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1章 出会い
予期せぬ遭遇と、告げられた事実
しおりを挟む「さっきは気づかなかったけど、こんなに立派な神社があったんだ…」
長くはない階段を上り、鳥居をくぐって一息つく。
周りを見回せば、適度に手入れがされた樹木と、手水舎がある。
「折角だから、お参りさせて貰おうかな。」
手水舎に近付き、左手からさっと洗い、柄杓に残った水を口に含み清める。
柄杓を洗い戻した後、ハンドタオルで手を拭い、足を進める。
お賽銭を入れ鈴を鳴らし、2回おじぎをした後、2回手を叩く。
何か願い事あったかな、なんて思って……。
『夢に出てくるあの人に、いつか会えますように…』
一礼をしながら、不意にそう心の中で呟いた願い。
考えてたわけじゃない。
でも、ふと思い出した夢。
叶うか分からない願いなら、これがふさわしい気がした。
姿勢を正して、一息つく。
なんだかさっきまでのもやもやした、気疲れした疲労がふっと薄れたようで。
どこか楽になった気持ちで肩にかけた鞄を持ち直して、踵を返そうとした――その時。
ザァ…っと、強い風が吹いて。
“ああ、ああ…漸く見つけた!!”
頭に直接響いた声。
その声の大きさと突然感じた、頭を揺さぶられるような、立ちくらみを起こしたような変な感覚にくらりとして。
なんとかその場に踏ん張りながら私は一瞬、目を瞑った。
そして、次に目を開けた時。
「――はあ?なにこれっ!?」
私は、宙に浮いていた。
「え、これ夢…?」
動揺を隠しきれずに呟いたけど、無意識に踏ん張ろうとして踵に力が入った瞬間、ふらついた足元の不安定さにこれは紛れもない現実だと思い至る。
だって遥か遥か地上に、さっきまでいた神社が見えたから。
それを認識した瞬間、力が抜けたように私はその場にへたり込んでしまった。
“これが夢であってたまるものか!”
「うわっ!」
呆然と地上を見下ろしていた時、急に聞こえた声に体が震える。
すぐに視線を前に向ければ、そこには――猫。
「何で……猫?」
“僕は猫じゃない!”
「や、どう見たって猫なんだけど…」
“だから違うと!…いや、そんなことはどうだっていい!漸くキミを見つけたのだから!”
そう言って、目の前の猫――と言っても、銀色の毛並みの『高貴』という言葉がとっても似合う姿の猫は、その紫色の瞳をきらきらと輝かせ、しっぽを嬉しそうに揺らしながら私を見た。
「私を、探してたの?どうして…」
“それは、キミがこの世界に生まれたことが『誤り』だったからだよ”
「!誤り…?」
その言葉に更に動揺する私を変わらず見つめて、彼は続けた。
“キミはね、本来この世界に生まれる筈じゃなかったんだ。なのに『大神様』が、誤ってこの世界に生まれようとしているキミを止められなくて…”
「おおがみさま…?」
“そう、僕も神様なんだよ。と言っても、僕はあの神社を任されているだけだけどね”
そう言って彼は眼下の神社を見下ろす。
その視線を追って同じように見つめた後、私ははっとして彼に詰め寄った。
「ちょっと待って!今、私は『誤ってこの世界に生まれた』ってそう言ったよね…?」
“そうだよ?”
「じゃあ、私は…どうなるの?こんなあり得ない状況で、神様だって名乗る猫が私を探してて…。もしかして、死ぬの?」
そう呟いた私の声に、彼はきょとんと目を瞬いた後、それを否定するようにしっぽを揺らした。
“そうじゃない。キミは誤ってこの世界に生まれてしまった。でもそれは裏を返せば、キミにはキミが本来生まれる筈だった世界があるということだよ?”
「!」
“だから僕は、キミを迎えにきたんだ。キミは偶然にしろ、僕を参ってくれた。そしてキミの願いによって、漸く僕達はキミの居場所を知ることが出来た”
さあ、これは本当に『偶然』なのかな?
そう言って首を傾げた彼に、私は彼の言葉を一語一句漏らさず噛み砕いて、震える手を握り締めた。
「……私には、あるべき場所があるの?」
“そうだよ。その世界で、キミの『半身』が…ずっとキミを待ってる”
「はん、しん…?」
“そう。キミの魂と『彼』の魂は、元は1つだったんだ。それが2つに分かたれて…キミだけが、この世界に生まれてしまった”
「……」
“キミと『彼』は2人で1つだから、転生させることは出来ないんだ。だからキミをそのまま連れていかないといけない”
「……」
“キミは、何度も夢を見ただろう?その夢に出てきた『彼』が――キミの半身だよ”
その言葉に、漸く。
今まで感じていた『違和感』の正体に気づいて。
愛しさに、切なさに、涙が溢れた。
“――さあ、いよいよ選択の時だ”
涙が止まらない私を静かに見守ってくれていた神様。
そして漸く少し落ち着いた頃、先程までとは違う、厳かな声が響いた。
“キミは、どちらの世界を選ぶ?”
「どちらの…」
“誤ってしまったのは、僕達神の責任だ。だからキミには、お詫びをしなければいけない”
「……」
“こちらの世界に残ってもいいし、本来キミが生まれる筈だった世界に行くのもいい。どちらを選んでも、キミには僕から加護を授けよう”
そう言って、また彼はしっぽを揺らす。
真っ直ぐに射抜くように見つめられて、それが何だかよりこの選択の重大さを知らしめるようで、私は息を呑んだ。
“キミには家族もいる。友達も大事なものもあるだろう。だからキミの『心』が望むままに――決めるといい”
「心…」
そう呟いた時、浮かんだのは。
一滴の、涙。
もう、心は決まっていた。
私が次に口を開いて、暫くののち。
茜色に染まった空が夕闇に変わる頃、上空から――1人の女性と1匹の猫が、姿を消した。
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