思春期のテロリスト

Emi 松原

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思春期のテロリスト

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第六章 利用するはずだったのに。~隠し続けた真実~

「上にまわったぞ。そのままだと,上から追いつかれる。」
 コウタの声に,エミはすぐさま周りを見渡すと,二階の窓から飛び降りた。
「ターゲット,庭に着地。そのまま建物の影に隠れている。」
 エミは必死で逃げていた。
 なんで,こんなことになっているんだ。
 とにかく,コウタの所へ・・・。
「あら,エミちゃん。何しているの?」
 ふいにユリに声をかけられて,エミは驚いた。
「なぜか,馬鹿のストーカーが私の位置を分かっていて,追われてるんです!!」
 エミが言った。
「あら,それは大変そうね。でも,エミちゃん,なんだか前に比べたら楽しそうよ。」
「えっ・・・・?」
 一瞬,エミは困惑したが,すぐにピアスからコウタの声が聞こえる。
「すみません,ユリさん,また!!」
 エミは走って建物の中に入った。
 もうすぐコウタの部屋,というところでケントが前に現れた。
「やっと追いついたよ。エミちゃん!!今日こそ俺とデー・・・・」
 ケントが言い終わる前に,エミは壁を使ってケントを飛び越えて行こうとした。が,向こうも同じチームの実力者。軽く動いて,道をふさがれる。
 エミはケントに攻撃しようとしたが,「わっ・・・!!」と言って足を滑らした。
「エミちゃん!!」
 ケントが助けようとしたが,その瞬間エミはケントを蹴り飛ばした。
「バーカ。足なんか滑らすわけないだろ。」
 エミはそう言うと,コウタの部屋に逃げ込んだ。
「お疲れさん。」
 パソコン用マイクをつけて,パソコンを見ながらコウタが言った。
 無言でコウタのパソコン用マイクを奪うエミ。そしてリョウに繋げる。
「リョウ!!あんた、なんで馬鹿のストーカーの手助けしてるのよ!!裏切ったの!?せっかく今日は訓練も任務もないから,ゆっくりできると思っていたのに!!」
 エミの言葉に、マイクから驚いた声が返ってきた。
「えっ,ちょ,ちょっと待って!!俺,ケントから,エミとコウタがテロリストで,俺とケントは政府軍の役で特別訓練をするからオペレーターしてくれって頼まれたんだけれど・・・。」
「そんな訓練,頼んだ覚えはない!!あの馬鹿,変な知恵つけたわね・・・。」
 エミが言った。
「ごめん!!本当に知らなかったんだ!!だから、本当に訓練だと思ってケントのオペレーターをしていたんだ。でも、さすがにやりすぎだな・・・。ケントには俺からも言っておくよ・・・。」
 リョウが、少し呆れたように言った。
 エミはマイクのスイッチを切って、コウタのベッドに倒れこんだ。
「あー!!もう!!朝っぱらから、めんどくさいことさせやがって、あの馬鹿!!今日はもうここから動かない!!寝る!!」
 そう言っていつものごとく布団の中に潜るエミ。
「最近、任務もあったけれど、訓練の指導の方が多かったからな・・・。ケントも頭使ったんだろ。」
 ため息混じりにコウタが言った。
「・・・大分訓練の指導をしているけどさぁ・・・少しはテロリストのレベルは上がっているのかな?私、そこらへんあまり見ていないから分からない。だって、まだ私を驚かすような作戦を立てたチームはいないし、私が武器を出したことも一回もないもん。」
「リョウも言っていたけれど、お前は特別だよ。訓練の時から考えても、一ヶ月で合格したわけだし、単独任務をずっとやってきた上、チームも含めて任務回数は圧倒的量をこなしているんだから。テロリストのレベルは、俺とリョウが予想していた以上に上がっている。リョウの作戦が思ったより効いたんだろうな。あと、最近お前に憧れている後輩たちがけっこういるみたいだぞ。」
「・・・なんで?」
「さぁな。男をも圧倒的強さで蹴散らす姿がカッコイイとか、クールだとか、言っていることはケントと似ているな。」
「・・・・ここをなんだと思っているんだろう。馬鹿の集まりじゃないんだから。・・・復讐者の私が言うのもなんだけれど。」
「いいじゃん、別に。目標や憧れる奴がいたほうが、実力も伸びるもんだろ。」
「まぁね・・・・。」
 そう言うとエミは目をつむった。

 ここ最近はずっと、エミたちのチームは、暗殺の任務もこなしながらテロリストの指導にも当たっていた。
 中山教官が言ったように、前ほど任務の数は多くないものの、一回の任務が極めて困難になっていた。しかし、エミたちはコウタの的確なオペレーターとリョウの素早く回る頭の回転、そしてケントの遠距離攻撃の実力とエミの遠距離・短距離共に駆使したリーダーシップで任務で負傷した事もなく、相変わらずの成功率だった。
 テロリストの後輩たちがそんなエミ達のチームに憧れるのも、自然のことだった。
 エミの復讐も、青い悪魔を残すだけになった今、エミとコウタの異名を知る者も昇格などであまりいなくなった。
 エミたちのチームは、現場の最前線で戦える人間として重宝されていたのだった。
 エミ,コウタ,リョウ,ケント,ソウタは,指導者として話し合う機会も多かったため,いつの間にかよく一緒にいるようになっていた。
 そんなある日,リョウから,
「今日から,俺とケントは訓練の二時間くらい前から訓練所に行くね。来たかったら,来ても良いよ。」
 と連絡が入った。
 不思議に思ったエミは,コウタとソウタを誘って,一緒に訓練所に行った。
 中に入ると,ケントが,リョウと同じ作りの刀を持って,リョウの指示通り動いていた。
 三人に気がつく二人。
「何してるの?」
 エミが聞いた。
「訓練だよ。ケントってさ,遠距離攻撃は得意でも,あまり短距離で攻撃しないだろ?銃で短距離で攻撃するのと,俺みたいに刀を使いこなせて攻撃するのとでは,スピードが全然違うから・・・俺と同じタイプの刀で訓練していたんだ。」
 リョウが答えた。
「短距離はリョウが得意だし,私もどちらかといえば短距離派なのに,わざわざケントも短距離訓練させるの?」
 エミが言った。
「うん。ケントは遠距離攻撃でずば抜けているし,エミはどちらとも十分にできる。でも,ケントもどちらでもすぐ対応できるようになっておかないと,任務が大分厳しくなってきたからね。ケントは元々三ヶ月で訓練を合格している二番目の記録保持者だから,飲み込みも早いし,刀だったら俺が訓練できるから,こうして全体訓練の前や空いた時間に訓練させようと思って。」
 リョウが言った。
「俺的にはエミちゃんとの時間が・・・。」
「そっか。さすがだね。」
 ケントが何か言っていたが,エミは無視した。
「私は,何か訓練した方がいいのかな?」
 エミが言った。
「そうだなぁ・・・。訓練しようにも,エミのレベルより上がなかなかいないからな・・・。まぁ,変な話し,この前みたいにケントから本気で逃げるのも,ある意味訓練になるかもよ。エミについていける暗殺者は,俺かケントくらいだからね。」
 リョウが笑いながら言った。
「じゃ,俺達は続けさせてもらうね。」
 そう言うと,またリョウとケントは刀の訓練をはじめた。

 それから何日も,任務がない日はリョウとケントは訓練をしているようで,珍しくエミがケントにつきまとわれることもなかった。
 エミはエミで,コウタの所でくつろいだり,ソウタの元にチマオを連れていって遊んだり,時には二人の訓練を見学することもあった。
 エミの心は,複雑な心境だった。
 ずっと,復讐のためだけにこの場にいた。コウタ以外に興味もなかった。
 今,青い悪魔を残して,あの時にいた全員を自分は殺した。でも,それに対して喜びも何もない。ケントが言っていたように,満足なんてしていなかった。何をしてもシゲルはかえってこないし,毎日メールの受診ボックスを見ても,あの日の前日のままなのだから・・・。
 それでも,絶対に,青い悪魔は許せない。たとえ復讐の連鎖にいるとしても・・・。
 必ず,自分の手で殺してやる・・・。ずっとそう思っていた。
 その反面,時間つぶしという理由をつけて色々な所へ行く自分がいる。そしてユリさんに言われた,楽しそうだという言葉がずっとひっかかっていた。
 ・・・青い悪魔を早く殺したい。そのために私はここにいる。戦争なんて関係ない。もし自分が死んででも,青い悪魔だけは自分の手で殺すんだ。
 エミは,時々襲ってくるその複雑な心に,そう言い聞かせていた。
 その時エミは,その複雑な心境を一気に壊す出来事が起こるなんて,考えてもいなかった。
 
ある日,また新たな任務命令が入った。いつも通り,夜になって,三人はコウタのオペレーターに従い任務へと向かった。
 任務は,困難なものだったが,いつもと変わらず問題なく成功するはずだった。しかし,ターゲットを殺して,撤退しようとした瞬間,四人はいつもと違う雰囲気に気がついた。
 大体,テロリストがターゲットを殺すと,政府軍の特殊部隊は自分たちに被害を出さないためすぐに撤退する。しかし,その日はまったくの逆で,政府軍の特殊部隊が増えて,三人は囲まれていた。
「なんで!?とりあえず任務は成功したんだから,突破して帰るよ!!」
 エミがそう言うと,ワイヤーのついていない宝石を投げて道を空けようとした。
 しかし政府軍の数が多すぎる。ケントがかなりの数を相手取っているが,あきらかにいつもと違う。
「コウタ!?どういうこと!?」
 エミが政府軍を相手取りながら言った。
「たぶん,政府軍も政府軍で,自分たちに一番邪魔な人間を殺しにかかってきているんだ!!とにかく,突破して生きて帰れ!!」
 コウタの声が聞こえたが,なぜか雑音が入っていた。
 その時,エミは予想だにしなかったものを見た。
 ビルの上に,青い悪魔が立っていたのだ。
 甦る,シゲルが死んだときの記憶。
「あいつ・・・・。」
 青い悪魔が自分を狙うなら好都合。決着をつけてやる。エミはそう思い,青い悪魔に攻撃をしかけた。
 青い悪魔は冷たく笑い,軽々と攻撃をよける。そして両手に銃をかまえた。
 エミは撃たれる覚悟をしたが,青い悪魔が狙ったのは,エミではなかった。
 青い悪魔が銃口を向けたのは,リョウだった。
 エミはすぐにリョウの前に立つと,青い悪魔から放たれた弾丸を跳ね返した。
 ケントも側に来ている。
 なんでだ?エミは思った。青い悪魔だけでなく,政府軍も,リョウをターゲットとして狙っているのだ。
「あー・・・ついに,こうなっちゃったか・・・。」
 リョウが言った。
「えっ・・・?」
 エミが攻撃の手を休めずに言った。
「ごめん,エミ,ケント。俺,いつかこうなるんじゃないかと思っていた。政府軍の狙いは俺だよ。俺さ,テロリストの規則を破って,自分のパソコンで,政府軍の情報をハッキングしていたんだ。」
「それは・・・私のせいだ。リョウは私に情報をくれるために・・・!!」
 エミが言ったが,リョウは首を横に振った。
「違うよ,エミ。俺は,エミを利用していたんだ。・・・俺の野望が達成されるか,俺が先に殺されるか,どちらかだと思ったけれど・・・。」
 そう言うとリョウは,風凛丸と彫られた刀をケントに投げて渡した。
「これ,お前への俺の形見だから。こうなる時のためにずっと訓練させたんだ。もう充分使えるだろ。エミ,エミへの形見・・・というか,真実はコウタに預けてあるから。・・・そろそろこうなる気がしてね。パスワードでロックをかけてあるんだけれど,パスワードは,エミがテロリストに入る前,ダンスの舞台のセンター争いをしていた一番のライバルの名前だよ。エミ・・・本当にごめん。俺はエミに利用される振りをしながら,本当は利用していたんだよ。ケント,今ここで青い悪魔とエミを戦わせるのは無茶だ。・・・エミを,連れて帰ってくれ・・・。二人とも・・・俺はものすごく勝手なことをした。一番自分を偽ってきた,最低な人間だ。でも・・・二人と,コウタとチームを組めてよかった。みんなにどう思われようと,俺はみんなを友達だと思っている。・・・今までありがとう。」
 そう言いながら,リョウはピアスをはずして踏みつぶした。
 証拠隠滅だ・・・。エミとケントはとっさに思った。
 この状態で殺されたら,死体と持ち物は政府軍に持って行かれる。リョウは,情報になるものを壊しているのだ。
「勝手に話を進めるな。リーダーは私だ!!全員,生きて帰る!!私だって同じだ。リョウは・・・私にとっても・・・友達だ!!絶対に死なせない!!」
 エミと青い悪魔は一騎打ちのようになっている。互いの攻撃を阻みながら,攻撃をしかける。
 ケントもリョウを見捨てる様子は見せず,特殊部隊を引き受けている。
 しかしあきらかに形勢不利だった。
「ケント・・・頼むよ。もういいんだ。この状況で三人で帰るのは無理だ。ターゲットは,俺なんだ。俺さえ死ねば・・・。エミを,守ってやってくれ。ずっと,お前はそう言ってきただろ?」
 リョウがケントに言った。
「リョウ・・・お前・・・。」
 ケントがリョウを見た。ケントに対して頷くリョウ。
 ケントは歯を食いしばった。
 リョウは,攻撃を続けているエミの背後からエミに言った。
「エミ・・・今まで本当にありがとう。・・・じゃあな。」
 そう言うと,リョウは手を軽く上げてエミの首の急所をついた。意識が薄れていくエミ。
「リョ・・・・ウ・・・」
 倒れるエミをケントが抱えようとした。
 エミは目が閉じる瞬間,青い悪魔を見た。青い悪魔は,笑って口元を動かした。
 特殊訓練を受けているエミは,何を言っているか分かったが,もう体が動かず,意識が遠のいた。その瞬間,シゲルの時と同じ,銃の鈍い音が聞こえたのだった。
 
ケントは片腕でエミを抱えて,その光景を見た。ショックで一瞬何もできなくなったが,いきなりピアスから声が聞こえた。
「ケント!!もたもたするな!!俺が道を空けるから,早くエミを連れて行け!!」
「・・・・俺が・・・?」
 ケントは振り向くと,信じられない光景を目にした。しかし,今そのことを考えている余裕はなかった。
 ケントはエミを両腕で抱え直すと,リョウの死体を残し,ピアスから聞こえる声に従ってその場から撤退したのだった。

 体の重さを感じながら,エミは目が覚めた。
「エミちゃん!!大丈夫かい!?」
 ケントの声と,顔が見えた。
 ここ・・どこだ?
 エミは一瞬考えたが,すぐに思い出した。
 リョウが,死んだ・・・。
 どうして・・・。いや,それより,あの中を,自分が気絶したままどうやって帰ってきたんだろう?
 エミは顔だけで周りを見た。自分の部屋にいる。
 ケントがベッドのすぐ側に座って,心配そうにエミを見ていた。
 エミは無理矢理,重たい体を起こした。
 そして立ち上がる。立った途端ふらついて,机に激突した。
「エミちゃん!!まだ動いたら駄目だよ!!」
 ケントの言葉を無視して,エミはマイクをとるとコウタにつないだ。
「コウタ・・・何処・・・?」
 エミが言った。声を出すのも苦しい。
「ちょうどお前の部屋の前にいるけど。」
「・・・助けて・・・。」
 エミがそう言った途端,扉が開いてコウタが入ってきた。
 コウタに手を伸ばすエミ。そしてコウタの腕の中に倒れ込んだ。そんなエミを片手で抱え上げるコウタ。
「コウタ・・・なんであの時,お前が・・・。」
 部屋から出ようとするコウタに向かって,ケントが言ったが,コウタが冷たい目でケントを睨んだ。
「そのことについては,何も言うな。特にこいつには。・・・悪いけどこいつはしばらく預かる。・・・お前が一番辛いかも知れないけれど,俺にはどうしようもできない。」
 そう言うとコウタは,エミの部屋から出ていった。
「・・・どうせ運ぶならさ・・・お姫様抱っことかにしてほしいんだけれど・・・。」
 コウタの部屋に向かっている最中,エミが言った。
「両手がふさがったらドアが開けられないだろ。」
 コウタが言った。
 そしてコウタの部屋に入り,コウタはエミをベッドに寝かせると,部屋の鍵をかけた。
「リョウから,何か預かっているって・・・・。」
 エミの言葉に,コウタが頷いた。
 そして机の引き出しから,ボイスレコーダーを出した。
 パスワードをローマ字で入力するようになっている。
「外に出てようか?」
 コウタが言ったが,エミは首を振ると,コウタに手を伸ばした。
 その手を握るコウタ。
「・・・・側にいて・・・。」
 かすれるような声でエミが言った。コウタは無言で頷いた。
 リョウが言ったパスワードで当てはまる人物は,エミは一人しか思い当たらなかった。
 エミは無言で,『yumeka』と入力した。
 すると,ボイスレコーダーからリョウの声が聞こえはじめた。

「エミへ。これを聞いているってことは,俺は死んだんですね。言いたいことは沢山あるのですが,俺はエミに謝らないといけません。少し長くなりますがどうか聞いてください。俺は,テロリストに入る前から元々エミの事もシゲルさんの事も,そしてコウタの事も知っていました。知っていると言っても,シゲルさんとコウタはいつもダンスの舞台を見に来ていたのを俺も見ていたから顔だけのもので,エミの一番のライバルでありダンスの仲間,ユメカは,俺の彼女でした。ユメカはエミにものすごくライバル心を燃やしている反面,同じ舞台で踊る楽しさをいつも俺に話してくれていました。そんなある日,ユメカから,『テロリスト』という一言だけのメールを最後に連絡がとれなくなりました。何日も学校にも来なかったので,俺はダンスの稽古場に行きました。でもそこにはすでにエミの姿もなく,舞台の時のパンフレットに書いてあった学校名を頼りにエミ達の学校へも行きましたが,エミだけでなくシゲルさんとコウタもいませんでした。そして俺は,テロリストのホームページを知り,後は知っての通り自らここを見つけだしました。でも,俺がここを見つけたときにはもう全てが遅かったんです。ユメカとシゲルさんは,暗殺部の初期の実験者として死んだ後で,エミは復讐者となり,笑顔で舞台に立って踊っているときとは全く別人の姿になっていました。俺は,戦争をしている政府軍もテロリストも許せませんでした。でも,知っての通り元々争いが嫌いな俺は,もう誰も犠牲者を出したくないという思いもありながら,その憎しみや苦しみをどうしていいか分からず,暗殺者になりました。ユメカを殺した人間は調べたらすぐに分かりました。でも,ケントと友人になっていた俺は,復讐しても意味がないという思いと,許せないという思いで揺れていました。そんな時,エミとチームになる話が持ち上がり,俺はエミに最初の資料を見せました。実は,エミがチェックをつけた中に,ユメカを殺した特殊部隊がいました。その偶然には本当に驚きました。そして俺は,復讐を望まないと言いながら,何処かでエミに自分の姿を重ね,エミに情報を与えることで自分も復讐している気になっていたんです。最低だよね・・・。俺は,一般市民のことなんか考えてもいない政府軍も,いくら重大な犯罪を犯したとはいえ,未成年を暗殺者にして暗殺を繰り返すテロリストに対しても,それに・・・何の関心もない普通の国民達に対しても,ものすごく怒りを感じていました。そして口では平和主義者を装いながら,規則を破り自分のパソコンで政府軍や最高裁判所をハッキングしていました。でも,それはエミが知りたがっていた真の平和のためではありません。俺は,こんな国なんて・・・いや,まるでどんぐりの背くらべをするように争う人間なんて消えてしまえばいいと思い,『破壊者』になろうとしたんです。たぶん,どちらかにばれたとき,俺は殺されると思います。だから,今分かっている最高裁判所の次の作戦であり,最大の作戦をこっそりここに残します。俺達に暗殺部の全体のレベルを上げる任務があったのは,次の作戦のため。首相官邸に乗り込み首相を暗殺し,政府の持っている全ての情報を流すことのためです。そして,その作戦には勧誘された者・・・つまり,死刑になって死んでいるはずの人間だけが組み込まれる予定です。テロリストは,未成年の犯罪者に対して死ぬかテロリストになるかを迫っておいて,結局その命を簡単に捨てようとしているんです。だから,俺がなんとか全てを終わらせたかった・・・。これが,俺の隠し続けた真実です。エミ,本当にごめんなさい。エミは一度,平和について俺に聞きましたよね。俺はあの時,みんなといるときは少しは平和だと答えましたが,死ぬことを覚悟した今,はっきりとそれは本当だったと分かりました。俺は,復讐者以上の破壊者になろうとしました。けれど・・・ケントやエミ,コウタ,ソウタといた時間は本当に楽しかった。みんなといた時間は,嫌な事を忘れて・・・平和な時間でした。俺の真の平和の答えは,何もなくただみんなと夜空を見上げる・・・そんな時間でした。もし,一つだけ願いが叶うなら・・・もう一度,楽しそうに笑いながら舞台で踊るユメカとエミの姿,そしてそれを笑顔で見るみんなの姿を見たかった・・・。最後に,エミに俺のパソコンを形見として残します。・・・もしかしたらですが,青い悪魔から何か接触があるかもしれません。罠をしかけてくる可能性もありますが,そこはエミの判断でうまく使ってください。あと・・・エミの好きそうなアニメも何個か入れておきました。エミ,俺はこんなに勝手なことをしながら,エミやみんなの友達だと思っています。今まで本当にありがとう。そしてさようなら。・・・青い悪魔に負けないでね。リョウより。」

 ボイスレコーダーの録音が終わった。
 エミは,無言で涙を流していた。左手にボイスレコーダーを持ち,右手でコウタの手を握っている。
「・・・・私も・・・いつの間にか・・・友達だと思ってたんだ・・・・・。」
 とぎれとぎれに,エミが言った。
 コウタは,無言で頷いた。
「なんだか・・・世間って・・・狭いんだね・・・。みんな,知らないうちに何処かで繋がっている・・・。」
 エミはボイスレコーダーを大事に枕元に置くと,体を起こしてコウタに抱きついて泣いた。シゲルが死んだ時と同じように。
「俺も・・・馬鹿な期待をしたのが間違いだった・・・。」
 コウタの声が少しかすれていた。でもコウタは顔を見せまいとするかのようにエミをしっかり抱きしめていて,コウタの表情は分からず,エミにはコウタの言う意味も分からなかった。
 そして,エミは思い出した。
 リョウに気絶させられ意識を失う瞬間,青い悪魔が自分に言った言葉・・・。

『そんなんじゃ,私は殺せない。』

 エミは憎しみと怒りと悲しみとくやしさ,様々な負の感情が襲いかかる中,どうしていいか分からず,無言でコウタにしがみついた。
 そして,エミはある考えが浮かんだ。
「ねぇ,コウタ・・・お願いがあるんだけど・・・。今までずっとわがまま言ってきたけれど,これが最後のわがままにするから,どうしてもきいてほしい。」
 エミはコウタにしがみついたまま言った。
「何だ?」
「あのね・・・・・」
 エミはコウタの耳元で,万が一にも誰にも聞こえないようにしゃべった。
「・・・・・・・」
 コウタは答えない。
「コウタ・・・お願い。・・・コウタ,思い出して。私はテロリストなんかじゃない。復讐者なんだよ。それに,これを頼めるのはもう・・・沈黙の復讐者であるコウタしかいないの。分かるでしょ?」
 コウタがエミを見た。
 甦る,シゲルが死んでエミの笑顔が消え,エミもコウタも復讐者となった『あの日』。
 コウタは,黙って頷いた。
 エミはそれを見ると,コウタの手を握ったままベッドに横になった。
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