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帰宅する人形
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しおりを挟む「すみません、人形さん。あなたを帰す訳にはいかないんです。私の名前は、奥村安明と申します。よければ、お話ししませんか?」
安明が、いつもの仏スマイルで、人形に向けて言った。人形は、悲しそうな顔で、安明を見る。
《どうして? どうして帰っちゃいけないの。どうしてみんな、私を家族から引き離すの。好子も、かりんも、家にいるのよ……》
「……すみません。その、かりんさんからの、ご依頼なんです」
《どうして……? どうしていつもかりんは、私を捨てるの……? 毎日一緒に遊んだじゃない……毎晩一緒に寝たじゃない……どうして帰っちゃいけないの……?》
「うむ。確かにその通りだ。よし、かりんとやらを殴りに行こう」
そう言って立ち上がった虎之助に、安明と陽一、そして人形でさえも驚いた。
「ちょーっと、虎ちゃん!! 生きてる人は殴っちゃ駄目!! いや、霊でもよくないけども!! それに、家、知らないでしょ!!」
陽一が、虎之助に飛びかかって、部屋を出て行こうとする虎之助を引き留める。
「ヨーくん、止めるな。家は、この人形に案内してもらえば良いではないか」
「そういう問題じゃなくて……」
「何故、帰っちゃいけない。勝手に捨てられ、理由も分からないのに、帰っちゃいけないのは何故だ」
虎之助の言葉に、安明と陽一は、ハッとした顔をして、虎之助から顔を背けた。陽一は、虎之助を掴んでいる手に力を入れながら、泣きそうになっている。
「人形。俺もお前と同じだ。訳も分からず施設に捨てられ、帰ることは許されなかった。俺には、やっすんとヨーくん、その家族が側にいてくれた。だがお前は違う。殴りに行くべきだ」
「……虎ちゃん、違うんだよ」
安明の震えた声に、虎之助と人形が、安明を見る。陽一は、下を向いたままだ。
「虎ちゃん、何を言っても事実が変わらないのは分かってる。俺が今から言うことは、後付けの言葉だってことも。でもね、虎ちゃんとその子は違うんだ。虎ちゃんは、虎ちゃんが前に進んで生きられる為に、施設に行ったんだ。でも、その子はね、役割が終わったんだと思うんだ」
《私の、役割が、終わった……?》
「そうです。かりんさんは、人形で遊ぶ年齢じゃなくなったんだと思うんです」
《だったら、飾っておいてくれたら良いじゃない。いつだって、私が見守れるのに》
「……」
人形の言葉に、安明の言葉が詰まった。
《でも、あなた達がはじめてね。私を無理矢理閉じ込めるんじゃなくて、私の声を聞いて、話を聞いてくれようとしたのは》
「はい。できる限り、お話を聞いて、人形さんが納得できる結果になれば良いと思っています」
顔を上げた安明の言葉に、人形が悲しそうな顔になると、静かに話し始めた。
《私はね。好子が子供の頃に出会ったの。好子の母がね、私の着物をいっぱい作ってくれた。好子は、いつも私と遊んでくれた。そしてその子供のかりんに渡されたの。松子って名前をつけてくれて、可愛がられた私には、いつの間にか、心ができたの。その意思はどんどん大きくなって、魂に匹敵するくらいになったのよ》
三人は、静かに人形の話を聞いている。
《でもね、みんなが変わったのは、かりんに、新しい父親ができてからなの。それまで、かりんと好子は二人でね。二人を守ってくれる人ができた時は、とても嬉しかったわ。でもね、二人は変わってしまった。高級住宅街に移り住んで、なんでも手に入るようになって、古い物はどんどん捨てて。高級品以外持たなくなった。分かっていたの。いつからか、薄汚い私を、かりんが冷たい目で見ていたのは》
「かりんさんは、持ち物に関する価値観が変わったんですね」
《そうかもしれないわ。でも悲しいじゃない。辛いじゃない。私たちは物だけれど……。大切にされた物には、どんなものであれ、心が宿るのよ。それを、なんのお別れの言葉もなしに捨てられるなんて、耐えられない。私は人型だし、余計に心も霊力も強くなったのよ》
「やはり、かりんとやらが悪い。人形。お前は確かに古くさいかもしれない。だが、やっすんとヨーくんが言っていたように、可愛い人形じゃないか」
《可愛い……私が……?》
「はい。僕たちから見ても、とても綺麗で可愛い人形だと思いましたよ。僕、依頼を受けた時には、とても怖い人形を想像してましたから」
虎之助を掴んだままの陽一が、優しく、人形に言った。
すると、人形の目から、ぽろぽろと涙がこぼれだす。
《好子もかりんも、可愛いって、毎日言ってくれてたのに……》
「……申し訳ありません。それでも、俺たちは、あなたを家に帰せないんです」
安明が、静かに、人形に向かって、そして、虎之助に向かっても、頭を下げた。
「……やっすんとヨーくんがそう言うのならば、その選択が、人形にとっても一番良いことなのか?」
虎之助の問いに、安明と、陽一が、静かに頷く。
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