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愛する者
しおりを挟む足利橙夜もやはり病人の列の誘導を任されていた。
ぼんやりと人々を眺めながら自分の体調を確認する。
大丈夫のようだ。
俯き、草の生えた地面を見つめる。
とんだ醜態を皆に見せてしまった。
バロードだ。
橙夜はバロードを殺した……その件については自身も仕方ない行為だと分かっていた。
あの男はそうするしかなかった。
この世にはもう殺すしかない人物がいる。
それについて実は橙夜はこの世界にいる前から考えていた。
大量に人を殺しておいて遺族を嗤うゴミ。同級生をイジメ自殺させておいて何も思わないクズ。年寄りから大金を巻き上げて逃げる廃棄物。
もう殺すしかないじゃないか。
彼はテレビやネットのニュースで悪辣な犯行を知る度に、そう慨嘆した。
だが実際、人を殺すのは大変だった。
大丈夫だと思っていた。
決意もした。
何にしろ錬金術師バロードは人を人とも思わない悪だったのだから。
己の剣で殺害し、しばらくは大丈夫だった。
だがバロードの死に顔ははっきりと橙夜の記憶層に刻まれ、夢に現れるようになった。
血の暖かさと肉の感触を思い出し、食事を吐きかけた。
人を殺して負ったダメージが顕在化するようになった。
橙夜は一人悩み、一人泣いた。
だから蒲生澄香と築いていた今までの関係が壊れた。
ある日の午後、無理に食べた昼食が胃の中で騒ぎ出し、橙夜は慌てて川に走った。
誰にも自身の弱さを見せたくなかったからだ。
流れる水にえづく橙夜は、背後の気配に気付かなかった。
「橙夜君」
そう呼ばれ心臓が止まりかける。
振り返ると目に涙を溜めた澄香がいた。
「辛いんだね……私気付いていたよ」
彼女はそう言うと、橙夜に近づき優しく抱きしめてくれた。
「ごめんなさい、橙夜君ばかり苦しめて……」
「そんな、こと……」
ない、と続けようとしたがそれは澄香の唇によって塞がれた。
「私はもう見ていられない……だから、橙夜君のためなら何でもする」
澄香は呆然とする橙夜の前で服を脱いだ。
瑞々しい体が露わになる。
橙夜は息が止まる。考える。
……蒲生さんは赤いエルフを探して元の世界に……だから……。
だが滑らかな彼女の肌が触れた時、彼の若さは暴走した。
橙夜はその場に澄香を押し倒し、女を知った。
女の肌と温もり、柔らかさと酸味の強い匂いと味、全てが初めてだった。
澄香も同様らしいく、彼が入ると白い奥歯を噛みしめて痛みに耐えていたが、若さは二人の欲望をどうしようもなくかき立てた。
蒲生澄香と橙夜にあった『友達』と名の付く関係は砕け散った。
二人はそれからちょくちょく皆の目を盗んで互いを貪る関係となっている。
……良かったのだろうか?
澄香の献身によりようやく心を解放された橙夜は考える。
彼女は元の世界に帰さなければならない。
橙夜はバロードを殺してしまったからこの世界から逃げられない、
なのに……。
「橙夜君、ぼうっとしているとジュリエッタに怒られるわよ」
懊悩していると明るい表情の澄香が声をかけてきた。
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