思春期のテロリスト

Emi 松原

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思春期のテロリスト

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第二章 新しい仲間達。~気になる情報~
 
テロリストは全員耳にピアスをしている。このピアスは通信機+探知機になっていて,任務の命令や情報部からの声が聞こえるようになっている。
 任務の命令が出ると,暗殺部は黒のボディースーツを着て(改造は自由),パソコン用マイクをつけなくてはならない。(情報部は服装自由)
たった一ヶ月で訓練を終えたエミは,実験者だということもあり特別待遇を受けていた。
 特別待遇と言っても,自分の好きな武器をデザインし作成してもらえたり,個室だったり,食堂でご飯を食べなくても部屋まで運んでもらえる。それに何より,休日には任務が入らない限り自由に敷地外へ出られる・・・などといったものだ。
 ちなみにコウタも実験者なので,特別待遇者だった。
 エミは武器職人のソウタに頼み,特殊な武器を作ってもらっていた。
 宝石を丸く鋭く研いだものに,鉄をも切り裂く特殊ワイヤーが巻かれていて,まるで見た目はうすいヨーヨーだ。
「エミさんは珍しい武器を使いますね。この宝石には何か意味でもあるんですか。」
 武器の調節をしながらソウタが言った。
「別に・・・。」
 無表情のエミが答えた。
 エミの耳には,紫色のチューリップのピアスがついている。これもソウタに頼んで作ってもらった物だ。
「はい。調節は終わりましたよ。何度も言いますが,その宝石とワイヤーは鉄をも砕きます。絶対に僕が特殊加工した手袋をしてくださいね。」
 ソウタの言葉に,エミは無言で頷くと部屋を出ていった。
 エミは右手にはガーネットという赤い宝石,左手にはトパースの黄色の宝石の武器を持っていた。
 エミは,すでに暗殺部どころか最高裁判所の司令部まで名が知れていた。
 訓練をたった一ヶ月で終えた,それも女子。
 それに,暗殺の任務は普通数名と,情報,撤退などの指示を送る情報部の人間とでのチームで行われていたが,エミは単独で任務に応じ,コウタ以外の連携を受け入れなかった。
 そして,数ヶ月で幾多もの暗殺任務に応じていたが,暗殺部の中で唯一,100%の成功率を叩き出していた。
 エミはコウタ以外の人間には近づこうとせず,また周りの者も,ほとんど誰もエミと必要以上に関わろうとしなかった。
 いや,正確に言えば関われる雰囲気ではなかったのだ。
 エミは任務の指令が入ると黒のボディースーツに銃やナイフなどの基本的な武器を装備し,(エミは銃を訓練以外で使ったことはないが。)その上からシゲルの形見である緑のコートを着る。頭からマイクをつけて,両手に手袋をはめて自分の武器を持つと準備完了だ。
 そしてピアスから聞こえるコウタの声の指示通り,任務を遂行する。
 任務を遂行しながら,いつもエミは探していた。
 そう,あの11人の『目』を・・・。
 いや・・・このたった数ヶ月で,その人数は残り9人となっていた。
 そしてその日の任務の時,エミはまた一人見つけた。
 シゲルを殺した時,周囲を囲っていたうちの一人の目を・・・。
 しかし任務遂行が先だ。
 暗殺するのは,大抵は政府の戦争に関与している人間,または賛成派の人間か,戦争のために必要な資金を提供し,そのかわり経営がうまく回るようになる大企業の社長などだ。
 今回の〈ターゲット〉はそんな政府のお偉い高官さんの一人だ。
 大体,戦争の事を知り,自分がテロリストに狙われる存在だと認識のある者は,大量の金を使い,普通のSPと政府軍の特殊訓練を受けた特殊部隊で身を固めている。
 普通のSPなんかにエミは興味なかった。ただ,特殊部隊を雇う者がターゲットだと,復讐者のエミにとって当たり以外の何者でもなかった。
 暗闇の中,エミは木から宙高く飛んだ。
 その途端,四方に散らばった特殊部隊が動き,銃声が鳴り響く。
 しかしそのすべてを空中で軽くかわすエミ。そしてSPとターゲットの間に音もなく着地する。
 SPが銃を撃つ前にエミの両手は動いていた。
【シュッ】
 風の音がしたと思ったと同時に,周りのSP達の銃口は切断されていた。
「私は,ターゲット以外の普通の人間を殺す気はない。復讐者を増やす趣味はないから。でも・・・。」
 そう言いながらもエミの右手は動いていた。
【ザシュ!!】
 嫌な音と共に,ターゲットの首は切断されていた。
 それと同時に地を蹴ってジャンプする。SPのうち、一人の肩を使いさらに飛び上がると,撤退中の『あの目』をした特殊部隊を追う。
「任務成功。」
 それだけマイクに向かって言った。
「了解。・・・深入りするなよ。」
 ピアスからコウタの声が聞こえた。
「・・・。」
 エミは無言でスピードを上げた。ビルからビルの上を一般人には見えない速度で飛び回る。すぐにエミの本当のターゲットの後ろ姿が見えた。
 エミはコートのポケットからワイヤーのついていない丸い宝石を出すと,ターゲットの右足に向けて的確に投げた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
 右足が切断されて,ターゲットが倒れた。
 無表情でターゲットに近づくエミ。
 ターゲットは確かに『あの目』だった。
 しかしその目は『あの時』と違い,恐怖で怯えていた。
「た・・・頼む!!命だけは助けてくれ!!緑の復讐者!!」
「緑の復讐者?」
 そんな言葉,エミは初めて聞いた。
「おま・・・いや,君は恋人を殺された復讐をしているんだろう?しかし・・・俺は手を下していない!!それに俺には中学二年生の娘が・・・!!頼む!!命だけは・・・。」
あぁ・・・私が『あの時』の人間に復讐してるの,もうばれてたんだ。
 そう思いながら,冷たい目をエミはターゲットに向けた。
「私も,シゲルも,そしてコウタも,普通の中二のはずだった。・・・次はお前の娘が復讐者になって,私を殺しにくればいい。」
 冷たく,エミが笑った。
 そして今度は左手を振ると,一瞬でターゲットは息絶えた。
 返り血がコートに飛ぶ。
 残りは,8人・・・。
「エミ,早く戻れ。政府軍の特殊部隊が向かってるぞ。」
 ピアスからコウタの声がした。
「分かった。ねぇコウタ,私が緑の復讐者って呼ばれているの,知ってた?」
 夜の闇に消えながら,マイクに向かってエミが言った。
「最近ね。知ってたよ。・・・知りたかったか?」
「別に。」
「そう言うだろうと思ったから,わざわざ言わなかったんだよ。」
 エミはそれ以上何も言わなかった。

 部屋に帰ったエミは,着替えてピアス以外の装備をはずすと(ピアスは,はずしてはいけない。)血の付いたコートを水の入ったバケツに入れて軽くもみ洗いした。
 エミの部屋はシンプルそのものだ。ベットと,机と椅子,それに小さなタンスがあるだけ。
 机の上には二枚の写真がシンプルな木の写真立てで飾ってある。
 1枚はシゲルとのツーショット。もう1枚はシゲル,コウタ,エミの3人で,エミはシゲルとコウタの間で二人の腕を組んでいる。どちらの写真もエミは思いっ切り笑っている。
 ベッドには,もう誰にも繋がらないピンクの携帯電話が無造作に置いてある。
 エミは横になると携帯電話を手に取った。
 携帯電話の裏側には,シゲルとのプリクラが張ってある。待ち受け画面も,シゲルとの写メだ。そしてもう送受信もできないはずの,メールボックスを開く。そこには,シゲルとのメールだけが残っていた。
 一番上には,『あの日』の前の夜の10時32分。いつもと同じで,絵文字も顔文字もない文章。
“おやすみ。また明日いつもの時間な。しそにお。”
 それだけの文章を,エミはじっと見つめた。そしてしばらくすると携帯を閉じて枕元に置くと,
「おやすみ,シゲル。しそにお。」
 そうつぶやくと眠りについた。

 昼過ぎに,エミは目を覚ました。
 エミはまず,コートの入ったバケツをユリという女の元へ持っていった。
 このユリは,特別待遇者の洗濯や部屋の掃除,さらに敷地内の掃除なども任されている,家政婦さん的な存在だ。誰にでも分け隔てなく接し,誰もが慕う人間でもある。
 元々家事が得意ではないエミは,そのほとんどをユリに頼んでいる。
 とりわけ形見のコートについては,大事に扱ってもらうようにしていた。
「一応,いつものようにすぐ水でもみ洗いだけはしたんだけど・・・。帰ってきたの夜中だったから。」
 エミが言った。
「大丈夫。後は綺麗に洗ってアイロンもしとくから,まかせて。それより,ご飯食べてないんじゃない?」
 笑顔でユリが言った。
「・・・任務の後は,食欲なんてわかないです。」
 無表情でエミが答える。
「そう・・・。でも,食べることは生きることの基本よ。」
 変わらないユリの笑顔。
「生きること・・・・か。今の私にはうまく考えられない。くれぐれも,そのコートよろしくお願いします。」
 エミはユリに背を向けて,ソウタの元へ向かった。
「エミさん,昨日は任務お疲れさまです。武器の手入れですね?」
 無言で頷き,ソウタに武器を渡す。
 ソウタも,エミに普通に接する者の一人だった。
「それにしてもエミさん,何度も言いますが,よくこんな武器考えましたね。まぁ,使いこなせるのはエミさんだけでしょうけど。」
 血を綺麗に洗って手入れをしながら,ソウタが言った。
「私,ヨーヨーが大嫌いなの。それでその武器を考えただけ。」
 ソウタの手元を見ながらエミが言った。
「ヨーヨーが嫌いで?」
 手を動かしながらソウタが聞いた。
「そう。何年か前,流行ったでしょう。私と幼なじみも,もちろん持ってた。でもね,幼なじみは色んな技を次々と拾得したのに,私だけ,普通にたらしたヨーヨーがなんで上に戻るのかが分からなかった。用は不器用で,できなかったのよ。でもその武器だったら,どんな技でも簡単にできると思ってね。」
 淡々とエミが答えた。
「確かに。この特殊ワイヤーを使いこなせれば,どんな技もできますね。はい,終わりましたよ。」
 ソウタが武器を渡した。
「ありがとう。」
 そう言ってエミはソウタにも背を向け部屋を出て歩き始めた。
 さて,これからどうしよう?
 エミは考えた。
 敷地外に出る気はない。任務に対する報酬はもらっているけれど,やりたいこともないし,暗殺部の自分にとって外は危険だ。いや,そんなことよりも,外にはシゲルとの思い出が多すぎる。
 テロリストの談話室や図書館もあるけど,暗殺部で話す相手もいないし,読みたい本もない。
 コウタの所に,暇つぶしに行こうかな。
エミは行き先を決めた。
 コウタは仕事中のはずだが,エミがいつ暇つぶしに行こうと,どんなに忙しくても邪険にすることはなく,話し相手になってくれた。
 情報部の建物に移動し,コウタの働く部屋を目指していると,ピアスからコウタの声が聞こえた。
「俺の所に向かっているようだから,わざわざ呼ばなくても良いと思ったんだけど,一応司令部からの命令。会わせたい人がいるから俺の所に来いってさ。」
会わせたい人・・・?誰だ?
 エミは考えた。
 暗殺部に入った時点で,親との縁は自動的に切られている。親に被害が及ばないよう,会うこともないし,兄弟もいない。
 不思議に思いながら,コウタの働く,〈第三情報部〉の扉を指紋認証で開けた。
「よう。昨日はお疲れ。」
 一番に扉近くのコウタが目に入った。コウタに向かって頷く。
「おう。来たようだな。」
 そうエミに言ったのは,暗殺部を束ねる中山教官だ。
「さっそくだが,エミに会わせたい二人がいてな。おい,暗殺部のエースが来たぞ。さっさと来てあいさつせんか!!」
 中山教官の言葉に,二人の男子が近づいてきた。エミの目が鋭くなる。
 一人は茶色い髪をしていて,メガネをかけている。真面目なのか遊び人なのかよく分からない雰囲気だ。もう一人は黒髪の短髪で,ニコニコしている。エミはその男を見ただけでなぜかイライラした。
「初めまして。俺はリョウです。自分で言うのもなんだけど,けっこう腕の立つハッカー。情報部と暗殺部を兼任しています。」
 リョウが笑った。リョウにはそんなにイライラしない。
「初めまして!!俺はケント。っていうか俺的には初めてじゃないんだけど!!いつも暗殺部で見ていたから。君の可憐で美しい活躍ぶりを!!」
 なんだこいつ。やっぱりイライラする。
 エミの目が更に細くなる。
「で,なんで私がこの人達に会わないといけないんですか?」
 無表情だったが,怒っているのが分かる口調で中山教官にエミが言った。
「うむ。エミ,お前は今までどんな暗殺の単独任務もパーフェクトにこなしてきた。まさに暗殺部のエース。ナンバーワンだ。しかし,コウタを除き他人との接触を必要最低限にしかしてないから知らないだろうと思ったが,この二人はお前と同じ年で,特殊訓練を三ヶ月で終えた。お前の次の記録保持者だ。そして何度かこの二人で任務に出させたが,相性も良い。そこで,この二人と,お前もチームを組んでもらおうと思ってな!!」
「それは,命令ですか。なぜ私がチームに?私の単独任務に何か問題でもあるんですか。」 
 エミが,今にも武器を投げつけんばかりの声で言った。
「これは,命令だ。だが,決してエミに問題があるわけではない。任務はこなしているし,その実力があれば,まぁ,多少の異名にはこちらも目をつむっている。それにいつもチームでという訳でもない。単独任務ももちろん与える。ただな,これだけ何人もの重要人物を暗殺しているのに,国は戦争を止めようとしない。それどことか事態はますます悪くなるばかりだ。そうなると,こちらもますます危険なことをすることになる。やはり実力の高い者をチームにしておくことも重要なんだ。」
 エミは何も言わず,二人を睨み付けた。
「それにな,お前にも,コウタ以外の友人を作ってやりたいし,エースとして後輩を導いたり指導することも大切だと俺は思うんだ。」
 エミは次に中山教官を睨み付けた。
「私の友人はコウタのみ。この二人とチームを組めという命令なのであれば従います。しかし,あくまでも同じ任務をこなす人間でしかありません。」
「わかった。最初はそれでいい。二・三日,お前達三人には休みを与える。その間にお互いを知り,任務に出られる状態にしておくんだ。いいか,エミ。これは,先を見据えた上からの命令なんだ。分かったな。」
 エミは思いっ切りの皮肉を込めた顔で頷いた。
 中山教官はそれを見て,笑いながら情報部から出ていった。
 最初に口を開いたのはケントだった。
「嬉しいよ!!エミちゃんと同じチームになれるなんて!!もう表現できないくらい嬉しい!!」
「・・・・お前,うざい。お前達と連携なんかとる気はない。」
 エミが冷たい目をして言った。 
「まぁまぁ,とりあえず,俺の部屋にでも来ない?別に,話したくないことは話さなくてもいいからさ。」
 リョウが穏やかに言った。
 エミはコウタに目を向けた。コウタは,好きにしろという表情で頷いた。
「・・・別にここでも話はできる。」
 エミが言った。
「ゆっくり話せるのは,人のいない部屋だけ!!俺の部屋に来るということ!!なぜなら,俺とリョウは相部屋だから!!」
 ケントが嬉しそうに言ったが,リョウが手で制した。
「とりあえず,俺達二人で話そう。ケントの事,お気に召さなかったみたいだし。」
「おい!!リョウ!!抜け駆けすんな!!」
 ケントの言葉を無視して,リョウはエミの耳元でささやいた。
「さっきも言ったけど,俺,けっこう凄腕ハッカーだから,興味深い情報を持っていると思うよ。『緑の復讐者』,エミさん。」
 エミは目だけでリョウを睨んだ。
「ゆする気?」
「いや,単純に仲良くなりたいだけだよ。」
 笑顔でリョウが言った。
「あいつを部屋に入れない,会話を誰にも聞かれないことを条件になら行く。」
 エミがケントを睨みながら言った。
「だってさ。ということでケントはどっかで暇つぶししてな。」
 リョウはそう言うと,手招きをして部屋から出ていこうとした。
 無言でついて行くエミ。
「おい,リョウ!!エミちゃんは俺が狙っているんだぞ!!手なんかだしたら・・・」
 ケントが言い終わる前に,扉が閉まった。

 エミとリョウは,男性部屋の廊下を歩いて行き,二人の部屋に入った。
 その瞬間,エミは目を疑い,殺意が沸いた。
 二段ベットに,二つの机と椅子,小さなタンスが二つ。一つの机には二台のパソコンとプリンターが置いてある。そこまではよかったのだが,なぜかもう一つの机に,撮った覚えのない自分の写真が飾ってあったり,二段ベッドの上の壁や天井にまで引き延ばした写真が貼ってあったのだ。
 でもどれも暗殺部に入ってからのものだった。
「なに,この部屋。とりあえずこの写真全部破いて良い?私,写真を撮られた覚えも許可した覚えもないんだけど。」
 エミの言葉にリョウが苦笑した。
「ごめんな。ケントは君にぞっこんなんだよ。その写真は館内の監視カメラから撮った写真。えっと,俺のことはリョウって呼んで。別の呼び方がしたかったら,それでも良いよ。君はなんて呼ばれたい?」
 苦笑したままリョウが言った。
「エミでいい。」
 エミはすでにすべての写真を破る作業に取りかかっていた。
「そっか,エミ,さっきは緑の復讐者の言葉を使ってごめん。エミに興味を持ってもらうために使っただけなんだ。」
 一台のパソコンを立ち上げながら,リョウが言った。
「別に良い。そう呼ばれていることは知っているから。」
 エミは天井に張ってあった一番大きな写真を破いていた。
「もう一度軽く自己紹介しとくね。俺はリョウ。周りには天才ハッカーって呼ばれている。実は俺,テロリストの裏サイトから色々調べて,ここが本拠地だって事を知ったんだ。それで,自らここに来た。だから本当は特別待遇者になっているんだ。」
 パソコンを打ちながらリョウが言った。
「でも,俺,パソコンだけの情報じゃ物足りなくてさ。それで特殊訓練を受けて暗殺部へも入ったんだ。ケントとは訓練の時一緒だった。ちなみにケントは特別待遇者ではないよ。俺からは詳しく言えないけど。でも,別に一人部屋じゃなくてもよかったから,ケントと相部屋にした。」
 リョウが言い終わると,プリンターが動き始めた。
 写真を全部破いて,二段ベッドの上にばらまいたエミが降りてきた。
「私のことは,自己紹介なんてしなくても知っているんでしょう?」
 エミが無表情で言った。
「言ってみてもいい?」
「別に良い。」
「『緑の復讐者』の異名を持つエミ,中学二年生。恋人のシゲルさんが殺されたことをきっかけにテロリストの実験者となる。単独任務成功率100%の実力の持ち主で,コウタ,ソウタ,ユリさん以外との人間の接触はほとんどない。『緑の復讐者』の異名は,緑のコートを着て,シゲルさんが殺されたときに周りにいた政府軍の特殊部隊の人物を的確に殺していることからついた異名。こんな感じかな。」
 リョウが笑った。
「さすが情報部の人間ね。」
 表情を変えずエミが言った。
「ここからは俺の推測なんだけどさ,言ってみても良い?」
 リョウが少し躊躇して聞いた。
「どうぞ。」
 エミが頷いた。
「エミの持っている右手の宝石は,一月の誕生石。エミの誕生石だ。そして左手のトパースは十一月の誕生石。シゲルさんの誕生石。耳にしている紫のピアスは,アメジスト。コウタの誕生石でもあるけど,紫のチューリップの花言葉は永遠の愛。エミは任務のターゲットを殺すときはいつもガーネットを使っている。でも,復讐のためのターゲットを殺すときにはトパースを使っている。どう?当たっている?」
「・・・それ,自分で調べたの?それとも他に知っている人間がいるの?コウタは除いて。」
 答える変わりにエミが聞いた。
「さっきも言ったけど,今のは自分で調べた情報を元にした俺の推測だよ。言っただろ?一応天才ハッカーだって。元々俺は,遊び半分でハッカーやっててさ。大手企業や政府のパソコンをハッキングして遊んでたんだ。犯罪だけどね。でも,ある日いきなり,かなりのロックが色んな所に施されていて,おかしいと思っていたんだ。そんな時,テロリストの裏サイトとブログを知った。それで今に至るってわけ。」
 笑顔に戻ったリョウが言った。
「それで,私の興味がありそうな情報って?」
 リョウに関心を示した様子を一切見せずに答えるエミ。
「これだよ。」
 リョウがプリントアウトした紙を何枚か見せた。そこには証明写真のようなものが並んでいて,その下に名前と年齢が書いてある。
「これ,何?」
 エミが言った。
「俺が勝手に見つけてきた・・・っていうより,あんまりテロリストの活動には重要視されていない情報だけど・・・。政府軍の,特殊部隊の人間のリストだよ。」
 リョウの言葉に,初めてエミが興味を示した。
「政府軍の人間や企業の人間,今起こっていることで,必要なことは全部情報部が持っているし,もちろん暗殺部に情報公開もしている。でも,エミはそんな情報に興味ないんだろうと思って。一度もエミがその情報を見た形跡がなかったからさ。でも,これなら興味あるかなと思って。」
 そしてリョウは机の引き出しから赤いマジックを取り出すと,証明写真の三人にチェックをした。
「今赤でチェックしたのが,エミがすでに殺した三人。政府軍の特殊部隊は,俺達テロリストと違って,大人の男が多いな。政府の人間だから,堂々と人材を集められるんだろうね。はい,ゆっくり見て良いよ。」
 リョウが資料をエミに渡した。
 その資料をじっくり見るエミ。
「質問していい?」
 エミが資料を見ながら聞いた。
「なんでもどうぞ。」
 リョウが答える。
「なんで,リョウはテロリストなんかに?」
 エミが顔を上げた。リョウと目が合う。リョウはふっと笑った。
「ぶっちゃけた話しさ。ハッキングしている時から思っていたんだ。この国の上の人間は,俺達のような一般人なんかどうでもよく思っているってね。それで戦争のことを知って・・・。俺さ,基本的に争い事は嫌いなんだよ。だから本当はテロリストのやり方も,なんか違うんじゃないかなって思ってる。でも,戦争を止めさせなければ俺達一般人に未来はない。平気で戦争なんかする奴らもどうかしていると思う。それでさ。結構勝手に色々調べているのは,何かいい方法があるんじゃないかと思ってね。でもちゃんと規則内でやっているよ。」
 エミはリョウを見つめた。
「争いが嫌いなのに復讐者の私にその情報を与えるの?」
「うん。俺はエミと仲間,いや,友達になりたいからね。エミは根本的に悪人じゃないと思うから。」
「悪人じゃない根拠は?」
「他の暗殺部のみんなは,一般人には手を出してはいけないけれど,邪魔者は普通のSPでも特殊部隊でも殺すことがある。でもそれは任務遂行の上ではしょうがないことだと思うし,一般人に対すること以外は規則でも決まりはない。でもエミは,成功率100%なのに,一人もターゲット以外を傷つけていない。・・・復讐を除いてね。」
「それって,他の暗殺者の技術が足りないだけだと思うんだけれど。」
「そうかもしれないけれど,俺が勝手にそう思っているだけだよ。それが根拠。それで,その資料は役に立ちそう?」
 エミはもう一度資料に目を戻した。
「マジック貸して。赤じゃないやつ。」
 エミが言った。
 リョウは机の引き出しから青いマジックを出すとエミに渡した。
 エミが資料を机の上に置き,リョウにも見えるようにした。
「この目・・・・間違いない。こっちの目も・・・。」
 そう言いながらエミが青いマジックでチェックをいれていく。
 そして七人のチェックがついた。
「・・・本当に目だけで覚えてるんだね・・・。」
 リョウが言った。
「・・・一人足りない。あの女が居ない。」
 エミが顔を上げて言った。
「あの女?」
「そう。シゲルを殺したあの女。特殊部隊の服を着ていなかった。水色の髪の毛で,なんか・・・浴衣みたいな服を着ていた。」
「・・・・・。」
 エミの言葉に,考えるリョウ。
「少し時間をくれ。もう少し深く調べてみるから。」
「なんで?」
「え?」
 エミの言葉にリョウが聞き返した。
「なんで私に協力しようとするの?リョウは,争いが嫌いなんでしょ。復讐なんて,もっと嫌いだと思ったけど。」
 エミの言葉にリョウが笑った。
「言っただろ。エミと友達になりたいって。別に協力するわけじゃないさ。俺は情報を伝えるだけ。殺したりする協力をする気はないよ。・・・コウタみたいに,見守る友情もあるんだろうし,俺みたいにちょこっと手助けする友達がいてもいいんじゃない?」
「・・・・・・。」
 エミは黙ってリョウの目を見た。・・・言っていることも,その目も,どことなくシゲルに似ている気がする。
 その時。
「おい,こら!!なんで鍵かけてんだよ!!ここは俺の部屋でもあるんだぞ!まさか・・・エミちゃんに手出ししてるんじゃないだろーなーーー!!」
 ケントの声が廊下に響いた。
「話は終わりね。リョウ・・・これからも興味深い情報をくれるなら,私はあなたと仲間としてチームを組むことを認める。でも,あいつは嫌い。大嫌い。何があっても。じゃあね。」
 エミが部屋から出ようとした。
「わかった。ありがとう,エミ。」
 エミの背中に向かってリョウが言った。

 部屋のドアを開けると,真正面にケントがいた。
「あ,エミちゃん!あいつに何かされなかったかい?俺は,君を守るために生まれてきた人間だからね!!何かあったらすぐ・・・・」
「人の名前を軽々しく呼ぶな。この変態ストーカー野郎。」
 ケントの言葉を遮り,それだけ言うとエミは仕事が終わっているはずのコウタの部屋へと向かった。
 背後から,「ぎゃぁぁぁぁぁ!!俺の大事な写真がぁぁぁ!!」というケントの声が聞こえた。

【トントン】
 エミはコウタの部屋をノックした。
「はい?」
「私。」
「あぁ,入って良いよ。」
 コウタの声を聞いて,扉を開けて部屋に入るエミ。
 コウタも個室で,エミの部屋と同じ作りだ。
 そして机の上にはパソコンなどがあるが,一枚だけ,エミの部屋にある写真と同じものが飾ってある。三人で写っている,あの写真だ。
 コウタは自室にエミ以外を入れたことはなかった。
 何も言わずにベッドの上に座るエミ。
「どうだった?」
 椅子に座ってパソコンを操作していたコウタが,手を止めてエミの方を向いた。
「何が?」
「あの二人。」
 エミは無言でベッドに寝ころんだ。
 エミにとって,コウタの部屋は自室以上にくつろげる場だった。
「・・・なんか,部屋に私の写真が大量に飾られていたんだけど。ここにはストーカーを規制する規則はないの?」
 ふてぶてしくエミが言った。
「恋愛の規定はされていて,任務に支障がでなければ自由に恋愛できる。でも,残念ながらストーカーに関する規定はない。そんな規定,テロリストの中でされるわけないだろ。まぁ度が過ぎれば上の人間が出るんだろうけど。」
「あいつは間違いなくただの馬鹿のストーカーよ。リョウは・・・かなり私の情報を知っていた。」
「まぁ,あいつは自らここを見つけだした天才ハッカーだからな。」
「あと,なんだかわからないけど,言ってることがシゲルと似ている気がした。」
「・・・そういうと思ったよ。」
「なんで?」
「これ,絶対に外に漏らすなよ?」
 コウタが真剣な顔になった。エミも体を起こしてコウタを見る。
「リョウは,天才ハッカーだ。それも自らテロリストになった志願者。普通に情報部にいれば,かなり良い待遇を受ける価値のある人間。それなのに暗殺部へ入った。何でだと思う?」
「パソコンだけの情報じゃ物足りないって言っていたけど・・・。」
「それは嘘だ。リョウは,お前以外の暗殺者が一般のSP達を普通に巻き込むのが気にくわなかったんだよ。もっと頭を使って動けば,ターゲットだけを殺せるってね。それで自らも暗殺部に入ったんだ。無用な血を流さないために。そもそも,暗殺をしてブログに書き込み,なんとか国民を動かそうという今の方法も,良い方法だとは思っていないみたいだしな。お前の直感は正しいよ。あいつは考え方がシゲルに似ている。」
「それなのに,私に政府軍の特殊部隊の情報をくれたんだけど。しかも,私と友達になりたいからって,さらに情報を調べるって・・・。」
「そこも,シゲルと似ているんじゃないかな。あいつさ,お前が暗殺部の中で一人でいることずっと気にしていたから。ケントと違う意味でだぞ。一度俺に聞きに来たよ。声をかけてもいいものなのか。」
「なんて答えたの?」
「時が来るまで待て。軽々しく近づいても,今のお前じゃ受け入れないって言った。」
「そっか。ありがと。私,リョウとは情報をくれる変わりに仲間になるって言った。けど,あのストーカーは大嫌い。同じ任務なんかに行きたくない。」
 エミはまた寝ころんだ。
「仲間だと思わなくても別にいいだろ。思うように動かせる道具だとでも思ってろ。・・・中山教官の言ったとおり,戦況はますます悪化している。危険な任務も増える。道具があれば便利だろ。」
 コウタがパソコンに向き直った。
「コウタが人のことをそんなふうに言うの珍しいね。」
「あいつ,口を開けばお前の事聞いてくるし,お前と近づこうとして俺につきまとうし,うざかったんだよ。」
「そうだったんだ。それはなんかごめん。でも,私,あいつに好かれることした覚えがないんだけど。そもそもあいつの存在自体知らなかったし。」
「どんな任務も一人で華麗にこなすクールビューティー。一目惚れだとよ。」
「・・・あいつ,本物の馬鹿か。」
 そんな会話をしているうちに,夜はふけていった。

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