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向き合う時。

戻った感情。

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 奥の部屋で、祐介さんに温かいお茶を出して貰った俺は、やっと落ち着いて一息ついていた。


 まだ、心のモヤモヤはとれないけれど……。


 それでも、当たり前のように祐介さん、ののさん、美沙さん、じいちゃんが側にいてくれたから、俺は安心してどっと力が抜けていたのだった。


「それにしても……美沙さん、いつの間に方言を……?」
 俺が美沙さんに聞くと、美沙さんは顔を赤くした。

 ん?さっき怒鳴ったから、顔面筋が熱を持ったのだろうか。

「そりゃあ、こんだけ長くおれば方言が当たり前になるわ……。じゃけど、陽介さんに方言が戻ってないのに、うちが使うのもおかしいじゃろ。じゃけん、お店と、ののちゃんとおるときだけ使っとったんよ」
 なんと、流石美沙さん。全く気がつかなかった。
「にしても……陽介さん、大丈夫ですか?」
 祐介さんが、いつもよりも低いトーンで言った。
「いるんですよね。自分達のやったことを棚に上げて、美談にしようとする人間って」
 そう言う祐介さんの目は笑っていない。


 ど、どうしよう……。


 俺が慌てていると、ののさんが笑った。

「大丈夫よ、陽介くん。祐介も、会社で似たようなことがあったんと。最近、祐介が向こうにおった時のことを話してくれるようになってね。陽介くんに影響されたって」
「そう……なんですか……」
 俺が首をかしげていると、じいちゃんが笑った。
「それにしても美沙ちゃんは、ええことを言うのう。道が交わる必要はなあか。美沙ちゃんが陽介の側におってくれたら安心じゃのう」
 じいちゃんの言葉に、美沙さんがまた真っ赤になった。

 うん?筋肉の使いすぎは良くない。やっぱり美沙さんは普段筋肉を使い慣れていないのだろう。帰ったらプロテインを進めてみようか?


 あ、そうだ……。


「美沙さん、なんで美沙さんがいちごみるく味の飴を持っとったん?」
 俺の言葉に、美沙さんは顔を逸らした。
「べ、別に。たまたまよね」

「素直じゃなあね」
 ののさんが小さな声で何か言ってクスクス笑った気がするけれど、美沙さんがキッと睨み付けていたから、俺はそれ以上何も言わなかった。

「まぁまぁ、怒りんさんなや。にしても……。陽介くんは傷ついたじゃろ。……うちらは、ずっと陽介くんが一切怒らんのを心配しちょったけえ、ある意味ええキッカケじゃったかもしれんけど……」
 ののさんの言葉に、俺は思わず下を向いた。


 怒りの感情。正直、気持ちの良いものではない。


 だけど……。


「俺、この感情を思い出さんかったら、この力のことについて、ずっと前に進めんかったような気がするんよ。なんでかは分からんけど……。あの声は、俺に逃げろって言うた。俺に傷ついてほしくなあって。それも気になっちょるし……」
「そうじゃのう……。前にも言うたが、あの声は感情が大きく作用するとノリが言うとった。あの声の意とは反するかもしれんが、怒りの感情が戻ったのは良かったのかもしれんのう」
 じいちゃんの言葉に、黙ってみんなが頷いた。



 家に戻った俺と美沙さんは、父親と母親にもの凄く驚かれた。
 だって俺たちは……二人とも、もう自分を偽ることなく、方言を話していたのだから。
 じいちゃんはそんな俺たちを見て、笑っている。

「これで、うちもやっと方言で喋れるわ」
 母親が、そう言って泣いて笑った。
 ここに来てから母親を泣かせてばかりのような気がするのだが……。

 ううむ、これはどうしたものか。

 しかし、母親も俺に気を遣って、方言で喋っていなかったらしい。


 今更だけれど、俺は、沢山の人に支えられていたんだと気がついた。


 だからこそ……俺はこの力としっかり向き合って、恩返しがしたい。

 俺は、じいちゃんと美沙さんを部屋に呼んだ。
「俺、明日、文夫じいちゃんの書庫に行こうと思うんよ。あそこは、図書館よりよいよ(よほど)物が揃っとるけえ。それで、ちゃんとこの力について探してみたい」
 俺の言葉に、美沙さんが頷いた。
「あれだけの量を探すのは大変じゃけん、手伝うよ。ジャンルも絞った方がええかもしれんね」
 流石美沙さん、頼りになる。あ、プロテイン、進めてみようかな。
「じゃあ、わしは役場にある昔の資料でも漁ってくるかのう」
 じいちゃんがそう言ってくれた。役場に行くなら、じいちゃんが一番だ。
 こうして俺たちは、俺の力についてちゃんと調べて貰うことにしたのだが……。




 何故か美沙さんに、プロテインは断られた。
 味が好みじゃなかったのかな?
 
 
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