巡り会い、繋ぐ縁

Emi 松原

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別れの時と、進む時

「そっか……。それで、利石くん、田舎に行くことを決めたんだね」
 翼と有美が二人で行きつけになった喫茶店で、有美がメロンソーダの中身をストローでかき混ぜながら言った。
 その顔はどこか苦しそうで、翼は有美に向かって微笑んだ。
「利石は大丈夫だよ。昨日、栄喜っていう友達と一緒に、利石の荷物をまとめるのを手伝いに行ったんだ。その時、前よりも明るくて、優しい感じになってたよ。だからきっと、利石も新しい道を進んで行けると思うんだ」
「良かった。……利石会社、従業員さんにも法律違反の業務をさせていたみたいだし、土地の所有者さんとの問題も解決していないけれど、それでも、利石くんが前を向いて歩けることは、良かったって思うよ」
 微笑んだ有美に、翼も頷いた。
「それに、役所の人が、本格的に広仁神社の再建を考えてくれるみたいだしね。……ねぇ、有美さん。僕さ、今回のことで助けて貰った方たちがいるでしょ?」
「うん。翼くんが帰ってきてから、ずっと助けてくれていた方たちだよね。この前の凄く怖かった何かも、その方たちのお陰で治まったんだよね」
 翼は、真剣な顔で頷くと、有美を見た。
 その真剣な翼に気がついた有美が、手を置いて翼と向き合う。
「これは感覚なんだけれど、多分、僕、もうすぐその方たちと会えなくなると思うんだ。会えないというか、上手く言えないんだけれど、お別れをしなければいけなくなると思う」
 翼の言葉を、真剣に聞く有美。有美は、翼の言葉の意味を追求せずに、黙って頷いた。
「ちゃんとお礼を言って、お別れをしたいと思うんだけれど……。その後で、有美さんに聞いて欲しいことがあるんだ。信じて貰えないかもしれないけれど、僕が帰ってきて、その方たちと出会ってから、この前までのことを」
「信じるよ。翼くんが、何を言っても。だって、翼くんは、初めて私の感覚を分かってくれて、信じてくれた人だから。だから、聞かせてくれるのを待ってるね」
 優しい笑顔で笑った有美に、翼も笑って頷いた。

※※※

「わざわざ、見送りなんて、良かったのに」
 有美と翼が喫茶店で話した次の日、大きなバスの下で、運転手に荷物を預けた利石が、見送りに来ていた翼と栄喜に少しだけ笑いながら言った。
 今日、利石は、祖父母の家へと向かうために、この町を離れるのだ。
「まぁ、良いじゃん。せっかくなんだしさ」
 栄喜が、明るい声で言った。
 翼から、利石の事情を聞いた栄喜は、翼以上に利石に対して明るく普通に接する存在だった。あの後、利石に対してどう接して良いか分からなかった翼は、栄喜のこの行動に助けられて、利石と当たり前の友達として接することができるようになったのだ。
「無事に着いたら連絡してよ」
 翼の言葉に、利石は黙って頷いた。そこに、傲慢な利石はいなかった。嬉しさを隠すように、笑っている。
「俺、爺さんと婆さんの農家を手伝いながら、自分が何をして生きていくのか考えてみるよ。……翼、あの時、来てくれてありがとう。栄喜、あれだけ酷い態度を取った俺の手伝いに来てくれて、ありがとう」
 バスに乗り込む直前、利石が、翼と栄喜に頭を下げた。二人は驚いて顔を見合わせたが、すぐに笑顔になる。
「暑い時期には、そっちに避暑に行くのも良いかもしれないな」
 栄喜の言葉に、翼も笑いながら頷いた。
「遊びに行くよ。利石が住む場所ってさ、神事の歴史が深い場所なんだよ。僕、直接行って勉強してみたい」
「……ありがとう」
 利石は最後にもう一度そう言うと、バスに乗り込んで、指定の席に座る。
 発車したバスに向かって、翼と栄喜は、手を振り続けたのだった。

※※※

「翼くん。お疲れ様。これで、全部終わったね」
「翼、今日のお仕事は終わりもばか? ぷりんを食べるもば!!」
 緑風堂の中で、柔らかく笑う清一に、いつも通りのモバ。翼は、静かに頷いた。
 この数日、有美と話したり、利石の手伝いをしたりしながら、翼は駒猫の神社、キューピーの店、龍神の山崎たちの店へ挨拶に行っていた。
 広仁神が正気を取り戻し、瘴気はなくなった今、翼の依頼は終わって、ここから離れる時が迫っているのだ。
 翼は、本当は、ずっと緑風堂の職員でありたかった。だが、翼は翼の道をこれから歩いて行かなくてはいけないし、緑風堂の役割は、翼を雇い続けることではない。
「駒猫さんは、この緑風堂のお守りと、赤いお守りを、今後も大事に持っておくようにと言ってくれました。お守りは神社に返すものではあるけれど、自分が前を向いて生きる為に、必要な時にはいつでも心に力を貰えるように持っておくことも大切なことがあると。キューピーさんは、お店で送別会をしてくれて、楽しい時間を忘れないように、と。山崎さんたちも、ハーブティーを出してくれて、今後の僕がやりたいことを沢山聞いてくれて、後押ししてくれました」
 翼の言葉に、清一はいつもの笑顔で頷くと、モバを抱き上げる。
「じゃあ、最後に、あいつのところへ行こうか」
「はい」
 翼は清一の後ろに続いて緑風堂を出ると、振り返って、緑風堂の建物に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
 ネットで緑風堂の存在を教えて貰った時、慌てて記録はしたものの、その存在には正直半信半疑だった。だが、モバと出会って、ここへ来て、とにかくあのモヤのことを、と必死になったことを思い出す。
 きっとこれからも、緑風堂はここにあり続けて、必要な人が訪れるのだろう。
 人が来ることは少なくなったと清一は言っていたが、自分が此処に来ることができたように、きっと必要な人は、モバや清一が見えるはずだと翼は思っていた。
 翼は、清一の後ろを歩き、憲和神社へと向かった。モバは、いつも通り機嫌が良く、もばもばと歌っている。
 初めて憲和神社を訪れた時と、今の自分は全く違うと、翼は感じていた。具体的に何が違うかと問われたら答えることはできないが、今、翼は確かに自らの足で、自らの道を歩いている。
「おー、来たか」
「めうめう!!」
 憲和神は、いつものように社の前で座って、煙管を持っていた。ピンクのメウが憲和神の腕から飛び降りて、モバときゃっきゃと遊び出す。
 和幸神と死乃子も、変わらずバイクをいじっていた。
「今日で最後か」
 憲和神の言葉に、翼は頷くと、憲和神に向かって頭を下げた。
「おいおい、俺にそんなことしたって何もでねぇぞ。それに、おめぇが俺たちが見えなくなったところで、俺たちがここから出て行くわけじゃねぇしな。な? 泥団子の子供よ」
 憲和神が、からかうように言った。
 そう。憲和神は、翼が泥団子を供えていたときも、ずっと見守ってくれていたのだ。もちろん、他の神々も。
「ねぇ、翼さん」
 和幸神の声に振り返ると、和幸神が、どこか落ち着かずに立っていた。
「あのさ。翼さんには、緑風堂のお守りもモバ様の加護もあって、母ちゃんの加護も貰って……。いわば、この町で最強の神の加護があってさ……。さらに、駒猫さんのところや、広仁様の加護まで貰ったから、いらないかなって思ったんだけれど……」
 どこか恥ずかしそうにしている和幸神に、翼は首をかしげた。
 死乃子が、和幸神の後ろで楽しそうに笑っている。
「俺、翼さんの生き方が好きだ。貧天がどんどん翼さんを嫌っていったように、俺はどんどん翼さんの生き方が好きになっていった。あの時だって、自分の命を省みずに、広仁様のところへ来たり、嫌いなはずの人の心を救ったりしてさ。俺、翼さんを、もっと応援したくなったんだ」
 そう言って、和幸神は笑うと、手のひらを出した。あの時、玉沖神の手にあったように、そこには光が輝いている。
 憲和神の社から、貧天の苦しむ声が聞こえてくる。
「だから、俺からも、俺の加護を。でも、忘れないで。母ちゃんと違って、俺や貧天は好き嫌いがハッキリしてるから。俺が嫌いな生き方をしたら、貧天に好かれちゃうよ」
 いたずらっぽく和幸神が笑うと、手の上にあった光が、緑風堂のお守りの中に入っていく。翼の胸があたたかくなり、翼はとても優しい気持ちに包まれた。
「ありがとうございます」
 翼が、和幸神に頭を下げると、憲和神がくくくと笑う声が聞こえた。
「親子揃っての加護か。おもしれぇじゃねぇか。俺の加護も持って行きやがれ。少しの病気くらいからは、守ってやれるだろうよ。初めてだぞ。俺たち一家三人の加護を貰ったやつぁよ」
 翼が驚いて振り返ると、憲和神が、人差し指を立てて、ふうっと息を吹きかけた。それと同時に、翼の胸に、何かかが流れ込む感覚がする。翼は、それが憲和神の加護だと分かり、また頭を下げる。
 色々と言いたいことがあるはずなのに、翼が言えた言葉は、ただ一つだけだった。
「本当に、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします」
 こうして翼は、憲和神たちと別れを告げ、モバを抱いた清一について、山の出口に向かったのだった。

「翼くん。君がここに来てくれて、本当に良かった。君と出会えて、本当に良かった。ありがとう」
 清一の言葉に、翼は今までの我慢が吹っ切れたように涙が流れ始めた。あの日、モバに出会ってから、助けられてきたのは自分なのに。そう言いたいのに、上手く言葉が出てこない。
 モバは、遊び疲れたのか、清一の腕の中で眠ってしまっていた。モバは、いつだって変わらない。そう。変わらないのだ。
 この山は、モバは、神々は、あやかしは、いつだってここに居て、この町に住む人々をを見守ってくれている。ならば自分のやることは一つだと、翼は前を向いて清一を見た。
「僕、新しい道を頑張って進みます。この山も、神社も、今までと変わらずまわって、感謝して、こっそりと話を聞いて貰います」
「そうだね。僕たちは、いつだってその話を聞いているよ」
「あの……。また、僕は、ここに来ることが、できるでしょうか……」
 翼は、絞り出すような声で言った。聞くのが怖かった。それでも、希望が欲しかった。
「どうだろうね。でも、君はモバのことがハッキリと見えて、モバに導かれて緑風堂にたどり着いたんだ。だから、君が君である限り、きっとまた来ることができるよ。それにね、緑風堂は、困った時にのみ来られる場所じゃないんだよ。モバに導かれた時、きっとまた、遊びに来られるよ」
 清一の優しい言葉に、翼は泣きながら頷く。

 別れの時だ。

 清一が、翼の頭に手を置いた。翼は、以前の、人より少し敏感だった頃に戻る。
 寂しいのが本音だった。別れたくなかった。だけれど、このままここに留まっていたら、翼が翼自身の道を歩いて行けないのも分かっていた。
「ありがとう、翼くん。またね」
「はい。ありがとうございました」
 翼がそう言った瞬間、清一が消えた。
 いや、もしかしたら消えていなくて、今も目の前にいるのかもしれないが、翼にその姿を見ることはできない。
 翼は、その場でしばらく涙を流していたのだった。

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