お供え物は、プロテイン

Emi 松原

文字の大きさ
21 / 39
事故物件は誰の部屋

1-1

しおりを挟む


事故物件は誰の部屋

「うわっ、また今日もか」
 野村 愛は、一人暮らしのアパートの天井を眺めながら、ため息をつく。
 社会人一年目の愛は、社会人になると同時に、憧れの一人暮らしを始めた。大学を卒業するまで実家で暮らしていた愛にとって、一人暮らしは楽しみに溢れていたはずだった。
 違和感を感じたのは、転居したその日の夜。
 引っ越しで疲れてぐっすり眠っていたはずなのに、誰かが部屋の中を歩き回る音が聞こえ、人の気配がする。家賃の低さが魅力でもあったアパートだ。周りの部屋の生活音が聞こえるのだろうと、気にせず目を覚まさなかった。
 そこからは毎日慣れない仕事に追われ、疲れ果てて眠る。その間、常に足音と気配があったが、周りの部屋の人だと疑うことはなかった。単身者用のアパートだし、色んな生活時間の人がいるのは当たり前だと思ったのだ。
 おかしいと思い始めたのは、大分仕事にも慣れ、夜に家でゆっくりできる時間ができるようになった辺りだ。誰もいない場所から視線を感じたり、部屋のなかから音がなったりと、よく聞く怪奇現象とも言えない小さなことが気になり始めた。
 それが段々とエスカレートして、寝ていたら誰かが体の上を踏みつけたりと、毎日金縛りに遭うようにもなった。
 だが、不思議と愛は全く恐怖を感じず、生活にも支障をきたさなかった。

※※※

《それでね、音羽がどうしても怖い話の特集が見たいんだけれど、一人じゃ怖いからってお願いされて、私だけ音羽の家に昨日は泊まったのよ。私を抱くのは怖くないのね》
 松子が、安明と陽一の間にちょこんと座り、虎之助の筋トレを見ながら、ケタケタと笑った。その姿を見て、安明と陽一が苦笑する。
「音羽さんにとって、松子ちゃんは友達の感覚なんだろうね」
「でも、音羽さんって凄いよね。虎ちゃんに普通に接するし、松子ちゃんを大事にしているし、白蛇様の時も動じていなかったしね」
 陽一の言葉に、安明が頷いた。
「音羽さん自体が、強い霊感を持っている訳ではないと思うけれど、元々の人柄が良いんだろうね。そういう人が虎ちゃんと同じ大学で良かったよ」
《音羽はね、家でも、ずっと私に話しかけてくれていたのよ。部屋の紹介もしてくれたし、着替えもさせてくれて、同じベッドで抱いて寝てくれたの。久しぶりの感覚で、凄く心地よかったわ。私を抱いて、テレビを見ながらキャーキャー言っていたのも面白かったわ》
「そっか。そんなに大切にしてくれてるんだね」
《えぇ。私、虎之助と音羽が一緒になってくれたら良いと思うもの》
 安明に返した松子の言葉に、陽一がお茶を吹き出した。
「と、虎ちゃんが、恋愛……!?」
「ヨーくん、落ち着いて。松子ちゃんの希望だから。でもまぁ、音羽さんみたいな子だったら、安心はするけどね」
 安明が笑いながら言った言葉に、陽一は安明を睨み付ける。
「虎ちゃんに先を越されるのは、なんだか嫌なの! ジムの女の人に昔からモテてるのも、羨ましいんだから!」
「体を鍛えている方にはモテるよね、あれだけの体をしてたら。でも、ヨーくんだってモテるでしょ? 告白された数は、圧倒的に虎ちゃんよりヨーくんの方が多いし。前の彼女さんだって……」
「あーー!! その話はやめて!! まだ傷が癒えてないの!!」
「なんだ。ヨーくん。子供の時は誰だってトイレに間に合わないことがあるぞ。講義中に我慢することもないんだぞ」
「それもやめて!! トイレの話じゃないから!!」
 一通り筋トレを終えて、プロテインを作り始めた虎之助が、会話に加わった。
「虎ちゃん的に、音羽さんのことはどう思ってるの?」
 笑いながら聞いた安明の言葉に、虎之助は首をかしげる。
「音羽? 音羽は松子の良い友人だ。昨日も女子会をするから男子は禁制だと言われたぞ。一度ダイエットがどうのこうの言っていたから、うちのジムとプロテインを勧めたが、なぜか笑って断られたな。うちのジムは系列店があるほど有名で、大会優勝者も多く出ているというのに。プロテインの質も良いし、会員割引だって使えるというのに」
「……え? 虎ちゃんとそこまでコミュニケーションとれるって、音羽さんって何者……!?」
 陽一が、驚いて声を上げた。
《ね? ぴったりでしょ。私、音羽のこと大好きだもの。そういえば、虎之助の家にはテレビがないから、久しぶりにテレビを見たわ。昔も今も、やっていることはあまり変わらないのね》
「昨日の恐怖話百選でしょ? 俺も見たけれど、特に目新しいものはなかったね」
《あ、でも、一つだけ初めて見たのがあったわ。マンションやアパートの事故物件ってやつ。だって、私、今初めてアパートに住んでいるから。でも、そもそも、人が死んでいない土地なんてないわ》
 松子が首をかしげる。
「その通りなんだけれどね。人って、そういうの作り出すの好きだから。まぁ、事故物件でも本当に出るところはあるけれど、まれだよね。正直多くの人が、事故物件って知らずに住んでいると思うし」
「虎ちゃんのところも、確か事故物件だったよね? それで家賃が安いからって決めたんだから」
 陽一の言葉に、虎之助はプロテインを飲みながら、目だけでそうだと合図をだした。
「あー、そうだったね。懐かしい」
《今の場所よね? 何もいないわよ?》
「うん……。実は当時ね、その部屋で餓死した男の人がいたんだ。確か、失恋のショックで、部屋から出られなくなってそのままって人が……。でも虎ちゃんが……」
 陽一が苦笑して、虎之助を見るが、虎之助は集中して筋トレ雑誌を読み始めている。
《出て行ってもらったの?》
「出て行ってもらったというか、行くべき場所に逃げたが正しいよね。だって、虎ちゃんが毎日プロテインを無理矢理供えて、一緒に筋トレをさせてたんだから」
 安明も、当時を思い出して苦笑した。
 あまり害のない男の人の霊ではあったが、念のため、最初、安明と陽一は対話を試みた。だが、その部屋で彼女と過ごした時間が忘れられず、どうしても部屋を離れたくないと言われ、虎之助も気にしていないようだったので一旦放っておくことにしたのだ。
 それから数日後、最低限の家具の組み立てに部屋を訪れた二人に、心なしかふくよかになった男の人の霊が、泣きながらすがりついてきた。そんな男の人の霊に向かって、虎之助は、「プロテインを飲んだ分、筋肉に変えなければ太るだけだぞ!」と首根っこを掴み、叱咤する。
 流石に気の毒になり、男の人の霊にも懇願されて、二人で見送って終わったのだ。
《ふふっ、虎之助は、虎之助なのね》
「そういうこと」
 穏やかな風が吹き抜け、その後も三人はしばらく思い出話をしていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

黄泉津役所

浅井 ことは
キャラ文芸
高校入学を機にアルバイトを始めようと面接に行った井筒丈史。 だが行った先は普通の役所のようで普通ではない役所。 一度はアルバイトを断るものの、結局働くことに。 ただの役所でそうではなさそうなお役所バイト。 一体何をさせられるのか……

【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌

双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。 最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...