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彼女の推し活はカードと共に
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「……喧嘩売ってます?」
突然の少女からの暴言に、僕はそう返す。
頭の真上からドロップキックをかまされたような暴言が飛んできて、思わず半歩のけぞった。
だが彼女は全然引く気がない。
「いやだってさ、さっきからボーっとショーケース見て溜息吐いて。ただでさえ暗そうな顔してる人が更に暗そうな顔してるんだもん。お店の運気も下がっちゃうよ」
「……それは申し訳ない。でも、カードショップが陰キャの巣窟とか、そういう勝手な偏見で喋るのは良くないと思いますよ」
「あはは、それは私もごめんなさい」
本当に申し訳ないと思っているのか、ケラケラと笑う少女。
先ほど店を後にした友人並みに口が悪いぞこの子。
……が、どこか悪意がない。テンションが高い。多分ノリで喋ってるだけだ。
明るい。
というか、眩しい。
「で、ツラ貸せとは?喧嘩なら買いますけど」
「やだ。こんなか弱い少女と喧嘩する気?見た目に似合わず結構好戦的なんだね」
「好戦的なのは君の方だよ。で、何か用事ですか?」
「うん。用事。単刀直入に聞くけどさ」
「……はい」
「君、このゲームやってる人?」
少女はショーケースに陳列されたクロスフェイヴのカードを指差した。
「クロスフェイヴの?あ、はい。まあ……」
「よし!じゃあ――」
彼女はグッと指を突きつけた。
「私にこのゲーム、教えてよ」
彼女は当然の権利のように、まっすぐ僕へ指を突きつけてきた。
「え、と。……なんで僕に?」
「なんか教えてくれそうな顔してた!」
即答だった。
迷いゼロ。自信満々。むしろこちらが戸惑う。
「“教えてくれそうな顔”ってどんな顔だよ……」
「初心者に優しそうな顔!あと、結構暇そうな雰囲気且つ可哀想な顔してたから構ってあげようかなって」
「後半が余計すぎるんだけど!?」
僕が思わず声を上げると、彼女はふふっと笑った。
笑うと――目がさらに大きくなる。
黒目が光る。
ショーケースに映る光の反射より、彼女の瞳の方がよっぽど輝いて見えた。
……いや、落ち着け僕。何を詩的な感想を抱いているんだ。
「で、このゲームってさ。なんか“好きな作品の推しのカードで遊べる”んでしょ?それ聞いて興味持ったんだよね」
彼女はショーケースに貼りつくようにして、ガラスに顔を近付けた。
危うく額をぶつけそうなほど近い。
「ほら、あそこ!アステ☆リスクの主人公のアステちゃん!私あのキャラすっごい好きで」
「は、はぁ……」
お客様。ショーケースにお手を触れようとするのはご遠慮ください。
僕が店員ならそう注意したくなるくらいの勢いで、ショーケースのカードを指差している。
「で、君。このクロスフェイヴってやつ、やってるんだよね?」
「まぁ、一応」
「じゃあちょうどいいじゃん。暇そうだし私に時間ちょうだいよ」
「むっ」
さっきから暇そうだの、可哀想な顔だの。冷静に考えれば(考えてみなくても)失礼な人だ。
でも今日は……心が弱ってるせいか、こういう強引さがむしろ気楽だった。
普段のテンションなら適当に「いや、これから用事ありますけど?」と適当に嘘を吐いてスルーするところなのだが、今日はメンタルがそれなりにボロボロなためか、この天真爛漫な女の子に付き合ってやるのもいいか、と思ってしまった。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど。
「……まあ、暇ではあるから付き合ってやってもいいよ」
「やったぁ!私、このゲームわりと本気でハマる予感してるんだよね!」
勢いがすごい。
台風が人の姿になって進撃してきたみたいな勢いだ。
……だが、不思議と嫌じゃない。
むしろ――その“前のめりな熱量”が、さっきまで僕の胸の奥に重く沈んでいた泥みたいな気分に、少しずつ風穴を開けていくような感覚があった。
この子のテンションに巻き込まれているだけな気もするけど……まぁ、それでもいいか。
ここまで失礼な程にグイグイ来る相手だと、こちらも気を遣う必要が無い。
「……じゃあ、とりあえず座れるところ行こうか。ショーケースの前で立ちっぱなしってのもなんだしね」
自然と敬語はやめていた。
「へっへっへ。先生、よろしくお願いしまーす」
「なんで先生?」
「だって私、君の名前知らないもん。私にカード教えてくれるカード先生と呼ぶしかないし」
「カード先生はちょっとやめてほしいかな……」
若干馬鹿にされてる感じがするし。
「じゃあ教えてよ名前。カードの大会に出る時に使ってるハンドルネームでもいいから」
「そういう文化があることは知ってるんだ。
じゃあ、コトブキって呼んでよ。ハンドルネームはそれで通してるから」
在寿の「寿」の字を取って「コトブキ」。
カードショップの大会に出る時や、SNSをやる時は普段この名前を使っている。
ことぶき、ことぶき……と目の前の少女はまるで呪文でも唱えるように、僕のHNを複数回繰り返した。
「普通の名前だね。本名だったり?」
「ご想像にお任せするよ」
「ま、なんでもいいか。よろしくねコトブキせーんせっ」
そう言って、彼女は嬉しそうにポン、と僕の腕を軽く叩いた。
その仕草があまりにも自然で、なんだか胸がざわついた。
彼女は僕の返事を待つまでもなく、ヒョコッと先に歩き出す。
小柄な背中が、やけに軽やかだった。
「なんっつーか、勢いで突き進むタイプの子だな……」
彼女に対して抱いた印象が思わず口に出てしまった。
いっけね、と僕は咄嗟に口を押さえる。
「え?違うよ」
振り返りながら――彼女はニヤッと笑った。
「勢いじゃなくて、ノリだよ?」
「一緒だろそれは」
「ノリって言葉の方が楽しそうな感じするじゃん?私はライブ感9割で生きてる人間なんですよ」
元気に言い切られてしまった。
(なんだろう、この子……)
明るくて、騒がしくて、自己主張が強いのに、不思議と嫌味がない。
さっきまで失恋でえぐられていた胸の奥が、ちょっとだけ暖かくなるのを感じた。
「……さて、教えると言ったはいいものの、君デッキ持ってるの?」
対戦形式でルールを教えるなら彼女がデッキを持っていなければ始まらない。
僕が複数デッキを持ってきていれば貸すことも出来るのだが、生憎と今日はスタドルのデッキしか持ってきていない。
僕の問いかけに対し、彼女は「ふっふっふ」と含み笑いをしながら、小さなハンドバッグから一つの箱を取り出した。
「モッチのロン。ちゃんとスターターデッキとやらを買ってます」
パッケージには魔法学園アステ☆リスクの主人公、加賀美アステが描かれ、『クロスフェイヴ スターターデッキ 魔法学園アステ☆リスク』と記載されてある。
『特価 500円』の値札が貼られてあった。
店の売れ残りか。アステ☆リスクのスターターってもう3ヶ月くらい前に発売されたやつだもんな。
しかし、値札がちょうどアステちゃんの目線に貼られてあって、風俗嬢の顔写真みたいになってるな……と、どうでもいいことを一瞬考える。
「なんか安くて助かったな。これ、普通1個1000円くらいするんでしょ」
「まあ、発売されてから結構経ってるからね。それ、まだ開けてない?」
「新品未開封だよ。今から開けまーす」
そう言って彼女はスターターデッキを開封すると、プレイシートとルールブック、そしてまだインクの匂いが少し残るカードの束が出てきた。
新品のカードの匂いだ。僕はこの匂いが結構好きだったりする。
彼女はカードを捲りながら「おぉ……!」と何やら感嘆の声を上げている。
「これは1話でアステちゃんが初めて変身するシーン……!こっちはライバルの香里ちゃんが忠告をしにくるところで……。
……全部アニメのシーンの切り抜きじゃん。描き下ろしイラストとかもっと無いの?」
「まあ、毎月新弾を出しまくるキャラクターカードゲームだから、イラスト費用はそうやって抑えてる感じかな……」
クロスフェイヴのカードのイラストの大半はイラストレーターによる描き下ろしではなく、アニメのシーンの切り抜きやゲームで使われているイラスト、他のグッズに既に使用されている物がほとんどだ。
毎月のように新弾を出すことと、他社から版権を借りている都合上、描き下ろしイラストを大量に用意するのが難しいからこのようになっているのだと思われる。
「へえ、手抜きじゃなくて経費削減か。
まあいいけどね。好きなシーンがカードになって手元に残るってのも良い気分だし」
「でしょ?」
他のカードゲームをやっている人から見ればイラストが手抜きだと思われるかもしれない(というか自分も最初はそう思っていたし今でも若干思っている)が、アニメの好きなシーンがそのままカードになっていることを喜ぶ人も多い。
「アステ☆リスク好きなの?ちょっと前に流行ったアニメだよね」
魔法学園アステ☆リスク。
今から3年程前に深夜帯で放送されていた魔法少女アニメだ。
僕は詳しくは知らないが、キャラクターデザインの華やかな雰囲気と薄暗さが両立し、人気を博した作品だと聞いている。
確か今年に新作映画が公開されるんだっけ?その宣伝の一環で3ヶ月前にクロフェイに参戦したんじゃないかとSNSで聞いたことがある。
僕がそう聞くと、少女はパッと顔を上げた。
その表情が、さっきまでより一段階明るくなる。
「好きどころじゃないよ!大好き! 超好き!」
「三段活用だ……」
「好きというか、もう……人生観を変えられたレベル?」
「そんなに」
彼女はスターターのカードを一枚ずつ指で弾きながら、早口で語りはじめる。
「アステ☆リスクって、君みたいな未見が創造するような、キラキラ~フワフワ~ってした感じの、土日の朝にやってる感じの魔法少女ものじゃないの。ぜんっぜん違うの。
主人公の加賀美アステって、最初めっちゃ暗いんだよ。クラスでも浮いてて、いじめられてて、誰とも喋れない子でさ。冒頭は彼女が自殺をしに学校の屋上にやってくるシーンで始まるのよ」
「へぇ……。結構シリアスな始まり方すんだね」
「でもある日、屋上で一人黄昏ていた謎の少女、薬師寺リスクから魔法の才能を見込まれて……そこで一気に“別人”になるの」
桜花は手をぎゅっと握りしめて言う。
「変身したらさ、ちゃんと前を向けるようになるの。
自信が無かった子がさ、ヒーローみたいに胸張って“任せて”って言えるようになるの。
あのギャップが最高なんだよ!」
言葉の端々に熱がこびりついていて、語り口は勢い任せなのに、不思議と一本芯があるように見えた。
「……好きなんだなぁ、本当に」
「そりゃあね。アステちゃんの“がんばる姿”は、観てると胸がギュッてなるんだよ。
なんか……“ああ、自分もこんなふうに変われたらいいな”って思える感じ?」
最後の言葉は、さっきまでより一段階小さな声だった。
けれど彼女はすぐに明るい顔に戻って、話題を切り替える。
「で! このカードがさ、第一話の“初変身シーン”だよ!」
スターターの一枚を嬉しそうに僕に突き出してくる。
そこには、煌びやかな衣装を纏ったツインテールの少女が勇ましい姿でマジカルロッドのような武器を構えた少女が描かれていた。
彼女の語りを聞いたせいか、光り物のカードでもないのに、妙に存在感を放っている。
「なんか暗い話が後半多いんだっけ?鬱アニメ特集みたいな動画のサムネでこのアニメのキャラ見たことある」
「んー、まあ設定は重めだし暗い話もあるんだけどさ、それでも必死に前を向くアステちゃんの姿が本当にカッコいいんだよ」
……なんか、“ただ好き”って感じじゃないな、この熱量。
”人生観を変えられたレベル”というのもあながち冗談では無さそうだ。
「なるほどね。加入してるサブスクで見れるなら見てみようかな」
「ぜひぜひ!全話見てハマったら今年の夏にやる映画も見に行ってよ!」
嬉しさだけを前面に出して、彼女は笑った。
その笑顔に、さっき一瞬だけ感じた薄暗さは一切残っていないように見える。
「そんなわけで!」
彼女はスターターデッキのプレイシートを勢いよくテーブルに広げる。
バサッ、と派手な音が鳴った。
「アステちゃんみたいに──私も今日からめっちゃ強くなるので!!」
「何か壮大な目標掲げたな」
「まずはカードゲームから!基礎からビシバシよろしく、先生!」
僕は思わず吹き出してしまう。
重たい気持ちを抱えたまま来たカードショップで、
こんなにも全力のテンションをぶつけてくる人に出会うなんて、思ってもみなかった。
「はいはい……じゃあ、始めよっか」
「はーいっ!」
突然の少女からの暴言に、僕はそう返す。
頭の真上からドロップキックをかまされたような暴言が飛んできて、思わず半歩のけぞった。
だが彼女は全然引く気がない。
「いやだってさ、さっきからボーっとショーケース見て溜息吐いて。ただでさえ暗そうな顔してる人が更に暗そうな顔してるんだもん。お店の運気も下がっちゃうよ」
「……それは申し訳ない。でも、カードショップが陰キャの巣窟とか、そういう勝手な偏見で喋るのは良くないと思いますよ」
「あはは、それは私もごめんなさい」
本当に申し訳ないと思っているのか、ケラケラと笑う少女。
先ほど店を後にした友人並みに口が悪いぞこの子。
……が、どこか悪意がない。テンションが高い。多分ノリで喋ってるだけだ。
明るい。
というか、眩しい。
「で、ツラ貸せとは?喧嘩なら買いますけど」
「やだ。こんなか弱い少女と喧嘩する気?見た目に似合わず結構好戦的なんだね」
「好戦的なのは君の方だよ。で、何か用事ですか?」
「うん。用事。単刀直入に聞くけどさ」
「……はい」
「君、このゲームやってる人?」
少女はショーケースに陳列されたクロスフェイヴのカードを指差した。
「クロスフェイヴの?あ、はい。まあ……」
「よし!じゃあ――」
彼女はグッと指を突きつけた。
「私にこのゲーム、教えてよ」
彼女は当然の権利のように、まっすぐ僕へ指を突きつけてきた。
「え、と。……なんで僕に?」
「なんか教えてくれそうな顔してた!」
即答だった。
迷いゼロ。自信満々。むしろこちらが戸惑う。
「“教えてくれそうな顔”ってどんな顔だよ……」
「初心者に優しそうな顔!あと、結構暇そうな雰囲気且つ可哀想な顔してたから構ってあげようかなって」
「後半が余計すぎるんだけど!?」
僕が思わず声を上げると、彼女はふふっと笑った。
笑うと――目がさらに大きくなる。
黒目が光る。
ショーケースに映る光の反射より、彼女の瞳の方がよっぽど輝いて見えた。
……いや、落ち着け僕。何を詩的な感想を抱いているんだ。
「で、このゲームってさ。なんか“好きな作品の推しのカードで遊べる”んでしょ?それ聞いて興味持ったんだよね」
彼女はショーケースに貼りつくようにして、ガラスに顔を近付けた。
危うく額をぶつけそうなほど近い。
「ほら、あそこ!アステ☆リスクの主人公のアステちゃん!私あのキャラすっごい好きで」
「は、はぁ……」
お客様。ショーケースにお手を触れようとするのはご遠慮ください。
僕が店員ならそう注意したくなるくらいの勢いで、ショーケースのカードを指差している。
「で、君。このクロスフェイヴってやつ、やってるんだよね?」
「まぁ、一応」
「じゃあちょうどいいじゃん。暇そうだし私に時間ちょうだいよ」
「むっ」
さっきから暇そうだの、可哀想な顔だの。冷静に考えれば(考えてみなくても)失礼な人だ。
でも今日は……心が弱ってるせいか、こういう強引さがむしろ気楽だった。
普段のテンションなら適当に「いや、これから用事ありますけど?」と適当に嘘を吐いてスルーするところなのだが、今日はメンタルがそれなりにボロボロなためか、この天真爛漫な女の子に付き合ってやるのもいいか、と思ってしまった。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど。
「……まあ、暇ではあるから付き合ってやってもいいよ」
「やったぁ!私、このゲームわりと本気でハマる予感してるんだよね!」
勢いがすごい。
台風が人の姿になって進撃してきたみたいな勢いだ。
……だが、不思議と嫌じゃない。
むしろ――その“前のめりな熱量”が、さっきまで僕の胸の奥に重く沈んでいた泥みたいな気分に、少しずつ風穴を開けていくような感覚があった。
この子のテンションに巻き込まれているだけな気もするけど……まぁ、それでもいいか。
ここまで失礼な程にグイグイ来る相手だと、こちらも気を遣う必要が無い。
「……じゃあ、とりあえず座れるところ行こうか。ショーケースの前で立ちっぱなしってのもなんだしね」
自然と敬語はやめていた。
「へっへっへ。先生、よろしくお願いしまーす」
「なんで先生?」
「だって私、君の名前知らないもん。私にカード教えてくれるカード先生と呼ぶしかないし」
「カード先生はちょっとやめてほしいかな……」
若干馬鹿にされてる感じがするし。
「じゃあ教えてよ名前。カードの大会に出る時に使ってるハンドルネームでもいいから」
「そういう文化があることは知ってるんだ。
じゃあ、コトブキって呼んでよ。ハンドルネームはそれで通してるから」
在寿の「寿」の字を取って「コトブキ」。
カードショップの大会に出る時や、SNSをやる時は普段この名前を使っている。
ことぶき、ことぶき……と目の前の少女はまるで呪文でも唱えるように、僕のHNを複数回繰り返した。
「普通の名前だね。本名だったり?」
「ご想像にお任せするよ」
「ま、なんでもいいか。よろしくねコトブキせーんせっ」
そう言って、彼女は嬉しそうにポン、と僕の腕を軽く叩いた。
その仕草があまりにも自然で、なんだか胸がざわついた。
彼女は僕の返事を待つまでもなく、ヒョコッと先に歩き出す。
小柄な背中が、やけに軽やかだった。
「なんっつーか、勢いで突き進むタイプの子だな……」
彼女に対して抱いた印象が思わず口に出てしまった。
いっけね、と僕は咄嗟に口を押さえる。
「え?違うよ」
振り返りながら――彼女はニヤッと笑った。
「勢いじゃなくて、ノリだよ?」
「一緒だろそれは」
「ノリって言葉の方が楽しそうな感じするじゃん?私はライブ感9割で生きてる人間なんですよ」
元気に言い切られてしまった。
(なんだろう、この子……)
明るくて、騒がしくて、自己主張が強いのに、不思議と嫌味がない。
さっきまで失恋でえぐられていた胸の奥が、ちょっとだけ暖かくなるのを感じた。
「……さて、教えると言ったはいいものの、君デッキ持ってるの?」
対戦形式でルールを教えるなら彼女がデッキを持っていなければ始まらない。
僕が複数デッキを持ってきていれば貸すことも出来るのだが、生憎と今日はスタドルのデッキしか持ってきていない。
僕の問いかけに対し、彼女は「ふっふっふ」と含み笑いをしながら、小さなハンドバッグから一つの箱を取り出した。
「モッチのロン。ちゃんとスターターデッキとやらを買ってます」
パッケージには魔法学園アステ☆リスクの主人公、加賀美アステが描かれ、『クロスフェイヴ スターターデッキ 魔法学園アステ☆リスク』と記載されてある。
『特価 500円』の値札が貼られてあった。
店の売れ残りか。アステ☆リスクのスターターってもう3ヶ月くらい前に発売されたやつだもんな。
しかし、値札がちょうどアステちゃんの目線に貼られてあって、風俗嬢の顔写真みたいになってるな……と、どうでもいいことを一瞬考える。
「なんか安くて助かったな。これ、普通1個1000円くらいするんでしょ」
「まあ、発売されてから結構経ってるからね。それ、まだ開けてない?」
「新品未開封だよ。今から開けまーす」
そう言って彼女はスターターデッキを開封すると、プレイシートとルールブック、そしてまだインクの匂いが少し残るカードの束が出てきた。
新品のカードの匂いだ。僕はこの匂いが結構好きだったりする。
彼女はカードを捲りながら「おぉ……!」と何やら感嘆の声を上げている。
「これは1話でアステちゃんが初めて変身するシーン……!こっちはライバルの香里ちゃんが忠告をしにくるところで……。
……全部アニメのシーンの切り抜きじゃん。描き下ろしイラストとかもっと無いの?」
「まあ、毎月新弾を出しまくるキャラクターカードゲームだから、イラスト費用はそうやって抑えてる感じかな……」
クロスフェイヴのカードのイラストの大半はイラストレーターによる描き下ろしではなく、アニメのシーンの切り抜きやゲームで使われているイラスト、他のグッズに既に使用されている物がほとんどだ。
毎月のように新弾を出すことと、他社から版権を借りている都合上、描き下ろしイラストを大量に用意するのが難しいからこのようになっているのだと思われる。
「へえ、手抜きじゃなくて経費削減か。
まあいいけどね。好きなシーンがカードになって手元に残るってのも良い気分だし」
「でしょ?」
他のカードゲームをやっている人から見ればイラストが手抜きだと思われるかもしれない(というか自分も最初はそう思っていたし今でも若干思っている)が、アニメの好きなシーンがそのままカードになっていることを喜ぶ人も多い。
「アステ☆リスク好きなの?ちょっと前に流行ったアニメだよね」
魔法学園アステ☆リスク。
今から3年程前に深夜帯で放送されていた魔法少女アニメだ。
僕は詳しくは知らないが、キャラクターデザインの華やかな雰囲気と薄暗さが両立し、人気を博した作品だと聞いている。
確か今年に新作映画が公開されるんだっけ?その宣伝の一環で3ヶ月前にクロフェイに参戦したんじゃないかとSNSで聞いたことがある。
僕がそう聞くと、少女はパッと顔を上げた。
その表情が、さっきまでより一段階明るくなる。
「好きどころじゃないよ!大好き! 超好き!」
「三段活用だ……」
「好きというか、もう……人生観を変えられたレベル?」
「そんなに」
彼女はスターターのカードを一枚ずつ指で弾きながら、早口で語りはじめる。
「アステ☆リスクって、君みたいな未見が創造するような、キラキラ~フワフワ~ってした感じの、土日の朝にやってる感じの魔法少女ものじゃないの。ぜんっぜん違うの。
主人公の加賀美アステって、最初めっちゃ暗いんだよ。クラスでも浮いてて、いじめられてて、誰とも喋れない子でさ。冒頭は彼女が自殺をしに学校の屋上にやってくるシーンで始まるのよ」
「へぇ……。結構シリアスな始まり方すんだね」
「でもある日、屋上で一人黄昏ていた謎の少女、薬師寺リスクから魔法の才能を見込まれて……そこで一気に“別人”になるの」
桜花は手をぎゅっと握りしめて言う。
「変身したらさ、ちゃんと前を向けるようになるの。
自信が無かった子がさ、ヒーローみたいに胸張って“任せて”って言えるようになるの。
あのギャップが最高なんだよ!」
言葉の端々に熱がこびりついていて、語り口は勢い任せなのに、不思議と一本芯があるように見えた。
「……好きなんだなぁ、本当に」
「そりゃあね。アステちゃんの“がんばる姿”は、観てると胸がギュッてなるんだよ。
なんか……“ああ、自分もこんなふうに変われたらいいな”って思える感じ?」
最後の言葉は、さっきまでより一段階小さな声だった。
けれど彼女はすぐに明るい顔に戻って、話題を切り替える。
「で! このカードがさ、第一話の“初変身シーン”だよ!」
スターターの一枚を嬉しそうに僕に突き出してくる。
そこには、煌びやかな衣装を纏ったツインテールの少女が勇ましい姿でマジカルロッドのような武器を構えた少女が描かれていた。
彼女の語りを聞いたせいか、光り物のカードでもないのに、妙に存在感を放っている。
「なんか暗い話が後半多いんだっけ?鬱アニメ特集みたいな動画のサムネでこのアニメのキャラ見たことある」
「んー、まあ設定は重めだし暗い話もあるんだけどさ、それでも必死に前を向くアステちゃんの姿が本当にカッコいいんだよ」
……なんか、“ただ好き”って感じじゃないな、この熱量。
”人生観を変えられたレベル”というのもあながち冗談では無さそうだ。
「なるほどね。加入してるサブスクで見れるなら見てみようかな」
「ぜひぜひ!全話見てハマったら今年の夏にやる映画も見に行ってよ!」
嬉しさだけを前面に出して、彼女は笑った。
その笑顔に、さっき一瞬だけ感じた薄暗さは一切残っていないように見える。
「そんなわけで!」
彼女はスターターデッキのプレイシートを勢いよくテーブルに広げる。
バサッ、と派手な音が鳴った。
「アステちゃんみたいに──私も今日からめっちゃ強くなるので!!」
「何か壮大な目標掲げたな」
「まずはカードゲームから!基礎からビシバシよろしく、先生!」
僕は思わず吹き出してしまう。
重たい気持ちを抱えたまま来たカードショップで、
こんなにも全力のテンションをぶつけてくる人に出会うなんて、思ってもみなかった。
「はいはい……じゃあ、始めよっか」
「はーいっ!」
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