巡り会い、繋ぐ縁

Emi 松原

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向き合う時

「これ、前に利石が乗っていた車です」
「さぁ、ここからはぁ、一人で行くのよぉ。大丈夫ぅ!! 玉沖ちゃんも、みんなもぉ、ちゃんと見てぇ、応援してるからぁ」
 翼は、以前利石会社の息子が乗っていた車の前で、キューピーの背中から降りた。
 キューピーの言葉に頭を下げると、懐中電灯を持って、目の前の道に入っていく。胸のお守りがあたたかい。それが、翼に確かな安心感を与えていた。

「利石!!」

 目の前に、利石の後ろ姿があった。その手には、ロープ。翼は、心臓がバクバク鳴って、不安になったが、胸のお守りを握りしめた。
 利石が驚いたように、振り返る。だが、その目は、今までの利石の目とは全く違っていた。まるで、何も光を映していないような目。
「なんで、お前が……」
「あ、えっと、僕、この近くに知り合いがいて……」
 苦しい言い訳だと翼は思ったが、利石は今、正常な判断ができないようだ。翼の言葉に、何も疑いもしなかった。
「……満足か?」
「えっ?」
「会社は潰れたよ。父さんは、借金だけじゃなく、法までいくつも犯していた。母さんは、倒産を知って、すぐにどっかの男のところに逃げていった。それを知った彼女からは、振られた。俺は、借金のことも、法のことも、どこかで分かっていたのに、見ない振りをしていた。それがこのザマだ。でも、それももう終わりだ。お前たちにとっての邪魔者は消える。これで、満足だろう?」
 光の宿っていない目で、力なく笑う利石。
 翼は、その目を見て、何故かここに戻ってくる前に鏡を見た時の自分を思い出していた。
「邪魔者だなんて、満足だなんて、思ってないよ!!」
「嘘つけよ!! お前の彼女は、会社にずっと反発してただろ!! お前の彼女が正しかったことだって分かったし、お前がここに来る理由なんて……!!」
「理由なら、あるよ!!」
 翼は、自分でも驚くほど大きな声が出た。ここまで感情を表に出して、人とぶつかるのは、翼にとって初めての経験だった。だからだろうか、一度吹っ切れたら、止まらない。
「僕は、君に死んで欲しいなんて思ってない!! 利石会社がやったことは、正しいとは思わない。でも、それを裁くのは、僕じゃない!! それに、僕は、君の言葉で、色々と考える事ができたんだ!! 利石会社があったから、得たものが沢山あったんだ!!」
 大きな声で言葉を続ける翼に、利石は驚いて、何も言えない。ただ黙って、翼を見つめていた。
「僕、利石会社のことがきっかけで出会えた方たちに、心の回復をして貰ったんだ。そうして、有美さんたちと出会えて、今後の自分の道を見つけることができたんだ。それに、君の言葉で、考えたんだ。僕たちは、便利に生きる為に、沢山のものを搾取して生きているって。だからこそ、一つ一つに、常に感謝して、必要な搾取と必要ない搾取を考えて、色んな意見や、矛盾や、どうにもならないこととも向き合って、生きていかないといけないんだって」
「……」
 利石は、何も言わない。いや、必死でまくし立てる翼に圧倒されて、何も言えない。
 ただ、必死に翼が想いを口にしているのは、確かに伝わっていた。
「僕、ある方に初めて会ったときに、この服を着ているから、金持ちだって言われたんだ。その時は、量販店の安い服なのに、なんでそんなこと言われるのか分からなかった。でも、色んな人と話して、君の言葉があって、分かったんだ」
 翼は、利石を見つめていた。利石も翼を見ている。
「この服を、沢山作るために、安く僕たちが買えるために、どれだけの人が関わっていて、仕事をしているのだろうって。それは、その人たちにとっては大事な仕事で、お金を稼ぐためのものかもしれない。でも僕たちは、そうやって、お金と引き換えに、この素材や、その人たちの時間を搾取しているんだろうなって。だからこそ、この服一つとっても、とても大事な物で、沢山感謝するもので、それが、心のお金持ちなんだって。それに気がつかせてくれたのは、君なんだ」
「そんな……そんなこと、ただの綺麗事じゃねぇか……」
 弱々しく、利石が言った。あの傲慢だった利石とは思えない声。その声は震えていて、まるで泣くのを我慢しているようだ。
「綺麗事かもしれない。だけれど、僕は、確かにそれで、自分の道を自分で歩くことができるようになったんだ。ねぇ、利石。生きる道は、一つじゃないと思うんだ。僕は、長期休暇でここに戻ってくる前、自分が進める道は一つしかないと思っていて、でもどうしようもできなくて、逃げて帰ってきたんだ。でも、知ったんだ。自分が生きる道は、沢山あるって」
「俺は、犯罪者の息子だぞ!! 利石会社の悪評は広まってる!! 母さんにも捨てられて!! 何もかもなくなったのに、大学だってもう行けなくなるのに、それなのに、どうやって生きろって言うんだよ!!」
「分からない!!」
 躊躇なく、分からないと叫んだ翼に、利石は驚いたように、目を見開く。まさか、分からないと堂々と言われるとは思わなかったのだ。
「僕は、君の立場に立ったことはないし、自分がそうなったら、きっと僕もどうして良いか分からなくなると思う。でも、今の僕だから言えるんだ。生きる道は、必ずあるって。大学は辞めないといけないかもしれない。でも、その大学は、君が命をかけるほど大切なものだったのかい? ご両親のことで、厳しい目で見られると思う。でも、君は、どうしてもこの場所じゃないと生きていけない理由があるのかい?」
 真剣な目の翼。利石は、そんな翼から目を逸らす。周りは真っ暗なのに、翼の目が輝いているようで、見るのが辛かった。
「僕、一緒に考えるよ。君が、新しく歩く道を」
「なんで……なんでお前は、そんなに真っ直ぐに、俺を見るんだよ……」
 目を逸らしたままの利石の声が、大きく震えていた。目には、涙が浮かんでいるが、翼からは見えない。
「僕、君に死んで欲しいなんて、思ってない。腹が立ったり、嫌だったこともあるけれど、それでも、死んで欲しいなんて、思えない」
「だから、なんで……」
 震える声で言った利石に、翼は少し考える仕草をすると、微笑んだ。
「きっと、帰ってきて君と再会したのも、ご縁だと思うから」
「ご、えん……?」
「うん。僕、向き合うことの大切さも、逃げることの大切さも知ったんだ。時には、断たないといけないご縁があることも。でも、僕は、君とのご縁は断ち切りたくないと思った。君は有美さんに酷いことを言ったから、好きじゃないけれど……。さっきも言ったけれど、君の言葉で、僕も有美さんも、今の自分と向き合うことができたんだ」
 翼の言葉に答えず、利石は黙って泣き出した。
 それはまるで、今まで誰にも見せず、自分でも気がつかないようにしていた苦しみを吐き出しているようだった。
「ねぇ、利石。当たり前を当たり前に生きるって、難しいんだね」
 必死で声を抑えながらも、ボロボロ泣く利石に向かって、翼がぽつりと言った。
「僕、小さいとき、ばぁちゃんが側にいるのが当たり前だった。でも、そのばぁちゃんは、もういない。今ある当たり前のものだって、明日には当たり前じゃなくなっているかもしれない。当たり前を当たり前にするのって、本当に大変で、沢山の人の努力があって成り立っているものだったんだね」
 翼の静かな声に、利石は何も答えない。だが、翼の声は、しっかりと届いていた。
「父さんが、事業をするのに、最後まで反対してたのが、父さんの方の爺さんと婆さんなんだ……。二人は何度も、俺に田舎に移り住むように言ってきた。俺は、なんでそんなこと言うのか分からなかったし、あの生活を捨てる気もなかった。でも、今なら、分かるかもしれない……。爺さんも、婆さんも、こうなることが分かっていたのかもしれないな。父さんが、全うに会社をやっていないって、分かってたのかもしれないな……」
 泣きながら、ぽつり、ぽつりと利石が言った。翼は、そんな利石の言葉を、頷きながら聞く。
「田舎に行ったところで、なんになるんだと思ってた……。泥臭い畑をして、たいした店もなくて……。ネットが繋がるって言ったって、荷物が届くのだって、遅くなるしよ……。だから、毎回、突っぱねたんだ……」
「畑か……。有美さんがね、小さな家庭菜園だけれど、畑をしているんだ。僕、時々見せて貰っているんだけれど、僕たちが当たり前のように口にしている野菜一つ作るのに、あんなに大変なんだなって思ったよ。でも、不思議なんだ。そうやって自然の中にいると、苦しい気持ちや、悲しい気持ちが薄れるんだよ。自然の力が吸い取ってくれるって、ばぁちゃんが教えてくれたんだ」
 畑の前で、有美の元へ集まってきていたメウたちのことや、憲和神社のピンクのメウを思い浮かべながら、翼は微笑んだ。
「この山もそうだよ。山は、全てを受け止めてくれるんだ。悲しいことも、苦しいことも、全部。だから僕は、この山が大好きなんだ」
 翼は、モバを思い浮かべた。子供のようで、一見何も分かっていないように見えるのに、あんなに大きな力を持ったモバ。そしてそのモバと力を分けた、元人間で、緑風堂の店主である清一。
「それにね、僕たちが住んでいるこの地区の氏神様は、豊穣の神様なんだよ。ねぇ、利石。もし君が、どうしても嫌じゃなかったら、そのお爺さまと、お婆さまのところで、新しい道を歩いてみたらどうかな。それでまず、心の回復をしてみたらどうだろう」
 翼は、玉沖神をはじめとする神々とあやかしたちを思い浮かべていた。
 帰ってきてすぐの頃から、翼は玉沖神社に参っていた。自分の気持ちを吐き出して、心が少し楽になった。それから緑風堂を見つけて、出会った神々やあやかしたちに心の回復をしてもらい、また前に進めたのだ。
「心の、回復……」
「うん。心の回復をして、もしそれでも田舎が嫌だったら、その時また新しい道を考えたら良いよ。お爺さまとお婆さまが受け入れてくれるなら、甘えても良いじゃないか。甘える時は甘えて、また前に進めるようになったら、きちんと恩返しすれば良いじゃないか」
「俺は……生きていても……良いんだろうか……」
 途切れ途切れに言った利石に近づくと、翼は、利石を抱きしめた。
 モバが、広仁神にしていたように。メウたちがいつも、翼にしていてくれたように。
 利石は、翼に体を預けて、泣き続けていたのだった。

※※※

「名前、消えたよ。これで今日の私の仕事はおしまーい」
 死乃子の言葉に、和幸神がホッとした顔をした。
 二人は、いつものように憲和神の社の前に戻って、バイクをいじっている。先程、嬉しそうに貧天が戻ってきて、憲和神の社に消えていったばかりだ。
「やりやがったか、あの泥団子のガキが」
 社の前に座って煙管を持ち、片手で眠っているピンクのメウを抱いている憲和神が、楽しそうに笑う。
「……俺、翼さんのこと、好きだな」
 和幸神が小さく呟いたが、その声は風に吹かれて、誰にも聞こえていなかった。
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