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第三話「逃げ出したい。逃げられない」
しおりを挟む「あっやっ、ふぁあ、痛ッ、痛いッ! やだ、やだあ! ゆるしてぇ!」
教室に響く嬌声。
もちろんそれは私のものではなく。
シナリオ通りの展開であれば、私が発情した獣人の慰み物になる予定だった。
発情期の獣人にロックオンされた私は持ち前の運動能力を最大限活かし、獣人の前から逃げだした。
そして、教室の掃除用具入れへと隠れたのだ。
隠れても無駄だとは感じていたが、相手がイヌ科の獣人でなくてよかった。
鮫の獣人(この国では魚人も獣人と呼ぶ)との営みは、終わればその場は血塗れで、最悪の場合女性側が死ぬ事があるという。
アブノーマルなイベント。
このエロゲのイベントは、親愛度は関係なく発生する。
このゲームからどうしても逃げ出したい私に降り掛かった二つの誤算。
ごめんなさい。あとで保健室に連れてってあげるから許して。
私が隠れるだけで済めばよかった。だが、同級生の乱入は誤算だった。
シナリオの強制力を舐めていた私の失態だ。
薄暗く、狭い掃除用具入れの中で、私は怒りに震える。
私が逃げたら他にターゲットが移るなんて、考えもしなかった。
自分だけ助かろうというのは、なんて浅はかな考えなのだろう。
「君の怒りは最もだけど、今は抑えて」
耳心地のいい低音が耳を打つ。
小声で告げられた言葉に反論の余地はない。
念の為、声を出さず頷く事で返事をする。
これが、ニつ目の誤算。
覗き見男と掃除用具入れに隠れるハメになった事。
逃げ込んだ教室に覗き見男がおり、顔面蒼白な私を一目見て危機を察したのか掃除用具入れへと連れ込んだのだ。
覗き見男に抱き締められる形で身動きの取れない状況。
ほどよく鍛えられた腕が腰に回されており、
意外としっかりした体付き。
場違いにもそう思ってしまう自分がいる。
どれほどの時間が経っただろう。
獣人が気だるげに悪態をついて教室を出て行った音が聞こえ、私達は掃除用具入れから出た。
目に入ってきた光景に体が強張る。
荒らされた机と椅子。
所々血が飛び散っている床。
引き裂かれた制服。
気を失った女性は血塗れで。
これが、私がシナリオから逃げた結果だ。
「酷いね、これは」
ショックを受けたと勘違いしたのか、覗き見男は慰めるように私の背中を優しく撫でる。
その気遣いすら、今は辛い。
いや、本当に辛いのは私じゃないわ。私の代わりとなった被害者よ。
被害者の肌を隠すため、私はブレザーを脱ぎ、ゆっくりと掛ける。
ないよりはマシだろう。
「治癒魔法は使える?」
「……残念ながら」
この世界で最強の主人公といえど、苦手なものはある。
それが治癒魔法だ。
唯一治癒魔法だけが使えない。
治癒魔法が使えれば、彼女を治すことができたのに……。
唇を噛んだ時、上から声が降ってきた。
「そうか。なら俺がやろう」
そう宣言すると、彼は被害者の頭に手を置いて魔法を発動させた。
ゆっくりと消えていく痛々しい傷跡。
力任せに引き千切られた制服も元に戻っていく。
惜しげもなく使われる治癒魔法に、驚き固まってしまったが私に出来る事は他にあると心の中で叱咤し、動き出す。
被害者の表情が和らぐのを横目で見ながら、私は洗浄魔法で床を綺麗にし、さらに荒らされた机と椅子を魔法で片付ける。
「記憶も全部無くなればいいのに」
小声で呟いたつもりが、意外にも大きな音となってしまった言葉に、彼はゆるりとこちらを向く。
「洗脳魔法で忘れるよう促す事は出来ると思うよ。治療で使われると見た事がある。……ただ、俺には洗脳魔法は使えないけどね。はい、終わったよ」
覗き見男は立ち上がり、私に視線を向ける。
不本意ながら彼の言いたいことが分かり、私は被害者をお姫様だっこで持ち上げた。
洗脳魔法なら、私が使える。
被害者の記憶を封じ込められる。
「保健室には私が連れて行きます。……私達は何も見てないし、今日ここでは何も起こらなかった」
「そうだね。たまたま通りかかった君が、具合の悪そうな彼女を保健室に連れて行った……ってところかな」
「ですね。……ありがとう」
私はそう言い残し、早足で教室を出た。
一目散に保健室へと向かう。
私はこれからどうすればいいの……?
イベントから逃げた。
その結果、見知らぬ誰かにその役目を押し付けた。
もう誰かが傷付くのは見たくない。……でも、それじゃあ、私は好きでもない人に抱かれなければいけないの?
じわりと涙が浮かぶ。
エロゲーの主人公だからと、愛のない営みを強要されるなんて、残酷すぎる。
だが、嘆いたところで起きてしまった事実は消えない。
私は今日の出来事を忘れる事は出来ないだろう。
今後の対策を練らないと。
治癒魔法の使い手が近くにいた今回は運が良かった。
しかし、毎回治癒魔法の使い手が近くにいるとは限らない。
あぁ、逃げ出したい。
心からそう思う。
だからこそ、次のイベント時はもっと上手く躱さなければならない。
犠牲者を出さないためにも。
シナリオの強制力を甘く見すぎていた。それは十二分に反省しないといけないわ。次はもっとうまくやる。私なら出来るはずよ。
そう決意を新たに私は前を向く。
全てはシナリオから逃げ出すために。
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