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思春期のテロリスト
しおりを挟む第三章 平和って何?~それぞれの想い~
それから二日間休みだったエミは,ほとんどの時間をコウタの側で過ごした。
そうでもしないと,ケントに朝から晩までつきまとわれてうざかったのだ。
リョウからは,
「俺は情報部の仕事もあるし,調べものもするから。でも用事があったらいつでも来て。〈第一情報室〉か自室にいるから。ちなみに俺は真剣使い。ゲームの世界みたいでしょ?遠距離攻撃よりも短距離攻撃派。まぁ,基本的には頭を使う方が多いけどね。あと,ケントは遠距離攻撃が得意なシンプルな銃使いだよ。」
とだけ言われていた。
「ねぇ,あきらかにストーカーだよね,あいつ。なんとかならないの?」
〈第三情報室〉で仕事中のコウタに向かって,机の影に隠れるように床に座ったエミが言った。
「チームを組まされた以上,話しかけてくるくらいじゃストーカーにならないんだよ。まぁ,無理矢理手出ししてくるようなら,上が動く前に俺が動いてやるよ。」
パソコンをつつきながらコウタが答える。
「珍しく優しいね。そんなに私の知らないところであいつにつきまとわれてたんだ。」
「まぁな。それにシゲルからお前のこと任されてるし。お前があいつのことを嫌いじゃないなら別だけど。でも,予想はしてたけどそこまで拒絶するとは思わなかった。」
「あの部屋を見たら,女だったら誰でも究極に拒絶すると思う。」
エミが少し怒った声で言った。
「あ,さっそくお前達三人に任務だぞ。」
そう言うとコウタはマイクのスイッチを入れて,エミ,リョウ,ケントのピアスに接続し,しゃべりはじめた。(エミは側に居たのだが,規則で決められている)
「エミ,リョウ,ケントに任務命令。オペレーターは俺,コウタ。リーダーはエミ。ターゲットはこの国で隠れて兵器を作り,実験をたくらんでいる○○企業の研究者のボス。かなり大手の企業で戦争に必要不可欠な新兵器を作っている人間だから,特殊訓練を受けた政府軍の人間が数多くの護衛をしていると考えられる。今夜十時,料亭『夢の華』で食事会があるらしい。その帰りを狙えとのこと。特殊訓練を受けた者が多く配置さてれいることが考えられるため,細心の注意を払うこと。以上。」
コウタが言い終えた。
「私がリーダーなんだ。頭を使うリョウがリーダーになるんだと思ってた。」
エミがコウタを見上げた。
「まぁ,リーダーって言っても形式上だろ。実力だけみたらお前が一番だし,オペレーターが俺って言っても,チームとなると他の奴らの意見も聞きながら動かないと行けない。お前もリョウの意見は聞く価値があると思っているだろ?」
コウタの言葉に,エミは,「まぁね」とだけ言った。
そして,夜の任務に備えて少し眠ろうと,部屋に帰ろうとしたところをケントに見つかった。
「エミちゃん!!探したよ。ついに一緒に初任務だね。もう俺,めちゃくちゃ頑張る。なんたって俺はエミちゃんを守るのが仕事であり・・・・・。」
ケントを一瞬睨み付けたが,何を言っても無駄だと判断して無視して歩き続けるエミ。
しかしそんなエミの態度に臆することなく一人でしゃべりながらついてくるケント。
部屋の前まで来たとき,エミはため息をついて振り返った。
「あんた,いったい何なのよ?」
冷たい目をしてエミが言った。
「ん?だから,何度も言っているように俺はエミちゃんを守る存在だけど?エミちゃんの望むことなら,叶えられる限りなんでも叶えるさ!!・・・それが例え,俺の意に反している,『復讐』という行為だとしても。」
「・・・・・・。」
相変わらずニコニコしているケントを見ながら,エミは考えた。
俺の意に反している・・・?こいつ,私の事をどこまで知っていて,何が目的でここにいるんだ?
エミは,来た道を引き返して歩き始めた。
「あれ?何処行くの?まさか・・・やっと俺とデートしてくれる気に!?」
ケントがついてきたが,エミは振り返りざまケントの股間を思いっ切り蹴り上げた。
「う・・・ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁ!!!」
ケントが悲痛な叫びを上げたが,その瞬間エミはもう走っていて,その場から姿を消していた。
〈第一情報室〉
エミはそう書かれた扉の前に立つと,指紋認証で扉を開けた。
多くの人間が居たが,すぐにリョウは見つかった。
茶色い髪の毛が,目立っていたのだ。
「あれ,エミ。どうかした?ごめん,まだ女の情報は何もつかめてないんだ。」
リョウが言ったがエミは首を振った。
「違う。私が聞きたいのはあの馬鹿のストーカーの事。あいつは,いったいなんなの?」
エミが無表情だが怒った声で言った。
「あー・・・。その様子じゃ,まだケントは素顔をエミに見せてないんだね。」
リョウが苦笑した。
「素顔?」
「前にも言ったけれど,俺の口からは言えないよ。ごめんね。一応,ケントとは信頼関係を持った友達だからね。エミとコウタみたいに。」
「・・・・・・・邪魔して悪かった。」
エミはそう言うと,そのまま外へ出て,〈第三情報室〉へと向かった。
扉を開けると,コウタの側に座る。
「あいつ・・・なんなのよ。リョウもなんなのよ。なによ,素顔って。なによ,意に反している復讐って!!」
エミがコウタにだけ聞こえる声で言った。
コウタがため息をついて,手を止めるとエミの方を向いた。
「もう少し待て。・・・リョウが素顔って言葉を出したんだな。・・・あのな,俺がケントに対して怒っているのは,別に軽々しくお前に近づこうとしているからじゃないんだよ。ケントだってお前に近づく前に,俺の所に来る配慮をしている。それに恋愛は自由だし,人を好きになるのも自然のことだ。ただ・・・あいつもお前と同じで自分を偽っているんだよ。その偽った状態だけでお前に近づこうとするのが,気にくわないんだ,俺は。」
コウタもエミにだけ聞こえる声で言った。
黙って考えているエミを見て,コウタが続ける。
「でも,この問題は第三者が口を出すべきじゃない。・・・俺から言えるのは,あいつは特別待遇者ではないってことだ。それで,お前も少しは考えてみろ。あと,素顔が知りたいなら,あいつを少しでも見てやるんだな。まぁ,さっきも言ったけれど,お前が嫌で拒絶するなら,俺は全力であいつを止めるし,お前を守る。俺から言えるのはそれだけ。」
コウタの言葉に,軽くエミはうなずいた。
「・・・今日の任務であいつがどう動くか,見ておく。部屋に帰ったらまた見つかりそうだから,コウタの部屋で仮眠して良い?」
エミが言った。
「良いよ。パソコンは勝手にいじるなよ。」
コウタはもう仕事に戻っていた。
エミはコウタの部屋を合い鍵で開けた。コウタの部屋の合い鍵は,エミだけが持っている。
ちなみにエミの部屋の合い鍵は,コウタとユリの二人が持っている。
エミはベッドに寝ころんで今まで聞いたことを思い出しながら考えた。
ケントは特別待遇者ではない。素顔を見せていない。でも,さりげなく言った,意に反する復讐という言葉・・・。
エミは,特別待遇者ではないという所になにか引っかかるものを感じた。
ケントはリョウと同じく三ヶ月で訓練を合格した,二番目の記録保持者。それなのに,なぜ??
その時,エミはシゲルの言葉を思い出した。
・・・重大な犯罪を犯した未成年を集めている・・・。
まさか・・・。ケントがそんなことする人間には思えない。いや,ストーカーも立派な犯罪だけれど,それでテロリストに勧誘されるとは思えない。
・・・まぁいい。私には,関係のないことだ。
そんなことを考えながら,任務の時間までエミは眠りについた。
任務の時間が来た。
出入り口に三人が集まる。エミはいつもの装備だ。
リョウは,銃などの基本的装備と刀(かたな)を腰から下げていた。本当にゲームの世界に思える。
一応ケントも見たが,エミは嫌悪感を覚えた。
リョウから聞かされてはいたが,多くの銃を持っていたからだ。
シゲルの命を奪った銃。エミはどうしてもそれが許せなかった。
でも,どう思っても自分はこのチームのリーダー。こうなったからにはごちゃごちゃ言っていられない。
エミはマイクの向こうのオペレーター,コウタに向かって言った。
「私,リョウ,馬鹿,三人スタンバイ完了。任務に向かう。」
「了解。『夢の華』までここから十分ほどで行けるはず。特殊部隊にくれぐれも気をつけてくれ。あと,任務では連携もちゃんととれよ,エミ。」
「・・・行って来る。」
三人は暗闇の町の中に飛び出していった。
「ちょっと,エミちゃん,馬鹿って何。リョウのことは名前で呼ぶのに!!ひどいよ!」
ピアスからケントの声がしたが,エミは無視した。
料亭『夢の華』が見えたとき,エミは二人に止まるよう合図をだした。
気配を消して止まる三人。エミは周りをざっと見回した。
『夢の華』の周りを囲むように,隠れてかなりの人数の特殊部隊が配置されている。もちろんそれと同じくらいに普通のSPも多い。
「・・・これは,すごい人数ね。リョウ,ターゲットはそんなに重要人物なの?それとも,チームを組んでいる暗殺者達はいつもこんな感じの任務なの?」
マイクに向かって小声でエミが言った。
「いや,こんなに厳重に守られているターゲットは初めてだろうな。中山教官が俺達にチームを組ませた意味も分かった気がする。ターゲットは,戦争には必要不可欠なミサイル型の新兵器を作っている研究者だ。政府軍としても,絶対に失いたくない存在なんだよ。たぶん。」
リョウが言った。
「一応,リーダーは私なんだけど。私のやり方で良い?それともリョウの考えを聞いてからにしようか?」
エミが言った。
「ねぇ,俺は?」
ケントが言った。
「お前は好きに動いてろ。私が命令したらその通りに動け。」
エミがそっけなく言った。
「な・・・そんなに俺の事を信頼して・・・。」
「で,リョウ,どうしたい?」
ケントを無視してエミが言った。
「とりあえずエミの作戦を聞くよ。」
リョウが言った。
「そう。まず私が地上に待機して,地上から車を追跡する。この時点で特殊部隊に感づかれるだろうし,そうなったらSPも動くはず。その間,リョウは上から追跡してほしい。私に注意を向けていた方が,動きやすいと思う。車から降りた瞬間を狙って,周りのSPを遠ざけるから,リョウがターゲットを狙ってほしい。特殊部隊も,私が引き受ける。どう?・・・殺す役目をするのが嫌なら,別の方法を考えるけれど。」
エミが言った。
「いや,その作戦でいこう。特殊部隊やSPを遠ざける役目が一番出来るのは,特殊な武器を持ったエミだろうから。ただ,車に逃げられたらやっかいだな。」
「そこは大丈夫。私の武器は車くらい簡単に切断できるから。」
「わかった。コウタ,何か問題はあるかい?」
リョウがコウタに聞いた。
「いや,問題ない。けど特殊部隊の数が多すぎるから,ケント,うまく動けよ。」
コウタがケントをフォローするように言った。
「その時々で状況が変わったら,コウタのオペレーターとリョウの頭にまかせるから。」
エミが言った。
「了解。じゃあ,任務に集中してくれ。」
コウタの言葉に,三人は目で合図すると,エミは音もなく地上に降りていった。
地上から,ビルの隙間に隠れてエミは周りを見渡した。
特殊部隊はまだ自分に気がついてないようだ。
エミは,いつものように隠れている特殊部隊を一人一人見た。
そして,二人見つけてしまった。
『あの目』を持った,エミの真のターゲットを。
でも,その二人はまるでエミからの攻撃を拒むかのように,『夢の華』の両側をに待機していた。
このままだと,一人しか殺せない。いや,その前にこれだけの任務だと,その一人も殺せるか分からない・・・。
・・・悔しい・・・。
エミはそう思いながら,なんとか一人だけでも・・・そう考えていた。
そんなことを考えているうちに,任務のターゲットが料亭から出てきた。
思った通り,かなりのSPに周りを囲ませ,隙がなく車に乗り込んだ。
発進した車を,エミは暗闇にまぎれ追跡した。
「特殊部隊が,エミに気がついたようだ。エミ,気をつけろ。」
コウタの声が聞こえた。
「了解。あと,作戦変更。あれだけSPが居たら,ターゲットだけを狙うのは難しい。だから,ターゲットが車から降りる直前,SPが車の外で待機している所を狙って,車自体を真っ二つにしようと思う。そこをリョウに狙ってほしい。どう?できそう?」
エミがマイクに向けて言った。
「やってみるよ。その場に応じてSPは俺が引き受ける。エミがターゲットを殺す隙ができれば上々だろ。」
リョウの声がした。
五分くらいたったとき,車はターゲットの家の前に止まった。
かなりのSPの数だ。敷地内にターゲットが入ってしまったら,任務失敗かSPを巻き添えにしてでも任務遂行となる。
エミはスピードを上げて,一気に車に近づいた。
銃声が鳴り響く。が,一発もエミの方に弾が飛んでこない。
一瞬エミは顔を上に向けた。そして目を見張った。
ケントがビルの上から,両手に銃を持ち,エミの方を見ながら,それなのに的確に周りに散らばった特殊部隊の銃や武器だけを打ち落としていたのだ。
その時のケントの顔は,いつもの顔と全く違った。
真剣な眼差しで,少し口元に笑みを浮かべている。まるで別人だ。
一瞬戸惑ったエミだがすぐに気持ちを切り替えると,右手を大きく振り上げて,車の後部座席を残しワイヤーで車を真っ二つに切断した。
SP達が思いもよらない展開に少し慌てる中,リョウが地上に着地した。
「エミ,SPをよろしく。」
リョウがターゲットを狙った。
SP達が守りに入ったが,エミはいつものごとく両手を振って銃口を切断すると,リョウの任務遂行に邪魔なSP達に素早く接近し蹴りをいれて吹き飛ばす。
特殊訓練を受けたエミの蹴りは,普通の中学生とは比べ者にならず,大の男をも吹き飛ばす威力だ。
三人のSPを蹴り飛ばしたところで,エミはリョウを見た。
リョウはターゲットを引きずりおろし,刀を抜くと,急所を一発で刺した。刀を引き抜くリョウ。
「任務成功。」
リョウの声がピアスから聞こえた。
「了解。」
エミはそう言うと,『あの目』の二人を捜した。
やはり,右と左に分かれている。
・・・右斜め約三十五度の木の枝に立っている奴と左斜めで視界に入るか入らないかにいる奴だ。
エミは二人同時に殺すことを諦め,左の奴を狙うことにした。
相手は撤退しようとしている。素早くエミは動いた。
「特殊部隊に狙われたらやっかいだから,リョウ,すぐ撤退して。」
それだけ言うと,エミはポケットからワイヤーのついていない丸いトパースを取り出すと,自分のターゲットに向かって投げた。
「うわぁ!!」
ターゲットの背中に見事命中し,ターゲットは止まった。
しかし,エミがターゲットに近づいたとき,両側から二人の特殊部隊が現れて,エミに銃口を向けた。
「引け。緑の復讐者。」
特殊部隊の一人が言った。エミは手を動かそうとしたが,その時ケントの声がした。
「引くのはそっちだ。それとも・・・何処の急所をついて殺されたい?」
特殊部隊三人の後ろから気配もなくケントが現れ,その両手に持っている銃は確実に二人の特殊部隊を狙っていた。
特殊部隊は両側から挟まれたことになる。
エミの攻撃を受けたターゲットは,痛みでうずくまっている。
特殊部隊二人は,どちらを狙っても分が悪い。ケントとエミは両手に武器を持っているからだ。
「・・・すまん。」
特殊部隊の一人がそう言うと,うずくまっているターゲットを残し,二人は撤退した。
「・・・。」
エミはその光景に唖然とした。ケントのいつもと違う真剣な声と眼差しにだ。
「リーダー,すみません。勝手に動けと言われたんで勝手に動いていたんですが,撤退しようとしていた,さっきリーダーから見て右斜め三十五度の特殊部隊の両足を手元が狂って撃っちゃいました。早くしないと,そいつも政府軍の人間に連れて行かれますよ。」
エミは,少し動揺した。あの少しの間の自分の目を,ケントは見分け,もう一人も自分が殺せるようにしている生かしている・・・?
「エミ,早く動かないと危険だぞ。」
コウタの声に我に返ったエミは,側にいたターゲットの首を左手で切って殺した。
そして素早くもう一人の方へと向かう。
もう一人のターゲットは木の茂みの中に落ち,両足首を撃たれていた。それも的確に。
しかし考えている暇はない。エミは,冷たい目をすると,また一人殺した。
そして撤退するためにビルの上に飛び上がると,リョウとケントがいた。
ケントは何事もなかったかのように,いつもの馬鹿馬鹿しい顔をしている。
「さぁ,任務は無事成功だ。急いで撤退しよう。」
リョウの言葉に無言でうなずくと,三人は裁判所に帰っていった。
任務から帰ったエミは,いつものように着替えてバケツでコートを少し洗うと,夜中だったがユリの所へ持っていった。じっとしていられなかったのだ。
ユリは嫌な顔ひとつせず,受け取ってくれた。
次にコウタの所に行こうかとも考えたが,なんだかどうしていいか分からなかったエミは,そのまま自室へと戻った。
あいつは,本当になんなんだ?任務の最中,人が変わったようだった。それに,あれだけ的確に特殊部隊の武器だけを打ち落とすなんて・・・。しかも,目だけは自分に向けられていた。
自分の真のターゲットを見分け,急所をつかず攻撃しておいて,その上自分を助けに来た。
・・・あいつは,なんなんだ。そこでエミは考えるのを止めた。
いつものように携帯電話を開く。
穏やかな,優しいシゲルの笑顔。
エミはじっと画面を見つめた。そして恒例の儀式のようにメールの受診ボックスを見ると,エミは眠りに落ちたのだった。
エミが起きたのは,また昼過ぎだった。
起きた後も何もする気にもなれず,ボーっとしていると,ピアスからコウタの声がした。
「一応忠告。ケントが,お前がまだ飯食ってないこと聞き出して,自分が運ぶってはりきってお前の部屋に向かっているぞ。」
エミはマイクをとると,スイッチを入れてコウタにつなぎ,「わかった。ありがとう。」
とだけ言った。
そしてエミは机の上の写真二枚を,机の引き出しの中に入れて,自室の鍵を開けた。
そのままベッドの上に座る。
ほどなくしてノックの音と共にケントの声がした。
「エミちゃん?まだご飯食べていないって聞いたから,俺からのデリバリーだよ!!ついでに俺の愛もデリバリーさ!!」
エミは無視していたが,じっとドアを見つめていた。
「エミちゃん?まだ寝ているの?・・・いないのかな?」
ドアの取っ手が動いた。
「あれ,開いてる?」
ケントが隙間から覗いたのが分かった。自分がいることは認識したはずだ。
「エミちゃーん!!入りますよー。」
ケントはそう言うと,ゆっくりドアを開けた。
エミはその姿をベッドの上から見ていた。本当に食事を持ってきている。
「・・・女子の部屋を勝手に開けるなんて,ストーカーの極みだな。」
動かずにエミが言った。
「ご・・・ごめん!!開いていたからつい・・・。」
エミのいつもと違う態度に,少し戸惑っている様子のケント。
「食事,机の上に置いてちょうだい。変なもの,入れてないでしょうね。」
ケントはエミ言うとおりにした。ケントが動揺しているのが分かる。
エミは立ち上がると椅子に座った。
「持ってきたからには,片付けもしてくれるんでしょ。ちょっと待ってなさいよ。そこら辺に座って良いから。」
エミはケントに言った。いつもとまったく違うエミの態度に,何も言わずおとなしくケントは床に座った。
「単刀直入に聞くけど,あんたは本当にいったいなんなの?」
ケントの方を見ず,箸をもったエミが言った。
「・・・俺は・・・本当にエミちゃんが好きだから守りたいだけで・・・。」
ケントがしどろもどろになって言った。
「質問を変える。なんで,あんたはこんな所にいるの?あんたの本当の目的はなんなの?」
「・・・知ったら・・・俺の事,嫌いになると思う。」
「もうすでに究極に嫌いだから,これ以上嫌いになりようがない。」
箸を置いてエミがケントを見た。
ケントもエミを見ている,おちゃらけたケントとも,任務の時のケントとも違う,真面目で少し怯えた目がそこにあった。
しかし,もう隠せないと思ったのか,いつもと違って真面目にケントは話し始めた。
「俺は・・・重大な犯罪・・・死刑になるはずの犯罪を犯して,死刑になって死ぬか,死んだことにしてテロリストとして生きていくかを迫られてテロリストになった人間なんだよ。」
ケントが少し震えた声で言った。黙って聞いているエミ。
「俺,中学生になってからずっといじめを受けてて・・・でも,親に言う勇気もなくて,誰も助けてもくれなくて・・・。・・・最初は,自分で死のうと思ってネットでナイフを買ったんだ。」
そしてケントは自分の長袖をまくった。そこには,無数の切り傷の跡がある。
エミはそれでも無言で見つめた。そういえば,ケントはいつも長袖を着ていた。
傷を隠すためだったのか・・・。エミは思った。
「でも,やっぱり死ぬのが怖くて,それでも飛び降りならいけるかと思って,ある日の放課後,学校の屋上にのぼって,下を見ていたんだ。そしたら,あいつらが来てさ。早く飛び降りろ,とか,遺書で俺達の名前は残すなよ,とかってあおられて・・・。カッとなった時には,もう遅かった。気がついたら・・・五人も殺していたんだ・・・。・・・絶対死刑になる,そう思った。でもそうなってもしかたがないし,それだけのことをしたことも分かっていた。・・・俺は・・・少なくとも,五人以上の復讐者を作ってしまった人間なんだよ・・・。」
ケントが下を向いた。
「それで?」
声のトーンを変えずにエミが言った。
「それで・・・拘置所に居るとき,テロリストの勧誘を受けたんだ。俺は,死刑になって罪をつぐなうつもりだったんだけれど,三日間くらい考えて・・・。もし,戦争を止められて,平和のために少しでも役に立つことができるなら・・・そしたら,殺した奴らの家族や友人,恋人の平和と未来が守れるかなって思った。だから,テロリストに入って,一生をかけて罪を償う道を選んだんだ。」
ケントが顔を上げた。エミは無表情でケントを見ている。ケントは,少し躊躇しながらも,エミを見ながら続けた。
「エミちゃん,俺は,俺を苦しめた奴らに復讐した。でも,俺の心は何も満たされなかった。むしろ,虚しくなっただけだった。俺には,逃げる道だってあったんだ。勇気をだしたら,逃げられたんだ。助けだって,求められたんだ。それなのに,俺は奴らを殺した。奴らの家族達の事を思うと,苦しくなるだけだった。だから・・・本当はエミちゃんに復讐を止めてほしい。俺は,エミちゃん自身も,エミちゃんの心も守りたい。」
「平和って,何?」
エミの声のトーンが落ちた。
「え・・・。それは・・・戦争がなくて,安全に暮らせる社会だと思うけど・・・。」
ケントは考えながら言った。
「復讐者の心はね,憎しみと悲しみと怒りしかないのよ。戦争なんて関係ない。戦争があとうとなかろうと,復讐者にとって関係ないのよ。」
エミが言った。そして立ち上がる。
「あんたも,リョウと同じね。復讐を望まないくせに私の協力をする。私には理解できない。」
「それは・・・!!俺は本当にエミちゃんが好きだから・・・!!」
「さっきも言ったけれど,私はあんたなんて初めて会ったときから大嫌い。あと,これ片づけておいて。私は,いつも任務の後はごはんなんて食べない。」
そう言うと,エミは自分の武器を持ち,部屋にケントを残したまま出ていった。
エミは武器の手入れをしてもらうためにソウタの元へと向かった。ソウタの部屋まで歩いていると,エミのコートを持ったユリと出会った。
「あ,エミちゃん。ちょうどよかった。今部屋に行こうとしたの。コート,いつものように綺麗にしておいたわよ。」
笑顔でユリが言った。
「夜中に持っていったのに・・・。すみません。」
エミが言った。
「いいのよ。それが私の仕事なんだから。ここを通っているってことは今から武器の手入れに行くのね?じゃあ,コートは部屋のいつもの場所においておくわ。」
歩き出そうとしたユリを,エミは呼び止めた。
「あの・・・ユリさん,失礼な質問をしてもいいですか?」
「何?なんでも聞いてくれていいわよ。」
笑顔のままユリが言った。
「ユリさんは,なんでこんなところに・・・?あと,平和って,なんなんですか?」
エミが言った。
ユリはエミを見て,優しく微笑んだ。
「私がここにいるのはね,ただ,みんなの姉でもあり母親のような存在でありたいからよ。私ね,前は裁判所の事務員だったんだけれど,その時夫と,子供が三人,事故で死んだの。私,一人になっちゃって。・・・もし,その子供達が生きていたら,ちょうど思春期に入る頃・・・テロリストの,特に暗殺部にいるみんなと同じ年くらいなのよ。だから,事務員をやめて家政婦的な役割についたの。平和っていうのは,一言では表せないと思うし,人それぞれ違うと思う。でも私が思う平和は,平和な時には分からないもので,失ったとき初めて,あれが平和だったんだって思うものじゃないかな。こんな答えでいい?あと,この話は内緒ね。」
エミはユリを見た。ユリは,エミに微笑んだままウインクすると,エミの部屋に向かって歩き始めた。
エミは,しばらくその場に立ちすくんでいた。
気をとりなおしたエミは,ソウタの部屋で武器の手入れをしてもらっていた。
いつものように,穏やかに接してくれるソウタ。
エミは少し悩んだ。・・・ソウタに,聞いてもいいんだろうか。
・・・ソウタは武器職人。ある意味,テロリストが暗殺を続ける上での大事な人材。
ソウタは,人を殺すものを作っているのに,どうしていつも穏やかなんだろう・・・。
知りたい。
エミは決心してソウタに聞いた。
「ソウタ・・・あの・・・失礼なこと聞いて悪いんだけれど・・・いい?」
初めて見せる,エミの少し躊躇した様子にソウタが顔を上げた。
「どうしたんですか?なにかあったんですか?僕が答えられることなら,なんでも答えますよ。」
ソウタが笑った。
「ソウタは・・・どうしてここで武器職人を・・・?あと・・・ソウタにとって,平和って何?」
エミの言葉に,ソウタは真面目な顔をした。
「エミさんは,やっぱりちゃんと色々と考えている人なんですね。」
ソウタが言った。
「・・・。」
エミは黙った。
「僕は,元々体がとても弱くて,ずっと入院していたんです。その時,やることもなくて退屈だった僕は,時計やゲーム,最新のパソコン,なんでもいじって,分解したり改造したり,そうやって遊んでいたんです。それで,何かをこの手で造ることは楽しい。そう思うようになりました。」
ソウタが笑った。
「それから,座っていても材料さえあれば出来る,物造りを色々独学でして・・・。ある日,それを大手企業に送ってみたんです。それは,企業の人にはまったくうけませんでした。けれど,どこからかそれを見たテロリストに,スカウトされたんです。僕はちょうど退院の話が出ていたんですけれど,物造りばかりしていた僕は,小学校の勉強レベルも分からなくて・・・。だから,思う存分に物が造れるここに来ました。」
そう言うと,ソウタは,「ちょっと待っていて下さい。」と言うと,部屋の奥から三十センチほどの招き猫のようなロボットを持ってきた。
「この子,僕の最近の最新作。動物型おしゃべりロボットです。まだ,この子は起動させたことがないんです。エミさん,よければ,使ってみませんか?」
「・・・これ,何?」
エミが言った。
「あ・・・勝手に話を進めてしまってすみません。実は僕,武器を作ったり手入れをする時間以外は,全部自分の好きな時間に当てていいんです。それで,情報部の人から色々情報をもらって,病気の子供達や,最近は大人向けにも,病院でも施設でも楽しめるような愛玩ロボットみたいなのを作っているんです。それを,上の人が僕だと分からないよう,病院や施設に届けてくれています。でも,この国はすごい技術を持つ国ですから,僕のなんて,まだまだですけれど・・・。」
ソウタが恥ずかしそうに笑った。
「これ,どうすればいいの?」
「使ってみてくれるんですか!?」
ソウタが嬉しそうに言った。無言で頷くエミ。
「嬉しいです!!テトリストに入って,こんなに話ができるのは久しぶりですから!!」
「えっ・・・?どうして?ソウタは,暗殺部全員の武器を知っているし,作っているし,調整もしている。・・・それに,誰とでも気さくに話すのに・・・。」
ソウタの意外な答えに,エミは思わず言った。
「でも,ほとんど誰も僕に興味を持ちませんよ。・・・以前は・・・もう亡くなったんですけれど,シゲルさんって人が僕の作るロボット達にすごく興味を持ってくれて,よく情報部のコウタさんと来てくれていました。シゲルさんは,とても僕の造る物を気に入ってくれて・・・。本当に楽しそうに遊んでくれて,時にはアドバイスもくれました。今でも,最新の情報は一番にコウタさんが送ってくれます。」
ソウタが少し寂しそうに言った。
「・・・ソウタ,私の異名,知ってる?」
エミが少し暗い声で言った。
「・・・異名・・・ですか?ごめんなさい,分からないです。僕,ここに閉じこもっているから外の情報には疎くて・・・。」
ソウタが言った。
「あのね・・・シゲルは・・・私の彼氏なの。私は,シゲルを殺した人間に復讐するため,ここにいるのよ。・・・ソウタに作ってもらっている武器も,ちゃんと意味があって・・・・。」
エミは,コウタ以外の人間に初めて自分から武器の意味とピアスの意味を教えた。
「そうだったんですか・・・。ごめんなさい。嫌なことを考えさせてしまって・・・。でも,エミさんが他の暗殺者の人と違って,僕の作る武器を大切にしてくれていることは,僕が一番知っています。」
「どうして?」
「だって,僕は武器職人ですから。珍しい武器だけど必死に僕に作ることを依頼してきた時,使い方や手入れまで・・・見ていたら分かります。」
ソウタが笑った。
エミは目をそらした。どうして・・・ユリさんもだけれど,ソウタも,復讐者の私に他の暗殺者には言いたくないような事を教えてくれたり,暖かく接してくれるの?
リョウやケントは,同じ暗殺部だし,チームを組まされたから人間だからまだ分かる。
でも・・・。
エミは戸惑った。
そんなエミを見透かすように,
「話がそれてしまいましたね。エミさん,この子,使ってみてくれますか?」
ソウタが言った。
「うん。使ってみたい。どうすればいいの?」
エミの言葉に,ソウタが嬉しそうに笑った。
「まず,スイッチを入れて下さい。この子のスイッチは,しっぽの下です。」
エミは言われた通り,スイッチを入れた。すると猫の目が開き,しゃべり始めた。
「マズハ,セッテイシテクダサイ。ワタシハ,オスデスカ,メスデスカ。」
「わっ!!しゃべった!!」
エミはびっくりして少し後ずさった。
「エミさん,声で答えると,そのまま設定が決まります。好きなように答えて下さい。」
「えっと・・・じゃあ,オスで。」
エミがロボットに向けて言った。
「オス,デスネ。セッテイシマシタ。ツギニ,ワタシノナマエヲキメテクダサイ。」
「名前・・・・?・・・・んー・・・・じゃあ・・・・・・チマオ。」
エミは,ロボットに釘付けになっていた。
「チマオ,セッテイシマシタ。サイゴニ,アナタノナマエヲ,オシエテクダサイ。」
「・・・エミ。」
「エミ,デスネ。セッテイガオワリマシタ。エミ,キョウカラワタシハ,アナタノトモダチデス。」
「トモダチ・・・?」
「はい!!僕の作るロボットは,みんな誰かの友達です。設定した人でなくても,話したり,色んな所に触る事で,言葉を発したり,簡単な歌を歌ったり・・・その子は,手が動きます。まぁ,話すと言ってもインプットされたことしか話せませんが・・・。」
ソウタが楽しそうに話す。
「すごいね。病気で動けなくて一人で寂しいときとか,こんな友達がいたらみんな嬉しいと思う。」
エミは素直に感想を言った。
「ありがとうございます!!そう言ってもらえると,造る僕も本当に嬉しいです!!・・・あっ,ごめんなさい。まだ,エミさんの質問に答えていませんでしたね。・・・あの,平和については,僕の考えでいいんですか?」
頷くエミ。
「僕は,病院で苦しんでいるとき,最初は外の人たちはみんな平和に暮らしていてうらやましいと思っていました。でもそれは違いました。長く病院にいると,色んな友達,色んな人,家族,スタッフと関わりました。・・・そして色んな方の最後も見ました。僕はその時思いました。人はみんな何かに苦しんでいます。僕が見たのは病院ですが,病気の人だけでなく,その関わりのある人みんな,人それぞれに何かを背負っています。それでも,辛いからこそ,心から笑えたとき,それが,小さいけれど平和なんじゃないかと思います。」
ソウタが少し寂しそうに言った。
「ソウタ・・・武器を造るの,嫌じゃないの?」
エミがソウタを見た。
「本音は,人を殺す武器は嫌いです。でも,それが,この国を守るため,この国の人が,生きるためだと自分に言い聞かせています。戦争のことは,僕には難しくて分かりません。でも,ここは,僕に人を殺す武器だけでなく,人を喜ばせるものも造らせてくれます。だから,僕はここにいるんです。」
そう言うと,ソウタはチマオを抱き上げて,エミに差し出した。
「ダッコ,ウレシイ!!」
チマオがしゃべる。
「エミさん,チマオ,もらってくれませんか?」
「えっ・・・?」
「僕,嬉しかったです。久しぶりに,こうやって人と自分のことを直接話せて,聞いてもらえて。シゲルさんが,エミさんとつき合っていた理由,なんとなく分かる気がしました。だから,もしよかったら,チマオの友達でいてほしいんです。」
「・・・こんな大事なもの,本当にもらってもいいの?」
「はい!!」
エミは,ゆっくりと手を伸ばしてチマオを受け取った。
「ありがとう。・・・大切にする。あと,私も嬉しかった。シゲルの事を大事に覚えていてくれる人がいて。」
エミの表情は変わりなかったが,ソウタは満面の笑みで頷いた。
その時,ピアスからコウタの声がした。また,チームでの任務命令だ。
「任務命令が出たから,私,もう行くね。あの・・・ソウタ・・・。」
エミが言いにくそうに切り出した。
「なんですか?」
「えっと・・・もし,ソウタが嫌じゃなかったらだけれど・・・。また,ここに・・・その・・・遊びに来てもいい?・・・シゲルとのことも,もっと聞きたいし・・・。でも,ロボットを造るの邪魔したらいけないから,そこははっきり言ってくれたらいいから・・・。」
「本当ですか!?僕,本当に嬉しいです!!いつでも来て下さい。待ってますから!!」
ソウタの言葉に,ほんの少しだけ表情を和らげると,エミはチマオを抱いて部屋から出ようとした。
「あっ・・・エミさん!!僕からも一つ聞きたいんですけれど,いいですか!?」
「何?」
エミが振り向いた。
「なんでチマオって名前をつけたんですか?」
ソウタが笑って言った。
エミはまたソウタに背中を向けたが,はっきりと答えた。
「なんだか・・・チマチマしていて,可愛かったから。」
そう言うと,エミは部屋から出ていった。
エミはコウタの部屋に入ると,ベッドの上にチマオを置いた。
これで,後から自分が来ることは分かるだろう。
そのままエミは〈第一情報室〉に向かった。
「あ,エミ!!もしかしたら,来るんじゃないかと思っていたよ。・・・ケントが先に来てね。何があったのかは大体聞いたよ。」
〈第一情報室〉に入ったエミに向かって,リョウが声をかけた。
頷くエミ。
「・・・こうなることは想像できていたよ。ケントは・・・死刑になって死んでいるはずの人間。一生のテロリスト。・・・もし,もう本当にケントとチームでいることが嫌なら,上にかけあってみてもいいけれど・・・。」
リョウの言葉に,エミは首を横に振った。
「いくらあいつが最低最悪のストーカーでも,あいつの腕は認める。だから,別に今まで通りで良い。あいつにそう伝えて。」
「分かったよ。・・・よかった。そう言ってくれて。」
エミは無言で頷いた。
「ねぇ,リョウ。平和って,なんだと思う?」
エミが座っているリョウを見下ろしながら言った。
「ケントの答えは,納得できなかった?」
逆にリョウが聞いた。
「いや・・・納得できたかどうかは自分でも分からない。私は,シゲルの言っていた本当の平和っていうのが何か知りたい。」
エミが言った。
「本当の平和か。それを問われたら,俺でも答えるのは難しいよ。だってさ,この国はいくら隠れて戦争をしているとはいえ,国民は本当の事を何も知らないんだぞ。まぁブログの読者は多いいにしても,それが真実なのかなんて分からないだろう。」
リョウが言った。無言のエミ。
「例えばだけれどさ,もし今この国が戦争をしていなかったとしても,この国が平和かどうかと問われたら,平和だと胸をはっては言えないよ。ケントのように,学校,もっと言ってしまえば職場でいじめを受けて悩んでいる奴なんて数え切れない。いじめがなくなるとは俺は思わないしね。だって動物の世界にだっていじめはあるんだから。それにネットの簡単な普及で個人情報だって駄々漏れだし,詐欺や無差別殺人,色んな事の例を上げだしたら切りがない。」
リョウの言葉に,エミは頷いた。
「あと,ちょっと見方を変えてみて,内戦や過激テロが多い国では,今日一日何事もなく過ごせたことが良かったって国もある。俺達の国では,学校や勉強はかったるいって思っている奴も多いけれど,学校に行きたい,学校で勉強できることが嬉しい子供達も世界を見たら沢山いる。俺達から見たら,そういう国は平和じゃなくて危険な国だと思うかも知れないけれど,心のあり方を見たら向こうの方が平和って考え方もあると思うよ。・・・中には,こうやって平和ってなんだなんて事も考えられず,ただ生きるために必死の子供達だっているんだしね。」
リョウがそう言ったとき,昼間の仕事が終わりの合図の音楽が鳴り響いた。
「・・・リョウは,今,平和?」
エミが聞いた。
リョウは少しだけ笑った。
「そうだな・・・テロリストが本当の平和に繋がるとは正直思わない。エミはどう思う?まっ,俺自身としては,任務以外でケントやエミ,コウタといる時間は,少しは平和かもね。」
「・・・そう。シゲルも,こんなやり方間違っているって言っていた。私は,戦争に興味なんてない。でも戦争がなければ,少なくともシゲルは死ななかっただろうし,私が暗殺してきた人たちに関わる人間・・・大量の心の復讐者は生まれなかった。仕事,邪魔して悪かった。ありがとう。今日の任務もよろしく。」
そう言うとエミは部屋から出ていった。
エミは無言でコウタの部屋に入った。
パソコンに向かって何かしていたコウタが,エミを見ると手を止めた。
いつものようにベッドに座るエミ。コウタは椅子ごとエミの方向を向いた。
「ソウタからもらったんだな。それ。」
コウタが言った。
「それ,じゃない。チマオ。」
エミが返す。コウタが笑った。
「よかったな。暇つぶしに遊びに行ける場所ができて。で,今日は色んな所を徘徊していたみたいだけれど,そんなにケントの言葉が気になったのか?」
「・・・あいつ,コウタにも何か言ったの?」
「いや,俺はリョウから聞いたよ。今日の夜の任務もあるし,どうしたらいいのか。お前が来る前,リョウからチームはこのままでいいって連絡が入った。ま,俺としてはお前がどう思おうと,ケントが自分でお前に話したことはよかったと思うけどな。」
エミは少し不機嫌な様子で,ベッドにうつぶせに寝るとチマオを見た。
「ねぇ,コウタ。・・・本当の平和ってなんなの?」
「人に聞いてまわってる暇があるなら,辞書でも引いてちょっとは勉強しろ。」
コウタがため息混じりに少し笑いながら言った。コウタは,エミが今日何をしていたか予想できているようだ。エミは無言でチマオのスイッチを入れた。
「エミチャン,コンニチハ。モウスグヨルニナルネ。」
チマオの目が開くと,チマオがしゃべった。
「こんにちは,チマオ。チマオは,辞書の言葉は分かる?」
エミがチマオに話しかけた。
「コクゴジテン,エイゴジテン,エイワジテンナラ,インプットサレテルヨ。」
「じゃあ,国語辞典で,平和って何?」
「ヘイワ,ダネ。ヘイワハ,イチ,ヤスラカニヤワラグコト。オダヤカデカワリノナイコト。ニ,センソウガナクテヨガアンオンデアルコト。ダヨ。」
「・・・そっか。ありがとう,チマオは賢いね。」
そう言いながらチマオの頭をなでるエミ。
「チマオ,ウレシイ!!」
そう言うとチマオはどこかで聞いたことのある童謡を歌い始めた。
「辞書,引いたよ。それにしても,この子はすごいねぇ。」
エミはそう言いながら,チマオの電源を切った。
「お前,横着するなよ。・・・話しを戻すけど,なんだかんだ言ってシゲルもずっと平和については悩んでいたからな。いつかお前も何処かでシゲルの話を聞いたら,平和について考えるときが来ると思ってた。・・・こんな形で考えるようになるとは思わなかったけど。」
コウタから笑顔が消えた。
「お前,テロリストの中だけだけれど,俺にも異名ってやつがあるの,知らないだろ?」
コウタの言葉に,エミはコウタの方を見ると頷いた。
「あのな,俺の異名は,『沈黙の復讐者』。」
「えっ・・・。なんで?コウタは復讐者じゃないのに・・・。」
「俺は特別待遇者で情報部。普通に学校に通えていた事はお前も知っているだろう?むしろ,そうやって外に出た方が情報がとれる事も多いんだ。だから,情報部の特別待遇者っていうのは,暗殺部の特別待遇者とは別の意味で重宝されるんだよ。けれど,俺はお前が入ってから自ら外に出ることを止めた。そしてその後はお前以外のオペレーターについたことがない。それに情報部の仕事のことは,ほとんどメールで済ましているから,仕事中お前が来ない限り滅多にしゃべらない。リョウやケントが来たときもしゃべるけど,必要最低限だからな。そしたらいつの間にかこんな異名がついていたんだよ。」
「・・・・ごめん。」
「何が?」
「だって,コウタは復讐者なんかじゃ・・・・」
「俺も,お前と同じ復讐者だよ。あの日からずっと。」
エミの言葉をさえぎってコウタが言った。
「俺だって,シゲルが死んだのを見ているんだ。その時のお前の涙も,そしてそれから消えてしまったお前の笑顔・・・いや,表情も。・・・俺だってそういう大事なものを奪われた。だから,俺も復讐者って呼ばれてもおかしくない。俺はシゲルみたいに平和がなにかなんて考えないし,考える気もない。俺はただの実験者であり,お前の幼なじみ。聞いたんだろうけど,ソウタの所にも情報は送っているけど今は顔も出していないし,こうやって長々としゃべるのも俺を知っているお前とだけだ・・・それだけだよ。」
なんてことないように,コウタが言った。
エミはコウタを見た。そして机の上の写真を見る。笑顔の三人の写真。
「任務まで寝る。起こしてね。」
エミはコウタにそう言うと,布団の中にもぐりこんだ。
結局,エミには本当の平和についての答えは出せなかった。
けれども,みんな色んなことを考えて,背負ってこの場所にいることだけは知ったのだった。
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