思春期のテロリスト

Emi 松原

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思春期のテロリスト

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第五章 あいつを殺したら,どうしよう?~素直な気持ち~

 テロリストは暗殺を続けた。エミ達は暗殺部のナンバーワンとして,数多くの重要人物を手をかけた。
 それに伴い,エミの真のターゲットもエミの手によって殺されていった。
 エミの真のターゲットは,残りはあと一人・・・青い悪魔だけになっていたのだった。
 エミは戦争がどういう状況なのか,このままだとどうなるかについてはまったく興味はなかったが,リョウがたまに必要最低限の情報を教えてくれていた。
 リョウが言うには,テロリストのホームページは今はもう誰もが知っていて,平和のためのデモ行進などを行い,真実を求める国民も多いらしい。だが国はあらゆる理由をつけて,戦争を正当化していて,戦争に賛成している国民が多いのもまた事実だと知った。
 しかし,戦争に賛成している者は自分たちには被害はないと思っているとリョウは言った。昔のように,毎日爆弾に怯えることもなく,家族が戦争にかり出されているわけでもない。どこか他人事だと思っているのだ。でも,今,この時代の戦争は,一発のミサイルですべてが決まる。切迫した状態だと,リョウは,少し悲しそうに言った。
 エミもまた,悩んでいた。
 青い悪魔を殺せば,自分の復讐は終わる。
 でも,復讐が終わったとしても戦争が終わるとは限らないし,リョウの言うようミサイルが飛んできたらこの国は終わる。 
 ただ唯一はっきりと考えていたのは,他の国から攻撃をされる前に復讐を終えることだ。
 でないと,政府軍にいるあの女は,きっとシェルターに避難するかして生き残り,自分は死ぬだろう。
 そんな時,エミ達のチームは中山教官に呼び出された。
 小さな会議室に,エミ,リョウ,ケント,コウタが集まる。四人が集まったところで,中山教官がしゃべりはじめた。
「お前達,今の戦争の状況は,少しは理解しているな?このままでは,この国は滅ぶことになるかもしれない。そこで司令部の連中も,今色々と策を練っている。それでな,その中の一つに,『暗殺部全体の実力を,今よりさらに上げろ』という命令が出た。」
 そう言って四人を見る中山教官。四人は黙ったまま話を聞いた。
「お前達のチームの実力は,暗殺部の中でずば抜けている。かなりの困難を極める任務を与えているのに,成功率は未だに100%。それに一般的に雇われているSPの命を奪ったこともない。それでだな,お前達のチームに,他の暗殺部の奴らの訓練の指導者をやってもらいたいんだ。もちろん任務も続けながらだ。俺達教官のする訓練は,はっきり言ってあまり実践的ではない。だから,お前達に今までの任務経験を生かして,実践的訓練をしてほしい。お前達ならただ訓練をするだけでなく,暗殺部のチームごとの分析や,課題まで分かるだろう。やり方は,あまりにも度が過ぎなければすべて任せる。どうだ?」
 中山教官が話し終え,四人の答えを待った。
「リーダーのエミはどう思う?」
 最初にリョウが口を開いた。
「めんどくさい。私,他の暗殺者のことどころか,テロリストのメンバーすら知らないし。」
 素っ気なくエミが言った。
「でも,はっきり言って俺達以外の暗殺者って,俺達から見たらレベル低いよな。言い方は悪いけれど,任務で負傷したり,死人も出ているわけだから。俺達ばかりが重要で重い任務につくのも限界が近いんじゃないか?まぁ,俺はエミちゃんに全て従うけど。」
 ケントが言った。エミは初めて,テロリストでもまだ死人が出ていることを知った。 
 こいつは本当になんなんだ・・・。とエミは少し思った。
「俺もケントの言う通りだと思うな。最近の任務は,あきらかにどんどん難しくなっている。今のままの暗殺部と情報部のオペレーターじゃ,人材が削られるだけだ。」
 リョウが言った。
「・・・コウタはどう思う?」
 エミが少し不機嫌になってコウタを見た。
「上から命令が出ていて,俺達が呼び出されてるんだから,ほぼ強制的にやれってことだろ。エミがいくら戦争に興味がなくても,他の人間に興味がなくても,これもある意味,任務なんでしょう?」
 コウタが中山教官を見た。
「さすがはコウタ。その通りだ。暗殺の任務はあるにしても,次の段階に進むために減る予定だ。次の段階がなんなのかは,お前達が考える事ではないからな。エミ,何か他に言いたいことは?」
「・・・任務なら従います。でも,一つ要望があるんですけれど。」
「何だ?」
「武器職人のソウタも,その指導者に入れてもらいたいです。いや,入れるべきだと思います。」
「ソウタを?なんでだ?」
 中山教官が不思議そうに言った。
「ソウタは全ての武器を把握し,しかも持ち主がどのように扱っているか見ただけで分かる人間です。良い意見がもらえると思うんで。」
 エミが言った。
「わかった。エミがそう言うならソウタも指導者にあてよう。暗殺者とオペレーターには,俺から一応伝えておくが,何をするかやどうするかはお前達で決めてきちんと後輩達を訓練させること。いいな?」
 中山教官の言葉に,四人は無言で頷いた。それを見ると中山教官は部屋から出ていった。
「・・・私は何をどうすれば訓練になるのか分からない。分析もできない。だから何をするのかは,リョウとコウタに任せたいんだけれど。やれっていうことは,できるかぎりやるから。」
 エミが言った。
「そうだな・・・。実践的な訓練で,しかも全体のレベルを上げるとなると,ちゃんと考えてやらないとな。俺とコウタで,少し考えてみるよ。ケントの意見ももちろん聞く。また,まとまったら言うよ。リーダーはあくまでもエミだしね。」
 リョウが言った。
「じゃあ,それで決まり。連絡待ってる。」
 エミはそう言うと,部屋から出ていった。

 エミはソウタの部屋に向かった。
 いくらソウタがいた方が良いと思ったとはいえ,勝手に決めてしまったし,ソウタがやりたいことをやる時間が減ってしまうかも知れない。だから一言謝っておこうと思ったのだ。
 ソウタの部屋に入るエミ。
 すると何か造っていたソウタが顔を上げて笑った。
「エミさん,ついさっき中山教官が来て,話を聞きました。僕でよければ,協力させてもらいます!!」
「・・・勝手に決めて悪かった。好きな時間も減ってしまうかも・・・。」
 エミが言ったが,ソウタは首を横に振った。
「僕は,嬉しかったですよ。実は,自分の造った武器達がどう使われているか,一度見てみたかったんです。それに,エミさんが言ってくれたように,ちゃんと武器の手入れをしていなかったり,武器が合っているかどうかは見たら分かるつもりですから!!よろしくお願いします!」
 ソウタの言葉に,エミは頷いた。そして詳しくはまたリョウ達から連絡すると伝え,しばらくソウタの造った物で遊んで時間を潰したのだった。

 数日後,ソウタの部屋に五人が集まった。
「簡単ではあるけれど,実践的なプログラムを作ってみたよ。」
 リョウが言った。
「暗殺部のチームの報告書や任務成功率,やり方を分析したんだけれどさ,これが思ったより俺達から見たらレベルが低くて・・・。だから,ちょっとスパルタ的に,悔しい思い・・・簡単に言えば少し屈辱感を与えて,それをバネに成長させようと思う。コウタがオペレーターの指導,俺達三人は暗殺部の動き,そしてソウタは武器の使い方と相性。全員で意見を出して,全体をまとめて課題を出す。まとめるのは俺とコウタでやるよ。その時々で指示をだすのも。どう?とりあえずこんな感じでいい?明日,訓練の対象者に招集をかけて,明後日から始めようと思う。」
 リョウの言葉に,エミは無言で頷いた。
「本当は今日にでも全員につないで招集させようと思ったんだけれど,明日は日曜日だろ?どうも,日曜は朝早くからはじまって何個ものアニメが連続してある日で,娯楽とかここにはないから,みんな談話室でアニメを見ているらしいんだ。ちょうどいいから,そのアニメの時間に談話室に招集させた方が堅苦しくないし楽だと思う。・・・特にエミは談話室に行ったこともないし,テロリストの人間を全く知らないからね。それに,暗殺部でナンバーワンのエミは,他の暗殺者にとって少し怖がられている所もあるからさ・・・。」
「・・・気を遣わなくても,私が怖がられているのは,ナンバーワンだからじゃないことくらい分かっている。一人で談話室に行くのは嫌だから,コウタとソウタと行く。」
 エミが言った。
「エミちゃん!!エミちゃんには俺が・・・・・」
「そういうと思った。だから,全員で行く。」
 ケントの言葉を遮ってコウタが言った。頷くエミ。
「じゃあ,明日の朝六時に談話室に招集をかけて,その後訓練所で訓練しよう。詳しく何をするかは,その時また説明するよ。」
 リョウの言葉に全員が頷いた。

 日曜日の六時前,五人は集合した。
 エミは詳しく何をするのか聞いていなかったので,一応いつもの任務の装備で来た。
 ケントも同じだ。リョウは,刀じゃなくて木刀を持っている。コウタは小さなパソコンを持っていた。ソウタは何も持っていなかったがどことなく楽しそうだ。
 五人は談話室へと入った。その途端,ざわめきが止んだ。
 エミはざっと談話室を見渡した。初めて自分のチーム以外のテロリストをじっくり見る。
 テロリストの実行部は,十代が一番多いとリョウから聞いていた。全員,自分を怯えた目で見ている。
 別に捕って食おうとしてるわけじゃないのに。と,エミは思った。
「えっと,全員集まっているね?中山教官からも聞いただろうし,昨日招集をかけた通りなんだけれど,今日から俺達が実践的訓練をしようと思う。厳しいことを言うかも知れないけれど,自分も仲間も生き残るため,乗り切ってほしい。じゃあ,訓練室に行こうか。」
「ちょっと待って。」
 リョウの言葉に,エミが言った。
「どうかした?」
「みんな,アニメ見たいんでしょ。訓練前に緊張を解くために,見てから行けばいい。」
 そう言ってエミは近くの椅子に座った。
「自分が興味あるんだろ。」
 コウタがエミの隣に座りながら,小さな声で言った。
 その様子を見たリョウが,談話室のテロリストに指示を出す。
「リーダーのエミがそう言っているから,アニメが終わってからの訓練に変更する。テレビ,つけて良いよ。」
 そう言うと,リョウ,ケント,ソウタもエミとコウタの近くに座った。
 三十分ごとに,様々なアニメが流れる。エミも昔は日曜日のアニメが楽しみだった。毎週日曜日の朝,シゲル,コウタ,エミの三人の誰かの家で,三人揃って見ていたのだ。
 女の子向けの,歌やダンスが盛り込まれた話し,男女ともに楽しめる友情と戦闘アニメ。カードバトルや,戦隊物,男の子向けのライダーや女の子向けの変身戦闘物,昔から続いているシリーズも多かった。
「このシリーズ,まだ続いていたんだ。このカード,コウタ達集めていたよね。それに,女の子が変身して戦うシリーズ,服装が昔と比べてかなり可愛くなってるし。女の子向けのアニメは,ほとんど歌やダンスが入っている。」
 エミがアニメを見ながらぼそぼそとコウタに聞こえるように言った。
「やっぱり自分が見たかったんだろ。」
 コウタが少し笑って言った。
「・・・どうせなら私もこんな可愛い服を着て戦いたいよ。それに,舞台にだって・・・。・・・決めた。来週から,土曜日はコウタの部屋で寝る。朝,起こして。」
 エミの言葉にコウタは全てを理解したように頷いた。
 ケントが何か言おうとしたが,コウタは手で遮って,後で教えると手で合図した。
 アニメが全て終わった。エミ達は立ち上がると,訓練所へと向かった。ソウタとエミは何か話しながら歩いている。
 そんな二人の少し後ろを離れて歩いているリョウ,コウタ,ケント。
「二人とも,少しだけれど本当のエミが見たいなら,来週の日曜日のアニメの時間,こっそりと俺の部屋を覗いてみな。鍵は開けておく。その変わり,ばれたら終わりだから本当に気配を消して,隙間からのぞけよ。」
 コウタが言った。二人は不思議そうに頷いた。

 訓練所に全員が集まった。
 全員,これから何をするのか不安そうな顔を浮かべている。
「えーっと,じゃあこれから訓練を始めます。まずは訓練の説明をします。この実践訓練では,いつもの任務のチームとやり方で,本気で俺達を殺すつもりで挑んでもらいます。まず,訓練室の真ん中にケントが何も持たず,無防備な状態で立ちます。これを,ターゲットとします。ケントは一般人の役だから,攻撃はしません。ケントを確実に殺せる状況になることを目指して下さい。俺とエミは,特殊部隊の役をします。さっきも言いましたが,本気で殺すつもりじゃないと,逆に殺される状況になります。コウタは一応俺達のオペレーターもしますが,全体を見て,分析もします。ソウタは,全員の武器の使い方と相性を見ます。何か質問がある人?」
 リョウが言った。
 誰も何も言わない。
「じゃあ,順番はコウタが指示を出すから,俺達は準備しよう。」
 リョウがケントとエミに言い,三人は訓練所の真ん中に立った。
「ねぇ,失敗したふりして,こいつが死んでも規則違反になる?」
 エミが言った。
「残念だけれど,何も持っていないとはいえケントを殺せるレベルのチームはないと思うよ。だから,エミも武器を使わなくても十分だと思う。」
 リョウが言った。
「最初のチーム,スタートするぞ。」
 コウタの声がした。
 ケントを囲む二人。
 二つの方向から銃声がした。遠距離で狙うつもりらしい。リョウがケントの腕をつかむと,何事もないようによける。一人が近くに飛び降りてきた。一気に距離をつめ,ケントを狙おうとしたが,「遅い。」そう言うとエミは軽く体をひねって,蹴り飛ばした。
「遠距離の二人も,行って来ていい?」
 エミの言葉にリョウが頷いた。
 エミが遠距離で狙う一人に間合いを詰めたのは一瞬で,相手は本物の銃を持っているにも関わらず,銃で狙う前に背後にまわったエミに蹴り飛ばされた。
 最後の一人は女子だった。エミはまた瞬間的に距離をつめると,銃だけを蹴り上げた。そして蹴り飛ばそうとしたが,目の前で寸止めした。
「はい,終了。全員死亡確定。・・・私,女をぶっ飛ばす趣味はない。」
 エミが言った。
 ものの三分もかからず,しかもリョウとエミに武器を使わせず,最初のチームは全滅した。
 テロリスト達は,呆気にとられてその光景を見ていた。自分たちとのレベルの差を感じたのだろう。
 エミ達がコウタとソウタの元へ行く。
「さて,評価しないとな。エミ達から見てどうだった?」
 リョウが言った。
「話しにならない。本当に訓練を合格した人間とは思えない。」
 エミが言った。
「だから,エミと比べてしまったらかなりレベル低いんだって。具体的にここを直したらいいとかさ。」
 リョウが苦笑した。
「・・・・じゃあ,全てにおいてスピードと対応力がない。」
 エミが言った。
「俺から見たら,銃を使いこなせていないように思うんだけれど。一発一発,撃つ回数が少なかった。あっ・・・用はスピードかな。エミちゃんと一緒の意見かな。」
 ケントが言った。
「ソウタは,どう思った?」
 リョウがソウタの方を向いた。
「ケントさんの言うとおりです。まったく銃を使いこなせていません。そもそも,音で分かりましたけれど,きちんと銃の手入れをしていないですね。あと,それぞれの銃の特性をいかせていないです。あの銃は,素早く体を動かしながら正確に使えば,数発でターゲットを殺せるくらい,適応力に,スピードと威力がある銃ですから。」
 ソウタが言った。
「なるほど。ソウタ,参考になったよ。ありがとう。コウタ,全体的に見てどうだい?」
「作戦自体は,暗殺でよく使われる作戦だけれど,配置が悪い。もし最初の遠距離攻撃の二人の配置を変えて,両側から一気に動きながら狙って,その隙に背後から間合いに入っていたら,もっと良い結果・・・というかもう少し時間が稼げたかもな。」
 コウタが言った。
 そしてリョウが,全員の意見をまとめた結果を,最初のチームとテロリスト達全員の前で評価した。テロリスト達は,厳しい評価と,実力の差を目の当たりにし,うつむいている人もいる。
「最後に,リーダーのエミから何かあるかい?」
 リョウが言った。
「ない。話にならない。唯一あるとしたら,今のレベルじゃ,任務どころか全滅。それだけ。」
 エミの一切の感情のない言葉に,全員がうつむく。
 そして,次のチーム,また次のチームと同じように訓練をし,評価をしたが,エミが武器を出すことは一度もなく,リョウの木刀も飾りのようなもので終わったのだった。

「はい。全部のチームが終わったので,今日はこれで終了です。今日はチームごとに課題を浮き彫りにさせただけだから,次の訓練までにそこらへんを重点的に自主的に訓練をしておいて下さい。あと,武器の手入れや武器の特性に合った使い方は,ソウタがいつでも答えてくれるそうなんで,その辺も考えて行動してください。俺からは以上だけれど,エミからは何かあるかい?」
 リョウが言った。
「ない。ただ,せめて,こっちも武器を使うくらいまでにはなってもらわないと困る。」
 無表情でエミが言った。
「僕からもいいですか?」
 ソウタが言った。
「もちろん。」
 リョウが答える。
「えっと・・・一番僕が思ったのは,皆さん日頃から武器の手入れをきちんとしていないですね。それもあって,それぞれの武器の力が出し切れていないです。エミさんを例に上げますが,エミさんは一つの任務の後でも必ず武器の手入れと点検に来てくれて,いつでも万全な状態にしてくれています。それに武器に対しての完璧な使い方をきちんと分かっています。そこが,今差がついている原因もあると思います。さっきリョウさんが言ってくれたように僕はいつでもいいんで,手入れや相談に来て下さい。終わりです。」
 ソウタが笑顔で言った。
「ほかに何か言いたいことがあるかい?」
 リョウがコウタとケントを見たが,二人とも首を横に振った。
「じゃあ,みんなから何かありますか?」
 リョウが言った。
 訓練を受けたテロリスト達は,大分ショックを受けた様子で,誰も何も言わなかった。
「では,今日はこれで終わります。解散。」
 リョウがそう言うと,エミ達五人は訓練所から出ていった。
「まったくもって話しにならない。テロリストってここまでレベル低かったんだ。」
 エミが言った。
「まぁ・・・エミは少し特別だと思った方がいいけど・・・。しょうがないよ,レベルを上げろと言われている限りは,ちゃんとやらないと。」
 リョウが言った。
「今日は僕も参加させてもらってありがとうございました。良い体験ができました。」
 分かれ道でソウタが頭を下げて言った。
「いや,ソウタのおかげで,かなり良い訓練が出来たよ。さすが武器職人だね。こちらこそありがとう。」
 リョウが言った。頷くエミ。
 そしてソウタは自分の部屋に帰っていった。
「俺達も,報告書を書かないといけないから,情報室に行くね。」
 リョウが言って,情報室へと向かった。無言でついていくコウタ。
「じゃあ,俺はエミちゃんと・・・・・・」
「部屋に帰って寝る。ついてくるな。」
 エミは悲しそうにしているケントを無視して部屋に帰っていった。

 それからほぼ毎日のように,訓練は行われた。
 様々にシュチュエーションを変えて,ベースは最初と同様にして行っている。
 暗殺部とオペレーターも,リョウの狙い通り,実力の差を見せつけられたのがよほどこたえたのか,自主練習や武器の調整をきちんと行い,訓練に臨んでいた。
 そして最初の訓練から一週間がたった日曜日。
 リョウとケントは,コウタに言われたとおり,コウタの部屋の前にいた。
 絶対にばれてはいけない。そして少しだけれど本当のエミの姿。
 二人は顔を見合わせると,ゆっくり,本当に少しだけ扉を開けた。
 ベッドの上で肘を立てて横になってパソコンを見ていたコウタが,二人に気がついたようだ。目で合図すると,人差し指を立てて合図した。
 エミは床に座って前のめりになり,食い入るようにパソコンを見つめている。
 しばらくその状態が続いていたが,突然,エミが立ち上がったと思うと,パソコンから流れてくる音楽に合わせて踊り出した。
 その踊りは,あるアニメのエンディングのもので,いくら子供用に作られているとはいえ,先週一度見ただけなのにほぼ完璧に踊っていた。
 表情はないものの,どこか楽しそうなその姿を見て,二人は驚いた。
 そして踊り終わると,また座って画面を見つめている。
「ねぇ・・・リョウの・・・。」
 画面を見ながら突然エミが言った。
ばれたのか!?二人は焦った。が,コウタが目で大丈夫と合図した。
「リョウの刀って,名前あるのかな?」
 エミが言った。
「あったらドン引きする。」
「でも,やっぱり,名前がないと格好良くないよねぇ?必殺技とかもあったほうが格好いいよねぇ?」
 エミは画面を凝視しながらコウタに言う。ちょうど戦闘物のアニメの時間だった。
「そういうお前はどうなんだよ。」
 コウタが言った。
「私は,緑の復讐者の異名があるもん。だから,任務の時に何か言えば格好良くなる。でもやっぱり,刀には名前と必殺技が必要だよ。うん,絶対そうだ。考えよう。」
「お前な,任務には別に格好良さを求められていないんだぞ。」
「分かってるよ?でも,やるからには格好良い方がいいじゃん。」
「好きにしろ。」
 コウタがため息混じりに言った。
 ドアの外の二人は驚いてその光景を見ていた。エミは,アニメをゆっくり見るためにコウタの部屋にいたのだ。それに,普段の素っ気なく話すエミとは全然違う。
「・・・決めた!!風凛(ふうりん)丸(まる)なんてどうかな!?風に凛とするの凛に,丸。うん。格好いい。今日の訓練の時,教えてあげよう。」
「教えてあげようって・・・本人の意思は無視だろ。」
「・・・・・・・・・・・。」
 どうやら,アニメが面白いシーンらしく,また前のめりになって画面を見つめるエミ。
 コウタが二人に合図を出した。
 二人はゆっくりと,扉を閉めたのだった。

「意外・・・だったな・・・。」
 ケントが言った。
「あぁ・・・でも,さすが舞台のセンター争いをしていただけあるな。」
「えっ?」
「いや,なんでもない。こっちの話だ。」
 リョウが言った。そして続ける。
「・・・だけど,なんでコウタは少しだけれどエミの素顔を俺達に見せたんだろう?コウタはずっとエミを何も言わず守ってきた。それなのに・・・。」
「もう一度,エミの笑顔が見たいと思ったからだよ。」
 突然後ろからコウタの声がして,びっくりして振り返る二人。
「コウタ・・・・。」
 驚く二人。
「今,エミはアニメに夢中だから,トイレって言って出てきた。だからすぐ戻るけど。・・・エミは最近ソウタに対して少し心を開いている。ユリさんにも,それなりの態度だ。・・・悪いけど,俺は,お前達二人がエミにとってどういう存在になるか,ずっと見させてもらっていた。エミを苦しませるだけの存在になるなら,チームもすぐ理由をつけて解散させるつもりだった。けど,なんだかんだ言ってエミはお前達二人を嫌っていない。・・・ケント,もちろんお前もだ。嫌いだ嫌いだと口では言いながら,相手をしているからな。・・・恋愛感情ではないぞ。だから・・・もしかしたら,奇跡でも起きて,もう一度エミの笑った顔が見られるんじゃないかと思ってな。・・・それだけだ。このこと,絶対秘密だぞ。じゃあ,また後で,訓練の時な。」
 そう言うと,コウタは自室に向けて歩いていった。
 二人は顔を見合わせると,軽くうなずきあった。

 その日の訓練も,いつも通り終わった。
 訓練室から五人が出たとき,唐突にエミが言った。
「ねぇ,リョウの刀,名前つけてる?」
 無表情でリョウを見るエミ。
 リョウとケントは内心少し焦ったが,平常心を装った。
「いや・・・つけてないけど・・・。」
「じゃあ,風凛丸ってどう?風に,凛とする凛に丸。」
「えっ・・・と,それは,名前をつけたらどうすればいいの?」
 リョウが言った。
「ソウタに,鞘に名前を彫ってもらえばいい。で,何か必殺技も作ればいい。そしたらリョウにも,『風凛丸のリョウ』とかって異名がつくかも知れない。」
 無表情だが,真剣な声のエミ。
「・・・・・・・・。」
「わぁ!!なんだか格好いいですねぇ!!」
 リョウはどうしていいか分からずにいたが,ソウタが楽しそうに答えた。
 少し満足そうに頷くエミ。
「お前な,異名って言うのは,ついたらいいってものじゃないんだぞ。」
 コウタが呆れた声で言った。
「あー・・・その・・・必殺技のことはよく分からないけれど・・・じゃあ・・・取りあえず,鞘に風凛丸って彫ってもらおうか。」
 リョウは少し困ったように言ったが,エミはどことなく満足そうに頷いた。
 そんな話をしながら五人が歩いていると,前からユリがやって来た。
「あっ,五人ともちょうど良いところに揃っているわね。」
 笑顔のユリが言った。
「今日の真夜中,天秤座流星群が見えるらしいわよ。星が綺麗に見られるよう,敷地内の電気はすべて消すらしいわ。テロリストの若い子達は,みんな屋上で見ようって楽しみにしているみたいね。庭でも綺麗に見られると思うから,たまには肩の荷を降ろして,のんびり見てみたら?」
 微笑むユリ。いつものように,全員の事を分かっているような,優しい微笑みだ。
「わざわざありがとうございます。」
 リョウが言った。
 頷く四人。
「いいのよ。私の役目の一つだから。じゃあね。」
 そう言うと,ユリは歩いていった。
「せっかくユリさんが言ってくれたけれど,どうする?みんなが行くなら行くけれど。」
 リョウが言った。
「流星群!!流れ星!!イコール,星空デート!!見に行こうぜ!!」
 ケントが言った。エミの顔が冷たい表情になる。
「僕も,流れ星なんて見たことないし,そもそも空をゆっくり見たこともないから,行ってみたいです。」
 ソウタが言った。エミがソウタを見た後コウタを見た。
「・・・俺も行こうかな。エミは行くか?」
 コウタの言葉にエミは無言で頷いた。
「全員行くことで決まりだね。真夜中に庭に集合しよう。そのためには,さっさと報告書書かないとな。」
 そう言うリョウに頷くコウタ。
「私,時間まで寝る。」
 そう言って,エミは自室に帰っていった。
「ずっと思っていたんだけれど,エミちゃんって,よく寝る子だよな。」
 ケントがコウタに言った。
「昔からだよ。自分の好きなこと以外は,めんどくさがりを絵に描いたような奴だから。たぶん前世はなまけものだろうな。」
 無表情でコウタが言った。
「じゃあ,また夜中に。」
 そう言い合うと,四人も解散したのだった。

 真夜中,リョウ,ケント,ソウタは芝生の庭で二人を待っていた。
 すでにすべての電気が消されていて,星空が輝いている。
 屋上からは,テロリストの若い子達の騒ぐ声が聞こえる。
 足音がして,話しながらコウタとエミの二人がやって来た。エミは,チマオを抱えている。
「あれっ,エミさん,チマオを連れてきてくれたんですか。」
 ソウタが嬉しそうに言った。
「うん。行きたいって言ったから。」
 エミが答えた。
「さぁー!!流れ星,流れ星!!星空デート!!」
 ケントがそう言うと,芝生の上に寝ころんだ。
 その隣に同じように寝ころぶリョウ。
 ソウタもそれに習った。
 エミはチマオ抱いたまま,コウタとソウタの間に寝ころんだ。
 しばらく誰も何も言わなかった。でも,どこか全員同じ事を考えていた。
 自分たちは,ここで何をしているんだろう。なんのために,ここにいるんだろう。
 そんなことを考えさせるほど,深く綺麗な星空だった。
 ふいに,流れ星が流れた。
「わぁ!!流れ星です!!見ましたか!?僕,初めて見ました!!」
 楽しそうな声を出すソウタ。ソウタは,みんなで訓練をするようになってから,前より偽わることなく明るくなったように思える。
「エミちゃんが俺を好きになりますように・・・・エミちゃんが・・・・」
 ぶつぶつと唱えているケント。
「あのさ,頑張っているところ悪いんだけれど,とっくに流れ終わっているよ。」
 リョウが言った。
 その後も,何個か流れ星を見ることが出来た。
 寝ころんだまま,話をしているリョウとケントとソウタ。
 エミとコウタはずっと黙っていたが,ふいにエミがコウタに言った。
「ねぇ・・・もし,シゲルが生きてこの場にいたら,どうなっていたと思う?」
 エミは夜空を見上げたままだ。
「一言で言えば,ロマンチックな星空デートにはならないだろうな。」
 コウタが言った。
「そうだね。私もそう思った。きっと,まず流星群の説明からはじまって,星座のことや流れ星のあれこれを永遠と語るんだろうね。綺麗とか願い事が叶うとか,そんな問題じゃなくなって,いつものように喧嘩になるんだろうね。」
 エミが言った。いつも五人でいるときは感情を出さないエミが,少し悲しそうに,でも,どこか楽しそうに言った。
 全員黙って空を見つめた。暗闇なので,エミの表情は分からなかった。

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