上 下
18 / 101

信頼

しおりを挟む
 
 その隙にポロットがマーゴットに走り寄る。

「あ、何を!」はらはらと見ていたマイヤが声を上げるが、ポロットは素早くマーゴットの熱を測り口を開けさせ、喉の奥を覗く。

「ちょっと!」遂にジュリエッタが切れた。彼女は立て掛けてあるレイピアを掴むと、鞘走らせる。

「勝手なことをすると……あなた達でも容赦しないわよ」
「これは、ただの風邪ポロ。栄養のあるものを食べさせて温かくして水分を取らせるポロ」「嘘よ! ただの風邪でマーゴットがこんなに弱る訳無いわ、これはナイトヒート、バロード様がそう診断なされた」
「そんな病気はないよ」橙夜は静かに指摘した。
「マーゴットが弱っているのは血を抜いて水銀を飲ませたからだ」

 ぐぐぐ、とジュリエッタの奥歯が鳴り、次の瞬間彼女は弾けた。

 足利橙夜はジュリエッタの拳を頬に受けて、床に倒れた。

 さすがに冒険で怪物を倒して来た女の子だ。一撃は重く、現代日本のそこらの不良よりも遙かに威力がある。

 橙夜の口内に錆の味が広がる。

「異世界から来たって何よ! 何もかも知っているような風に言わないで! 黙って寝てなさい!」 

 だが彼は立ち上がった。

「ああ、僕はまだ高一だったからそんなに知らない。瀉血と水銀が体に悪いとしか……」

 ジュリエッタの膝が橙夜の腹に入る。

「う」と彼は体を折るが、何とか堪える。

「橙夜君」澄香が心配顔で声をかけてくるが、彼は首を振った。

「蒲生さん……絶対手を出さないで」
「退きなさいトウヤ、そして私の前から消えて!」
「何を言われようとマーゴットを殺させない」

 再び顔面にパンチが炸裂化する。鼻から血を噴きながら彼は耐えた。

 ジュリエッタはその後散々橙夜を殴り、蹴った。しかし彼は倒れるたびに立ち上がり、血を吐き、食べ物を吐き、それでも彼女の前に立ちふさがる。

「な、何をされようとも、ひ、人が殺されるのを黙って見てられない」
「こ、殺される?」

 殺気に満ちていたジュリエッタの動きが止まる。使わずにはいたが持っていた抜き身のレイピアが落ちる。

「異世界でも人間は人間、医療が変わるはずがない」

 橙夜は息を吸い、穏やかに指摘する。

「ジュリエッタ、君は妹を殺そうとしている……そんなに拘るなら、瀉血や水銀薬で治った人を教えてくれ。何人いる? 何十人いる?」

 ジュリエッタは答えられなかった。恐らくかなり少ないのだろう。そもそも治った人達は自然治癒だ。

「ボクの薬草なら、熱は下げられるポロ」

 暴力に戦いていたポロットが、そっと口を開く。

「薬草なんて!」ジュリエッタは吐き捨てた。
「それこそインチキばかりじゃない!」
「違うポロ!」珍しくポロットが激しく反論する。

「薬草はインチキじゃないポロ! ボクのお師匠は人間ポロ。そしてその人は人間の遺体を解剖して結論づけたポロ。薬草は有用だと」

「な、何て罰当たりなことを!」マイヤがぎょっとする。

「ジュリエッタ様、こんな奴ら衛兵に引き渡しましょう。土に帰るべき死んだ人を切り刻む何て正気ではありませんわ」
「薬草は有効だ。僕の世界にも漢方と呼ばれる物がある」

 血まみれの顔で橙夜は断言した。

 きっ、とジュリエッタの目が彼を捉える。が、瞳には先程までの狂乱はなかった。

「……で、その薬草とやらでマーゴットは助かるの?」
「助けてみせるポロ。症状は重くないポロ、一日欲しいポロ」
「……もし、出来なかったら? どう責任取るの? バロード様は明日には違う町や村に行くのよ」
「その時は……」橙夜は真っ直ぐジュリエッタの瞳を見つめる。
「僕を殺せ」
しおりを挟む

処理中です...