思春期のテロリスト

Emi 松原

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思春期のテロリスト

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第七章 青と緑の接触~お前だけは私が殺す~

 テロリストからリョウが消えた衝撃と,打撃は大きなものだった。
 訓練の時もまとめ役やアドバイスをしていたリョウは,ほかのテロリストからも慕われる存在であったし,情報部の中でも暗殺部の中でもトップでいたのだから。
 エミとケント,コウタにはしばらく休みが与えられた。
「次の任務をどうするか考えるためにだ。」
 と,コウタの部屋に訪れた中山教官は言ったが,リョウのボイスレコーダーで真実を知ってしまったエミは,何も言わなかった。
 エミは数日間,コウタの部屋で休んでいた。
 最初の訓練の時からずっと一緒で,部屋まで相部屋だったケントも,一人苦しんでいた。
 誰もが,テロリストの活力が失われたような感覚がしていた。
 
数日間休んで,大分体が楽になったエミは,ソウタの所へ行った。
「あ,エミさん,体の具合は大丈夫ですか?」
 ソウタが笑って言ったが,その声も元気がなかった。
「大丈夫。・・・ソウタこそ,大丈夫?」
 エミが言った。
「・・・友人が死ぬことは,何度経験しても慣れませんね。本当は,エミさんが復讐者になった気持ち,分からないこともないんです。病気で友人を亡くして,何も恨めないことも悔しいですが,それが,殺されたとなると・・・。それに,今僕は武器職人としてここにいながら,もう何が悪いことで何が良いことなのか分からないんです。」
 ソウタがうつむいた。
「・・・そうだね。・・・どうして,こんな争いしないといけないんだろうね。私,テロリストに入ったときは,復讐しか頭になかった。戦争にも興味なかったし,私と同じような心の復讐者を作っていると分かっていながら,なんの感情もなく任務だからという理由で暗殺も復讐もしていた。もちろん今でも私は復讐者だし,シゲルとリョウを殺したあいつは絶対に私が殺す。でも,今ならシゲルやリョウの言っていた,こんなやり方間違っているって言葉,分かる気がする。復讐をやめてほしいという,あいつの言葉も・・・。だってさ,みんな同じ人間同士なのに,なんで殺し合うの。なんで,平気で戦争できるの。なんで戦争を終わらせるためだからと誰か死ぬの。なんで・・・人間は同じ過ちを繰り返し続けるの・・・。そりゃあさ,みんな仲良くしましょうなんてきれい事は言えないよ。私だって学校で喧嘩もしたし,嫌いな子だっていたんだから。でも・・・・・。」
 エミも言葉を切ってうつむくと,そのまましばらく黙った。
「・・・こんな人間なんて,いなくなった方がいいのかな。他の生き物にも,自然にも迷惑だよ。」
 エミがうつむいたまま言った。
「エミさんの言うとおりかも知れません。でも僕は,人間が負の感情だけでなく,愛や友情,そして誰かのために動ける,そんな光も持っていることを知っています。だって,人間だけですよ,地域や国までも超えて,助け合えるのは。愛し合えるのは・・・。でも,僕たちが今やっていることは影。人間の闇の部分です。・・・結局,僕はどうしたいんですかね。」
 ソウタが言った。
「たぶん,そうやって今みんなが苦しんでいる。あのさ・・・そんなときに申し訳ないんだけれど,ソウタに作ってほしい物がいくつかあるの。少し急いでほしいんだけれど,良いかな?」
 エミが顔を上げて言った。
 ソウタは不思議そうな顔をしたが,頷いた。

 次の日。
 エミは,テロリストに入ってから初めて敷地外・・・いわゆる外の世界に出てみることにした。
 シゲルも,リョウも,そして一緒に舞台に立っていたユメカもこの世から消えた外の世界が,今どうなっているのか知りたくなったのだ。
 一応コウタに外に出るとだけ連絡を入れて,念のため鞄の中に武器とコート,パソコン用マイクを入れた。
 エミは知り合いに会っても気づかれないよう,帽子とサングラスをして街に出た。
 街の風景は,ほとんど何一つ変わっていなかった。
 友達と遊んだ店,いつも買い食いしていた店,そしてシゲルと歩いた道。
 ただ,戦争反対のポスターが少し目立っていた。
 エミはみんなでよく行ったファミレスに入ると,ドリンクバーだけを注文し,他の客の会話に耳を傾けた。
「テロリストのブログ,ここ数日更新されないね。」
「作り話にしてはできすぎているし,政府も否定しているけれど,明らかに何か隠しているよな。」
「ま,本当に戦争をしていても,テロリストがなんとかしてくれるよ。」
「そうだな。俺達に何かできるわけでもねーしな。」
 エミは,もしかしたらこの会話をしているのは自分とシゲルだったかもしれないのに,と思った。もし,テロリストが『実験者』なんてつくらなければ・・・。
 エミは黙って店を出た。
 店を出ると,戦争反対の旗を持ったデモ行進の団体が歩いていた。昔,エミも参加したことがある。
・・・簡単に戦争をする人間が,ただ歩くだけで戦争を止めるわけもないのに。
 テロリストに興味を持っていなかったエミは,いつ,誰が,何人死んだのかは知らない。しかしシゲルだけでなくリョウまで失った今のエミは,街の全てに腹が立った。
 何も変わらない,この街に・・・。きっと,リョウも同じ気持ちだったのだろう。
 しばらく歩いていると,エミはふと誰かにつけられている気配を感じた。
 歩く速度を落とし,後ろに感覚を集中させる。すると,見た目はなんの変哲もないが,明らかに特殊訓練を受けていると思われる男がエミの後をつけていることに気がついた。
 こんな街のど真ん中で何かしてくることはないだろうが,エミはコウタに連絡をとろうか迷った。
 その時,エミは目を疑った。
 何十メートルか先で,私服姿の青い悪魔が笑って手招きをしていたのだ。
 エミは,昼間だったので,一般人と同じ速度で走った。コウタに連絡をとることも,頭から消えていた。
【ドン】 
 走っていたエミは,誰かにぶつかった。暗殺部のエミが普通に走っていてぶつかる相手なんて,限られている。
 顔を上げると,そこにはエミと同じく変装したケントがいた。パソコン用マイクを携帯電話につないでいるように見せかけている。
「なんでお前がここに。邪魔だ。どけ。」
 エミが小さな声で言ったが,ケントは無言でエミの肩を抱いて歩き始めた。
「俺が敷地外に出られるのは任務の時だけだろ。エミちゃんが特殊部隊につけられているから,何事もなく無事連れて帰るよう任務命令がでたんだ。嫌だろうけどカップルのふりして歩いて。じゃないと周りに怪しまれる。」
 エミは黙って従った。ケントは青い悪魔の方には気がついていないようだ。
「一旦向こうを引き離すため,ゲームセンターに入るよ。」
 ケントが言った。
「なんで?ゲームセンターなんて,音が消されるんだから銃でもほかの武器でも使い放題じゃない。」
 エミが言ったが,ケントがニヤリと笑った。
「確かにそうだけれど,この近くのゲームセンターは入り口が一つじゃない。それに,プリクラ専用の階は,家族かカップル以外の男は入れない仕組みになっているんだよ。」
「・・・・・・・・。」
 エミはそのゲームセンターを知っていた。携帯電話の裏に張ってあるプリクラを撮った場所なのだから・・・。
 エミは青い悪魔のいた場所を横目で見た。青い悪魔は何事もないようにまだそこにいた。
 ゲームセンターに入ろうとするエミとケントを見て,青い悪魔は人差し指を上に指すと,
エミを見ながら『屋上で待ってる。』と口を動かした。エミはケントにばれないよう軽く頷いた。

プリクラの階は,最上階にある。
エスカレーターに乗っている間も男はつけていたが,プリクラの階まで来ると中に入れない。
エミとケントはカップルのふりをして,プリクラの機械が並ぶフロアに入った。
男は一旦,間違えて上がってきたふりをして下の階に降りたようだ。
「一応,こうなったときのため必要なものは持ってきてる。トイレで準備だけはしておく。ついでにコウタとも連絡をとるから,少し遅くなっても気にせずここで待ってろ。」
 女子トイレの前に行くと,エミが言った。ケントは心配そうに頷いた。
 
エミは,女子トイレの中へと入った。
昼間に,青い悪魔を攻撃することはできない。青い悪魔も未成年だし,監視カメラがある。でも,それは向こうも同じなはずだ。それなのになぜ?
エミは,念のため手袋をすると武器だけ持った。たぶん,コウタはピアスからの自分の位置で,異変に気がつくはずだ。・・・何があったかは後から教えればいい。そう思いエミはマイクをつけずコートも着なかった。
エミはトイレについている小さな窓から人がいないのを確認し,右手のワイヤーを屋上の柱に向かって投げると,それを使って飛び上がり屋上に着地した。
そこには,浴衣以外の服を着ているのを初めて見る青い悪魔がいた。向こうも,緑のコートを着ていない自分を見るのは初めてかもしれない。
「政府軍のお偉い,青い悪魔さんが何の用?」
 エミが冷たい笑顔と声で言った。
「テロリストの暗殺部のエース,緑の復讐者さんと話がしたかっただけよ。」
 青い悪魔も冷たく笑った。
「あなた,お友達作りのためにテロリストに入ったの?」
 青い悪魔の言葉にエミは無表情になり,無言で青い悪魔を睨み付けた。
「あら,そんな怖い顔しないでよ。」
 青い悪魔がからかうように言った。
「私はテロリストなんかじゃない。復讐者だ。最後に残った青い悪魔。お前だけは必ず私が殺してやる。それと,あんたも気の毒にね。政府軍の特殊部隊は大の大人ばかり。あんたには友達なんて一人もいないでしょう。かわいそうに,人を殺すだけの毎日なんて。」
 エミが目だけは鋭く青い悪魔を睨み付けたまま,ニヤリと笑った。
 今度は青い悪魔から笑顔が消えた。
「何が青い悪魔よ。言わせてもらうけれど,暗殺なんて一人殺した時点で,全員悪魔よ。あなた,一体何人の人間を殺した?あなたも,十分に悪魔よ。・・・悪魔が友達ごっこなんてしない方がいいと思うけれど。」
 同じように青い悪魔も笑った。
「笑わせないで。確かに暗殺を続けた私は悪魔よ。けれど,あなたには最悪の悪魔の血が流れているじゃない。戦争をして罪もない人間を殺そうとしている親の血がね。」
 エミは目を見開き,無表情で言った。
 青い悪魔も無表情になる。
「よく言ってくれたわね。あなたが私を憎いように,私もあなたが憎いのよ。・・・必ず決着をつけましょう。それまで,せいぜいお友達と仲良くしてぬるま湯につかっておくことね。」
 青い悪魔が言った。
「のぞむところよ。あなたは,一人で身辺整理でもしておいたら?片づける人間が迷惑だから。」
 エミが言った。
「じゃあ,次に会うときがどちらかが最後の時ね。」
 青い悪魔がそう言って笑うと,屋上から飛び降りた。
 エミも,それを見て,人がいないことを確認するとケントの元に戻ったのだった。

「エミちゃん,遅かったね。コウタから聞いたかも知れないけれど,エミちゃんをつけていた政府軍の男が撤退したみたいだって。」
 ケントが心配そうに言った。
「悪かったわね。無駄足させて。」
 エミが言った。
「いや・・・いいんだけど・・・いったいなんだったんだろう?」
「そんなこと,私たちが考える事じゃない。帰るわよ。」
 そう言うと,エミは歩き始めた。慌てて後を追うケント。
 二人は裁判所に帰っていった。

 エミは帰るとすぐにコウタの部屋に行った。
「ゲーセンの屋上で何してた?もう少しで上の人間に感づかれる所だったぞ。」
 部屋に入った途端,コウタが少し怒った声でエミを見ながら言った。
「・・・ごめん。青い悪魔に誘われてね。話をしていた。」
 コウタの表情が変わる。
「なんて?」
「・・・挑発されただけ。あと,私が憎いんだってさ。必ず決着をつける約束をして帰ってきた。」
「・・・もう,あんまり勝手なことするなよ。」
 コウタはいつもの口調で言うと,そのまま立ち上がってエミを抱きしめた。
「ごめんなさい。・・・あのね,外を見るついでに買いたい物があったんだけど,買えなかった。・・・何も変わらない街を見たら,腹が立って・・・。」
 エミはコウタの腕の中でおとなしく言った。
「なんだ?俺がパソコンで注文してやるよ。」
「うん・・・ありがとう。」
 素直に,エミが答えた。

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