・・・
俺は無意識にそこにしゃがみ、水晶の塊に触れた。
硬質な冷たい水晶が、柔らかい光を発していた。
触れると、どこかせつなくて、それでいてほのかに暖かい温もりが―――
「ムウ・・・・・」
1人ぼっちで泣いていたムウの味方は、リロイだけだった。
暗い森で、ムウに優しく寄り添ってくれたリロイに、体も心も預けていたムウ。
もちろん嫉妬はする。
今でも、ムウがリロイに抱かれていたかと思うと体が震えだすくらい許せない気持ちがあるけれど―――
でも、恋愛感情ではなく、リロイを頼り依存してしまったムウを、責める気にはなれなかった・・・・・。
「・・・・ここを抜けたら、ミカエルの住処につくよ」
リロイの言葉に頷き、俺は森の向こうの明るい空に目を細めた。
ようやく暗い森を抜けると、明るい草原に出た。
花が咲き乱れ、鳥のさえずりが響いていた。
そしてその草原の中、白樺の木でつくられた大きな家が見えた。
その家を囲むように、小さな小屋が点々と立っている。
「―――今の時間、ミカエルは見回りに出てる。ムウはたぶん、あの小屋にいるはずだ」
そう言って、リロイは同じような小屋の中の、真新しい一戸へと向かって歩き出した。
―――あそこに、ムウが・・・・
俺はドキドキしながら、リロイのあとについて行く。
小屋の入口の扉をリロイが叩くけれど、反応はない。
「―――入ろう」
そう言って、リロイは扉を開けた。
鍵はかかっていなかった。
「・・・いないな」
中は意外と広々としていたが、ベッドと小さなテーブル以外に家具はなく、がらんとしていた。
そしてその壁に、俺の描いたムウの絵が飾られていた。
「・・・・その絵、俺、好きだよ」
リロイの言葉に、俺は驚いてリロイを見た。
「どっちの絵も、ムウがすごくいい顔してて・・・・本当に、あんたといい時間を過ごしてたんだなっていうのが、伝わってくる」
「そ・・・そうかな」
「うん。俺は、何度もムウのいろんな顔を見てきたけど・・・この顔は、どっちも俺が見たことにないムウだよ。それで、ようやく気付いたんだ」
そう言って、リロイはふっと笑った。
「ムウはいつも・・・俺に気を使っていたんだって。きっと、俺に嫌われたら自分の居場所がなくなると、そんな風に思っていたんだ。だから、俺の言うことに逆らえなかった。俺はいつの間にか、ムウのことを支配しようとしていたのかもしれない」
悲しそうな、そして寂しそうな表情のリロイ。
「―――そんなこと、ないよ。ムウは、リロイくんのことを本当に愛してたんだ」
俺の言葉に、リロイは顔を上げた。
「リロイは優しくて、すごい天使だって、いつも言ってたよ。リロイのおかげで今まで生きて来られたって・・・・母親がいなくても平気だったって、言ってた。きっと、ムウはいつもリロイくんがそうしてくれていたように、今度は自分がリロイくんの役に立ちたかったんだと思う。リロイくんのことが、大好きだから・・・・」
リロイの瞳が揺れて、きゅっと唇を結んだ。
まるで、涙を堪えるように―――
「・・・・ありがとう」
それは、初めて見るリロイのとても優しい笑顔だった・・・・。
―――キィ・・・・・
木が軋むような音とともに、扉が開いた。
ゆっくりと扉が開き、ムウが中に入ってきた―――
「ムウ!!」
俺はムウに駆け寄ろうとして―――
突然、見えない壁に突き当たったように、体が押し戻された。
ムウは、俺の姿が見えていないようにふらりと小屋に入ってくると、ぼんやりと壁の絵を見つめた。
―――ムウ・・・・・ムウだ!
相変わらずきれいで・・・・
だけど、前よりも痩せた気がする。
顔色も良くないみたいだ。
「ムウ!!ムウ、聞こえないのか!?ムウ!!」
必死に叫んでも、ムウは無反応だった。
「あんたでも、駄目なのか・・・・?」
―――諦めるもんか!!
「ムウ!!ムウ!!ずっとそばにいるって言ったじゃんか!俺のこと、愛してるって!もう一度・・・言ってくれよ!ムウ!!」
涙が、溢れ出てきた。
「愛してる・・・・・愛してるんだ、ムウ!お前が傍にいなきゃ・・・・生きてたって意味がないんだよ!ムウ・・・!!」
もう一度、ムウに触れたい。
ムウの声が聞きたい。
ムウの笑顔が見たい。
「ムウーーーーー!!!」
その時だった。
ムウの体がピクリと震え―――
その目が、大きく見開かれ、瞳がきらきらと輝きだした。
そして、ゆっくりとムウが俺の方を振り返る―――
「・・・・・ア・・・・・キ・・・・・・?」
「―――ムウ!!」
突然、目の前の霧が晴れたようだった。
俺は思い切り手を伸ばし、ムウの体を抱きしめた。
「ムウ!!」
「アキ・・・・?なんで・・・・・」
「やっぱり、明来はすごいな」
リロイの嬉しそうな声がした。
「リロイ・・・・?リロイ!!檻から出られたんだね!よかった!」
ムウがパッと笑顔になる。
その笑顔は、俺の良く知っているムウの笑顔だった。
「お前のおかげだよ」
リロイの言葉に、ムウは照れくさそうに笑った。
その表情に、リロイも嬉しそうに笑った。
「アキ・・・・は、どうしてここに・・・・てか、俺もなんで・・・・え、ここどこ?天国?」
きょろきょろと、小屋を見回すムウ。
その様子は俺の知っているムウそのものだった。
「あ―――!」
ムウは、壁の絵に気付くと声を上げ、その絵に駆け寄った。
「これ・・・・そうだ・・・・俺、この絵だけは消したくなくて・・・・アキが、俺のことを忘れても、この絵だけは残るようにって・・・・・」
「ムウ・・・・」
「アキ・・・・どうして、俺のことがわかるの?リロイも・・・・それに、何で俺、生きて・・・・ミカエルさまは―――」
「なぜ、お前たちがここにいる?」
いつの間に入ってきたのは、扉の前にミカエルが立っていた。
「ミカエルさま・・・・どうして、俺はここに・・・・・?」
ムウの言葉に、ミカエルが微かに目を見開いた。
「思いだしたのか・・・・・?まさか・・・・」
「ご自分の力が破られるとは、思ってもいませんでしたか?」
リロイが言った。
その声は静かだったけれど、強い怒りの意志が込められているようだった。
「あなたは・・・・・ムウを手に入れるため、私欲のためにその力を使われたのですね・・・・!」
「お前・・・・・気付いていたのか・・・・・」
「わたしは、罪を犯しました。しかし、あなたはそのわたしを、自分の欲のために利用した・・・・天使の長として、恥ずかしくはないのですか!」
強い口調のリロイに、ミカエルは一瞬ひるんだかのように見えたけれど―――
「ふ・・・・お前のように罪を犯したものに、私を責める権利などないわ!―――いいだろう。それではお前の言うとおりお前たちを罪人として、この天国から追放して―――」
「そこまでだ」
それは、一気に空気を一変させるような、そんな声だった―――。
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