龍王様の半身

紫月咲

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3章 ただす者

真なる覚醒《2》

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『我らがそなたの前に現れてから、ずっとそうして戸惑った表情をしておるの。不思議かね?我らが徹底して愛し子以外を拒むのが』
「…はい。私の力の覚醒に関わっているのは、分かってるんですけど…」
『然もありなん。我らが愛し子以外を拒むのは、そなたの真なる覚醒に必要なこと故じゃ。我らがこうまでして愛し子に問いたいことは、ただ1つだけ。そなたの心からの想い、望み、我らはそれをこそ知りたいと思うておる』
「私の、想い…?」
『我ら『見えざる者』は、いつも愛し子の存在を身近に感じておる。世界の何処にいようと、どれだけ離れていようと、それは変わらぬ。…けれどそなたの想いは言葉にして貰わねば、知ることも感じ取ることも出来ぬのじゃ』
「……」
『力弱き者も、強き者も、『見えざる者』は等しく愛し子だけを愛しておる。そなたに惹かれ、傍に在りたいと望むのじゃ。――そしてそなたは、我らをも引き寄せた』
「え…?」

ご老体の言葉の意味が分からず、なつなが疑問の声を漏らすと、ご老体は自分達が現れた真の理由を口にする。




『龍王の半身が真なる覚醒を迎えし時――そこには必ず力ある見えざる者が、半身の前に現れるのじゃ。それは選ばれし者、半身の『剣』となり『盾』となり、『かせ』となる者』
「枷…?」
『愛し子は皆、その魂から溢れ出る力がある。しかしの、魂の力は歴代半身の全てが、完全に掌握し、扱えるほど容易な力ではないのじゃ』
「それは、アルノディスも言ってました。半身の資質は、魂と自我と身体とがちゃんと重ならないと、完全には発揮されないって…」
『その通りじゃ。魂に刻まれた資質、魂の器たる肉体、善悪を判断する自我。その全てが魂に差異なく重ならなければ、半身に備わる内なる力は、その力を十分に振るうことが出来ぬのじゃよ』
「内なる力…」
『歴代半身の中で、最も内なる力を振るうことが出来たのは、初代半身。『長』に愛されし愛し子。…けれど、初代半身とて真なる覚醒を迎えし時、呼び寄せられたのは我らではないのじゃ』


見えざる者には、順位がある。
宿るものは同じでも、力の強さは同じではない。
力弱き者は、他の見えざる者への干渉など出来ず、力強き者は他の見えざる者にすら干渉する。

例えるなら、雨風荒れる環境では、力弱き者が宿る小さな花が、花弁を散らさずに咲き続けることは出来ないが、力強き者が宿る小さな花なら、どんな環境の中でも、その存在を主張するかのように咲き続ける。
その強い主張が、他の者の意志をねじ曲げ、屈服くっぷくさせるのだ。

それはすなわち、『自我』の強さ。
自分を主張し、力を自覚し、他者にすら干渉出来る者――それこそが、力強き者。
その力強き者の中で最上位に君臨し、大いなるものに宿り、あまねく事象をつかさどり、干渉出来る者――それが『四代』という存在。





『半身が真なる覚醒を迎えし時、呼び寄せられし力強き者。それはすなわち、半身の内なる力の強さを体現する者。そなたが我らを呼び寄せた…それはすなわち、そなたの内なる力は、既に我らを呼び寄せるほどに強いということなのじゃよ』
「私の、力が…?」
『そうじゃ。そなたに自覚がないことも当然。真なる覚醒とは、そなた自身が内なる力を自覚するということ。そして我らは、その内なる力の自覚を促し、極端に溢れ出させぬための『依り代』なのじゃ』
「依り代…」
『我らは、そなたの目覚めし内なる力を受け止め、解放してやらねばならぬのでの。今がその時なのじゃ。…解放してやらねば、内なる力はそなたの身体に影響を与え、魂を損ねることに繋がるのでの』

現実味を感じない言葉に、なつなは困惑しながらも、自分の胸に両手で触れた。
とくん、とくんと、感じる自分自身の鼓動に、なつなは瞼を伏せて、暫くの間身動きを取らずにいた。

そして、その瞼が開かれた時、夜を映すその瞳に、ご老体は確かな覚悟の色を見て取り、ゆっくりと頷くと、それを合図に四代全員がなつなを取り囲むように、円を形作る。




『――時は満ちた。では、始めようかの』

静かに響いたご老体の言葉の後、なつなを包むように、四色の光が、四代それぞれから放たれた。




     ◇◇◇◇◇




光が収まり、なつなが瞼を開いた時、そこは真っ白な、白一色の世界だった。
前を見ても、振り返ってみても、同じ景色が広がっていて。
なつなはただ1人、その白い世界に佇んでいた。




「熱い…」

なつなは、ぽつりと呟いた。
その両手が触れる胸の中にある、自分の心臓から感じる異様な熱が、全身に伝わり、身体全体が波打つように熱を放っていた。
まるで、何かを伝えようとするかのように、熱を放ち続ける心臓が、刻まれる鼓動が、自分の中の何かを作り変えていくようで。




『――愛し子や、我の声が聞こえるかの』

その、不思議で不確かな感覚に、なつなが微かな恐怖を抱き始めていた時、ご老体の柔らかな声が響き、その声になつなははっとして、顔を上げた。
けれど、白い世界のどこにもご老体の姿は見えず、なつなは戸惑いに瞳を瞬かせた。




『今、我らの姿はそなたには見えぬ。この白き世界は、いにしえの時より存在し、半身の真なる覚醒を迎えし時にだけ現れる、『誓始せいしの界』。そなたが自身の想いを吐露し、我らがその呼び声に応えねば、我らはこの世界で形を為せぬのじゃ。…じゃが、形は為せずとも傍にはおる。安心するとよい』

なつなの戸惑いの答えを口にしたご老体の声を聞きながら、それを証明するように、姿は見えずとも感じる4つの気配に、なつなはほっと安堵の息を吐く。
そして、更に熱を放ち始めた心臓を感じながら、なつなは見えない姿に問いかけた。




「私の、どんな想いを口にすればいいんですか…?」
『どんな想いでも良いのじゃ。そなたの望み、願い――素直に感じる想いを、吐露すれば良い。さすればその想いに、そなたに息づく魂が、自ずと応えてくれよう』

その言葉を最後に、気配は感じても途絶えた声に、なつなは深い深い息を吐いて、そっと自分の胸を撫でた。
感じ続ける恐怖や不安を落ち着かせようと深呼吸を繰り返し、促された自分自身の感情に目を向ける。
何度も何度も気持ちを振り返り、そして一時の間の後、自然となつなの口が開かれた。





「――私、ずっと自分は『仲間外れ』だと思ってた。日本にいた時、自分を愛してくれる家族がいるのに愛せなくて、受け入れられなくて、でも1人にはなりたくなくて…自分を偽ってでも、誰かの『仲間』でいたかった。」

「でも、結局は誰といても、疎外感は消えなくて…でもその理由が分からないから、戸惑うしかなくて。その繰り返しで…ホントに苦しかった。」

ぽつり、ぽつりと零される、なつなの独白。
吐露される想いは、ただ孤独だった頃を思い出すようで、でもその表情は次第に凪いだものに変化していく。




「…だから、この世界に来れたことが、ホントに嬉しかった。大神様を恨むよりも、もうあんな気持ちを味わわなくていいんだって、そんな安堵の気持ちの方が強くて…それに、レイの存在を知った時、それがどんなに嬉しかったか。きっと…それは私とレイにしか、実感出来ないことだと思う。」

「みんな、私は優しいって言うわ。でもそうじゃなくて…私はこの世界に来れたから、心から優しくなれただけなの。もう偽らなくていいんだって、私が私であるだけで、愛してくれる人達がいるんだって。思いやってくれる人がいるんだって知ったから。」

「だから私も、そんな人達を思いやりたい。愛したい。優しく在りたい。傍にいたい。――初めて、そう思えたの。私は私の『心』を、この世界に還ってきて漸く取り戻せたの!」

なつなの叫びに、まるで呼応するように、心臓の熱が高まっていく。
どくん、どくんと強く刻まれる鼓動が、早く早くと急かすように、鼓動を早くする。




「だから、私はこの幸せを護りたい。レイ達みんなの幸せを、護りたい。…それが、この世界を護ることで得られるなら、きっと私は、どんなことでもするわ。――だって、ルシェラザルトここが私の居場所だから。私が生きる、場所だから!」

その言葉と共に、なつなの心臓がどくん、と一際強く鼓動を刻み、それと共にあれだけ熱かった身体を包む熱が、まるで波が引くように冷めていき、それと共になつなの足元から、白い光がほとばしっていく。





《――私が愛した“あの人”を、私を護ろうと身を呈した“彼女”を…次代の半身、お願いよ。どうか救って。どうか…》

その光に包まれながら、なつなは哀しげな、懇願するような声を聞いた気がした。







『尊き魂は、当代の想いを聞いた。我ら選ばれし者は、当代の依り代になることを望む。その望み、願い、全てに応え、力となることをここに誓う。我らの声に応え、始まりを告げる唯一たる名を授けよ。さすれば我らはいついかなる時も、当代の守護と為ろう』

白い光は収まり、再び響いたご老体の声と共に、なつなを円に取り囲む4つの光。
ご老体の声に合わせ、明滅する光を見つめてその光に触れながら、なつなの口はまるで知っていたかのように、言葉を紡ぎ出す。





「あなたの名は、メルフィオーサ大地を育む者。」

その声に、黄緑色の光はご老体の姿を形作る。



「あなたの名は、ノーフォルク風を謳う者。」

その声に、薄緑の光は少年の姿を形作る。



「あなたの名は、シュアルクス空を駆ける者。」

その声に、灰色の光は青年の姿を形作る。



「あなたの名は、ランディアナ海に還る者。」

その声に、紺色の光は女性の姿を形作る。


彼らは皆、伏せていた瞼を開くとなつなの正面に立ち、4つの手がなつなの右手に触れ、上向かされた手の甲に、白く柔らかな光が灯る。
そしてその光が消えた時、なつなの手の甲には、それまではなかった四色の蔦状の紋様が、絡み合いながら円を結んでいた。





『――全ての覚醒は、正しく為された。我らが主となりし者よ。世界からの大いなる祝福と共に、今は暫し安らかな眠りにつくと良い。そなたが目覚めし時、また逢おうぞ』

ご老体の穏やかな微笑みと、歓喜を隠しきれない声を聞きながら、なつなは促されるまま、その意識を手放した。
そしてそんな主を囲みながら、満ち足りた笑みを浮かべる四代は、浮かぶ主と共に、その白い世界を後にした。




     ◇◇◇◇◇




『――なつな!!』

レイ達を阻んでいた結界が失われ、それと同時にその場から姿を消した翠月を追いかけるように感じるなつなの気配を追って、彼らがその場所に駆け込んだのと同時に、白い大きな光が弾けた。
そして光が収まったそこには、なつなが横たわった姿勢のまま、ふわりと浮かんでいた。
その身体を受け止めるために、レイは自分の身体をなつなの下に滑り込ませ、横抱きに受け止めた。



「なつな、なつな…!」
“大丈夫だよ、龍王。なつなは生きてる、真なる覚醒を終えて…深い眠りにおちているだけだ”

レイの焦りを隠せない様子に、1人落ち着いた声でそう告げ、歩み寄ってきたシオンは地に落ちているなつなの手の甲に前足で触れた。




“ここに『四代紋』がある。彼らがなつなの『護人まもりびと』になった、何よりの証だ。なつなは無事に、全ての覚醒を終えているよ”
「四代、紋…。じゃあ、なつなは…」
“話は後だ。先になつなを、一刻も早く白王宮で休ませなければいけないからね”

シオンの言葉にはっとし、レイはなつなの身体を抱いたまま、足早に白王宮へと戻っていく。
その後を追う属龍と香龍、コハク達の背を眺めてから、シオンはその瞳をある者達へ向ける。
何も語らず、ただ静かな眼差しで自分達を見つめるシオンに、四代もまた何も語ることはない。

そんなシオンの背を、離れた場所からエドガーとセラフィナが、同じように静かに見つめていた。






◆ なつなちゃん、真の覚醒を終えるお話でした。
私的には、漸くここまできたかー!…って気分です。
このお話が1番重要で、1番難しいところでした。
なつなちゃんの覚醒については、この2段階で終了となります。

万物に名を与える(6段階)
万物を意識的に呼び出す(7段階)

今回は、四代に名を与えるのと同時に呼び出しているわけです。
なつなちゃんが与えた四代の名は、見えざる者特有の言語です。
これで漸く下準備を終えられたので、事件篇へと進めます。
これからもお楽しみいただければ、幸いです。


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