彼女の推しアニメがTCGに参戦した時に発動する。僕は先生と呼ばれる。そうした場合、恋は別に始まらなくてもよいものとする

檻井百葉

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デッキは料理!カードゲーマーは料理人!なわけあるかい

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 それから数ターン後。


「エヴォル状態のあかりでアタック。効果でアタック時に自身のパワーを+1000してパワー5000。
 あかりはランサーって効果を持ってて、相手キャラとのパワー勝負で勝利したら相手のライフ1枚にダメージ」
「ええ!?それ喰らったらライフ0になっちゃうじゃん!
 パワー勝負で勝てるキャラは私の場にいないから受けるしかないか……。トリガー出ろ!トリガー出ろ!
 ……何も書いてないんですけど」
「じゃあトリガーの発動は無しだね。パワー3500の詩乃でアタック」
「えーと、じゃあここはパワー4000のアステちゃんでブロックして――」
「あ、ごめん。詩乃の効果。場に宙とあかりがいる時に、アタック時に山札の上から1枚を退場エリアに置いて、そのカードが宙かあかりか詩乃だったら、この攻撃はパワー3000以上のキャラにブロックされない。
 ……あかりが落ちたので、この攻撃は有効だね」
「え、じゃあ……」
「このまま直接攻撃で僕の勝ちだね」
「えぇっ!?」


 彼女は仰け反り、両腕をうわああと広げた。


「負けたーーーーーー!!」


 店内に響くほどの元気な叫びだった。


「や、やっぱり初心者が使うスターターデッキまんまだと、ちょっと不利だったかもね……」


 やっちまった。
 初心者相手に結構ガチなムーブをかまして圧倒してしまった。
 ティーチングとしてこれで良かったのか?確か初心者にまず教えるべきはゲームの楽しさよりも勝利の喜びとかなんとか、そういう話を聞いたことがあるぞ?
 せっかくクロフェイというゲームに興味を持ってくれて、遊んでくれようとしている人をボッコボコにしてしまった。これで「なんだよこのゲームクソゲーじゃん!」って悪印象を抱いてしまわないだろうか。
 あー、やってしまった。こういう時こそ気を遣うべきだろ僕の馬鹿馬鹿馬鹿。
 と若干自己嫌悪に陥り、脳内で自分の頭をボコスカ叩いていると、彼女はぱぁっとした笑顔で顔を上げて言うのだった。


「いやいや楽しかった!めっっちゃ楽しかった!!」
「そ、そう?良かった……。後半は結構大人げないことしちゃった気がして……」
「うん、ちょっとは手加減しなさいよこっちは初心者だぞってのは思ったけど」
「ぐえっ」
「でも、真剣に教えてくれてありがとね。せーんせ」


 パチッと彼女は僕に向けてウィンクした。
 思わず、本当に思わず。その仕草に対して(可愛っ)と口に出そうになったが。


「かっ」


 で止まった。


「かっ?」
「なんでもない。ちょっと喉が詰まっただけ」


 さて、目の前の彼女は負けて落ち込むどころか、テーブルに肘をついてデッキのカードをずらりと並べながら、むむむと真剣に唸っている。


「でもさ……私、もっと良い動きできたよね?」
「うん?」
「ほら、5ターン目のところ。パワートリガーを期待してライフで受けたのはまあよかったと思うんだけど……その後のブロック順、逆の方が良かった気がするんだよなぁ」


 眉をひそめて、その時のターンの盤面を、ひょいひょいとカードを動かしながら再現する。


「例えばさ、先にこのアステちゃんで弱い方を受けて……で、パワートリガーで強化された方をしのぶちゃんで受けて……そしたら場にキャラが1体残ったでしょ?そしたら次のターン、こっちはエネルギーラインの2人をバトルエリアに移動させて、3体で攻撃できた」
「…………おお」


 僕は素で感心の声が漏れた。


「で、6ターン目のあれ!私が調子乗って攻めたターン。
 あそこでランサー効果を無効にする『ガード』って効果を持ったアステちゃんをエヴォルのアステちゃんに重ねてガンガン殴りにいこうとしたから、次のターンのランサー効果を持ったあかりちゃんの攻撃が通っちゃった」
「すごいな……」
「え?」
「カードゲームの初心者ってあんまりそういうの最初に気にしないと思ったからさ。
 だいたい“やられちゃった~”で終わり。改善点を自分から考える人って、めちゃくちゃ伸びるタイプだと思う」
「え?……えっへっへ~~。そうでもあるかなぁ~」


 彼女はくすぐったそうに笑いながら、カードを指でつついた。
 賢い子なんだろうな、と思って褒めたのは本心だが、あまりにもデレデレした顔で笑うものだから(なんかチョロそうだぞコイツ)と思ってしまった。


「あー、でもやっぱりスターターデッキじゃガチでやってる人のデッキには敵わないか。
 カードの効果もあんまり強くないのが多いし。ねえ、このデッキをアステちゃんメインで強くするならどんなカード集めたらいい?」
「え?……うーん。僕アステ☆リスクのデッキは組んでないからなぁ
 ちょっと調べてみるよ」


 僕はスマホを取り出した。
 オタクの必須アプリとも言えるSNS、『Twister』の検索欄に『#フェイヴクロス アステ デッキ 優勝』と打ち込んで検索する。
 すると、ショップ大会での優勝報告と共に、デッキレシピの写真がチラホラと出てきた。


「ほら、この辺。最近のショップ大会優勝者のデッキ。響アステのカードを多く使いたいなら、この人のデッキが参考になるんじゃないかな。
 半分くらいスターターのカードも入ってるから組みやすいと思う
「おおー……!本当だ、結構持ってるカード入ってる」


 画面に映ったデッキレシピを見て、彼女は素直に目を輝かせる。


「とりあえずこれそのまんま組んでみたらいいんじゃないかな?後はブースターに入ってるカードがこの店にあるといいんだけど」
「……え、人のデッキパクっていいの?」


 小首をかしげながら言う。
 悪気ゼロ。
 まあ、純粋な疑問。


「パクるって言い方をするとちょっと罪悪感感じると思うけど、むしろ初心者は強いデッキをそのまま真似した方がいいと思うよ」
「え、そうなの?」
「まずは“強い構築”を体験した方が分かりやすい。
 いきなり自己流でオリジナルのデッキを作ろうとしてドツボにハマるより、カードゲームに慣れた人が組んだ強い構築を使ってみて『あ、このカードとこのカードの相性良いんだ』って実感した方が理解が早いんだ」
「へー……なるほど……」
「で、そこから“ここもっとこうしたいな、このカードよりあのカードの方が強いんじゃね?”って思ったら、少しずつカードを入れ替えて自分用にアレンジしていけばいい。
 プロの料理レシピを真似して、そこから自分の味付けを探す感じ」
「あ、分かりやすい。なるほど、料理レシピと一緒ね」
「伝わって良かった」
「カードゲームのデッキってのは料理ってことなんだね。カードゲーマーは料理人か」
「うーん……?」


 まあ、料理で例えちゃったのは僕だし、言い換えれば、そうか……?


「よし!じゃあ今日はこの人のデッキ真似してみたいから、買い物していこっかな!」


 勢いよく立ち上がる彼女。
 そのテンションに、僕は思わず苦笑した。


「張り切るのは良いけど、お金あるの?」
「まあ、それなりに?それに、カードってどうせ高くても1枚500円とかそんなところでしょ?」
「……いや、そうもいかないかも」
「……マジ?」
「マジ」


 大会で優勝を連発できるような強いデッキに使われるようなレアカードはそこそこの値段がする。
 1枚1000円を超えるどころか、1枚3000円近い物もある。
 僕のデッキに入っているエヴォルの宙のカードも当時は1枚1200円くらいで購入した。4枚デッキに入っているから5000円近い。……今は1枚600円くらいで買えるけど。
 まあ、キャラクターの声を演じた声優さんのサインが箔押しで刻印されていたり、イラスト違いの激レアバージョンになるとそれ以上の値段がするのだが、それは一旦置いておこう。


「来週買いたいCD出るから正直あんまりお金使いたくないんだけどなぁ……。ちょっと覚悟はするか……」


 彼女はごくり、と喉を鳴らしてショーケースへ向かった。
 僕も彼女の後を追い、彼女と出会ったショーケースの前に立つ。
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