彼女の推しアニメがTCGに参戦した時に発動する。僕は先生と呼ばれる。そうした場合、恋は別に始まらなくてもよいものとする

檻井百葉

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また、明日。

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「——よしっ。光ってないカードは、これだけ集めれば十分かな」


 彼女が両手いっぱいに抱えたカード束を、テーブルに広げる。
 ざっと数えて30枚弱。スターターに入ってたカードの追加分と、ブースターパックに収録されている低レアリティのカード達。
 僕も隣に座りながら、先ほど彼女に紹介したデッキレシピの画像と照らし合わせて1枚ずつ確認する。


「低レアのカードは全部あるね。あとは通販でレアカード集めれば完成かな」
「いや~、宝探しって感じで楽しかった。カードゲームってこういう遊び方もあるんだね」
「まあ、カードで対戦するだけじゃなくて、集めたりデッキ構築で悩むのも醍醐味の一つだね。そんな楽しみ方も伝わったみたいで良かった」


 こんなに誰かと笑いながらストレージ漁ったの、いつ以来だろうと考える。
 友人の神奈はスタリバ以外のデッキはほとんど組まないから、一緒にカード見ることって最近あんまり無いんだよな……。
 内心でそんなことを思っていると、桜花はぱん、と手を叩いた。


「よし。じゃあ最後に——800円のアステちゃんのカードと、デッキを入れるスリーブ買って買い物終わりっと」


 そう言って彼女は立ち上がり、スリーブやプレイマットなどが陳列されたサプライコーナーに向かい、ピンク色のマット仕様のスリーブを取ると、レジへ向かった。
 ショーケースのカードも購入し、会計を済ませた彼女は、テーブルの僕の正面へと再び座る。
 カードを手に入れ、スリーブも買い、カードゲーマーとして必要最低限な物は一通り揃えた彼女は、どこか満足げな表情をしていた。


「とりあえず買い物終了っと。——今日は色々ありがとね。せーんせ」
「いや全然。僕も楽しかったし」
「カードゲームって、取っつきにくいのかなって思ってたけど……めっちゃ楽しいじゃん」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」


 彼女は買い物袋を持ち直しながら、ぱっと明るい笑顔を僕に向けた。


「そういえば——この店、明日の夕方に大会あるって、スケジュール表みたいなやつを見かけたんだけど……もしかして来る?」
「あ、うん。出るつもり」


 基本的にこの店での大会は予定が被らなければ毎回参加している。
 大学から近いし、家からも自転車で通いやすい距離にあるのだ。


「うーん。私はどうしよっかなぁ。まだデッキちゃんと完成してないし、ルール覚えたてだから出たとしても蹂躙されちゃうよね」


 うーん、と眉を寄せる彼女。
 その不安をほぐすように、僕はゆっくりと言う。


「まあ……優勝は難しいと思うけど、クロフェイの対戦の“雰囲気に慣れる”って意味なら、出ても全然いいと思うよ。
 それにこの店でクロフェイやってる人、基本的にみんな良い人だからさ。それに新規プレイヤーにみんな飢えてるから、親切にしてくれると思う」
「うーん。特に用事も無いし、じゃあ……出てみようかな。どうせならさ、コトブキ先生とまた遊んでみたいしね」
「え、あ、うん。全然。こっちも望むところ」


 思いがけないタイミングで自分の名前が出てきたので、曖昧な返事しか出来なかった。
 また遊んでみたいって言った?聞き間違い?
 いや、社交辞令だろう。うん。


「あ、大会参加にはエルダ社が出してる『エルダTCG』ってアプリが必要だから、インストールしといた方がいいよ。登録自体は簡単だからそんな時間掛かんないと思う」
「了解。帰ったらやっとくね。それにしても最近はなんでもスマホアプリだなぁ」


 彼女はスマホを取り出して確認していたが、「あ」と何かに気付いた様子の一言と共に、ふとこちらを見た。


「——ねぇ」
「ん?」
「連絡先、教えてよ」
「…………え?」
「いやだって。クロフェイのこともっと聞きたいし。
 カードの効果とかデッキ構築とか、色々教えてーって気軽に言える相手が欲しいし」
「そ、そっか……うん。もちろんいいけど」


 いや落ち着け僕。これは"カードのことを教えてくれる人"として連絡先を聞いているだけだ。
 勘違いして調子に乗るな。絶対にだ。
 カードゲームでワンチャン狙おうとしている勘違いオタクになってはいけない。
 ――お前がスタドルやそれを抱えているクロフェイを己の性欲に利用する痛々しい男になったら、俺がいつでも殺してやろう。
 友人の殺害予告をふと思い出した。お前の暴言がこんなにも頼もしいのは初めてだぜ!

 とはいえ……スマホを取り出して、無料通話アプリのQRを交換するわずかな時間だけでさえ、心臓が変にバクバクしていた。
 通話アプリには『"るり"の友達登録が完了しました』との通知が。
 ……るりって名前なのかな。
 そういえば彼女の名前を、ここに至るまで一切聞いてなかったことを思い出す。


「おっけ、登録した。ありがと。やっぱSNSの名前も"コトブキ"なんだね」


 そう言って、彼女は椅子から立ち上がる。


「じゃあね、コトブキ先生。また明日」


 彼女は……"るり"さんは軽く手を振りながら、店の自動ドアの方へ歩き出す。
 その一言が、やけに柔らかく耳に残った。


「……うん。また明日」


 自然と返事が口をついて出た。
 ドアの開閉音と一緒に、外の風がひゅう、と店に流れ込む。
 桜花の背中はあっという間に、商店街へと溶けて消えた。
 ……正直、変な気分だった。
 つい数時間前。
 歓楽街のあんな場所で、彼女……いや、彼女だった人の姿を目撃して。
 彼女の発言と態度は、僕の弱弱しいメンタルを破壊しかねんもので。
 "お互い気を遣ってばっかりで、全然楽しくなかったし"、“趣味がカードゲームとか、ちょっと無いわ”
 ……その声は確かに、さっきまで胸の奥に刺さっていたはずなのに。

 今はもう、ほとんど痛くない。

 いや、決して心の傷が全て癒えたわけではない。
 思い出せば普通にムカつくし、惨めだし、できれば永遠に忘れたい。
 あと神奈の発言の節々も思い返せばまあまあムカつく。アイツさらっと「お前女装の方が似合う」とか、男性に対して失礼極まり無い発言してなかったか?
 まあ——体は数時間前と比べたら明らかに軽くなっている。

 どうしてだろう、と考える必要もなかった。

 誰かとカード漁って、雑談して、ツッコミ入れて、くだらない話で笑って。
 そんな当たり前みたいな時間が、こんなに楽しいってことを、今日はじめて思い出した気がする。
 "るり”と話してる間、浮気だとか、失恋だとか、ノンデリの友人だとか、そんな黒い感情が本当にどこかへ飛んで行っていた。


「また明日、か」


 心の中でその言葉が浮かんだ瞬間、自分で驚く。

 まだ名前だってフルネームを知らないのに。
 今日会ったばっかりなのに。
 デッキも未完成の初心者なのに。

 それでも、また会って、カードの話して、プレイ見て、くだらない雑談をしたいと思ってしまう。

 こんな気持ち、誰に対して抱くのはいつ以来だろう。
 "るり"が下の名前だとしたら、苗字は何だろう。
 苗字だけじゃない。もっと色々知りたいと思ってしまっている自分がいる。

(……まずいな。だいぶキモいことなってるぞ僕)

 ワンチャン狙おうとするな。自戒自戒。と僕は両の手で頬をパンパンと叩く。
 まあ、ワンチャン無くても。友達付き合いはしたいな。と思った。
 軽口叩いて、一緒にアニメの話とかして、同じ趣味で遊べる友人。
 そんな友人、何人いてもいいもんな。悲しいことにそういう友人、顔は良いけど口の悪いアイツしかいないし。

 店を出ると、春が残る夕風が頬を撫でる。
 街はいつも通りで、明日もきっと特別なことは何も無い筈で。
 それでも。

(なんか、いい日だったな……)

 浮気を知って、絶望して。
 その数時間後に、こんなふうに思えるなんて、正直まったく予想してなかった。


「さ、かーえろっと」


 自宅に向かって歩き出した足取りは、いつもより少しだけ軽かった。
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