転生令嬢は逃げ出したい 〜絶倫ルート回避したはずなのに、何故か別の絶倫ルートに入ったんですが!?〜

稲雀あや

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第十四話「突然の申し出」

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第十四話「突然の申し出」
 重い瞼を持ち上げ、いつの間にか気を失っていた事を悟る。
 隣で寝ているはずのグレンがいないところを見ると、既に沈んだはずの太陽は天高く上っていることだろう。
 侍女達は私に気遣ってカーテンすら開けずにいてくれているため、憶測でしかないが。

「グレンったら、ここまでしなくても……」

 カラカラに干涸らびた潤いのない喉に潤わせたい。
 サイドテーブルに置かれている鈴を鳴らし、侍女に私が起きた事を告げた。
 そうすれば、着替えと共に飲み物を用意してくれるはずだ。

 予想通り、着替えと飲み物を持ってきた侍女達の手を借りて役に立たない足腰に鞭を打ち、なんとか寝台に腰掛ける。

「ヒルダ」
「心得ております。本当、毎日愛されて羨ましいですわ。ユキノ様」

 何を隠そうヒルダは希少な治癒魔法を使える一族出身だ。
 そのため、毎日ガクガクと震える足腰に回復魔法をかけてもらい生活している。
 蜜月では毎日寝台と友達だった為、ヒルダが私の侍女にと公爵家から来てくれなければ私は今も毎日寝台と友達だったに違いない。

「ヒルダ。いつもありがとう」

 普段から世話になりっぱなしでお礼を言っていなかった事に気付き、思い付きで今までの感謝を口にしただけ。
 ただそれだけのはずだが、目の前の光景はなんなのだろうか。
 瞳は雨粒が落ちた水面の如く揺らぎ、目尻には涙が溢れんばかりに溜まっているヒルダ。
 初めて見る彼女の涙に、私は驚きに打たれオロオロと頼りなく目を泳がせるしか出来なかった。



 永遠に続くかと思われた居たたまれない状況だったが、ヒルダはすぐに落ち着きを取り戻し頭を下げた。

「取り乱してしまい、申し訳ありません」
「いいえ、大丈夫よ? ヒルダこそどうしたの? 何かあった?」
「あんなに小さかったユキノ様が、もうすぐ結婚式を挙げる事、そして一介の侍女にもお礼が言えるような立派な女性になった事に、今更ながら感激してしまいました。歳を重ねると涙脆くなって嫌ですね……」

 娘のように可愛がられてきた自覚があるだけに、私は照れるしかない。

「そんな……いきなり照れるじゃない」
「感慨深くなってしまっただけですので、ささ、着替えを済ませてしまいましょうか」
「ええ、そうね」

 そうして着替えが終わり、遅めの昼食を食べ終えた頃。
 第二王子から面会の申し出があった。

「夕刻、お会いしたいとの事です。いかがなさいますか?」

 第二王子って、どんな人だっけ……?

 一応第一王子であるグレンの妻ではあるが城内の派閥には疎く、妻としての自覚も覚悟も足りないのだろう。
 グレンと二つしか年の差がなく王位継承権を持つ弟。というふわっとした情報しか知らない。

「グレンは?」
「会うのであれば同行するとの事です。決して一人で会わないようにとの伝言も預っております」

 代々シエロニアは一人の女性を囲うようで、妻が自分以外の男性と会うのを忌み嫌う。
 国王様もその一人で、一夫多妻制の権利を放棄して王妃様だけを愛し、慈しんでいる。

「そう。……一度ぐらいは会っておくべきよね。グレンにもそう伝えて」
「かしこまりました」

 頭を下げた侍女が部屋を出たのを横目に、仕方ないと重い腰を上げた。
 ヒルダに余所行きのドレスに着替える事を告げ、準備が整うのを待つ。

「グレンの瞳と同じ色のドレスにして」

 生温かい視線をヒルダから受けたが気にしたら負けだと思うことにする。

「こちらでどうでしょうか?」
「ええ、それにしましょう」

 ちょうど昼頃に届いたマーメイドドレスを選び、侍女達に囲まれて支度をする。

「第二王子のセクト様ってどんな方?」

 髪を梳かしている間に小さな疑問を口にした。
 そうすれば城に長く仕えている侍女が口を開く。

「可哀想な境遇の御方です。心優しく、旦那様と同じくとても優秀ですよ」
「そうなのね」

 可哀想な境遇とは一体なんだろうか。
 気軽に聞いてはいけない気がして私は口を噤んだ。
 そうこうしているうちに支度が整った。
 支度が出来たタイミングを見計らったかのようにグレンが部屋へと訪れる。

「いつにも増して綺麗だ」
「ありがとう」
「正直、気飾って綺麗なユキノを誰にも見せたくない」

 優しく抱き締められ、耳元で囁かれた。
 しかし、会うと決めた事を反故するわけにもいかないのが現実だ。
 それはグレンも理解しているようで、強引に行かせないようにするわけでもない。

「仕方ない。行こうか」
「ええ、そうね」

 心の底から渋々といった感情が伝わっる顔をしたグレンが面白く、笑うと小突かれてしまった。

 心配しなくてもいいのに。

 確かにシナリオ通りに進む世界から逃げようとは思っているが、彼の元からはそうそう離れられないと理解しているのだから。
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